第十六話
「自由迷宮?」
聞きなれない単語が宿屋の主人から放たれ、思わずアリーシャが鸚鵡返しに聞き返してしまう。
アイアン・ガーゴイル討伐からかれこれ一月程が経っているが、それでも一度として耳にしたことのない言葉だった。
インスタントダンジョンや不思議なダンジョンならよく聞く。だが、それを口にした店主の顔は苦虫を噛み潰したかのように、酷く渋面を浮かべている。
どう考えても縁起のよいものではなさそうだと、内心でアリーシャは考えてしまう。
「ああ、そうか。お前さんは常識に疎いんだったな……」
時刻はまだまだ早朝ともあり、アリーシャの他に食堂に人はいない。店主がそのがっしりした腕を組みながら、一つ深いため息を吐き出す。
そしてゆっくりながらその概要を口に乗せた。
「この世界には真実神様ってのが存在している。でもこれが不思議なことにカミサマってのは二種類いてな。一つはまるで神のような特別な、あるいは無類の力を持つ種や単一種。そしてもう一方が事実この世界を支えている、本質的な意味での神。両方とも善悪さまざまだがね」
そう言った主人の顔には一滴の影が射している。何か過去にあったのかもしれない。
「それが一体さっきの言葉となんの関係が?」
先をさとす意味も込め口にすれば、こくりと店主が頷いた。
「ある。でだな、お前さんも知ってのとおり、迷宮には主に二種類ある。一度攻略すれば消えてしまう、階層も比較的浅いものが多い速成迷宮。そして階層も深い場合が多く、また階層毎のマップも変動する場合が多く攻略しても消えない、不思議な迷宮」
そこまではアリーシャも知るところだ。黙って頷く。
「けど、一般的にはあまり知られていないが第三のタイプが迷宮には存在する。妙に思わないか? 人は出入りできるのに、中の魔物が外に出てこないのを」
その言葉にアリーシャの顔が“まさか”と言う驚愕に染め上げられる。考えなかった訳じゃない。それでも“そういうもの”なのだと、どこかで思ってはしなかったか?
アリーシャの反応に店主は黙って。しかし深く重く頷いた。それは恐ろしい真実を肯定している証拠だった。
「理由は不明だが、原則迷宮の魔物が外へ出ることはない」
「……原則」
「そうだ。何事にも例外ってのはあってな。それは迷宮の訳分からないシステムも同様なんだ。極稀に、インスタント、不思議の問わずに魔物が迷宮から外へと侵略してくるダンジョンが現れる。インスタントならまだいい、一度攻略すれば消滅してしまうからな。だが不思議なダンジョンの場合はそうもいかない。そしてその迷宮の深層には高確率で“神”が発生する。あるいは、そのダンジョン自体が“神”の差し金の場合も、だ」
攻略しても消えない不思議なダンジョン。その場合に自由迷宮が発生したらどうなるか? 考えるまでもなく愉快なことではないだろう。
ただでさえ迷宮は無限に魔物が沸く坩堝だ。それが消えないとなれば、延々と魔物が外に吐き出されることを示している。
しかも神が、アリーシャも出会った存在達も関与している可能性もあるのだと話す。そうでなくとも、種として神とも呼べるような強力な存在が巣くっている場合もあると。
だが、それが真実ならこうも人類がこの世界でこうも発展しているのだろうかと。そう疑問に思うが、同時に対処法ならあるのだろうと幾つか自身でも思いつく。
「その顔だと気づいたようだな。原則不思議な迷宮は消えない。これも例外があるが、特例だからあてには出来ない。ならどうすればいいのか? 答えは単純だ、入り口を封印してしまえばいい。ただ、相当強力な封印を施さないと、高レベルダンジョンの場合突破されてしまう危険もある。専門の封印師が存在するが、各国でも数は少ない。法によって要請された場合、無条件で封印師を派遣する決まりだが、到着するまでは現地で対処しなければならなくなる。簡易的な封印、あるいは迷宮に潜り魔物を討伐し時間を稼ぐなどだ……」
