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第五話

「それでは、ナイトでよろしいのですね?」

「ああ、構わない」

「では、近くにある拝命神殿へと向かい、こちらの紙を渡して下さい。転職を受けられる筈です」



 そう言って昨日クラス選定所で出会った女性が、一階の受付で手のひらサイズの紙片を渡してくる。

 それをそっと受け取れば、中にナイト転職希望と、なにやらそれ以外のデータが書かれていた。

 気になったものの、ここで読む訳にもいかないと、取り敢えず礼を告げクラス選定所を後にする。

 建物を出た瞬間、晴れ渡った空から眩しい太陽光が目を射す。

 紙片を手に取るが、どうやら暗号なのかどうか知らないが読み取れない。

 致し方ない、さて、とっと。一度伸びをし、そのまま広場の向かい側に存在する支柱やらアーチやらが目立つ、いかにもな神殿風の建物へと足を向けた。



 アリーシャは当初ブレイダーになる予定であったのだが、結局ナイトにすることにしたのだ。

 ナイト自体はまだまだ魔法抵抗が低いが、調べた結果、先の上位職ではそれらを補えそうなのが大きい。

 それまでは十分今の装備でも対応できるし、強力な魔法を使う魔物はそう多くないと図書館で学んだ。

 更に敏速は成長性もあることから、それなりに行動速度も維持できると踏んでいる。

 しかも前衛、特にナイトのようなタイプは、パーティーでも需要が高いと言うのも理由だ。

 ナイト特有のスキルには、単体から複数まで対象の気を自身に強制させるものが幾つかある。

 その防御能力の高さと前衛維持能力。それらはパーティーで必須と言えよう。



 ブレイダーにも相手の気。この世界風に言うのなら、“敵意”を集中させるスキルはあるが。

 ナイト程防御能力はないし、魔法には足止めなどの厄介なものもある。

 死亡だけは許されない。ゆえに、生存能力の高いナイトを選んだのだ。

 生存能力の高さはパーティーだけではなく、ソロでの有用性にも繋がる。

 幾分火力に難がある職らしいが、それも筋力の成長性で十分賄える可能性が高い。

 そうした結果、アリーシャはナイトになる決意をしたのだ。幸い寿命は人以上、レベルと名声は時間を掛けていけばいい。



 反対側という事もあり、あっさりと目的の神殿に到着する。

 時刻は既に十時前と、この世界での公的機関は早朝八時から大概は機能していることから、この神殿もその筈なのだが――

 どうも人の気配が薄い。アリーシャの気配察知には数人も引っ掛からなかった。

 内一名以外は神殿の奥からであり、実質的な受付だと思われるのは一名。

 取り敢えずはと三段程ある石段を昇り、扉のないその神殿へと入っていく。




「あら、お客様ですね。どのような御用でしょうか?」

「あっあぁ……私は――ごほん。失礼、クラス選定所からこちらへ行ってくれと言われて来た」


 アリーシャがそう告げると、久しぶりのお客様ですね、とそう言って言葉をかけてくる。


「選定所で貰った紙片をお持ちですよね、それを渡していただけますか?」

「――っと、これであっているだろうか」



 そう言って先程貰った手のひらサイズの紙片を渡す。

 中身を見ようとしたのだが、翻訳機能外なのか暗号か、クラス名以外はアリーシャには読み取れなかった。

 その紙片に目をさっと通し、十秒もしない内に紙片に下げた面を上げる。



「確かに――それでは、少しお待ち下さい。クラスアップの準備を致しますので」



 そう言って所謂いわゆる聖衣と呼べばいいのか、ゆったりとした布生地が特徴の法衣にも思える服装をした女性が神殿奥へと消えていく。

 深い海を思わせる青い髪は腰まで伸ばされ、艶やかに光り、神殿の明り取りの窓から射し込む太陽光を反射して煌いていた。

