第七話
頑張って早めに投稿してみた。
代わりにメインがちょっと遅れているけど気にしない。
目が覚める。生前に染み付いた習慣はこの肉体でも変わらない。
時刻にして早朝の6時。この脳が勝手に目覚めるよう魂に刻まれている。
昨日は初のダンジョン探索であったのだが、結果は予想よりはなんとかなりそうだと言う事実。
ある意味では当然であり、そして必然だろう。
そもそもがアリーシャよりスペックの低い者が過去、何度と無くスタート地点から先に踏み出していったのだ。
慢心と言う愚かさを知る心。技量の卓越。実践経験。
それらを豊富に兼ね備えたアリーシャが苦戦をしない。
と言うのは極々自然であった。それが例え魔物相手でもある。
魔物と言う言葉に身構えすぎていたと言い換えてもいい。
無論。軽視すれば命はないだろうが、アリーシャの場合はもう少し気を抜いてもいいだろう。
グッと伸びをし、身体の筋肉を解していく。
すると腕に何かがこつんと。いや、ぷにゅっとした柔らかな感触が当たる。
「んっ? てっ――――私はそんなに節操無しであったろうか?」
視線を横にずらした先。そこにはあられもない姿をした“エヴリーヌ”が、心地よさそうに眠りについていた。
キャミソールから垣間見える未発達の乳房。
裾からちらちら顔を覗かせる白い清楚な三角地帯。
これはなんだろうかと、逃避染みた思考が駆け巡った。
白い肌と、少し肉付きの薄い身体に清楚なソレらがとてもよく映える。
(違うだろう。そうじゃなくて、どうしてエヴリーヌが私の泊まる宿屋に居るんだ)
そう。問題は即ちその一点に絞られるだろう。
確かに戦場暮らしであったアリーシャは、時には貪るように女を抱いた事もある。
生前の分身たる“ロンギヌス”は、アリーシャの誇りでもあった。
逞しいロンギヌスは天を突かんばかりであり、数々の活躍をしたものである。
無くしてしまった今では溜息しか零れないが……
取り敢えずベッドから抜け出す。シングル用ではあったが、元より現状のアリーシャも平均的な身長よりは少し小さい。
エヴリーヌの未発達と言う意味ではアリーシャと同じ、小柄な肉体も相俟って二人で寝られる分のスペースはあったようだ。
ふと自分の肉体を眺める。身長150程の少し小柄な身体。
スレンダーな肉体は綺麗に筋肉が付き、生前の己をどことなく彷彿とさせる。
胸を見る。トップは80を越えてはいないように見えるが、細身のせいもあって差を考えればBはあるかもしれない。
そんな胸を包むのは何故かアイテムボックスに入っていた、下着の一つ。
いわゆる“ブラジャー”だ。水色に白のレースが可愛らしい代物だが、なぜこんなものが。
と思ったものだ。今では布と擦れるのは存外に厳しいと言う事実を知り、やや恥ずかしいながらもきっちり付けている訳だが。
下半身も同デザインのショーツに包まれているが。サイズがピッタリなのがどことなく怖い。
未だ眠っているエヴリーヌをとりあえず置いておいて、アイテムボックスから軍服一式を取り出し着込む。
修復作用として、自浄機能まで軍服にはあるらしく、全く持っての万能っぷりであった。
(やはりこう……軍服はいいな。気が引き締まる思いがする)
厚い布地のせいか。ゆったりした服とかと違い、少し締め付け感のある軍服は身が引き締まる思いがする。
それはアリーシャにはとても心地良く、慣れ親しんだ感覚だ。
そうして着替えている内に、昨日の記憶も蘇ってきていた。
初心の洞穴からリブルーラに帰ってきた後。さぁ、パーティーは解散、別れよう―――
となった時。エヴリーヌがアリーシャの腕の裾を握って放さなかったのだ。
結局無言の瞳に負け、宿屋の主人に事情を話して同室に泊めてもらったと言う訳である。
エヴリーヌの過去をアリーシャは知らない。
もしかしたら両親は悲惨な死を遂げていて、仕方なく冒険者になったのだろうか。
それなら微妙に垣間見える、この世界初心者のアリーシャに劣らない知識の曖昧さや、帰る家がないのではないか?
