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第十三話

 リーゼロッテとパーティーを組んだ次の日、アリーシャは朝食を食べていた。

 安らかなる亭の1階、宿屋の帳簿をとる受付の右の食堂。

 複数あるテーブルの1つに2人は座っている。

 今日の朝食はアリーシャの世界でも馴染みのあった四角いパン生地を使い、間に様々な具材を挟んだものだ。

 新鮮なとある世界ではレタスと呼ばれる野菜を一番外に挟み、そこに他の野菜を足していく。

 最後にリンデォーと呼ばれる魔物の肉を、1週間特製のタレに漬けたものをスライスして野菜の中に挟む。


 

 もう一品皿に盛られたサラダがまた食欲を増してくれる。

 真っ赤に熟れた見た目果実の野菜。歯ごたえがシャキシャキとした、スライス状の元は棒状だろう緑黄色野菜。

 パンにも挟まれているレタス。そこにアリーシャの世界にもあった、ブロッコリーと呼ばれる野菜に類似した色違いのもの。

 そしてツェルニと呼ばれる魚。それを酢で味付けし、身を締めたものを入れてある。

 どうやら今は夏も前らしく、暑い日が続く中では嬉しい内容だ。

 


 アリーシャがパンを食べつつ、時にサラダに豪快にフォークを滑らせていく。

 飲み物の代わりに用意してもらったエールを呷れば、生き返る心地だ。

 向かいの椅子に座っているエヴリーヌと言えば、その小さな口を懸命に動かし、その口のサイズには少々大きなパンを小動物さながらの調子で口に運んでいる。

 もっきゅもっきゅと擬音がしそうな様子で口が動く様は、中々に見ていて飽きない。

 どうやらサラダに入っている魚がお気に召したらしく、フォークで選んでは口に運び、その瞳を酸っぱさに細めている。



「ははっ、嬢ちゃん達は美味しそうに食ってくれるから、こっちとしても作りがいがあるよ」


 食堂の奥、恐らくは厨房から主人が顔を出し、忙しなく口を動かすエヴリーヌとエールを呷るアリーシャを見比べ、嬉しそうに笑みを浮かべる。


「私は遠い地の出身なんだ。だから主人の作る料理は珍しい物が多い。それになにより、美味い」

「……美味しい」


 口を動かすのを止め、ごくりと飲み込んだエヴリーヌがアリーシャに続く。


「いや参った。綺麗な女性に言われると、こっちも悪い気はしない。ほら、これも食いな!」


 主人が笑いながら1つの皿をテーブルに置く。

 どうやら串物らしく、4本の串に種類の違う肉が刺されている。


「美味い……」


 1本手に取り口に含めば、タレは恐らくパンに挟んだ肉と同じものだろう。

 濃くのあるタレだが、肉自体の味が淡白なのか、非常にマッチしている。

 

「本当は夜に出すやつなんだが、そんな美味しそうに食べてもらっちゃ、出さない訳にはいかないだろうさ。夜はコイツをメインで出すから、気に入ったのなら早めに戻るといい」

