第十話
司書の名前を知ってから一週間程過ぎた。初心者クラスのダンジョンを、エヴリーヌと共に既に3度攻略している。
収入も一度の挑戦でボス退治までいける為、十分なプラスとなっている。今ではフェニオール金貨5枚がアリーシャの財産だ。
レベルも両者共に5に上昇し、エヴリーヌも魔法を新たに幾つか習得し武器まで購入している。
アリーシャに関してもスキルを習得しているのだが、1つ悩ましいスキルまでついてきている。
“狂化”と呼ばれるスキルなのだが、図書館で調べてもナイトのスキルではないと判明。
恐らくは信仰している神に授けられたスキル。効果は以下になる。
〔狂化〕
効果:邪神の狂える加護を得る。正気度が5+1~6減少し、代わりに筋力・敏速が50%上昇し全ての耐性が2上昇する。効力は5分持続し、重ね掛けは出来ない。
条件:邪神の特性を持つ神を信奉している。
補足:正気度が一定値以下になると、おぞましい結果を齎すので注意。
他にもナイトとしてのスキルや、剣技系スキルも覚えたのだが上記スキルが一番特筆すべき対象だろう。
レベルも上昇し正気度の最大値は57となっているが、それでも気軽に使えるようなものではない。
しかも減少の値に、ランダム要素が混じっているのが嫌らしい。
補足の内容も非常に気になる。流石に半分程度までの減少は大丈夫だろうとアリーシャは根拠もなく思っているが、最悪でも30%を下回らないようにしたいとも考えていた。
正気度と言うくらいなのだ、なにか異常な思考をしてしまったり、暴走する危険は容易に読み取れる。
ふと隣をアリーシャが見ると、エヴリーヌが早朝からの行動の為かウトウトと舟を漕いでいた。
空を見上げれば雲一つない青空に、太陽の光が燦々と降り注いでいる。
この世界にも四季があるらしく、今は春の中頃。前に居た世界より少し暖かい。
現在二人が居るのはリブルーラから西へ2キロの地点、インスタント型ダンジョン“散策の森林”の前だ。
見た目には100メートル範囲程度に見えるが、侵入するとそこは既に異界だと言う。
見た目と内部の広さが異なるタイプのダンジョンである。
こうも春うららかな陽射しに居ると、エヴリーヌでなくとも眠くなると言うものだろう。
そもそもアリーシャ達がこの場所に居る理由は昨日に遡る……
――――昨日アリーシャ達はレベルが5にあがった。
能力値も上昇し、これなら十分初心者系のパーティーを結成することが出来るだろう。
こちらからパーティーに入ろうにも、募集している低レベルパーティーはほぼ皆無なうえ、あっても2人同時に許可される可能性は低い。
結果的にエヴリーヌと相談し、無いなら募集すればいいじゃない。
と言う結果の下に、コミュニターのパーティー募集項目を開き、次々と必要事項を記入。
以下は完成した募集記事である。
【初心者パーティメンバー募集中】
内容:こちらレベル5の前衛+後衛魔法使い。主に後衛の回復系の人物を募集中。それ以外の人物も可。報酬の分配等は現地で応相談。
条件:レベル3以上の冒険者。
目的:インスタントダンジョン攻略。
最低限の必要事項を記入しただけの内容はある意味アリーシャらしい。
登録の項目に手を触れれば〔登録を完了しました〕と言う文字がウィンドウで踊る。
エヴリーヌが興味深そうに宿屋のテーブル、その横からウィンドウを覗き込んでいた。
それに苦笑しつつ、頭を撫でて一階へと一緒に行き朝食にする。
アリーシャにとって、既にエヴリーヌは第2の妹みたいものと言えた。
その後、エヴリーヌを連れてアリーシャはリブルーラ大図書館へと赴く。
フランセットに目的の書物――魔法関連と魔物関連――を頼んでいると、なにやらエヴリーヌからちょっと拗ねた感じの視線をアリーシャが受ける。
