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outheart  作者: 青二才
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回想

 この物語はフィクションです。

 この物語の舞台はこの世界とよく似た別の世界であり、実在もしくは歴史上の人物、団体、国家、その他固有名称で特定される全てのものとは、名称が同一であっても何の関係もありません。


 2月下旬 神戸市 中央区


 授業にいくか、探検にいくか、さあどうしよう。

 西日の差し込む長い廊下を歩きながら、王手薫(おうでかおる)は考える。

 方等(ほうら)学園に入学してから、早くも一年が経とうとしている。

 だが一年近くの付き合いにも関わらず、広くも無いこの学園で全く未知の場所が存在した。

 南館の資料整理室の奥――そこには地下への入り口があった。



 一学期の初め、じゃんけんで負けたという理由で押し付けられた図書委員。敗北した時は悲しんだものの、もう1人の図書委員が美少女だった事に心を躍らせた。布入緋居瑠(ふいりひいる)という自分にも劣らぬ変な名前を持ち、小柄で眼鏡をかけた色白の少女。しかし、どこか人を寄せ付けない雰囲気があり、それは他人を威圧するというのではなく、自分の方から人との関わりを拒絶するような印象を受ける。

 委員決めのホームルームが終わり、休み時間に入ると、担任に呼び出され、その理由を知る事となる。――自閉症。聞いたことが無く、名前での雰囲気しかつかめなかったが、どのような病気であるのかはすぐに理解できた。コミュニケーション能力の低さ、というよりは言葉のつたなさが目立っていたからだ。第一回の図書委員会、布入は消え入りそうな声で自己紹介したのだが、彼女の発した言葉は「一年二組……布入緋居瑠……よろしく……お願い」と、接続語や活用形を間違っていた。

 布入の病気持ちという第一印象はとても強烈だったが、その第一印象がゆえに、第二印象の衝撃はひときわ大きくなる事になる。彼女は言語機能に障害があるものの、知能的には優秀で、一凡人(いちぼんじん)である王手には完全に優等生とも感じられる存在だった。言葉さえ使わなければ、殆どの全ての事に対処でき、例外なのは男子との会話。弱気な文学少女――それが彼女のイメージとなる。

 もちろん、会話できないのは男子全員で、王手もその中には入っていたのだが、図書委員という共通項から、それを抜け出す事となる。布入と仲良くなり、三学期まで同じ図書委員としてあり続け、簡単な会話を繰り返していくと、色々な事を知った。


 彼女の親族の男性は代々この学園の理事長を務めている事。

 理事長は彼女の父親であるが、それは生徒達には内緒にしている事。

 その父親は優しくて、この学園に関するいろんな話をしてくれる事。

 この学園は築100年も経っており、何度も改装工事をしていた事。

 学園ができる前は、この土地にはとある宗教団体の本部があり、それを壊した事。

 宗教団体の教祖は地下室を作っていたが、何故かそれだけは破壊せずに残してある事。

 この図書室の一角にある、いつも施錠されてる資料整理室にはその入り口がある事。

 彼女はその中に入ってみたいと考えていた事、そして――彼女の家に予備の鍵がある事。


 王手は迷える布入の背中を押す事にした。好奇心もあったし、何より彼女が意見を自ら言う事に感動したからである。そして、放課後に資料整理室に忍び込んだのだが、ここで問題が起きた。誰もいないと思っていた資料整理室には人が居た。幸いその人物は寝ているらしく、ドアを開けるとその轟音が聞こえてきた。侵入者は既存者にすぐに気づいて、起こすことなく引き返す事に成功する。既存者が誰かわからなかったが、王手が学校のどこかでその背広姿を思い出し、先生の1人ではないかという推測にいたる。誰か確認するために、二人は隠れて、南館から唯一外に出る事が可能な渡り廊下を観察する事にした。夕焼けが沈みかけ、もう今日は帰ろうかという提案に二人が合意したとき、その者は現れた。

 賀川豊彦――道徳の教師、ないしカウンセラーであり、校内で時折見かける青年。中学校なのに常に紺の背広を着ているから、あだ名はリーマン。サラリーマンよろしく、見事な七三と、子供にたいしても丁寧すぎる言葉を使うので、その名を呼ばない者は少ない。そんな特徴的な青年だったが、二人は(のち)二つの理由で覚えていたので、彼という事に全く気づかなかった。

 賀川は正直いつどこにいるか解らない先生だった。道徳の教師として、たまに授業をしたり、カウンセラーとして定期的に保健室に現れるのだが、それ以外の行動は謎だった。王手は派遣社員的な存在だと考えていたが、どうやら違うようだ。第一回進入以来、中での様子に聞き耳を立ててから入る事にしたのだが、毎回のように、誰かが居る事に気づき、毎回のように、誰かを監視していると、それが賀川である事を知った。

 だから、賀川が、明らかに授業をしていると解る時に、王手は忍び込もうと考えた。カウンセラーとして保健室にいる時は、布入が相談者(クライエント)の1人であるため猛反対された。――もちろん、前者でも布入は反対したが。後者では、目を赤らめて反対されたので、王手はなんとか前者で説得しすることにした。そして、説得する事4日間。ついに布入は「勝手……する……もう……知らない」と怒った声で、鍵を突き出してきた。


 今は休み時間、王手は渡り廊下を静かに思案しながら歩いている。――ただ単に、未来の想像に楽しんでいるという様子ではないようだ。


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