と言う疑問にも納得が行くと言うものだ。
繰り返すが、アリーシャは善人ではない。
元英雄ではあるが、英雄は美化されてはいけないのだ。その本質は悪に他ならないのだから。
ようは勝てば官軍。その体現こそが英雄に他ならない。
それは常に己に言い聞かせてきた事でもある。
だからと言って悪逆非道でもないつもりではあった。
妹と言う存在が居るせいか。どうもエヴリーヌを放って置く気になれない。
とは言っても、現在余裕がある訳でもないと言うのもまた事実。
昨日入手したドロップ品は、全て“素材”と言われる換金アイテム。
ドロップ回数は3回で、内容は――――
ジャイアントラットの尻尾×2
スティルバットの牙×1
スティルバットの翼×1
ケイヴスネイクの肉×1
である。
上3種の換金金額がそれぞれ一律で15銅貨。
最後のケイブスネイクだけが唯一20銅貨である。
エヴリーヌへのドロップはジャイアントラットの尻尾で、後はアリーシャが受け取った。
ブラックウーンズのドロップは粘液が20銅貨。核が30銅貨。
つまり。計銀貨2枚丁度。2人分の宿で銀貨3枚と少し。
赤字であった――――
今はまだ金貨もあることから、暫くは何とかなるだろう。
だがしかし。それもこのまま赤字でいけば尽きてしまうのは道理。
そもそも、ドロップには運のランクも絡んでくる。
アリーシャの運だからこそ3回もドロップしたが、本来なら一度もドロップしない場合だって多い。
初心者の冒険者が金銭的に挫折する理由として。ちょっとした壁なのだ。
エヴリーヌが起きてくるまでに朝食でも済ませるかと決めて、そっと部屋を後にした……
――――眩しい。なんだか、久しぶりにたくさん寝た気がして、もぞもぞと寝返りを打つ。
……? …………エヴリーヌ、どうしてこんなところに?
目が覚めました。清潔なお布団にシーツ。窓から射し込む光がエヴリーヌの瞳を直撃です。
しょんぼり瞳を擦りながらふと。隣の部分からほんのり暖かな気配。
思わずエヴリーヌはそこに顔を埋めてしまいました。
途端にエヴリーヌにはない。“女の子”の匂いが鼻腔一杯に広がります。
そうです。あの人の匂いです、アリーシャ。
助けてもらいました。ウネウネ、ヌチョヌチョ、気持ち悪いのからです。
瞳。綺麗だねって、誉めてくれました。嬉しかったです。
黒い艶やかな綺麗な髪の人。少し切れ長の、ちょっと幼さの残る凛とした顔つき。
紫水晶の神秘的な瞳……きっと美少女。そう言って当たり前の容姿。
なのに口調がちょっと変な人。なんだか男っぽい?
エヴリーヌは嘘つきです。悪い子です。胸がちょっと痛かったです……
ほら、耳を澄ませば聞こえてくるのです。
チク・タク、チク・タク。時計の音。時のメロディ、機械の――音。
エヴリーヌは人間ではないのです。
でも。機械でもないような、そんな気がしてちょっと怖い。
だって、エヴリーヌは嘘つきだから、隠している。嫌われるのが怖い。
――どうしてこんな気持ちになるのエヴリーヌ?
よく、分からない。でも心地良かったのが大きな原因。
アリーシャからは、何となく懐かしい気配がします。
暗い、暗い気配……――貌の無いメッセンジャーと、空間を支配する神の匂い――
あれ? エヴリーヌは今何を考えていたのでしょうか。
とにかく、エヴリーヌは嘘つきなんです。
本当はお父さんもお母さんも最初からいません。
いいえ、居るのか知りません。
エヴリーヌは、記憶が曖昧なのです。
本当はどうして冒険者になったのかも良く分かりません。
ただ、漠然とそうしないといけないような、そんな気がしました。
でも、瞳を誉められて嬉しかったのは本当。アリーシャが気になるのも本当。
だから、昨日は思わず駄目だって分かってても袖を握ってしまったのです。
なんだか。そうしないといけない気がして。
感情って意味がよく分からないから。まだ、出し方がよく理解できないから。
ただジッと見詰めることしかできなくて。
それでもアリーシャはエヴリーヌを宿屋まで連れて行ってくれた。
嬉しかった。なんだか、心がぽっかり暖かくて、エヴリーヌの知らない思いが溢れてとまらない。
昨日のドロップ品。エヴリーヌはお世話になっているから。
本当は全部要らなかったのに。取っておけって言われた。
宿屋の代金も払ってもらって。エヴリーヌ、ちょっと申し訳ないです。
きっと、お金ないのアリーシャは知っています。
だから。今日はエヴリーヌがアリーシャの役に立ちたいと思う。
えっと、エヴリーヌのステータスの成長性――CDCASABA――を見せたら、とても驚いてたのが印象的。
実はちょっとエヴリーヌ。記憶と一緒に知識もあんまりなくて、何が凄いのか良く分からなかったけど。
でも、何となく役に立てそうなのは分かった。
エヴリーヌには魔法の才能があるって、クラス選定所の人も言ってたから。
アリーシャが騎士で、エヴリーヌは魔法使い。
なんだかとっても不思議。あつらえたかのような偶然。必然?
