第九話
スケルトンロードのドロップ品、小さな宝石箱はそれなりの値段で売却できた。
宝石類はマジックアイテムや装飾、他にも魔法の媒介に使ったりと用途は多く、直接換金屋に持ち込むのもいいが、取引で上手くやれば相場より高値で売れる。
小さな宝石箱は基本的にボス系が落とすドロップらしく、名前の通り中身の宝石は小さく、質もお世辞にも良いと言えるほどではない。
それでも結果的には相場よりやや高い、1フェニオールと20ツェニーで売れた。
他にも他のドロップ品が合計で6スーリヤ程になったのも大きい。
最後のボスエリアで雑魚と大量に戦闘した時、幾つかドロップしたが、鉄剣がそこそこの値段であった。
この世界、武器関係は結構いい値段で売れるのだ。ドロップした盾も5スーリヤ程で売れた。
ようやくプラスとなった収支だが、半分はエヴリーヌに渡している。
エヴリーヌは要らないと否定したが、それではアリーシャの思いが許さない。
アリーシャは金が好きだ。金とは弾薬や火薬のようなものである。
あればあるだけいい、先の道が豊かになる。だが別に守銭奴と言う訳ではない。
過去の自分は貧富の差に絶望したことさえある。傭兵家業も金さえ貰えばどんなことだってした。
だからこそアリーシャは金が好きだ。そして同時に金に誠実である。
無理やりエヴリーヌに15スーリヤとツェニー銅貨を渡し、必要ないなら捨てろと言い含めた。
流石にそこまで言われてはエヴリーヌも断れない。渋々ながら受け取ってくれた。
次の日は一日休憩日とし、アリーシャとエヴリーヌは別行動をとる。
少し渋っていたエヴリーヌだが、アリーシャの服でも見てきたらどうか?
と言う言葉に何やら考え込み、こくりと頷くと朝食後に出かけていった。
一方アリーシャはリブルーラ大図書館に来ている、知識の収集だ。
図書館に入ると司書達が数名と、同じくらいの客だと思われる人物がちらほら見えた。
2階式の大図書館だと言うのに、どうも侘しい風情である。
生前のアリーシャはあまり知識の収集に精を出さなかったが、だからといって本が嫌いな訳ではない。
妹のお陰で文字を書けるようになったし、たまの休日には読書に費やすことだってあった。
今は自由な時間が多い。式典に出ることも、貴族との付き合いも、ベアトリクスや妹と過ごすことも無い。
強いて言えばダンジョン探索だが、連日続けては身体がもたないだろう。
だからこそこうして空いた時間に図書館に来るのだ。
知らない知識を収集するのは楽しい。それが役に立つ時は更に心地よい。
今は戦闘関連、この世界のことなどばかりだが、そのうちそれ以外にも手を出したいのがアリーシャの本音だ。
軽く歩き周りながら目ぼしい本を探していく。
図書館は入り口から左手に受け付け用のカウンターが、右側半分に本棚が、中央から奥までは机が用意されている。
更に右手と右手奥には2階に繋がる木製の階段。吹き抜けとなっている1階からも見える、壁側にある本棚に行ける。
何かというとそちら側に古い書物が集まっているらしい。
冒険関係、戦闘関係、その他それらは1階の為、横10列以上、縦もそれに近しい本棚を回って行く。
「あら、貴女は」
ふと正面を歩いていた司書が声をかけてきた。
見れば初めて図書館に訪れた際、目的の書物を探す手伝いをしてくれた女性だ。
両耳がぴこぴことまるで犬が尻尾を振るように踊っている。
そう言えば種族的な書物はまだ読んでいないな、今度探してみるかと思いつく。
「どうも前回は助かりました」
「いえいえ、お役にたてたなら幸いです。今日も何かお探しですか?」
アリーシャの礼ににっこりと接客用の笑顔ではない、素の笑みを浮かべてくれる。
中々魅力的な女性だとアリーシャは思う。
整った容姿もさることながら、その気立ての良さそうな性格は非常に好ましい。
「ええ、実は魔物の詳細が載った図鑑。魔法に関しての書物、それにダンジョン関係のもあればと思って来たのだが。それにしても、図書館は何時も人がこんなに少ないのか?」
アリーシャの質問に女性はちょっと寂しそうに笑う。
すぐにそれはなりを潜め、また笑顔を浮かべながら口を開いた。
「そうですね、自ら知識を求めなくても、信奉する神によっては楽に知識を得られたりしますし。やっぱり冒険者が多い世の中ですから、どうしても本を読んでいる暇があれば鍛錬、ダンジョン……と言う方が多いんです」
「なるほど……知識の収集は役立つとは思うのだがな。魔物の弱点を知っていれば有利に戦えるし、ドロップを知っていれば資金に役立てる。魔法の知識があれば、対策だって立てられるかもしれない」
と司書に話してもしょうがない事を口にしていると思い至り、慌てて謝ろうとして、女性が酷く驚いた顔をしている事に気付く。
