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仕事の休みにちょこちょこと書いていますので投稿は遅めになります。
初めはちょっとシリアスっぽいですが、後に無茶苦茶し始めるので気軽にさらっと読んで下さい。
「アリア=ガーネット、お前との婚約はここで破棄させてもらう!」
アリア=ガーネットとは私の名前です。
私は人生の中でも輝かしいときである17歳であり、身分は貴族の中でも上位の権力を持つ侯爵家に生まれました。その長女、すなわち公爵令嬢です。
うらやましがられるのは、何不自由のない身分だけでなく容姿も格別であると自負しています。透き通るほどの白い肌、母親譲りの綺麗な真っ直ぐな銀髪、宝石のような紫瞳、左右対称の顔の作りに、無駄な肉が付いていない肢体にすらりとした手足。どんなドレスも着こなしてしまうスタイルを持っていますわ。
そして私の名前を知らない者はいないというぐらいの知名度もあります。理由は簡単で次期王妃と名を知られているだけ。つまりはこの国、コーネルフ国の第一王子であり皇太子である王子と婚約していということです。
こうして私のことを説明していると、資産も地位もあり誰からもうらやむ幸せを歩んでいると思われるでしょう。実際、先ほどまでは順風満帆でしたわよ?でもどこで歯車が狂ってしまったのか、学園の卒業パーティで、それも多数の目の前で婚約者である皇太子、ノエル=シャルロア=コーネルフ様に婚約破棄を言い渡されているのです。他にも学友達や先生もその中に混じって糾弾されている最中です。
衝撃で意識を飛ばし、どうしてこうなってしまったのかしら?と私達の歴史を思い返してしまっても仕方ないと思います。
もしかしたら私が記憶持ちだったのがいけなかったのかしら?
私は所謂前世持ちという普通じゃないところがあるのです。
思い出したのは皇太子様と婚約が決まった6歳の時です。当時はまだ婚約の意味も知らない幼子で、面会の時はお友達が出来ると純粋に喜んでいただけでした。ですが、皇太子と顔を合わせた瞬間に私は倒れてしまったようなのです。その時の記憶は曖昧で、両親から聞いた話しでは、はしゃぎすぎて身体が限界になったのだろうということ。三日三晩高熱で寝込み、起きたら前世の記憶が蘇っていたのです。
寝込んでいる間に、脳内で処理が行われていたのか、すんなりと受け入れることが出来ました。ただ前世の記憶があまり良いものではなかったので、その後も1週間ほどベッドの住人でしたけど。
前世の私は43歳まで生きていたようで、どうして亡くなったのかは分かりませんが、人付き合いや中間管理職の立場でかなり苦労していたようです。
20半ばまでほぼ引きこもりだったようで、ようやく社会にでたはいいけど、人とのコミュニケーションが下手で恐る恐る人と接していたみたいです。
笑って話が出来るようになったのは30半ば。その辺りから会社では地位が上がり中間管理職の任について、また上司と部下との板挟みで悩みがつきなかったようで、人間関係の修復に翻弄されたまま亡くなったようです。
まるで他人事のように話していますが、今の私はアリア=ガーネットなのです。前世の自分に対してどこか一歩引いて感じてしまうのは仕方ないと思いますわ。
引きこもりだった時は一人だったくせに社会に出て一人は寂しいことに気づいて、人との輪に入ろうと必死だったのは覚えています。人生のほぼ半分、一番脳が柔らかく吸収する時期に人を拒絶していたのだから、その後に苦労をするのは当たり前ですよね?ですから、今生は脳が柔らかく吸収できる時期に、人間関係を円満に出来るように処世術を学ぶことに努めました。
公爵令嬢として大事に可愛がられていた6歳までの私は、我侭で我慢知らず、人に命令するのを当たり前とし、奉仕されたらお礼も言わない生意気な女の子だったのですが、これだと人間関係の悪化が目に見えます。ですから前世の拙い経験を元に修正を図りました。
倒れた私を見舞いに来られた皇太子殿下にお礼を言い、迷惑をかけた方々にも謝って、両親には国母になる為に勉強を励むことを誓いました。
宣言通り勉強に励み、周りを気遣ったお陰で幼少時代は親や周りの期待に応えることが出来、円満だけでなく将来を期待した頂けるぐらい順調でした。
皇太子様との関係も良好でした。6歳からのつきあいなので、恋愛という部分の感情は育たずに、親愛になってしまったけれど、それでも信頼と信用を得ることは出来ていたのです。将来は二人で国の為に力を注ぎましょうと約束したほど。
本当にどうしてこうなってしまったのでしょう?