きっかり10分。目覚めて経ちました。
お目目もパッチリです。おはよう御座いますベッドさん。
あれ、アリーシャはどこですか? 部屋には居ません。
心がざわざわします。エヴリーヌ、見捨てられ……ました?
ぶんぶんと首を振ります。大丈夫、きっと一階です。
ご飯を食べに行ったに違いありません。昨日の夜もそこでご飯でした。
美味しかったです。鳥の煮込みでした、良い味です、マッチョな主人ナイスです。
小さな机に畳んでおいたローブと、ロングスカートタイプの簡素なワンピース。
ローブは黒一色で。知らないうちにエヴリーヌが着ていました。
魔法防御力と、物理防御力。それに魔法の威力をちょっと高めてくれます。
魔法攻撃力の上がる武器が無くても、これを着ていればパワーアップなのです。
んっしょと。すっぽりローブも被り、準備万端。
エヴリーヌは急いで一階へと駆け出しました――
朝食を食べていると、エヴリーヌが私の元へと掛けてきた。
「宿屋で走るのは厳禁だ」
そう私が言えば、表情のないままごめんなさいと口にする。
どこかホッとした響きが混じっていたのは、私の気のせいだろうか。
「エヴリーヌも朝食を食べるといい」
「……ありがと」
今日の朝食は簡単な野菜サラダに、トーストにハムや卵。
私のいた世界でも普通にあるメニューだが、使っている野菜が知らないものも多く、とても興味深い。
既に殆ど食べ終わってしまった私はそっとエヴリーヌを見守る。
昨日見せてもらったステータスには驚いた。
なんせ、魔力に対する才能がSランク。最高レベルときたのだから。
この世界で生まれた人では殆どありえない領域だ。
体力や筋力は平均ないし、それ以下だったが、優秀な前衛さえいれば問題はないだろう。
酒場に近い雰囲気の一階。そのテーブルに私は肘を付き、顎を乗せて向かいで小さな口に目一杯サラダとトーストを頬張るエヴリーヌを見る。
もきゅもきゅと忙しなく動く頬は、なんだか小動物じみた趣があった。
思わずその作り物めいた白すぎる頬を突いてやりたくなる。
軍や傭兵として、やろうと思えば即座に食事を平らげられる私と違い、エヴリーヌは恐らくは普通の少女。
見れば一生懸命早く食べようとしているが、それでも一般の成人女性より一歩劣るだろう。
「ゆっくり食べるといい」
「……待たせたくない」
「私からすれば、それでエヴリーヌの体調が悪くなるほうが目覚めが悪い。食事は味わって食べるのが、作ってくれた人へのせめてもの礼儀だ」
「……(こくり)」
そう言えば渋々だが、食事の速度が低下していく。
エヴリーヌは不思議な娘だ。どうにも邪気の無い性格に見える。
その反面、纏う雰囲気と言うのか。気配とも呼べるそれが、どこか混沌としているのだ。
どうも見た目と言うか、受ける印象と食い違っているためか、私には軽い混乱さえ覚える。
15分と少し掛けて残りの食事を食べ終わったエヴリーヌは、何やら決意したかのような表情で口を開く。
「エヴリーヌを、アリーシャとの冒険に連れて行ってほしい……」
「せやぁっ!!」
アリーシャの鋭い剣撃がスティルバットを一刀両断にする。
そのまま返しの刃でもう一体のスティルバットを斬り伏せてしまう。
バサリと二体の魔物が地面に落ち、そのまま自動となったドロップ分配に従いアリーシャのアイテムボックスに“皮の盾”が転送される。
エヴリーヌの一言から二人で初心の洞穴制覇の為に昨日見つけた階段、その手前で出会った魔物と戦闘を終え、一息吐く。
どういった心境かは不明でも、後衛が居るのはアリーシャとしても有り難かった。
「初心だと階層は多くて2階らしい。この先に、このダンジョンのボスが居ると見ていい。エヴリーヌは出来るだけ魔法の温存をしておいてくれ、雑魚は私が引き受ける」
「……(こくり)」
エヴリーヌが頷くのを確認し、そのままアリーシャ達は初心の洞穴2階層目へと進んでいった……
後書き
ある程度進んだら、魔物図鑑とか、スキル図鑑なんて作るかも。
その方が作者的にも、読者的にもいいかなぁと。
無論、出てくるのは作品内で登場したもののみ。
次回から本当にダンジョンさん盛り沢山になる筈。