 身長は百六十に満たないだろうが、容姿は慈愛に満ち溢れ、どこか峻厳な、あるいは神聖な空気を纏っている女性。

 恐らくはこの神殿に勤務しているのだろう。さしずめ神官と言ったところか。

 その彼女が消えた後、アリーシャは深くを息を吐く。そのまま礼拝堂のような内部の、参拝席に座り込んだ。



 理由は全くもって不明であったが。最初彼女を見た瞬間。

 いや、この神殿に足を踏み入れた瞬間、奇妙な感覚を覚えたのだ。

 それは端的に言えば、不快感とも言える感情。あるいは居心地の悪さ。

 別段アリーシャに神殿やら宗教やらを忌避する気持ちはない。

 それなのに、まるで生理的に受け付けないかのような気持ちの悪さを感じてしまったのだ。

 まるで自分が邪悪な生き物にでもなって、この厳かな空気漂う神殿を本能的に忌避してしまったかのようだと、そう思ってしまう。



 ふと、それもあながち間違いじゃないなという思考が脳裏をよぎっていく。

 そもそもからして自身が善である筈がないと、そう思っているからだ。

 屍を築いた数は底知れず、悪徳に手を染めた数も定かではなく、命を金銭にしてきた。

 そればかりか無辜むこの民を手に掛けた。一度ならず何度でも。

 そんな男、いや、女が果たして善であると、神聖だと言えるのか。

 否。きっと己の魂は血に塗れ、穢れきっているだろうと自嘲気味に笑みを浮かべる。

 と、そんな事を埒もなく考えていると、神殿の奥から先ほどの女性が戻ってきた。 



「お待たせしました。どうぞこちらへ」



 そう告げると礼拝堂そっくりな神殿。

 その中央奥、普通なら神聖な像ないし、それに類似する物が置かれてしかるべき場所に女性が誘う。

 黙って頷きアリーシャは女性の後ろから続く。赤いカーペットは軍靴の音を吸い、まるで無音のようにさえ感じられる。

 神殿の中央奥、そこには巨大な鉄製か、あるいは別の金属素材か。

 白銀しろがねに輝く巨大な両押し式の扉が鎮座していた。

 細やかなレリーフには何かの絵が刻まれており、扉からは不思議な気配が漏れ出している。



 ここに入ってきた時程ではないが、やはりどことなく嫌な気持ちが胸を満たす。

 嘔吐感に近いだろうか。胃がむかむかとしてくるのだ。

 それを努めて表情には出さず、思ったより重くはないのか、女性がギギギィィと音を立て扉を押し開けるのを黙って眺める。

 と、人が十分通れるほど扉が開くと、奥には同じく白銀で出来た美しい椅子が一つ。

 天井のステンドグラスから射し込まれた光に照らされ、やや幻想的な趣きである。

 壁は乳白色であり、装飾品の類は一切見受けられない。

 さて、どうすればいいのかと思案しようとした時、女性がそれを察したのか口を開いた。



「転職に関してましては中央にある椅子に座り、暫くの間目を瞑っていてください。そうすれば望む職業クラスへと転職できますので」

「それだけでいいのか?」

「はいっ。職業によっては何か試練的なもの。幻視や幻痛などもあるのですが、ナイトにはそう言った副次的なものはありません」



 そう言って大丈夫ですよと。にっこり笑う法衣を纏った神官の女性が告げる。

 アリーシャの猜疑心を見抜いたのかもしれない。

 基本力とは肉体を磨くものだと、そう今まで思っていた為か、知らずにそんなのでいいのかと疑ってしまっていたのだ。

 それに気づき、この世界は自身の常識外にあるのだと改めて認識し直し、有り難うと神官に告げてそのまま椅子に向かう。

 背後からは「また後でお会いしましょう」と言う言葉と共に、ガコンッ! と扉が閉まる音が聞こえる。

 椅子に座り、そのまま瞑想するかのように精神を集中させ、瞳を閉じていく。



 暫くすると、体がまるで燃えるように熱くなってくる。

 が、それは一瞬で――熱はまるで染み渡るかのように体中に拡散する。

