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アリアの旅の始まりです
その二日後、ろくな調書もとらず捜査することもなく、私は着の身着のままで国外追放となった。本来、国外追放という罪はかなり重い罪である。ただ女生徒を虐めたにしては破格だ。もしかしたら、ありもしない魔法長官との取引も含まれているのかも知れない。良いも悪いも含め、取引や協定など貴族の殆どが裏でやっていること。もちろん私は無実だけど、それにしても破格すぎる罪である。
馬車では両手両足を縛られての移動だった。そして現地に到着したそこは、隣国との境目がある山脈の麓で、近くには町が見当たらない見通しの良い草原地帯だ。
ちょっとまって、ここは、この場所は商人達が通る隣国への道だけど、険しすぎて殆ど使われていないといわれている山じゃない?そして最近魔物が増えたとされている危険地帯になったわよね?
「まさか、ここを通って隣国へ行けというの?」
私は公爵令嬢ではないので、綺麗な貴族の言葉を使うのを止めた。心の中でも使っていた丁寧な言葉を捨て、思う様の自分の言葉を使うようにした。その変わりように私を引っ張ってきた騎士達は眉を寄せたが、そんなこと知らない。
「そうだ。我々はお前が山に登るのを見張るために、暫くはこの地に野営することになる。山の途中までは数名が付くが、その後は自力で登るんだ」
国から追い出すだけで騎士の数が異常に多いのは疑問だったのだけど、ふ~ん、そういうこと。
魔物が増えたとされる危険地帯の山に私を置いて、自分たちの手を汚すことなく息を止めるということなのね。こんな悪質なことを一体誰が指図したのだか。
まぁ、そんなのはどうでもいいけど。
「ご苦労なことね」
私が山から下りてこないように、こんなところで野営をして見張らなきゃならないんだから、騎士達も不満が多いのだろう。
無駄な努力だわ。だって私は戻るつもりなんて無いんだもの。
生まれた国だからと頑張ってきたけど、内政を少しばかり手伝っただけでも分かるぐらいに、この国は腐っている。誰が戻るものか。
見た目では三人の騎士に守られるように山に登り、三時間ぐらい歩いたかしら?脇道にそれて獣道すらない場所で、私は放って騎士達は下山し始めた。付いてこられないようにスピードを上げ、一度上へと登った後、遠回りをして下山したようだ。
まぁ、なんて用意周到な。意味も無いけど。
でも、まあ、手足を縛られたまま放置されなくて良かったわ。
ここまできたら、令嬢が何をやっても助からないと思ったのか、それとも逃げ惑って恐怖を味わえってことなのか、最後の親切で少しでも助かるようになのか、それは分からないけれど、私としては面倒な縄を解くのに時間をかけずにすむわ。
私を普通の令嬢と侮ったのが間違いよ。
ノエル様を立てるために、このアリアの優秀な脳を抑えて、学年テストもノエル様の一つ二つ下を狙って解答していたし、余計なトラブルに巻き込まれないように、自分の扱える魔法や魔力量を隠していたのよ。
世間には私は水魔法と土魔法しか使えないと思っているようだけど、私は全魔法を使えるし、あり得ない魔力量をもっている。もしかすると国一番の魔力量をもっているのかもしれない。そこは比べたことがないので分からないけど。
そして散歩好きな私の足腰は他の令嬢よりも強い。そしてハンスとたまにお遊び程度だけど剣をたしなんでいたので、体力もそれなりにあるつもりだ。
「優秀なアリアがこんなところでくたばるはずないわ」
魔物にやられることはほぼ無いと思うけど、問題は食糧なのよね。
「携帯食料どころかナイフ一つも持たせてもらっていないんですもの」
まず、やることと言えば、食べ物の確保からだわ。何処かに沢か小川でもあればいいんのだけど・・・。
「こんな格好じゃ動きにくくてしょうが無いわ」
卒業パーティーのまま牢獄に入れられ、着替えることすらさせてもらえなかったから、私の格好はドレスとヒールのまま。ここまでよく歩いたものだわ。と自分に感心すらする。
だらだら長いドレスの裾の両端を括り、膝下ぐらいに調整する。そして山見道を歩くには適していないヒールのかかとを、石にぶつけて折る。最低でも四日間、牢獄に入れられセットされていた髪の毛は見事にぐちゃぐちゃになっていたので、一度手櫛で整えてから三つ編みをして、セットに使っていたリボンでまとめた。
これでも山道を登るには不似合いだけど、さっきよりはだいぶマシになった。
「本当に真冬で無くて良かったわ」
日本と同じで四季はあるものの、冬に雪が降るような寒さは無く、2月末頃といった感じ。野宿のことを考えると凍死してしまう季節ではあるものの、私には魔法があるからなんとかなると思っている。
お気楽?いえいえ、うぬぼれと言われるから言わなかったけれど、魔法の技術も魔力量も、国一番と言い切れる自信はあるわよ。