「そうさせてもらうとしよう。これは酒に良さそうだ、アルコールは?」

「追加で料金を出してもらえば、焼酎を出す」

「それは楽しみだ――――」





 満足の行く朝食を終えた後、エヴリーヌとは別行動となってリブルーラに出てきた。

 時刻はまだ9時前だが、既に多くの店が開店し、大通りも小道も人で賑わっている。

 今日は休日としている為にこうやって出てきたが、特に重要な用件がある訳でもない。

 エヴリーヌは何やら服飾系の店を見てくると言っていたが、アリーシャは下着と軍服さえあればいいと思っている為問題はない。

 これで軍服が毎回洗わないといけなかったのなら別だが、幸いと言ってよいのか、自浄機能などという有難い効果を持っているおかげで毎朝清潔だ。

 この世界はアリーシャの世界よりやや不衛生ようだが、アリーシャとしてはしっかり風呂も毎日入りたいし、服装も清潔で居たい。



 アリョーシャであった頃。特に傭兵時代は不潔極まりない生活に身を窶していた事もある為、反動かどうか不明だが、国に仕えてからはその辺に拘るようになったのだ。

 と言っても、別に服装に拘りがある訳でもないので、清潔でさえあれば同じものでも構わないと言う考えに帰結する。

 安らかなる亭のある地区から、工業系が集まる地区へと移動していく。

 風景も徐々に物々しい、金属音は響いたり、煙突から煙が立ち昇っていたり、石畳が続くものへと変化している。

 この辺りは職人達が多く集まっている地区であり、ガラス製品から陶器。

 あるいは鍛冶屋まで、様々な店が軒を連ねている。



 その1つ、目的の店へとアリーシャは入った。

 重々しい厚い木製の扉を開けば熱気がアリーシャを歓迎する。

 外に比べて10度近い温度差があるかもしれない。

 店内と呼んでいいのか、狭い室内のあちらこちらに作りかけの武器が並んでいる。

 小さな明り取りから漏れる光。そして奥から煌々と瞬いている、真紅の光がそれらを照らし出している。

 アリーシャは直感した。間違いなくここの鍛冶師は腕の良い職人だと。

 傭兵時代で培った経験がそうアリーシャに囁きかけた。



「客か、用は?」



 奥の炎の色が漏れ出している部屋から1人の小柄だが、がっしりとした体型の立派な髭を蓄えた人物が顔を出す。

 身長は今のアリーシャにすら満たないだろう。

 反面筋肉はこれでもかと盛り上がり、今のアリーシャにはない物だ。

 何より焼けた肌と、その放つ気配が職人としての誇りを窺わせた。



「武器の手入れを頼みたい」

「手入れ程度なら武器屋にで……も」


 こちらを殆ど見ようとせずに、手を振って戻ろうとした男がアリーシャの取り出した剣を見て動きを止めた。


「こいつぁ……」



 そう言って置かれたブロードソードをまじまじと眺めだす。

 ブラッディベアーとの戦闘がトドメであったが、それ以前からも大分ダメージが溜まっていたのだろう。

 刃は所々欠け、剣身には僅かな歪みが見て取れた。

 普通に使えばまず起きないレベルの損傷。あってもそれは使用者が余程のぼんくらの場合だ。

 特に特殊な効果は無いが、非常に頑丈なのがこのブロードソードのうりなのだ。

 一般人であれば手入れを怠ったのだと嘲笑するだろう。しかし目の前の鍛冶師は違った。

 彼にはこの剣が経た時が鮮明に脳裏に映っている。



「すまない、少し身体を触らせてくれないか」



 ブロードソードを10分近く凝視した後、それをカウンターに置き、本来ならセクハラとも取られかねない言葉を発する。

 それにアリーシャは黙って頷く。鍛冶師の瞳には真摯な輝きが灯っていたのだ。

 それは何かを決意した者の目だ。

 無骨で大きな節くれだった手がアリーシャの腕や腰、太股を撫でていく。



「力を込めてみてくれ」



 言われたとおりに全身の筋肉に力を入れる。

 今までは女性の柔らかな感触しか伝わらなかった肌が、その瞬間しなやかな筋肉に覆われた。

 まるで皮膚の底で眠っていたかのように、その筋肉は柔らかな肉の下から顔を覗かせる。

 一見筋肉質に見えないながら、その纏う筋肉は使用一辺倒であり、飾り気がない。

 普通に筋力を鍛えたからと言って見につくような物ではない。 

 極度の鍛錬と、その先にある様々な実践と動きを経て、次第に無駄を削ぎ落としていった筋肉だ。

 アリーシャが男性より受け継いだまさに至宝と呼ぶべき、英雄の肉体であった。



「今まで多くの身体を見てきたが、ここまでのものはそうお目に掛かった事が無い。嬢ちゃん、あんた剣を握ってどれくらいになる?」

「かれこれ20年以上は使っている」

「そうか……たったそれだけでここまで至ったのか……見ろ、この剣を。これはしっかりとした技術で振るわれながら、その技量と力に耐えられなかったのが原因だ」


 そう言ってどこか優しげな顔つきで剣の腹を撫でる。

 彼にはきっと剣の記憶と思いが伝わっているのだろう。


「確かにこれじゃあ、普通に直したんじゃ意味がない。一度炉にくべて、芯鉄から打たなきゃならん。だがそれでも直ぐにこの状態になるのが関の山だ。剣自体を変えた方がいいぞ?」