 それと同時、不思議な高揚感に包まれ、内側から力が溢れ出してくるかのような感覚が全身を満たす。

 完全にその感覚が霧散し、最後にはまるで生まれ変わったかのような爽快感だけとなる。

 これが転職。いや、クラスアップなのか……と、椅子から立ち上がって拳をぎゅっと握りこんでアリーシャは思う。



 心地の良い感覚を味わったまま、白銀の扉まで進み、そのままグッと力を込める。

 さほどの力を必要とせずに、扉はギィッ――と音を奏でて入り口を開放していく。

 そのまま体を滑らせるように開いた隙間に滑り込ませると、すぐ側には先程の神官が立っていた。

 まさか待っていたのか? と疑問に思った瞬間、それを見越したかのように神官の女性が口を開く。



「おめでとう御座います。きっと新たな職業は貴女の大いなる力となるでしょう。どうやら転職自体初めてらしいですね、よろしければ信仰判断も致しますか?」



 何故転職が初めてだと知っているのか。

 一瞬怪訝に思うが、もしや渡した紙片に書いていたのだろうかと思い至る。

 が、すぐさま思考は“信仰判断”と言う言葉に舞い戻った。

 信仰については知っていたが、その判断とはどう言うことか。アリーシャが調べた範囲では分からなかった事柄だ。

 分からなければ聞けばいいと、即座に判断し口にする。



「信仰判断?」

「はい、たまになんですけれども。生まれつき、あるいは知らずに特定の神を信仰対象としてしまっている。と言うケースがあるんです、それでその人が何の神を信仰対象としているのか、ここでは調べる事が出来るんですよ」


 なるほどと頷く。確かに知らずに神を信仰していて、それを知らなかった。

 なんて事があっては勿体無い。知っていれば行動の指標の一つになり得るのだ。


「それじゃあその信仰判断、とやらを頼む」

「はい、畏まりました。それじゃあ、私の手を握ってもらっていいですか?」

「手、を……?」

「そうです。私の信仰している神は、探知と探査の神で、相手に触れる事で信仰している神を知れるのですよ」

「そんな神の恩恵もあるのか――」



 この世界に来て、初めて直接的な神の恩恵を目にし、幾分アリーシャが驚く。

 今まではどこか遠い感じのしたソレが、いきなり身近に感じられようになったのだ。

 探知と探査と言うからには恐らく他にも何かあるのだろう。

 これはどの神を信仰に選ぶのかは重要そうだと思い、そっと女性の手――どうやらアリーシャより少しばかり大きめらしい――を念の為に両手で包み込む。

 男がやればセクハラ紛いにも思えるそれも、今では少女の身であるからして問題はない。



 女性にしてもその顔に嫌悪感はなく、逆に微笑ましそうな感じだ。

 恐らくアリーシャのことを見た目相応――見た目だけなら15歳前後に見える――の少女だとでも思っているのだろう。

 わざわざ説明するぎりもないので、女性が何やら物々と呪文らしきものを唱えているのを黙って聞いている。

 1分程だろうか。呪文を唱え、暫くの間目を瞑っていた神官の女性が何やら困惑したような顔をして口を開く。



「えっと……非常に言い難いと言いますか……その、どうやら強制的に強い力で信仰対象が固定されているようです。ただ、その神が……」


 おろおろと、何と言えばいいのか分からない。

 そんな表情で女性が途切れ途切れに言葉を紡ぐ。


「正直に話して構わない。いずれにせよ、何時かは知る内容だろう?」


 アリーシャの言葉にそうですね、と小さく頷き。

 一度深呼吸した後に凛とした声を張り上げた。


「結果に出た神の名前はあまりに強力過ぎて分かりませんでした。が、代わりに称号のようなものが浮かび、それが“虚空の門”と……私が感じたのは何か狂気的で邪悪な、あるいは神聖な……とても力の強い存在です」


