閑話 忌子の知恵
リーシャ視点です。
エルフの寿命は長く、ほとんどの者は300歳を超える。しかし出生率は低く、集落には私を含め5人しか子供が居なかった。
エルフは20歳までは、他の多くの種族と同様に1年で1歳成長するけど、その後は老化する事無く若い外見のまま長い月日を生きる。つまりエルフにとって子供というのは大変貴重で、すぐに大きくなってしまう儚い生き物なのだ。
だからほとんどのエルフは、子供というものを大変可愛がり、ちやほやするものなのだ。
私は例外だったけど。
赤い髪と目を持ち褐色の肌の私は、忌子と呼ばれ、蔑み、無視 或いは虐められた。両親は私が生まれた事を大変苦々しく思っていたみたい。それもそうだよね。集落総出で母の妊娠を祝っていたら、出てきたのが私だったのだもの。
しかし私を殺す事は出来ない。エルフは同族殺しを最も忌避するもの。
同族の定義は髪や目でも、肌の色でも無く、耳の形で判断される。私は誰もが認めざるを得ない、長く尖った立派なエルフ耳だった。例え忌子だとしても、自分の子供を殺したとなっては批判は避けられないだろう。過失によるものでも、私が忌子であるから故意に殺したと疑われかねない。
だから両親は慎重に丁寧に、しかし愛情の一切感じられない世話を施した。
私は名前さえつけられなかった。忌子、それが私の呼び名。名前をつける行為は、つけたものを自分の庇護下に置き、その成長を願うという、親の証、親である事の最大の権利だ。
それを放棄された私は、自分で学び自分で生きていかなければならなくなった。私の世話をしながら吐く悪態と両親の喧嘩から、言葉を覚えた。
3歳を迎えた私は、食事以外全ての育児を放棄された。文字を教えられなかった私は必死で勉強した。 周囲からしたら不気味な事だろうが、私は頭が良かった。集落の人が妊娠祝いに持ってきて、結局使われる事のなかった幼児学習用の本をひたすら読み、独学でどうにかした。
幸運にも私の家は集落の図書館を管理する家系だったので、本から知識をひたすら取り込んだ。魔法の理論、体の仕組み、道具の使い方、動物やモンスターの倒し方…
5歳になった私は、ある事に気がついた。自分は特別な魔法が使える。
きっかけは集落のガキ大将に石を投げられてついた傷を癒そうとした時だった。当時私はまだ普通の魔法が使えなかったのに、そこそこ深い傷がみるみる塞がっていった。そして目眩がした。
両親は飢えない程度に食事を与えてくれたけど、それでも充分とは言えなくて、たまに貧血になった。その症状と極めて類似していた。
様々な文献を調べて、いくつかの実験を経て、答えにたどり着いた。
代償魔法。自身の体の一部を犠牲に、肉体を変容させ、願いを叶える能力。その特異性から禁術の一つに数えられる魔法。傷は恐らく血を代償にして回復したんだと推測している。
私は落胆した。心のどこかで、皆から認められる事を期待してたのかもしれない。しかし禁術では、認められるどころか集落から追放されかねない。
私は静かにひっそりと生きていく決意をした。この時から、弓の練習を始めた。食事も一人で賄えるようになろうと努力した。私が武器を持つ事に親はいい顔をしなかったが、手が掛からなくなった事が嬉しいのか、特に止められなかった。
9歳になった日のこと、代償魔法のことがばれた。きっかけは又もガキ大将。奴はあろうことか、狩をしていた私を崖から突き落とした。
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「ううぅ、痛い。」
体中傷だらけで、腹部には大きな裂傷が走っていた。意識が薄れて行く中、一つの願望が生まれた。
(死にたくないなあ。強くなりたいなぁ。誰から何をされてもへこたれない強さを。)
私の心は限界寸前だった。何をしてもうまく行かない。もう疲れた。でも、死ぬのは怖くて、どうしよもなかった。
しかし、最後の手段が発動した。左耳がネジ切れるような痛みを発し、強制的に意識が戻された。
起き上がって体を確認する。腹部の裂傷だけではなく、体についていた様々な古傷すらなくなっていた。それどころか、体の中に力を感じる。これは、魔力?
全てが吹き飛んだ。魔力!魔法を使えるかも!
試しにやってみる。人差し指を突き立てて
「水よ!」
何も起こらない。
「風よ!」
エルフに適性の高い属性が二つとも発動しない。なんとなく察しがついてしまったが、最後の希望を込めて叫ぶ。
「土よ!」
何も起こらない。やっぱりそうか。この時、私の心は再び諦観に包まれた。
「火よ。」
指先に炎が灯った。
後2,3話リーシャ視点です。