まぁ子供特有の感情だろうと一人納得し、そのまま本を受け取りテーブルで読書タイムへと移行。
暫く頬をぷくっと膨らませていたエヴリーヌも、読書自体は好きなのか、アリーシャが気づいた頃には機嫌は元通りであった。
一時間ほど魔法関連の書物を紐解きつつ、内容を頭の中で整理していく。
まず。そもそも魔法とは一体なんのか、と言うところからアリーシャは調べた。
世界の全ては情報、あるいは概念と呼び変えてもいいもので構築されている。
実際には最小単位物質なのであるが、それに形を与えているのは上記のものなので間違いではない。
そして、魔法とはそれら概念に干渉し、望む形に変化させる術だと言う。
ただし、オリジナルで魔法を作り出すのは困難らしく、魔法を扱う人物の9割9分は既存の魔法を習得して扱う。
そしてこの魔法を発動するには、概念に干渉するための“キーワード”が必要だ。
そしてキーワードは二つに分かれている、一つは“魔法名”。魔法の名称そのものであり、その魔法の大まかな実態を指す。
もう一つが詠唱や呪文と呼ばれるものであり、こっちは概念にこうしろと言う感じに命令を下す力みたいなものらしい。
そして2つ目のキーワードは別名“節”と呼ばれる。魔法には位階が存在し、位階の高い魔法、つまりは効力の高い魔法が総じてその第2キーワードが多くなる傾向にある。
それらはまるで詩や歌なんかのように見れることから、第2キーワードは節と呼ばれるようになったと言う。
例えば、『大地よ、石の礫』の魔法は1節魔法と呼ばれる。大地よ、がその節に該当するのだがそれが1つだけだからだ。
そしてこの節が1から4つまでを第3位階の魔法。5から8を第2位階の魔法、それ以上のは第1位階の魔法と呼ばれるらしい。
ふぅっ、とアリーシャが目頭を揉み解す。
エヴリーヌの方を見れば、なにやら“魔法の効果的使用”と名打たれた本を読んでいた。
それを見て良いことだと小さく頷く。そこに魔物の知識が更に加われば、きっとエヴリーヌは立派な魔法使いへと変貌を遂げるだろう。
元々魔力の素質、魔法への素質は高いのだ。能力なんてレベルが上がっていけば増える。ならば真に必要なのは知識。
状況に応じて独自に判断して効果的な魔法を扱うこと出来るだけの知識、それが一番エヴリーヌの為になるだろう。
他にもざっと3位階の魔法の特性などを眺めつつ、今度は魔物図鑑へと書物を変える。
〔募集ルームに“リーゼロッテ”様が入室しました〕
眼前に急にウィンドウが立ち上がり、パーティー募集に誰か人が来たことを知らせてきた。
実はパーティー募集では、チャット機能なるものが付属されているのだ。
入室時には表記用の名前を登録する必要があり、本名以外を登録することも可能である。
アリーシャの登録名は“傭兵”だ。
即座に横の“ルームを開く”と言うメニューにタッチし、自身もチャットルームに入室する。
エヴリーヌがこちらを見ていたので、簡単に説明し、そのままでいいと告げておくと読書に戻っていく。
〔募集主の“レイヴン”様が入室しました〕
レイヴン:『初めまして、募集主のレイヴンだ』
リーゼロッテ:『あっ、こちらこそ初めまして。リーゼロッテです』
レイヴン:『早速だが、パーティー希望であっているだろうか?』
リーゼロッテ:『はい! 初心者用の募集が無くて困っていたんですけど、今日見たらこちらの募集を見かけまして』
レイヴン:『なるほど……参加希望は君1人か? それとクラスとレベルも出来れば明かして欲しい』
リーゼロッテ:『参加希望はわたし1人です。クラスは1次職の癒し手で、レベルはその、募集ギリギリの3レベルなんです……』