 そこまで言うと、もう一度小さく息を吐き、ゆっくりとしかし、力強い言葉で告げる。


「ご注意下さい。聞いた事のない神ですが、恐ろしいまでに強力な存在です。きっと様々な恐ろしくも強大な力を授けてくれるでしょう。でもそれはきっと貴女を蝕み、失ってはいけない物を奪っていく諸刃の剣。これは加護であり、きっと呪いなんです。信仰対象は変更不可能、精神を強く持って下さい。そうすればきっと、代償を少なくして貴女の力となりましょう」



 そこまで一息で告げ、額に汗を浮かばせた神官の女性はちょっと強力な力に当てられすぎました。

 ごめんなさいと、そう言って神殿の奥に立ち去っていく。最後に、貴女に万物の加護ありますことをと祈って――

 それを何となく申し訳無い気持ちと、信仰に関してはなるほどと、不思議なくらい納得してしまう。

 そもそも、あの不思議な死後の世界で邪悪で神聖な神と出会った時から、まともには行かないだろうとなんとなしに予感していたのだ。

 ふぅっ、と息を吐き神殿から出る。すると、それに合わせるかのようにウィンドウが目の前に表示され……



〔おめでとう御座います! 貴女の信仰神が“虚空の門”と判明しました〕

〔おめでとう御座います! ステータスの一部が開放されました!〕

〔おめでとう御座います! スキルの一部が開放されました!〕



 と、表示された。

 リブルーラの宿屋に向かいつつ折角だと、ステータスを調べていく。

 すると能力値で体力と筋力が一上昇。敏速が一低下。

 更に全ての物理耐性が二上昇していた。

 総合ステータスにはクラスにナイトと表示され、信仰神と言う新たな場所には“虚空の門”と表示されている。

 更にSAN――正気度――値と書かれた項目も総合に追加されており、そこには33/36と書き込まれていた。


 

 恐らくは36と言うのはその正気度の最大値であり、33が現状の正気度なのであろう。

 尤も、こんなステータスは図書館では載っていなかったのだが。

 つまり……信仰神の影響と言うことだろうと判断する。

 名前から察するに、低下した場合(ろく)な事にならないに違いない。

 そうアリーシャは判断し、引き続きスキルを見れば――


 外なる神の加護☆

 (大いなる門。アウターゴッドの篤い加護(☆一つに付き運以外の各パラメータを元値を参照し1%上昇させる。代償として☆の数だけランダムで決められた数値分、レベルアップ時に最大SAN値が減少する))


 と言うスキルが追加されていた。

 星があることから、一部のスキルのように成長するのだろう。

 が、それによって正気度がレベルアップ時に毎回削られると言うのは如何なものかとアリーシャは思う。

 そもそも、正気度の回復方法も現状不明なのだから……



 思ったよりこの先の冒険は面倒になりそうだと、何だか癖になりつつある溜息を吐き。

 取り敢えず昼も近いと、昼食を取りに宿屋に一度戻ることにするのであった――――






 


 

後書き


久しぶりの更新です。

次回からようやく初ダンジョン+新キャラ登場。

正気度等に関しては幾分TRPGなどを参照しています。


また、この小説のあらゆる行動の一部はダイスで行動判定が行われています。

例えば好感度やレベルアップの能力上昇、ドロップ判定。

スキルの効果判定。が、それは主人公には与り知らぬ所……

他にも様々な要素がダイス判定を採用されており、作者の予想外な展開も発生し得る可能性があります。


それによって、あるぇ? な展開描写もあるかもしれませんが、御了承下さい。

主人公の行動によっては正気度が大幅低下し、外道王とか、鬼畜王とか、残虐非道王とかの街道を突き進む可能性も……

色々設定作りしてたら、もう一つの連載が、今日更新できなく――アバババr……


それでは、感想評価、特に感想を送ってくださいますとモチベや更新速度に幾分影響を与えますので、是非とよろしくお願いします。

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