アリーシャとしては別に変な事を言ったつもりはないが、何か気分を害してしまったのだろうかと思案してしまう。
先の言は生前の体験談だ。魔物相手ではないが、交戦地の情報や流れ、そういった知識は非常に役に立つ。
傭兵時代も武器の細かな特徴、身体の仕組みなど、一見役に立たなさそうな知識が命を繋げた経験だってある。
と、アリーシャがとりあえず気分を害してしまったのならすまないと謝ろうとしたところ、先に女性が口を開いた。
「ご、ごめんなさい! 前にも思ったのですけれど、冒険者の方にしては随分それっぽくない考えや雰囲気でしたので驚いてしまって。あっ、冒険者として情けないとかそう言う意味ではないんですけれども、どうしてでしょうか……」
女性も幾分納得できない部分があるのか、少し困惑気味だ。
それにもしかしたら異世界から来たことや、魔物相手ではなく、人相手に命のやり取りをしてきたのが雰囲気や空気として出ているのかもしれないとアリーシャは思いつく。
「いや気にしないでいただきたい。そもそも、冒険者になったのはつい最近なんですから」
そう言うと女性が再び驚いた顔を見せた。
「前の本のセレクションでも疑問でしたが、そうだったのですか……身体の動かし方、何気ない気配察知。てっきり熟練の冒険者様かと思っていました」
「ははっ、期待を裏切って申し訳ない。ただ、たしかに武術や剣術、槍術なんかにはそこそこ精通してはいる。誰かに師事してもらったようなものではないが」
尤も戦場で鍛え上げた我流だがなと内心で付け加える。
アリーシャの戦闘技術は傭兵団で下っ端の時、団長などから受けた手ほどきを軸に、戦場で生きながらえる為に身に着けたものだ。
流派なんて立派なものではない。が、戦場で直に鍛え続けた技術は生半可な流派を越す。
元来の才能もありその武は非常に完成されていると言えた。
戦った相手の技術を取り込み、貪欲に己の糧として昇華し続けた技術。
結果として今のアリーシャが居るのだ。
アリーシャの戦闘技術に卑怯と言う文字は無い。
生き残り、相手を殺すことに念頭を置いた技術にそんな文字は要らないのだ。
その特徴は粘り強く、反対に苛烈でありながら非常に冷静でもある。
型のようなものは無く、得た経験からなる反射的な行動があらゆる状況から己を救いあげてきた。
多くを見てきた目は相手の動きを読み、挙動から次の一手を読み取ってしまう。
時には先の先として、あるいは後の先として千変万化にスタイルを変えていく。
アリーシャの為の、アリーシャだけが操れる技術である。
「それにしても、よくそんな事が分かったな。行動から相手のおおよそでも力量を測るには、自身もそれなりの経験や力量がないと難しい筈だ」
それがアリーシャの思ったことであった。ただの司書がそんなことを出来るとは思えない。
あるいはアリーシャが知らないだけで、この世界の住人はそれが普通と言う可能性もあったが……
流石にそれはないだろうとは思っている。
アリーシャの疑問に苦笑気味に笑みを浮かべ、女性が言葉を発した。
「私昔は冒険者だったんですよ。今でこそ引退してしまいましたが、昔はそれなりに頑張っていたんです。主に弓での後方支援を得意としてましたから、癖で人物の観察をしちゃうんです」
「そうかどうりで……」
「ところで今回もよければ本を探すのを手伝ってもらえないだろうか?」
最初に図書館を訪れたとき、油断していたとはいえしっかり気配を察知できなかった。
他にもアリーシャの動きで武術の心得を見抜いたように、逆にこの司書の細かな動きや癖から、反対にアリーシャも何かやっていたと推察していたのだ。
先の質問は裏づけや確認に近い。女性もそれを理解しているのか、あっさり応えてくれた。
そのまま協力を仰げば、にっこりと素敵な笑みを浮かべ構いませんよと本探しを手伝ってくれる。
――――アリーシャが司書の“フランセット・パルゼーニア・シャノワーヌ”から本を見繕ってもらってから十時間程。
既に日も暮れ、薄暗い帳にリブルーラが閉ざされてから図書館を後にした。
フランセットの名前はあの後に告げられたのだ。アリーシャも己の名を告げている。
聞けばフランセットが名で、パルゼーニアは生まれた町の名前、シャノワーヌが姓とのことだ。
この世界では姓を持つのはそれなりの地位がないといけない。
フランセットは没落した貴族の娘だと言う話しであった。
なぜそこまで出会ったばかりのアリーシャの話してくれたのか聞けば、人となりが気に入ったのです。
と言う回答が帰ってきた。まことにできた女性である。
アリーシャはすっかり失念しているが、己が現在女性であるというのも無論手伝っていた。
流石にフランセットも相手が男性であれば、そこまで気安く名を教えたりその意味を口にしたりはしなかっただろう。
魔法の明かりを封入された街灯が道を照らしている。