レイヴン:『いや、回復系の職なら大歓迎だ。それに条件は満たしているのだから、問題は無い。それじゃあ、詳しい話だが――――』
その後、簡単にお互いの役割を話しあい、現地で話し合う予定であった分配に関してもメンバーできっちり割ることとなった。
今日は一日準備などに割り当てるとして考慮し、目的のインスタントダンジョンにて明日集合する事となる。
集合時刻は早朝の9時。歩きで来た場合を考慮し、ややたっぷりと時間を取った結果だ。
――――と、以上が大まかな昨日の内容である。
約束どおりアリーシャ達は8時前に宿屋を出発し、8時50分前に集合場所の“散策の森林”前に着く。
来てみればどうやらまだリーゼロッテは到着していないらしく、そのままぼぉっと待つ事となったのだ。
陽射しが直接当たらないよう、ダンジョン手前の木々の影にエヴリーヌと一緒に幹を背もたれとして時間をすごす。
そうしていると何やらエヴリーヌがごそごそと動き――――
「んっ、ぅぅっ!!」
「おはようエヴリーヌ」
「……(こくり)」
今まで眠気眼でうとうとしてたエヴリーヌが、ようやくグッと両手を拳にして天を貫くように伸びをする。
表情だけは無表情の為に、どことなく不気味だが、その瞳はパッチリと見開いている。
アリーシャが声を掛ければしっかりとした頷きも返ってきた。
エヴリーヌがキョロキョロと周囲を見渡す。
「どうした?」
「んっ……まだ、来てない?」
「らしい―――いや、どうやら来たみたいだ」
そう言ってアリーシャが見ている視線の先には、街道からそれてこちらへ向かってくる一人の少女の姿が見えた。
「初めまして。わたし、リーゼロッテと申します、お2人がレイヴンさんと、エリーさんですよね?」
アリーシャの下まで来たリーゼロッテがぺこりと優雅にお辞儀をする。
すると腰まで伸びたストレートの金髪がさらりと前に流れる。見ればその耳は司書と同じであるらしく、緊張の為かやや萎れるように倒れている。
随分この種族の耳は感情的なんだなと思いつつ、一度頷きアリーシャが口を開いた。
「そのとおりだ。私がレイヴン、横に居るのがエリーだ」
「……(こくり)」
エリーもレイヴンも偽名だ。情報と言うのは大切である。
特に魔法なんてある世界なのだ、名前1つでも広まれば何か不利益があるかもしれない。
そう言った判断の下。エヴリーヌはエリー、アリーシャは性と生前を考慮しレイヴンと基本的に名乗ることに決まっている。
そのまま簡単に職業や、出来ること、フォーメーションやハンドサインなどを話しあっていると。
リーゼロッテに見詰められている事にアリーシャは気づく。
念の為視線を追うが、先にあるのはエヴリーヌではなく、己。
「私がどうかしたか?」
訊ねればハッとした、少しバツの悪そうな表情でリーゼロッテが口を開く。
「実は……チャットルームでは文字だけじゃないですか。それで、話し方と言うか、それが凄く男性的でしたので……」
「私を男性だと思っていた、と?」
「はい……申し訳ありません」
「いや、気にしないでくれ。そもそも、誤解を与えるような口調なのは事実なのだから」
「有り難う御座います、そう言っていただければ助かります」
そもそもからして、己を女性だとアリーシャは最初から思っていないのだ。
あくまで現在の肉体は仮のようなもの。肉体に精神が引っ張られることも、その強靭な精神が許さない。
ゆえに口調だって生前のままだ。唯一幸いなのが一人称が“わたし”である点だろうか。
そのまま軽く雑談をし、アリーシャがパーティーリーダーとして3人でパーティーを結成する。