私を糾弾しているのは皇太子様だけではないのです。
「まさか、おめぇが汚い手を使って虐めとはよぉ。最低だぜ!」
砕けた口調で私を見下ろす彼は、ライオンのような髪型の赤髪、情熱を秘める赤目の綺麗な筋肉が付く長身で、騎士みならいで私の学友であるハンス=マノトン。
彼は伯爵家の長男ですが母親が市井の為、幼い頃は町で住んでいたのを、伯爵様に引き取られ騎士になるためにこの学園に来たのです。
普段は拙い片言で話しているのですが、気を抜けば町で使っていた砕けた口調に戻るため、あまり話しをせずに一匹狼と呼ばれていたようです。私の隣の席だったから、そのよしみで彼の苦悩を知り、言葉使いを教え、夢を語るまで仲良くなっていたというのに、何故ゴミを見るような瞳を向けてくるのでしょう?
貴方が一番嫌っていた瞳で何故私を見るのですか?
「貴方が・・・貴方までもが私を馬鹿にしていたなんて・・・いえ、それはもうどうでもいいです。彼女のドレスを破き、大切にしていた彼女の持ち物を壊すなんて、心根が腐っています!」
弱々しいけれど、意思のハッキリした言葉を放つのは、この国の魔法長官の息子で、研究仲間であるリカルド=バシュラール。長い緑の髪を一つにまとめ、優しい緑の瞳を眼鏡で隠している、人間恐怖症でありながら人のために頑張る彼。貧しい人のために食料が行き渡るように一緒に研究をしていました。
人が怖いといいながら人に認めて欲しくて、植物の成長を促す【育成】の魔法陣を放課後一緒に研究をしてもう1年立つというのに、彼にまで嫌悪の視線を送られています。
馬鹿にされること、嫌われることを恐れる彼が、どうして?
「人の命の尊さを理解してくれていたと思っていたのですが、間違いだったようですね。階段から人を突き飛ばし怪我をさせるとは卑劣ですね」
最愛の妹を病気で亡くし、その後、血がにじむような努力をして【癒し】の魔法を身につけ、校医となったダニエル=オザファン先生。先生は【癒し】の魔法を身につけたけれど、それは怪我を治すだけのもので病気を治すことが出来ないとこと知り、病気を治すことが出来ないかと魔法や魔法陣を追求していらっしゃいました。病気自体を憎むかのように挑み、生徒達には人の命の尊さを教えてくれた良き先生。私も研究で怪我をすることが多く、よくお世話になり、輝かしい命を大切にしなさいという、前世で一度死亡している私には痛いほどよく分かる言葉を大事にし、癒しの時間を提供してくださっていたのに、どうして憎悪を向けてくるのでしょうか?
「姉様が侯爵の誇りと矜恃までもなくしてしまっていたとは、非常に残念です。パーティーや人の多い場所でドレスにワインを引っかける、罵倒を浴びせるなんて侯爵の名を貶める行為ですよ」
青髪に青い瞳のまだ幼さを残している彼はニコラス=ガーネット、私の弟なのですが、同じ母親から生まれたというのにニコラスは何を言っているのでしょうか?
侯爵の跡継ぎとして幼い頃から勉強し、貴族の誇りを第一にしている彼は、プライドが高く、私以上に大事に大事に育ったせいか、多少甘ちゃんでお坊ちゃまとして育ってしまい、少し曲がった性格になってしまいました。
そして努力しても姉である私と比べられるので、私を疎んじる節があるのは認めます。
ですが、私と一番近い位置にいて、放課後や休日も忙しくてお茶会やパーティーに出席出来ないぐらい翻弄されていたのを知っているはずなのに、私が誰に何を出来るというのですか?
私達の身分である侯爵に惹かれてやってくる人たちばかりで、【真実】をいつも欲していた貴方が【真実】を失っているではありませんか?
ここに集まり私を糾弾しているのは、私が信用し共に歩んできた人たちばかり。本当に一体何が起きていることでしょう?
