それは寒い冬のことだった
こたつというものは、なんていうか、ずるい。
とにかく、ぼくは、そう思う。引き込んでくる抗いにくい魔力も、引きこんだ者を出さないようにがんじがらめにされるような圧力も。
恐ろしい。
それを受け入れてしまうのが、とにかく辛い。
「あ~~~~駄目になりそう~~~~」
ということで、ぼくは早速こたつのなかでぐだっていた。うん、温かい。体の芯からあったまっていく。別に、外にいたのは数分にも満たない時間ではあったけれど。時間は関係ないのだよ。
ため息が聞こえた。ぼくの正面で、みかんの皮を剥きながら、桜が胡乱気な目でこちらを見てくる。
「何か言いたそうだね」
「そうだな……とりあえず、毎年毎年、どうしてお前は我が物顔で、人の家のこたつに入ってくるんだ……?」
「それは……ここに! こたつが! あるからだよっ! まったく、桜はそんなこともわからないの?」
「いや、意味わかんねぇよ」
むきむき。みかんの花が出来上がり、やや、ご満悦そうな桜。隅ではヒーターが光をあげ、外では雪が舞っている。
まだ、初冬ではある。けれども、十分寒い。
というわけで、ぼくは桜の家のこたつにお邪魔しにきていた。
「……ねぇ、桜」
「なんだよ」
「ソレ、ちゃんと白いとこもとってね」
「お前のために剥いたんじゃないからな?!」
みかんを差して言えば、桜からツッコミが飛ぶ。みかんは食べたい。でも、両手は生憎と(こたつの中で)手が塞がっているのだ。
「えーい」
「あ?!」
仕方ないので、白いところは妥協してやろう。ふよふよ、とみかんがこちらへやってくる。
もぐ。
「美味しい!」
「力使ってまですることか?! 分かった、分かったよ剥くよ、ったく」
「やったー」
うんうん、チョロいやつめ。
みかんを堪能し、こたつを前に顔を伏す。あ、と桜が声をあげた。
「おい、寝たら風邪引くぞ」
「んー……」
「凛雲」
うん、でも。
分かってるんだけど、凄く、眠くて。微睡の中で、平穏な一時をただ、享受する。
とっても、ねむいんだ。
……
…………。
「重凛」
ぱちり、と目を開けた。
ヒーターの音。外で吹きつける雪の嵐。背中がちょっと重い。ううん、半纏だろうか?
目をこすりながら体を起こすと、ふっと寒気が襲ってきて身震いする。
「風邪ひくぞ」
「ううん……でも、ねむ、くて…………ふぁ」
欠伸を噛み殺し、ぼんやりと思考を巡らす。正面に座った彼は、嘆息して、頬杖をついていた。手元には教科書とか、ノートとか。そうだ、勉強、してたんだっけ。
小腹がすいたな、と思って、やや離れた位置にあるみかんを見つける。しばし考え、這い出て手を伸ばし、手元に引き寄せた。
「うわっ、さむい……こたつから離れるとほんっと寒い……どうかした?」
彼は、じっとぼくを見詰めていた。視線に首を傾げながら、みかんの皮を剥く。白いところ、嫌いなんだよね。苦いから。
いや、と、彼は首を横に振った。
あ、分かった。
「なんだ、葉桜も食べたかったんでしょ? しょうがないなぁ」
「いや、別に……ああ、分かったから、押し付けてくるな、それ絶対思いっきり突っ込んでくるやつだろ」
「気付いた?」
「気付くさ」
ふたりして、笑い合う。
外は未だ雪で、寒くて、凍えてしまいそうだけれど。このこたつは、この空間はいつだって温かい。時間も流れ、状況も変わり。それでも、ここだけは何も変わっちゃいない。
このぬくもりだけは、何も変わりはしないのだ。
「ねぇ、葉桜。もう少し吹雪が収まったら、皆で雪合戦でもしない? 力あり、何でもありのルールで!」
「いいけど……なんだか、なつかしいな?」
変わらない日常が、何よりも愛おしいのだ。