空を見上げればまだ微妙な明るさで幾分掠れているが、それでも多くの星々が輝いていた。
なんとなく気分がよくなり、生前に覚えた曲を鼻歌で歌いつつ歩く。
今日は肉体的にしっかりと骨休めが出来たし、様々な知識を身につけられた。
流石にすべてを覚えてはいられなかったが、それでも記憶力に関しては明らかに上昇しているお陰もあり、実に有意義な時間であったと言えよう。
宿屋、安らかなる亭からは明かりと喧騒が漏れ聞こえている。
どうやら今日は食事と共に酒が振舞われているらしい。
生前と違いかなり鋭敏となった嗅覚がアルコールの匂いを察知しそう判断した。
意気揚々とドアを押し開けると、入り口付近にいた主人がアリーシャに気付く。
「おう嬢ちゃん、もう夕食は出来ている、あまり遅くならんうちに食いにきな! 必要なら今日はエールもあるから飲んでいくといい」
「そうだな、偶には酒を飲むのいいかもしれない……そう言えばエヴリーヌは戻ってきているか?」
「んっ? ああ、あの小さな嬢ちゃんかい?」
「そうだ、その小さい娘だ」
「それなら夕方辺りに戻ってきて、そのまま部屋に戻っていったぞ」
主人に感謝を告げ、そのまま酒と美味い飯による喧騒を背に2階へと進んでいく。
殆どが1階に集まっているのか、2階の部屋からは気配が殆どしない。
宛がわれた部屋に鍵を差し込むが、逆に施錠してしまう。
エヴリーヌにはスペアキーが渡されている筈である。無用心なと思いつつもう一度回し、開け放つ。
ギィ――と言う音を耳にしつつ、室内へと入れば部屋が暗い。
姿は見えないが、テーブルにはローブと今まで着ていたワンピース。
それにエヴリーヌ独特の、やや薄い混沌としたチグハグな気配はある。
疑問に思いつつ室内を見渡していると、ベッドが少しだけ盛り上がっていることに気付く。
どうやら昼の間に何やら疲れることがあったのだろう。
つまりエヴリーヌは寝てしまったのだ。さて、起こそうかどうか悩む。
主人の話しから恐らく食事はまだだろう。まだまだ成長期なのだ、しっかり食事はさせたい。
意を決しベッドに近づき、そのまま肩の部分を揺すってやればエヴリーヌの瞳がゆっくりと開く。
「……あ、りーしゃ?」
「ああそうだ。寝ているところすまない。飯を食べようと思うのだが、エヴリーヌも食べたほうがいいと思ってな」
「……(こくり)」
まだ少し眠そうな顔をしつつエヴリーヌがベッドから降りてきた。
すると着ている衣服が変わっている事に気付く。上下繋がったワンピースタイプのドレスだ。
色はエメラルドグリーン。胸元には少し布地より色の強いリボンが。腕袖にはレースが掛かり腕の半ばには同色の細長いリボン。
胸元からは下にむかって外開きの白のフリルがあしらわれていようだ。
スカートも白と同じグリーンのグラデーションを利用したギャザーがふんだんに使われている。
その裾は足首まであり、スカート全体はふんわりとやや膨らんでいる。
が、そのままで寝てしまった影響か少し型崩れしてしまっていた。中のペチコートも脱いでいないのだろう。
まだ眠気眼のエヴリーヌに苦笑しつつ、軽く手招き。
「……?」
首を傾げながらも近づいてきたエヴリーヌのスカートの型を戻してやる。
よく妹には王都で衣服の買い物に付き合わされたものだ。
お陰で女性服にある程度の知識ができたが、まさかこんな場面で活用するとは思っていなかった。
エヴリーヌもようやく気付いたのか、なにやら期待した視線をアリーシャに送ってくる。
その期待の込められた瞳がふと妹の姿に重なる。
容姿は似ていない。それでもその買った洋服の感想をねだる視線と、空気がそっくりなのだ。
気付けば立ち上がり頭をぽんぽんと撫でていた。
「似合っているぞ。エヴリーヌは元が良いからな、こういった洋服もよく映える」
「……本当に?」
「ああ、世辞ではない」
にっこりと嬉しそうにエヴリーヌが微笑む。
無論本当に世辞ではない。その青と金のオッドアイ。
それに薄い青を讃えた触り心地の良い髪。
白い肌。大きめの瞳に細めの眉、小さめながらも整った鼻梁。
唇はやや薄く横に引き結ばれているが、薄っすら桜色。
それら全ての容姿と合わさり、非常に神秘的な見た目をドレスと合わさり演出している。
惜しむらくはこういった平時でしか着れない点だろう。
その上からローブは着れない、生地も戦闘には不向きだ。
その後、1階でエヴリーヌと共に食事を取り、喧騒を肴にエールを飲む。
前の肉体程強くないらしいので、ペースを調整しながら飲んでいく。
エヴリーヌが途中で興味を示したので、一口飲ませてやったら、渋い顔をしたのはアリーシャ的には面白かった。
口をへの字にして、黙々と酒にあうつまみ系の食事を進めていくエヴリーヌを見つつ、その日は終了した。