なおパーティーを組んだからといって、正式な名を見れたり、能力が分かったりする訳ではない。
精々がマップで味方がどこに居るか分かるくらいだろうか。
「それじゃあ行くぞ」
「分かりました」
「……んっ」
先頭にアリーシャ、間に白の神官風の法衣に木製の先端に、青い宝石を付けた杖を握ったリーゼロッテ。
最後に何時ものローブに、手には小型のワンドと呼ばれる木製の杖を握ったエヴリーヌがアリーシャに続く。
一見普通のちょっとした林レベルの森林。その入り口へと足を踏み入れた瞬間、ぐにゃりと景色が歪み、そのまま3人を飲み込んでいった……
『ギャインッ!?』
飛び掛ってきた最後の“ワイルドドッグ”が、アリーシャの逆袈裟により腹を斬り裂かれ絶命して消滅していく。
ウィンドウを見れば長々と戦闘のログが続き、経験値は12と表示されている。
3人でこの経験値であるのを見るとおり、スケルトン級以上の敵が出るダンジョンである。
アリーシャが回復系の職業を欲した理由でもある。
都合9体。叫びにより呼ばれた仲間も全て斬り伏せたアリーシャが、周囲の気配を探ってから一息吐く。
「癒しの光よ、癒しの光」
後ろからリーゼロッテの優しげな詠唱が響き、同時に暖かな光がアリーシャを包み込む。
すると肉体的な疲労が少し緩和され、負った打撲や爪などによる切り傷が見る見る癒されていく。
「助かる」
「いえ、これがわたしの役割ですから」
「……エリーだって、役にたってる」
「ああ、エリーだって役に立ってるさ」
リーゼロッテに礼を告げれば、エヴリーヌがとてとて駆け寄って来てアリーシャに訴える。
頭をぽんぽん撫ぜれば満足そうに戻っていった。
事実エヴリーヌが新しく覚えた魔法の、武器属性付与は非常に助かっている。 幾つかの属性から対象の武器に属性付与を行い、物理的ダメージとは別に固定ダメージを加算するこの魔法は、効果時間15分と少ない時間を差し引いてもかなり有用だ。
お陰でワイルドドッグの弱点である“火”属性をエンチャントすることで、アリーシャの一撃で倒す事が出来たのだから。
「先へ進もう」
全員が頷くのを確認し、アリーシャが森を進んでいく。
それほど深い森ではないが、戦闘時には気をつけないと幹に剣を邪魔されかねない。
それに火系統の魔法も危ない。森林大火災なんて事態はアリーシャとしても勘弁なので、エヴリーヌには言い含めてある。
注意深く気配を探りつつ進んでいくと、空からブゥーン! と言う音と共に何かが飛翔してきた。
急いでアリーシャが木々の隙間から空に視線を向ければ、巨大な“蚊”がリーゼロッテ目掛けて向かっている。
素早く庇うようにリーゼロッテの前に踊りだし、一閃。
寸断とまではいかず、直径40センチ程もある身の下腹部の先端を斬り飛ばすに留まる。
それに構わず左下から摺り上げるようにブロードソードを振るう。
同じように羽を羽ばたかせ避けようとするが、まるで風に切り裂かれるようにずたずたに裂かれ、体内から真っ赤な血を地面に滴らせ落下。
直ぐにジャイアントモスキートは消滅していく。後ろを向けばリーゼロッテが顔を顰めていた。
まぁ、確かに巨大な蚊などヴィジュアル的には見たくないよなと思いつつ言葉を告げる。
「ナイスだエリー」
「……んっ」
先ほどのカマイタチのような効果は、エンチャント・ウェポンの風の力によるものだ。
特筆すべきはその刃の効果範囲を風の刃により増幅する、と言う点にある。
風の刃の威力は本来の一撃の50%となるらしいが、見えないリーチの増大は心強い。
再び隊列の先頭に戻り、アリーシャは進み始めた……
後書き
次回もダンジョン編。
一応簡単な簡易プロットたてました。
十二万文字程度で一章終了予定。