人魚と女子高生のお話
ここは瀬戸内。海と山に囲まれた田舎。春から高校生になった私は部活の朝練に参加するために早朝から自転車を漕いでいる。誰も居ない海沿いの道を走るのは気持ちがいい。夏になったけど朝は涼しい。蝉の音もまだ聞こえない。朝にだけ聞こえる鳥の鳴き声を聞きながらやっぱりホホーホーホーって聞こえるよね、なんてどうでも良いことを考える。浜辺に目をやると海は少し荒れているみたいだった。朝釣りの人が見当たらない。世界に自分一人だけになったような感覚は好き。誰にも聞かれないだろうと高を括って少し大きめに鼻歌を歌う。
「ふふーん、ふーふーん♪」
作曲:私。今日は朝の占いも3位だったし、良い日かも。と一人でにやにやしていたら、鼻歌にハモる歌が聞こえてきた。
「ラーラーラー♪ルールラー♪」
「え?」
思わず自転車を止めて辺りを見渡す。鼻歌を止めても歌は聞こえてくる。恥ずかしい鼻歌は聞かれてたらしい。早朝にうるさくしてすみません、と心の中で謝る。歌は続いている。上手い。ずっと聞いていたくなる位。浜辺から聞こえて来てるみたいだ。誰も居ないと思っていたけど、歌の練習でもしてるのかな?自転車から降りて声の主を探す。堤防からだと分からない。浜辺に降りてみると声がさっきより近くなる。荒れた海の波の音がうるさいはずなのに、何故か歌はきれいに聞こえてくる。歌に引き寄せられる様にフラフラと歩く。ローファーの中に入り込んだ砂も気にならない。声の持ち主は、岬の先に腰かけていた。長い髪が潮風に揺れている。
「あの、えっと、歌、すごいですね。」
吃りながら捻り出した言葉は、不審者の声かけの様な物になる。怪しいものじゃないですって言った方が良い?いやそれじゃ完璧に不審者だ、と一人軽いパニックになりながら返答を待つ。
「あ…ありがとうございます。」
か細い声はキレイで、歌が上手い人は声まで良いんだなと納得する。髪の隙間から裸の背中が見える。水着を着てる様だ。海に向かって座っているから背中しか見えない。でもきっと美人だろう。
「怪しいものじゃないです!ももかって言います。学校に行く途中にあなたの歌が聞こえてきてつい…ごめんなさい。」
怪しいものじゃないです、と結局言ってしまった。不審者度が上がった気がする。岬に腰かけた人はクスクスと笑っている。
「私こそすみません。まさか人間に聞こえるなんて思ってなくて。」
「…人間に?」
クスクス笑いながら、女性が振り返る。
「人間さんとお話するのは久しぶりです。私は人魚のユラリです。」
よいしょ、と言いながらユラリと名乗った女性が岩に投げ出していただろう足をこちら側に向ける。いや、足は無い。魚の様にヒレがつきびっしりと鱗に覆われた塊が引き締まったウエストから続いている。目の前の光景が信じられず固まる。これはあれだ、俗に言う、あれだ。
「にん、ぎょ…」
「はい、人魚のユラリです。」
ユラリと名乗った人魚は、にこにこと笑いながら答える。他にもっと考える事があるはずなのに、やっぱり思った通り美人だな、なんて考える私は自分が思っていたより不測の事態に弱いらしい。
続く