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プロローグ 前編

この小説を観覧するにあたって幾つかの注意事項を。

これらを無視して読み進めた結果起きた如何なる事に対しても、作者は一切関知致しません事を御了承下さい。


この小説には性転換要素、また、最強ではないものの、出自から主人公は一種スタート地点が強キャラ扱いです。

また、漢数字ではなく、作者の都合で算用数字で一纏めとなっております。

神話関係は多分なオリジナル解釈その他が含まれる予定です。


以上に関して平気だと言う方々……どうか当作品が少しでも暇を潰せる事を祈って。





 とある世界に男が居た。唯の男ではない。年は40も前だろうか、極限まで鍛えられた肉体は芸術のように美しく。

 数々の戦場で刻まれた傷跡は、男の勇士を物語っていた。

 鋭い隻眼の眼光。精悍な顔つき。高い身長に黒い頭髪。男は――英雄だった。

 英雄と呼ばれた男、であった……




 ――貧しい家系に生まれた男は、学こそなかったが、物事を見極める思慮と、貧しい食事ながらも立派に育った見事な体躯があった。

 また、男には武術の才能が、剣術の才能が、あるいは戦いの、殺しの才能を有していた。

 その歳が15になる頃、男は家計の足しになればと国軍の正規兵になるべく志願する。

 が、正規兵は学もなければなれない。男の才能は確かであったが、それを伸ばす環境ではなかったのだ……

 結果、試験には受からず、迷った男は傭兵となることを決める。



 正規兵と違い、傭兵は安い賃金で戦闘に駆り出される事も多い。

 また、その用途も死線が蔓延る場面であったり、囮であったりと、非常に過酷だ。

 家族は反対した。貧しいのは事実であったが、子供を愛していた。

 なんとかするからと口を揃えて父も、母も男を説得する。

 が、男が13の歳に妹が生まれたのだ。あれから2年。家計はギリギリであったのだが、とうとうどうにもならなくなる。



 だからこその正規兵志願であったのだ。

 並みの雇いじゃ貧しい己を、どこの馬の骨とも知れぬ身じゃ雇ってもらえない。まして成長過程の子供なら尚更である。

 どうにもならないことは、男にだって十二分に理解していた。

 だからこそ、当時の男は口にする。



「大丈夫。私は無骨だが、剣と槍、そして生き延びる事には自信がある。妹には私のような苦しみを味合わせたくない、多くは与えてやれないかもしれないが、それでも温かな食事くらいはさせてあげたい。育ててくれた母さんと父さんにも、精一杯の恩を返したいんだ」



 真剣な表情でそう語る男に、両親はついに何も口にすることが出来なくなった。

 真摯な顔には決意が滲み、言葉からは覚悟が窺えたからだ。

 その世界の当時、貧しい家庭が子を育てるのは、並々ならぬ努力が必要だ。

 男はそれをしっかりと理解し、そして両親に感謝していた。


 