 鍛冶師の言うことは実に正鵠を射ている。これが生前の筋力であったのならば、まだ長持ちしたことだろう。

 これでもまめに手入れ程度はしていたのだ。それでも結果はこの通りである。

 増加した筋力と、普通なら使われない技術。双方が剣の寿命をすり減らしていった。

 


「それは私も考えたが、今は金が無い。暫くはこれでどうにかするしかない、武器はどうも高いようだからな」


 そう苦笑気味にアリーシャが答える。すると鍛冶師がにやりと笑みを浮かべた。


「俺が嬢ちゃんの為に1本作ろう」

「金がないと……」

「代金はコイツでいい。いい剣だ。剣が、じゃない。担い手に恵まれて、その力を十全に発揮した武器だけが持ち得る気配。だからこいつはいい剣だ、鉄屑に戻すには早い。俺に任せてくれれば、こいつの芯鉄から今の嬢ちゃんに相応しい1本を鍛えてやる」



 ここで頷いてよいものかとアリーシャは悩む。ロハ程高いものは無い、と言いたいところだが。

 彼の情熱と思いは間違いなく本物だ。ここで頷けば素晴らしい1振りを鍛えてくれるだろう。

 しかし、それに見合った対価を今のアリーシャは用意出来ない。

 この世界は武器や防具が高いのだ。1から頼むとすれば、どれだけの費用と材料が必要なのか。

 金が好きだからこそ、払う対価も誠実でありたいとアリーシャは思う。

 だからこそ、渡したブロードソードだけで釣り合いが取れるとは思わない。

 それはただ必要に応じて振るっていたに過ぎないのだ、彼の言うような内容ではない筈である。

 悩むアリーシャに痺れを切らしたのか、彼、鍛冶師が口を開いた。



「わかった。代金は出世払いでいい、それまではうちに武器防具関係は相談しにこい。それが対価だ」

「……好意を無碍にすることはないと昔言われた事がある。それでお願いしたい」


 渋々と頷くアリーシャに鍛冶師が笑う。


「ハッハッハッ! こっちが作りたいと言っているんだ、嬢ちゃんは黙って受け取ればいいんだよ。よし、それなら話しは早い方がいい。身長とそれに手を見せてもらうぞ」



 メジャーをどこからか持って来る。そのままそれを持って身長を測り、カウンターに置いてあった紙に書き込む。

 近くにあった椅子を引き寄せると、アリーシャに座らせ、そのまま手を握り色々力を加えたりしていく。

 10分より少し程経った後、鍛冶師の顔がアリーシャの手のひらから起き上がる。

 最後に何やら用紙に書き込んでいるのを好奇心から思わず覗き込む。

 どうやら今書いているのは使用する材料なのだろう、アリーシャの知らない単語が多い。

 クルージア鉱、ダマスカス鉱、くろがねの水晶、Aランク級透明の魔石。

 他にも竜の鱗やらなんやら、見たことも聞いたこともないような単語が踊っている。



「出来るだけ早く用意はするが、それでも1週間欲しい。手元にないので必要な材料がある。それまでは悪いが、冒険は控えてくれ」

「分かった。それでは1週間後の昼に受け取りに来ればいいのだろうか?」

「その通りだ。期待してくれて構わんぞ」


 そう言って不適に笑う鍛冶師を見て、ふとアリーシャは名を聞いていないことを思い出す。

 

「私としたことが、名を訊ねていなかった。伺っても?」

「なんだ、そんなことか。俺の名前は別に親父でも、鍛冶師でもいいんだが……ラウルと呼んでくれればいい」

「では、ラウル殿、1週間後に」

「あいよ」


 奥に戻っていくラウルの背中を見送り、またアリーシャもリブルーラへと戻っていく。

 次はどこへ向かおうか思案しながら……


 





後書き


遅くなりました。最近落書きにはまってしまい^^;

取り敢えず武器調達の巻き。

よく武器関係とか、手入れはどうしているんだろうと他者様の作品を読んでいる時に思う事があります。

まぁ、どうでもいいことかもしれませんが。


それでは、感想や評価。特に感想はモチベ向上の為にも送ってくださると嬉しく思います。

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