集合
今は休み時間、王手は渡り廊下を静かに思案しながら歩いている。――ただ単に、未来の想像に楽しんでいるという様子ではないようだ。
王手は腹の奥に奇妙な躍動のような物を感じながら、それを不安からくるものだと判断した。授業を休んだ事もそうだが、彼にはさらに二つの不安があった。
鍵を突き出した時の布入の顔が頭に蘇る。どうにも不満がありありで、それ以来口を聞いてはくれなかった。このまま地下室にいかずに、戻って謝ったほうがいいのだろうか。実際、今回の説得は強引過ぎたし、元々弱弱しい布入の、これ以上不安な姿を見たくなかった。
――だけど、そんな悩みは直ぐに消えた。
南館に足を入れた瞬間、王手の背後から、彼女の声が聞こえたからだ。
「王手! 待って!」
王手が慌てて振り返ると、そこには彼の元に一生懸命に走ってくる布入がいた。彼女は目をつぶって王手の下まで必死に走って、息を切らせながら顔を上げた。眉をひそめてはいるものの、王手の胸元辺りを見つめ、何かを言いたげに口をパクパクと動かしている。
布入は手をぎゅっと握り締め、言葉を紡いだ。
「私……も……行く」
「――行くって、地下室に?」
王手の少しうわずり気味の返事に、布入はコクンと力強く頷き、それから逃がさないと主張するように、王手の手を握り締めた。
突拍子の無い行動に戸惑って、「え……えあ?」と、王手が冗談気味に口を開いた――――刹那。
彼の二つ目の悩みも消える事となる。
突然、布入の背後から、聞き覚えのある声が王手にかけられた。
「はいはーい。布入ちゃんをいじめるのは許しませんよー!」
「そうだぜ王手。そして俺達を見捨てて勝手にいってしまう事は許さん。桃畑の誓いをわすれたのか?」
こちらに近づいてくるのは男女の二人組みだった。男の方は髪を茶色に染めているが、どこか幼さが残る顔で、アンバランスさが目立っている。そして、軽いジョークがアンバランスに染みるそんな少年――国枝一樹に、王手はさっと目線を向けた。
「? お前ら――何で?」
「ん。俺の言葉の間違いは華麗にスルーか、まいいさ。布入がな、お前が居なくて寂しそうにしているのにな――共通の親友である俺達が何もしないわけないだろい!」
布入は、ぱっと、王手の手を離して、胸の前で両手を重ね合わせた。
「……という事は、――俺を止めにきたのか?」
「いや、一緒に行こうかと」
さらっとしすぎて、あっさりしすぎた国枝の言葉に、身構えていた王手は足の力を一瞬抜かすこととなる。
そんな様子を見た長髪の少女――水無礼菜がすこし怒り気味に、王手に尋ねかけた。
「なーにすっとぼけた顔してんのよ。私達は一心同体でしょ? それに、驚いてんのはこっちなんだからね! 何も言わずに勝手に行動しちゃってさ」
「……勝手に行動した事はあやまるよ。……けど、俺についていくなら、お前らも授業を休む事になるんじゃないか? 俺は、そんな危険をさせたくなくてだな」
水無はピクっと眉を吊り上げたが、あきれたようにため息をついた。
「はいはーい。御託はたくさんでーす。あんたが勝手に行動するんなら、私達だってそうしまーす、はい! もうつべこべ言わずにいくわよ。ほら!」
そういって、水無はドン、と王手の肩を押して、南館に押し込んだ。
彼の二つ目の不安――それは、この二人であった。