 そうして男は15の歳に傭兵として一人、育った村“ケルベイン”を出る。

 傭兵にも種類はあり、集団に属す者や組織に属す者、あるいはフリーとして己の腕のみを頼りに自身を売り出す者などなど。

 男の実力は確かにその歳にしては高かったが、それでも所詮は村の森で、大人相手に獣相手に鍛えた剣術だ。

 本物の人を殺める剣術の実力者と比べるまでもないのは、誰の目にも明らかであった。



 フリーが無理なら、組織か集団に属するしかない。

 組織とは傭兵の登録を行い、必要に応じて他に派遣する機関を指す。

 集団はそれを大きく縮小し、数名から数百名規模をした団体を示すものだ。

 そして、男の取った道は集団に属することであった――――



 最初の2年を下っ端として過ごし、先輩方を補佐したり雑務をこなす傍ら、安い賃金の大半を実家に仕送りして過ごす事となる。

 そうして十分な力量を身に付けた後、男は真に傭兵として駆り出された。

 人を殺す事に苦悩し、殺されそうになる恐怖を知り、見知った者を殺し殺される世界を学んだ。



 荒んだ世界であった……殺した者から金目の物を奪い、時には略奪と呼ばれる行為にだって手を染めた。

 戦争は容易に悪を善に変えてしまう。人の本性を暴きだしてしまう。 

 歪む己を自覚してもなお進み行く男の心を唯一支えたのは、両親と妹の存在である。

 傭兵として下っ端卒業から2年。妹は6歳になり、男の仕送りのお陰でそれなりにまともな生活を送っていると言う。


 その妹の成長の報告に。1ヶ月以上時にはかかる手紙に、どれだけ男が救われたことか……

 そうして男が傭兵稼業を続けてさらに2年。とある手紙が男の元に届く。

 数々の戦場を渡る内に、片目を失い、眼帯をしていない隻眼が震えて読みにくい文字を必死に追う。



「と、父さんが死んだ……だって?」



 そう、父が死んだ事を知らせる手紙であった。

 震える両手に支えられた手紙の内容には、無理が祟って病気に罹り、それを治療費が払えないからと黙っていたのが原因だと。

 そう書かれていた。馬鹿だと、男はそう思う。大莫迦者だと。

 一家がギリギリに暮らせるだけの金は、何とか男が仕送りしていた筈なのだ。



 手紙にはこうも書かれていた。男の思いに応えたい一身で、妹の為に無理をしたのだと。

 学を学ばせる為の、学び舎に通わせたかったと……

 将来。女性が職を得るには無学ではいけないと、そう語っていたと書かれている。

 それは何時の日か男が語った、妹に苦しみを与えたくないという、その思いそのものであった。



「なん、だよ……自分が死んだら……意味、ないじゃないか……」



 この数年、忘れた筈の涙がぼたぼたと、ダムの決壊のように溢れて止まらない。

 零れた涙が手紙を濡らして、既に文字の判別はつかなかった――――





 それから一度、故郷に帰った後。

 男は今まで以上に我武者羅がむしゃらに戦場を駆け抜けた。

 当初こそ酒を呷り、女を買っては荒んだ生活を送っていたが。ふとした時に思ったのだ。


 ――このままで良いのか? 私がこんなんで、妹と母は生活出来るのか?


 その思いは荒んでいた男を瞬く間に現実に連れ戻す。

 この世界、女の職業は限られている。女手一つで子を育てようと思えば、中流家庭以上か資産家。

 あるいは体を売るなりするしかない。その考えに、横っ面をたれた思いであった。

 

 ――妹に、私のような苦労をさせたくないのだろう?


 原初の思い。父を楽させることは叶わなかったが。

 妹も、母も健在ではないか。それなのに自分は酒場で、何を昼間からこんな安酒を浴びるように飲んでいるのだ。

 そう言う思考が男の脳内を駆け巡る。憤怒が、業火のような、弱く不甲斐無い己への怒りが燃え盛った。


 ――父の無念は、私が晴らせばいい。学び舎には……私が行かせて見せる!


 そして戦場に返り咲いた男は、その才能を見事に開花させていく。

 学は無くとも、脳の回転は速かった。恵まれた肉体に、隻眼でありながらも優れた動体視力。

 数年の経験は男に確かな自信と、経験からなる予測を約束してくれた!