魔法で飲み水も出せるから小川や沢を探さなくてもいけるんだけど、お腹すいているんだも。何か食べたいのよ。水辺には動物もよってくるだろうし、川なら魚もいてるはずだからね、だから耳を澄まして水の音を探しながら、山を歩いている。
「あ、いいもの見つけた!」
かさかさという音がして近寄ってみれば、リスだろうか?地球産よりも大きくて赤っぽい毛色で毒々しく可愛くないんだけど、地面に落ちていた何かを食べていた。
多分あれはクコだろうと思う。実は枯れていてリスは種を食べているけれど、いい物見つけたわ。
私がいくら散歩好きとはいえ、歩いていて食べられる物を、まして木の葉に隠れて見え辛い小さな種を見つけるのは困難だもの。流石は野生を生きる動物だわ。
その後も川を探しながら、音をする度に動物が探している辺りを探索して、食用となり得る種を採取していった。
コクをはじめイチジク、杏、藪イチゴヤ等。他にもヤブカンゾウ、コゴミ、タラノ芽を見つけた。たまたまニリンソウも見つけたけれど、トリカブトと間違いやすいのでこれは取らなかった。
地球と違うから全部、もどきだけどね。それでも動物たちが食べていたから、多分、私が食べても大丈夫だと思う。思うけど、本当に人が食べても大丈夫なのか確認はしたいわね。
食べられるかどうかは別にして、私が気づく事が出来なかった植物たちを見つけてくれた、動物たちに感謝だわ。
実を付けていない種を集めたって腹の足しにもならない。普通は見向きもしないけど、私には十分。だってほぼ完成している【植物成長促進】の魔法陣を使って実を作ることが出来るんだもの。
「リカルドも馬鹿だわ。あのまま私と研究をしていれば、国の救世主と呼ばれていただろうに」
あんな女に引っかかって将来を棒に振ったのだから。本当に馬鹿な人。
コーネルフ国だけでなく、どの国も今は食糧難になりかけている。理由は魔物が多発していて土地の開拓が出来ない上に、塀の向こうに作られた畑が荒らされているからだ。兵士や冒険者達が奮闘して魔物を討伐しているけれど、それを上回る勢いで魔物が生まれているという。数年もすれば食料が追いつかなくなるだろうと、宰相や魔法省達の意見だ。だから私はリカルドの想いに賛同とは別に、上層部の依頼で優先的に【植物成長促進】の魔法陣の研究をしていた。
与えられた研究施設で出来る範囲はやり遂げ、後は実際にやってみて問題点があれば改良するだけの段階に来ていたのだ。
リカルドはその途中でミズキ=ハトリに引っかかって、完成間近の魔法陣がどのようなものなのかも知らないだろう。
「あの子が部屋を荒らすから途中からは記述していないし、誰かが埋もれた中から書類を見つけたとしても完成間近の魔法陣に到達するのはまだまだ先になるだろうね」
部分的なものは大量に書いたけど、組み合わすだけでも大変だろう。まぁ、自業自得というやつだね。せいぜい頑張れ。
とはいえ、魔法陣を書くだけの広さがなく、そうこうしている内に目的の川にたどり着いてしまった。
「先に魚でも捕って、空腹を満たそう」
山に流れる川だからそれほど川幅はなく、4メートルぐらいだろうか。だが、平地を流れる川よりも流れは速く、透き通っていた。
いくら綺麗で透き通っていて川魚が泳いでいるのが見えるといっても、川に入って手で捕まえるなんてしないわよ。私にそんな俊敏性なんてないもの。あるのは・・・。
「う~ん、これくらいかしら?」
水魔法を流れる川、もとい水に向かって練った魔力を放つ。
すると、上流から下流に流れていた水が意思を持ったかのように丸い球体に形作られる。
ゴソッと水を持ち上げられて川底が空気に触れたが、次の瞬間には上流から流れた水によって再び何もなかった川に戻っていった。いつもと違う風景なのは、その上空に直径五メートルの水球が浮かんでいるぐらいだ。水球の中に魚だけでなく、沢カニやドジョウ?みたいな生き物も入っている。
「ありゃ?ちょっと大きかったかしら?魔力操作は得意だったけど、魔力を出し過ぎないように小さくすることばかりだったから、そういえば大きな魔法の練習はしたことなかったわね」
この世界には魔法がある。本当にとっても便利で、前世では魔法があればいいなぁ。と憧れていたので、自分に適性があると知ってからは密かに練習を繰り返したものだ。ただ魔力量が多いから、変に悪目立ちしたくなくて抑えることばかりを覚えていた。
好きなだけ使って良くなった今、手加減が難しい。いつもなら手のひらサイズの水球を作る程度だったから。
「自由に楽しんで生きるって決めたから、もう手加減なんてしないけどね」
でも、これは大きすぎたようだ。魚だけが欲しいのに。
いらない水をカットしていくが、泳いでいる魚が水球の中で動くので、それも難しい。仕方なく、チョロチョロと水道のように流しながら水球を小さくしていった。それでもまだ2メートルの水球が残る。