そこまで口にして、再び店主が憂鬱だと言わんばかりに特大のため息を吐き出した。その態度、そして何故こうも詳しく話してくれたのか、嫌でも馬鹿でも理由は分かろうというものだ。
「出現したのか、その自由迷宮が」
アリーシャの言葉にカウンターに腰を預けたまま店主が黙って頷く。深い沈黙が二人を包み込んだ……
それを破ったのはアリーシャが先だった。
テーブルに置かれた冷水入りのコップを掴み、一口含んで嚥下。そのまま真剣な表情で口火を切る。
「その封印師とやらが来るまでどれくらい掛かるか分かるのか?」
「知り合いが役所に居るが、まだ確認中らしい。それでも最速で1週間は掛かると言っていた。この都市は主要都市と言っていいレベルだが、比較的出現ダンジョンのレベルは低い。おかげで熟練の冒険者は少なくてな。そうなると、簡易でも封印のような高等魔法が使える者が居るかどうか……」
再びアリーシャと店主の間に痛みすら感じられる沈黙が舞い降りる。そしてそれを破ったのもまたアリーシャだった。
「ダンジョンの想定レベルはどうなっている」
その言葉に忌々しそうに顔を店主が歪め、「自分で確かめて見ろ。光点の色がMAP状でも違うからすぐ分かる」と口にし黙ってしまう。
それに従いコミュニターのマップを見れば、確かにリブルーラから程近い、南西1~2キロ地点に黒い光点が発生している。
カーソルを合わせれば――――
《垣間見える深淵の洞窟
タイプ:洞穴
推奨レベル:アンノウン》
確認出来たのはそれだけだった。これを目にしたアリーシャの顔が、生前何度も晒したとある表情を見せる。それは戦場で苦戦を強いられた時、難しい戦場で総指揮を執った時。
言わば楽には事がすすまない時に見せる、苦汁をともなった表情だった。それだけ、この世界で未だ日が浅いアリーシャにもこの迷宮が“危険”だと理解出来た。
推奨レベルとは魔物のレベルの目安となる。それが不明と言うだけで相当ヤバイと言えよう。だがそんなことより不味いのが、その称号だ。
大抵は簡素な場合が多い。初心者の、散策する、聳え立つ~のように。が、今回は二節で書かれているばかりが、その称号もどこか禍々しい。
称号はその迷宮の難度を推定するのに役立つ要素だであり、その性質をも表している。それはつまり、この迷宮が明らかに中級以上ないし上級に属する迷宮であることを示していた。
この一ヶ月程でアリーシャ含め、エヴリーヌやリーゼロッテのレベルは飛躍的に上昇している。
アリーシャは既にそのレベルを17にまで伸ばし、エヴリーヌとリーゼロッテもそれに続く16だ。更に言えばエヴリーヌもリーゼロッテもクラスチェンジし、より上位の職業に転職していた。
潜るダンジョンも初心者を卒業し、今ではやや遠出して中級者相当のダンジョンに潜ったり、依頼などもこなしている。装備やスキルも大きく充実し、戦闘経験もそれなりに積んでいた。
その成長速度はすさまじいの一言であろう。アリーシャと言う、魔物相手ではないが戦闘のプロが居るとはいえ、確実にエヴリーヌやリーゼロッテの才能や努力によるところが大きい。
それでも。そう、それでもこのダンジョンに行けと言われたら即座に頷けないだろう。それだけこの迷宮はどうも“嫌な予感”をアリーシャに感じさせる。
「理解したようだな。恐らくは上級レベルの迷宮。インスタントと見るか不思議なダンジョンと見るか。最悪を想定するなら後者だろう。今は出現したばかりもあり、出てくる魔物も地表階層付近の雑魚とは言えないが、それでもマシな類らしい。リブルーラ所属の警備隊がなんとか持ちこたえているが、そう持たないのは間違いない」