 何時の間にやら副団長として収まっていた集団での椅子を蹴り、男はフリーとして活動を始める。

 今まで以上に危険な、しかし、報酬も良い戦場に望んで飛び込んでいった。

 死に掛けたのは一度や二度ではない。が、男は確かに死なずに戦場から帰り続けた。

 やがてその噂が戦場を駆け抜け、男の知名度は飛躍的に上昇していく。

 自ら仕事を探さずとも、相手から仕事を頼んでくるようにもなった。



 そうして父が死んで更に3年の月日。男の両手にはとある手紙が握られていた。

 それは去年にはたどたどしかったというのに、今年は飛躍的に上達している文字であった。

 妹からの手紙だ。男は妹が11の歳、つまり去年、遂に高名な学び舎へと妹を送り出す事が出来たのだ。

 貴族の子女など、上流階級すらも通うという名門中の名門。

 門戸は広いが、入学には多額の資金が必要であると言うことで有名でもある、その“シンティア”と、そう呼ばれる知が集う碩学せきがく機関。



 手紙には、そんなシンティアでの日常が妹の感謝と共に書かれていた。

 父の死で忘れた筈の涙は去年に、それは盛大に溢れたものだ。

 今では数ヵ月毎に届くそれは、男の宝物である……

 手紙には学ぶことの素晴らしさや、友人が出来た事などが生き生きと書かれていた。

 虐めにも会うこともなく、学びたい分野を学んでいく姿をありありと想像出来、男の顔には笑みが浮かぶ。



「これは、あっと言う間に私より博識になりそうだな……」



 そう呟く声音はどこか嬉しそうだ。数々の戦場で傷が走る顔が柔和に微笑む。

 歳の離れた妹の存在は父が死去したこともあり、どこか娘のようでもある。

 男は戦場で生きてきた為、文字すら書けない無学者であった。

 恥ずかしな話しだが、手紙も代筆であり、今まではそれを何とも思っていなかったのだが。

 今度は自分が学ぶ番だなと、時間を見て文字くらい書けるようになろうと、その時男は誓ったのであった――




 ――それから数年。

 男は何時の間にか“帰還のアリョーシャ”と、そう呼ばれるようになり。

 気付けばとある国の正規兵として雇われる事となった。

 それも騎士だ。ただの正規兵ではなく、花形の、精鋭集団であり、時に一般兵を率いて戦う騎士。

 大抜擢とも呼べるそれは、男にとっても驚きであった。

 何故なら、騎士になると言う事は、最下級ながらも貴族の位を授けられると言う事だからだ。

 当時の国王直々の言葉は男、アリョーシャも良く覚えていた。



「今日よりアリョーシャ=ケルベイン。そなたを第3騎士団、“赤の騎士団”の副団長補佐として迎え入れる。また、1000人長としての権限を与えるものとし、同時に準男爵位を授ける。余の期待……裏切ってくれるなよ?」