「河原に上げてしまうか」
水球を河原に移動させて水魔法を解除すると、綺麗に丸を保っていたそれが壊れ四方に流れていく。
「やっぱりこうなるか・・・」
河原の幅が狭く、石がごろごろしていて囲いになるものがなかったから四方に流れていく水の大部分が川へと向くのは予想が付いていた。水の流れに沿って魚が川へと戻っていった。
水球を作ったときに魚は七匹いたのが、河原に上げたれた魚はたった二匹だ。
「効率が悪いけど、捕れたからよしとするか。魔力は殆ど減っていないことだし」
魔力を持たない人間はいないが、手のひらサイズの水球を作っただけで、一般人の魔力なら半分を使う。5メートル級の水球なんてとんでもない。魔法省のエリートでさえ枯渇する人が多いだろう。だけどアリアは無尽蔵と言える魔力量を保持しているのでこれぐらいは朝飯前だった。
他の人が見たら、たかが魚を捕るだけにこれだけの大がかりな魔法を使うなんて馬鹿だ、阿呆だと仰天するだろう。それほどまでに常識を逸している。
「枯れ木を集めて早速、ご飯!」
何はともあれ、お腹がすいているのよ。
いそいそと枯れ木と枯れ葉を集め、適当に組んだ石の間にそれらを入れて、火魔法で火を付けた後、魚を焼いて、ぺろりと平らげた。
「美味しかったんだけど、まだ足りない」
今度は要領よく捕るために、石の囲いを作ってその中に水球を放り込んだ。それでも囲いが浅かったのか、水が乗り越えてしまい一緒に魚も逃げられたけれど、今回は3匹捕ることが出来た。
もう一匹をお腹の中に入れ、二匹は保存することにしたが、この先のことを考えると保存食はいくらあっても不足ということはない。
「後10匹は欲しいよね」
先ほどの教訓から土魔法を使って深さを作った。お陰で一気に6匹を捕ることが出来た。次も5匹と、合計11匹。既に焼いていた分も含め保存食は13匹。
「順調順調!腐らないように水分を取ってしまえば、結構持つんじゃない?」
食料はこれでいいとして、ついでに・・・・・・
「お風呂に入ろうかな」
せっかく作った罠?ではないけど、更に深めに掘り下げて、土魔法で中を補強、水を入れ、火魔法の火球を適当にぶち込んで即興の風呂を作ってみた。
「四日間、汚い牢屋の床で寝ていたから埃っぽいし、泥まで付いているし、銀髪が灰色なのか黒なのか茶色なのか色とりどりになっているし、よくあんなところで横になっていたわね。私」
お湯は少し熱かったので水を足して丁度良い温度にしてから久々のお風呂を楽しんでいたところに、生き物の気配を感じた。そこにいたのは醜い二足歩行のゴブリン3匹という魔物だった。
『ゲヒッ』
声までもが醜くい。
つうかこいつら!私の入浴を覗いたていたのね!!
初めての魔物との遭遇に恐れおののくという感情よりも、人間の女性をさらっては子供を産ませる性欲旺盛なゴブリンに裸を見られたことの怒りが勝って、魔法を使う前に魔力をぶつけて三匹まとめて視界の彼方まで吹っ飛ばしていた。
力の質と示唆を命令せずに魔力だけを放つのは、魔法を使うよりも魔力を使ってしまう。
「ゴブリン相手に無駄な魔力を使ってしまったわ。話しには聞いていたけど、それ以上に醜い姿だったわ」
近寄られるだけで鳥肌が立ちそうな姿に、これからもゴブリンを見かけたら、吹っ飛ばすことに決めた。
「もし食用出来るとしても、あれはないわぁ」
その後もゆっくりとお風呂を堪能し、汚れてしまったドレスも洗ってその場を後にするまでにゴブリンとの遭遇は二度あり、その二度とも見事に吹っ飛ばすことに成功している。回を追うごとにその飛距離が伸びていた気もするけど、魔力のみを使うのになれてきたのかな?と思っている。
ドレスは洗濯をして水魔法であらかたの水分を取り、風と火の複合で温風をあてて乾燥した後、岩や石がごろごろとして歩きにくいけれど、食料が調達しやすい川沿いを上っていっている。
知らなかったのだけど、私が魚を捕る度に川底を見せ、上流からの水が押し寄せる。それを定期的に繰り返したから津波に似た現象が起き、川下では川が氾濫したみたい。雨期などでは川がよく氾濫するから川沿いに家がなく、流されることはなかったが、畑が幾つか水没したそうだ。水没した畑はその年の収穫を台無しにしてしまったが、上流から流れてきた肥沃な土のおかげで次の年から数年の間は豊作だったとか。他にも魚も押し流されてきて、大量だったので畑がダメになっても上流しか捕れない珍しい魚も捕れたので飢えることがなかったという話だ。それだけでなく川沿いの村はほんの少しだけ裕福になったとか・・・
まぁ、私の耳に入ったところで畑が水没しようが川が変形しようが魚が新たな繁殖場所をみつけようが関係のないことばかりだけどね。私は自分が生きるために魚を捕るだけよ。
次は土曜日辺りに投稿できればと思っています。