そう言われアリーシャは考え込む。選択肢は大別して二つあった。一つはこのままリブルーラを見捨てて避難すること。
二つ目は消極的にしろ、積極的にしろ、封印師が来るまでリブルーラで恐らく近いうち来るだろう防衛線に参加すること。
前者後者ともにメリットデメリットが発生する。前者は生存そのものがメリットだが、この行動が臆病者だと、リブルーラから発信されてはこれからの行動に支障がでかねない。
アリーシャ達も今じゃ立派な中級相当の冒険者として、この街でもそこそこ顔が知られているのだ。
後者のデメリットは単純に命を失う危険性が高いこと。メリットは上手く立ち回ればリブルーラに対して大きな貸しを作れるし、他の都市や国とのパイプを持てる可能性もある。
同時にアリーシャをこの世界に落とした存在の言っていたポイント。それを稼ぐことにも繋がるだろう。
そして究極的なメリットとして、それはやがてアリーシャの“望み”へと繋がる道もである。
(一見後者の方がメリットが高いように見える。だが、俺には時間もある。焦る必要はない。しかし、それで“やつら”は満足するのか? それにこんなまるで“用意”されたかのような活躍の機会、この先で会えるかどうか……)
アリーショの相対した存在は神聖とは決していえない禍々しさがあった。同時に、かといってそれは邪悪なのかと言えばこれまた微妙だろう。
あえて言えば人に近しかった。邪悪であり神聖。それが極端な揺れ幅で存在してる高次生命体。そんな者達が果たして本当に、あの場で言っていたことを守るだろうか?
それは非常に危険な思考だとアリーシャは思っている。どんな存在が相手だろうと、口約束程薄いものもそうはない。それでもそれを信じるしかないのだが、考慮しておくのと全く考慮しないのとでは過程が変わってくる。
そして約束を絶対と信じる程アリーシャはお人よしではないし、あの存在を信じてもいない。そうなると積極的にアピールなりをし、少しでも有利にことが運ぶようにするべきだろう。
(それは結局俺の都合だ。極端に言えば我侭と違いない。それを彼女達に科していいのだろうか?)
問題は考えれば考えるほど出てくる。考えることは山のように多い。それでも決断しなければいけないだろうし、その期限も恐らくは近い。
最悪エヴリーヌ達とは別行動で参加した方がいいのかもしれないとすら、アリーシャは思っていた。だがそれにはエヴリーヌが問題だ。
彼女は不自然なまでにアリーシャに懐いている。そしてアリーシャもエヴリーヌに妹を重ねて見ていた。言わば、それはこの世界で始めて出来た守るべきものであり、枷だった。
アリーシャが別行動をしようとしても、エヴリーヌはそれを反対するだろし。嘘を付いてもその内流れるだろう話から、アリーシャの目的を察し、勝手に残ってしまうかもしれない。それなら行動を共にした方がお互いの為だろう。
リーゼロッテにしても正義感がそれなりに強い。それが彼女の品のよさからくる、無知な白色の正義感だとしてもだ。
話が流れればリブルーラの為に尽力しようとするだろう。離れてもそうなるなら、やはり一緒に行動するのが最善だ。
そこでまた己の我侭につき合わせてよいのかと戻ってしまう。店主が何時の間にか消え、食堂にちらほら人が増え始めた頃、ようやくアリーシャは1つの答えを持って自室に引き上げた………
後書き
とりあえず、予定していた過程をかなりキングクリムゾンして、先に進めます。
リブルーラ編もそう長くはなさそうです。
今回はリハビリがてらの繋ぎと言った話です。
http://1596.mitemin.net/i27153/
↑は最近描いた絵で一番新しく、別作品のキャラ画でもあります。
こっちも、そのうちこんな感じで改めて描ければいいなと思ってます。
まだ枚数は二十も合計描いてないけど、もっと描いて上達したいものです。




