閑話 忌子の気合
火属性はエルフに最も忌み嫌われる属性だ。水は命の源で、風は新しい種を運び、土は植物を育む。土属性はエルフに使える者は少ないが、重要な役割を果たすことから重宝される。しかし火属性は違う。全てを焼き払い、森を滅ぼすとされる。それだけが火属性の本質ではないが、ほとんどのエルフはそう信じている。火属性魔法が使えるとばれたら、「お前はエルフじゃない。」と判断されて殺されるかも。そこまで考えて首を振る。今考えた事を頭から振り払う。耳に髪があたる、、、気づいてしまった。
顔の左側に手を這わせる。無い。無い無い無い無い!左耳が根元からなくなっている。私が今まで生きて来られた理由の半分が、消えた!さっき感じた痛みの正体がわかった。代償魔法はよりにもよって、私から左耳を奪ったのだ。
「ふふ。」
思わず笑い声が込み上げてくる。片耳を失った、炎を操る忌子か。
「なんで、こうなっちゃうのかな。」
何か私、悪い事したのかな。
意気消沈して、集落に帰る。家に入ろうとしたら、ガキ大将が私を見つけた。
「なんだお前、まーだ生きていたのか。んんっ?お前、耳がなくなっているのかぁ?ギャハハ、忌子で片耳とか、どうしようもねえなぁ。おらっ!」
奴の耳障りな声がいつもより聞こえづらい。ああ、左側の聴覚も無くなったのか。
「おし、命中ぅ!」
投げられた石が腕にぶつかり、少し血が出た。ぼんやりとその傷をみる。すぐに塞がった。奴もそれに気が付いたようだ。
「お前それ、モンスターみてぇだなぁ。やーいモンスター。」
もう限界だった。いつもなら泣いても喚いても、相手を喜ばすだけだと我慢してたのに。
『もうやめてよ!!』
叫んだ途端、奴が急に黙り込んだ。驚いたのか?
「なんだぁ、今の?」
ああ、反応してしまった。これからさらにちょっかい出してくるだろうな。後悔していたら、大人が駆けつけてきて、弓を構えた。
「忌子!両手を上に挙げて大人しくしろ!」
その後数人の大人がやってきて、取り押さえられた。状況が理解出来ない。
混乱したまま族長の家に連れて来られる。見張りに何人かついて、私を警戒している。険しい顔の族長と、他に長老会の幹部がやってきた。何が始まるの?
「忌子よ、貴様、言霊を使いよったな。」
族長が言ってる意味がわからない。言霊は言葉に魔力を乗せて、対象に影響を及ぼす。魔力を直接用いるので、属性に関わりなく誰でもできるようになるが、高等な技術が必要で、一朝一夕で身につくものでもない。
「私は言霊を使えません。」
他になんと言えというんだろう。
「使えないとな。そうだろうな、普通ならば、言霊という物は子供に扱える代物ではない。しかし貴様は普通ではない。」
そうこうしていると、一人の男が入ってきて族長に耳打ちした。
「成る程。そうさな、ではこれはどうか。」
それを聞いた族長は長老たちと話し始めた。しばらくして何か決めたようだ。
「よし、ガルシアにケルム、確認してきてくれ。」
長老達の中で女性の2人が頷いた。立ち上がって私に言う。
「此方に来い。」
二人について行って、隣の部屋に入る。
「服を脱げ。」
命令に素直に従う。少し恥ずかしい。下着を残して全て脱ぐ。
「下着もだ。」
幾ら同性とは言え、人前で全裸になるなんて。羞恥に肌を染め、もじもじしながら下着も脱いだ。
二人は真剣な顔で私をしげしげと見て、色々な箇所を触り始めた。
「ちょっ、何を。」
くすぐったさと恥辱に身悶えるが、二人はそれに頓着せずに続ける。
そこで私は状況の異常さに気が付いた。長老会の幹部が直々に忌子の体を検分している。こんな雑用を高い地位にある者が行う。この二人が特別な力を持っている可能性もあるけど、そんな様子は見当たらない。だとしたら、なるべく話を広めない為の措置?わからない。だけど、族長に長老会の幹部達集落の指導者が一堂に会し、私の事を調べるなんて、只事じゃない。
検分が終わったようだ。服を着る事を許された。そしてまた元の部屋に戻るり、報告が始まった。
「体中くまなく調べたが、傷一つなかった。耳以外は。」
それを聞いた族長は私に言う。
「ゲルプの倅に崖から突き落とされた割には、怪我一つ無いとな。」
ゲルプの倅?ああ、ガキ大将の事か。
「さらには傷が直ぐに治ったと。にも関わらず、左耳だけは治っていない。そして今まで使えなかった言霊を用いるか。赤毛に赤目、先代の記録とも一致しておる。」
何を言おうとしているのだろう。嫌な予感がする。
「貴様、さては代償魔法の使い手だな。」
膝がガタガタ笑う。視界がクラクラして、胃がキューッと縮む。立ってられない。へたり込んで、涙が一筋溢れる。終わった。何もかも。
「私を、殺すのですか。」
震える声で尋ねる。いやだ、まだ、まだ死にたく無いよ。
「殺しはせん。確かに貴様は忌子だが、明確な罪を犯した訳でもない。ゲルプの倅に言霊を使ったとしても、それは故意でもなく、何か怪我をした訳でもなし。しかし代償魔法は禁術よ、使えるだけで罪となる。かつて貴様のように、赤髪赤目で代償魔法を使える者がおったが、其奴は牢に入った。お前も同じに処す。」
私と同じだって!?聞かなければ。
「その人はどうなったのですか!?」
身を乗り出して質問する。
「、、、牢に入ってから1年で自ら命を絶った。」
ああ、耐えられなかったんだ。
「何か望みはあるか?」
「本を、何冊かください。できれば定期的に新しい物を。」
「よかろう。しかと聞き届けた。」
私は、諦めない。