新しい体
だいぶこの世界にこの体に慣れてきた、一度整理しよう。
この体のスペックは、水面から1mぐらいの高さまで浮ける。泉の外には出れない。喉が乾く以外に疲労や空腹は感じない。眠気も、あのとき以外に感じない。水の中に潜ると全身から水を吸収出来てすごく気持ちいい。吸収した水と同じだけの体積の水を操れる。とは言っても細かな操作は無理で、水をゆっくり動かしたり、宙に浮かせることが出来る程度だ。この泉は多分森の中にあって、見たことのない動物がいる。
うっ、また渇いてきた。
「水は美味しいけど、なんか物足りない…」
猛烈な渇きはあれ以降感じていない。衝動に駆られた時は一度にたくさんの水を吸収出来て、多幸感に包まれたものだけど。もしかして、ずっと我慢していたらまた衝動が来るのか?少し我慢する程度で、ずっと欲望に負けて水を貪り飲んだけど、どれも最初の充足感には及ばない。一回は1日中、我慢してみようかな。
と、思っていたけど
「ぐふぅ、水を、水を、渇いた。飲みたい飲みたい飲みたい。水水水水…」
前世の比じゃない苦痛だ。空腹も、睡魔も、タバコも酒も、こんなにも欲したことはない。ひたすらに渇水。渇きがどこまでも襲い掛かる。だけど、あの時感じた体を操るかのような衝動にはまだ至っていない。我慢が出来る、出来る程度でしかない。堪え難いけど、まだ足りない。最初に感じた充足感だけを希望に、ひたすらに待つ。
幸い、それは半日もしないで来た。
「ああああぁ、この感じ、水を水を飲む、飲む!」
泉の中に全身を浸して、ありったけの水を貪り、吸収する。
「ふ~、ああ、また眠く…」
この喜びの為なら何をしてもいい。満足感を感じて微睡む中、はっきりと思った。
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目が覚めたら、いつの間にか水面に座り込んでいた。水を吸収しようと手を浸そうとして、気がついた。
「人の手だ。ん!?水じゃない!」
そう、確かに人の手がそこにはあった。だけど、記憶にあるよりも随分と細くて、柔らかそうなすべすべ肌。恐る恐る水面を覗き込むと、そこには美幼女がいた。
マネキンみたいな人型の水の塊から、明確に人とわかる姿。肌はやたらと白いが、水で出来た透明な体ではなく確かにそこに色を持って存在している。髪は肩程まで伸び、深い青色で光沢があり、艶やかさを内包している。目は憂いを帯びた半目で、碧く輝いている。すっとした目鼻立ちは、幼いながら冷たさを感じさせる美麗さだ。
そしてペッタリとした胸にイカ腹。股間には何もない。全裸である。
「うーん、美しい。だけど…興奮出来ない。」
こんな美幼女、前世だったらめっちゃ興奮しただろうにそれを一切感じない。
「もしかして水以外に欲求がないのか?」
空腹も疲労も性欲もない。ただただ渇水だけがある。
目を逸らしていた事実を直視する。最初からわかっていた。自分はすでに人間ではないと。だけど魂は変わっていないと思っていた。欲情できないという事実は、体だけではなく、心や人格まで変容してしまったことを理解させるに十分な厳然たる事実。それはとても恐ろしい事で、悲しむべき事なのに
「喉が渇いたな」
それしか特に思うことはなかった。