「ハハッ!! 命に代えましても……必ずや、必ずや。このご恩、お返ししてみせます」



 異例の平民の、名すら霞む地名の出身者。そのアリョーシャの大抜擢に当時、騎士団を含めた上層部が震撼したものである。

 この時の恩をアリョーシャは死ぬその瞬間まで、決して忘れた事は無い。

 当時、小国とは言え、国の騎士。しかも副団長補佐であり、1000人長と言えば、貴族のそれも子爵以上がなるものである。

 お陰で母と妹を城下町の小さいながら与えられた館に呼ぶことが出来、数年ぶりに家族ゆっくりと出来たものだ。

 数年振りに会う妹はそれは綺麗に成長しており、シンティアでも交際の申し込みが多いと聞き、アリョーシャは兄ながらに誇らしかったものだ。



 そして騎士団に入ってからと言うもの、アリョーシャは時に一兵として、時に指揮官として多くの戦場を渡り歩いていく。

 傭兵として数々の戦場を生き延び、多くの戦を学んだ経験は、確実にアリョーシャの力となっていた。

 “帰還のアリョーシャ”の名は、傭兵仲間ではそれなりに有名だ。

 負け戦確定。死亡確定。激戦地。そんな場所から幾度も帰還し続けてきた結果に付けられたその名は、大きな意味を持つ。

 そもそも傭兵で5年以上生き延びる事自体難しい。激戦地でなら尚更だろう。

 二つ名とも呼ばれるそれは、周りから呼ばれるものであり、傭兵なら誰しもが憧れるものである。



 世は戦乱だ。歴史は古いが、小国であった“ベルギース”を併呑しようと、周囲の国から時に狙われたり、外交で脅迫を受けたりもした。

 時には民に負担を強いる戦争だって行われたのだ。

 だがしかし、ベルギースは奇跡的にそれらを勝ち残り、アリョーシャが国に仕え初めて5年。

 ベルギースは大国の仲間入りを果たしていた。数々の戦でアリョーシャはベルギース史上、最も優れた国王と呼ばれた、ベルギース23世陛下の厚い信頼を得ることとなる。

 戦での数々の功績は、当初こそ多かった陰口を封じるには十分であり、今では媚を売るものまで掃いて捨てる程だ。



 その当時のアリョーシャの地位は第3騎士団、団長。

 つまり、1個兵団を率いる身にまでなっていた。

 大きくなった国は一個兵団で数万兵に及ぶ。当時の騎士団長では最も若く、そして最も優れた騎士として、ベルギースでは“英雄”とまで呼ばれていた。

 また、妹の歳は20前となり。爵位も準男爵から伯爵にまで駆け上がり、妹への婚姻の誘いは数を数えれない程だ。

 アリョーシャ自身、実はベルギースの一人娘をどうかと言う話しを、皇帝直々に持ちかけられていた。



 ベルギース陛下の一人娘。歳は16になる前であり、アリョーシャとは大きく歳が離れているが、この時代歳の差など掃いて捨てる程には当たり前だったりする。

 また一人娘であるベアトリクス皇女は、アリョーシャが国に仕え始めた頃からの付き合いでもあった。

 つまり、この婚姻の誘いはアリョーシャを次期国王へと言う、遠回し的なベルギースからの期待でもあるのだ。

 血筋を王とするのではなく、どこぞとも知れぬ血のアリョーシャを王に。ベルギースの大器たるゆえであろう。

 今は妹のことや、軍務などを言い訳に逃れているが、何時の日かそれも続かなくなるだろうことは必定――



 事実、アリョーシャはその一年後、遂にベアトリクス皇女との婚姻が秘密裏に決定される。

 ベルギース陛下も御歳50を越える身であり、一安心した様子であったとはベアトリクスの言であったのだが。

 この世界、60を迎えれば十分に長生きなのだ。

 戦乱も収まりつつあり、妹も政治方面で活躍し始め、アリョーシャとしても安心の頃合であった。

 ベアトリクスとの仲も悪くなく、寧ろ幼い時分にはアリョーシャを兄として見ていた節もあり、ベルギースからしてもお似合いの2人であったと言う……




 

 ――――が。

 享年37歳。アリョーシャ、ベアトリクスとの結婚を前に死す。

 その報告は瞬く間に国中を駆け巡り、世の戦乱を治める平和協定すら震撼させた程であった。

 アリョーシャの存在は各国でも英雄と名高く、傭兵出身からの大出世として傭兵内では伝説的な存在ともなっていたのだ。

 優れた剣術に槍術は固有の流派を持たず、戦場で鍛え上げたその実力はまさに一騎当千。

 数々の経験と、大局を見る目。必死に後半に学んだ兵法は幾度も負け戦をひっくり返し、ベルギースを大きくしたのは彼だと言われる程だ。



 そんなアリョーシャが死んだ。死後彼は偉大なる英雄として歴史に名を残し、傭兵内では神話として語られることとなる。

 死因は平和協定を前に企てられた、ベルギース及びベアトリクス皇女暗殺。

 戦収束を前に緩んでいたのだろう。使者その者が暗殺者だと気付けず、その凶刃にギリギリ気付いたアリョーシャが素早く対処。


 2人の暗殺者を武器無しでどうにか排除することに成功するが、掠り傷から進入した即効性の毒により死去。

 貧しい家庭から一転、大国にまで成長した国の時期国王にして、英雄となった者の最後であった――

 また、これに激怒したベルギースが使者から犯人が敵対国だと知り、それより10年間後、彼が死ぬまでに遂に大陸を統一したのは皮肉と言うしかないだろうか。

 

 また、ベアトリクスは生涯夫を娶らず、ベルギース無き後、ベアトリクスとアリョーシャの妹により、民主制に移行したのだが。

 死んでしまったアリョーシャには知る由のないことであった……






 

 ――――その死ぬまでの、一種壮絶とも呼べる一生を振り返った“アリョーシャ”は口にする。


「私は……死んだのではなかったのか?」





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