ダンスパーティーでもある卒業パーティーは全校生徒が入る程の大きい広間で行われます。つまりはこの広間には学園のほぼ全ての人たちが集まってきているということ。その中心でこのようなことを大声で話されてしまっては「間違いでした」なんていいわけが通用しません。
「ノエ・・・いいえ、皇太子様、私には何のことだか分かりませんわ。そんなことよりもこのような場で迂闊なことを仰るものではありませんよ」
「嘘よ!貴方が・・・貴方が今まで・・・私に酷いことをしていたのよ。ずっと我慢していたけど・・・もう耐えられないわ!忠告という名で何度も人気の無いところに呼び出して罵声を浴びせられるのは・・・まだ我慢できるわ。だって私は貴族じゃないんですもの。貴族のあり方を見習うつもりで聞くことは出来るけれど、大勢の人の前で、ドレスを汚されたり教科書を破られたりは酷いと思う!ノエルが私に優しくしてくださっているからって、嫉妬で階段から突き落とそうなんて・・・下手をすると大怪我ではすまなくなるのよ・・・もしこれがエスカレートして他の人まで標的になってしまってはって思って・・・ノエルに相談したのよ」
皇太子様のお名前を呼ぶ許可を得ている婚約者の私でさえ人前では呼ぶのを遠慮しているというのに、この方は堂々と呼び捨てなんて、いくら異世界から来た巫女といえど許されることではありません。それを許している皇太子様も皇太子様です。
「貴方は・・・ミズキ=ハトリさんですよね?噂は耳にしまずが、貴方と会うのは初めてのはずですが・・・」
皇太子様の後ろに隠れるようにたっている薄ピンクのドレスを纏う女性に目がとまりました。
彼女の名前はミズキ=ハトリさんです。
彼女は異世界から来た巫女で、この世界に魔物が急増して被害が大きくなったので魔法長官と優秀な魔法士の方数名で1ヶ月かけて呼び出したという救世主。国だけでなく世界を救うかも知れない方ですから疎かに扱うことを禁じられていますが、身分はありません。強いていうのなら神官といったところでしょうか?
魔物を生み出す魔だまりを払うことが出来る巫女は、この世界にもいらっしゃいます。総じて巫女と呼ばれ神殿で暮らすのですが、この彼女は異世界であり世界のことを知らないからと、学園に入ってきたのです。この世界の巫女よりも力を持つという彼女の力はまだ発展途上であり、学園で世界のことを学ぶと共に力を安定させる修行を行っていたはずです。
お妃修行をしていた私同様に忙しかったはずなのですが、一体この方達といつ親密になったのでしょうか?
ノエル様・・・皇太子様は父上である王様から巫女がつつがなく学園生活を送れるように見守って欲しいと、命令を受けているのは知っています。
ですから私との時間が少なくなっても仕方ないと諦めていたのです。
彼女が召喚されたのはこの春、その当時はまだ私との時間がとれていたノエル様は、風変わりな彼女の話を私にしてくださいました。聞いているとどうやら私の前世と似通った世界から来た彼女に親近感をわいていましたが、彼女も私も忙しいので会うことは適いませんでした。
季節が変わった頃からノエル様との時間がとれにくくなり、どうしたのかを聞くと「巫女は故郷が懐かしくなったらしく伏せっている」と仰いました。そのために気晴らしにこの国の素敵な光景や街を案内していると。私をないがしろにしているわけではないと謝ってくれていたのに、夏休みが終わった辺りから学園でもすれ違うことすらなくなってきました。それまでは別室でお昼を一緒にしていたというのに。
私とノエル様の不仲説が噂になりつつあったので、無理矢理に時間を作ってもらって話をしたところ、「今は放っておいて欲しい」と願われたのです。
思春期でありながら、王族という位に縛られ自由がない皇太子。風変わりな彼女と一緒にいると、王族という立場を忘れられる一時を楽しみたいと仰るから、学生時代でしか味わえない自由な時間を謳歌して頂こうと、夏休みの間中、会えなかった寂しさも我慢しました。
いくら彼女を好きになったところで、王族と神殿の巫女では一緒になれるはずもなく、良くて彼女は側室止まり。私の今までの努力も無駄になることもなく、周りの期待を裏切る訳でもないと考えて、ノエル様の淡い儚い恋を見守るつもりでした。いつかは、王族として振る舞い思い出してくださると信頼をしていたのです。
私達は国を背負っているのですよ?それが一時の淡い恋で国に背を向けるというのですか?
遠巻きに私達を見ている目は、スキャンダルを楽しんでいるのではありませんよ?この国の将来の重鎮達となり得る人たちですよ?そのような場面で、軽率な行動はマイナスにしかなりません。ノエル様は分かっているのでしょうか?
「会うのが初めてだと?そんな訳ないだろう!嘘をつくな!」
激高して怒鳴るノエル様。綺麗な王子様の容貌を歪ませてまで私のことを信用できなくなったのですか?
ノエル様には一度も嘘を申したことなどなかったというのに。私達の10年は何だったのですか?
「嘘など申しておりません。学園内ですれ違うことはあったかも知れませんが、お話をしたのは今日が初めてです」
「姉さん、いい加減諦めて白状しなよ」
「何を言うの、ニコラス。貴方が一番分かっていることでしょう?私にはお茶会やパーティーに出席する時間が無かったことを。休憩時間と放課後では魔法陣の研究をして、屋敷に戻ればお妃修行と訪問客のもてなしに休みの日も使っていたのを」
「・・・確かに屋敷では忙しくしていたよ。でも、学園内では知らない。研究と称して籠もっていたらしいけど、誰一人として証明できないじゃないか」
ここで矛盾が生じているのを分かっているのかしら?ニコラス。茶会やパーティーは休みの日に行われていると言うことに。私が参加してなければ、彼女のドレスを汚すことは出来ないのよ?
それを伝える前に、空白を埋めていかなければと思い、放課後何をやっていたのかを伝えましょう。それで成り行きを見守っている人たちには伝わるはずだわ。私が正しいと。
「放課後と休憩時間には研究をしていましたが、訪問客が無かったわけではありませんよ?私は魔法陣の知識と魔力量が多いので、魔法省からの依頼が多々あって1日に1度面会しています。一日たりとも欠かさずにお顔を合わせていますので、魔法省に問い合わせていただければ潔白を証明できますよ」
「・・・・・・っ」
ニコラスを黙らせることは出来たのですが、そこで姉を睨むのは言い返せないだけで納得していないと言うことですね。
「それは私が覆して見せますよ。身内の恥で申し訳ないのですが、魔法省長官である父が買収をされていたようなのです。相手はもちろん、アリア嬢です。お金でアリバイを作ったようですね」
「な・・・・・・っ!」
研究仲間であるリカルドが、大人しくおどおどしていた彼が、こともあろうことか父親を辱める言葉を堂々と言い放つ様に、私は絶句してしまいました。
「魔法長官である父親を信じられませんの?そんな人をする方ではありませんよ!」
「私の言葉で一瞬、詰まらせたのは何故ですか?それが隠していた真実だからではないですか?」
「そんなわけないでしょう!余りにも突拍子の無いことに言葉を失っただけです」
「それこそ言い訳でしょう。貴方が魔法省からの使いの人にお金を渡していたという場面を目撃した人たちがいますよ」
「それは何かの間違いだわ。私が渡していたのは研究結果と魔法陣の改良を記したものですわ!」
毎回成果が出ることもないので、何も渡せなかったことは多々あります。手ぶらで帰ることの方が多いでしょう。
数日間隔の訪問をお願いしても、何かの拍子で次の日に出来上がることがあるので毎日訪れます。と使いの方が仰るので、申し訳ないと思いながら手ぶらで帰ってもらうことが多かったですわ。たまに成果がでて、厚めの封筒をお渡ししたときのことを生徒の誰かが目撃して、賄賂だと勘違いしただけだと思うのですが、とんでもない勘違いをなさってくれたものだわ。
「では何の研究成果だったのですか?」
「・・・それは申し上げられません」
私が改良した魔法陣を元にして何が作られるかは、国家秘密となるので迂闊に何を改良したのかは言えない。途中まで一緒に研究をしていたリカルドならそんなこと知っていることなのに・・・・・・
この人達は何をしたいのか、私には理科不能だわ。
「このままでは拉致があかない。証人を出せ。彼らの顔を見れば言い逃れも出来ないだろう!」
私がのらりくらりとかわしているように写ったのでしょうか、ノエル様が先ほどから仰っていた目撃者とやらを騎士であるハンスに命令する。そしえ連れてこられた人たちの顔ぶれは。
「・・・っ!」
あり得ない人たちでした。
学園に入る前からの友人であり信頼していた3人と、学園で知り合い私を支持してくれた人達2名だったのです。どの人達も国母になることを応援してくださり、落ち込んでいたら励ましてくれたり、その逆もあり・・・で、心を許していた人達です。
そんな人達が彼らと同じように憎しみや嫉妬といった負の感情を露わに私にぶつけてきます。
皆が皆とも私に命令されて動いたと口を開いていきます。その全てが悪意に満ちていて、友達だった言葉が脳に留まることなく空しく通り過ぎていく。
申し訳なさそうにしているのは、一番最近知り合った彼ぐらいで、後の方々は、惨めに糾弾されている私を嘲笑しているかのように見えます。
私が信じていたものが足下から完全に崩れた瞬間です。
それまでは何かの間違いだと、お妃修行で培った精神力でなんとか耐えてきていたのですが、ここまで手のひらを返した皆様の態度にとうとう私の精神力が崩れてしまいました。
気を失う瞬間、ノエル様の後ろに隠れていたミズキ=ハトリが愛らしい面立ちに似合わない醜悪な笑みを浮かべていました。