第6話:知識
翌朝、昨日と同じ時間に起き、鍛錬を済ませた和哉は全員揃って朝食を食べた。
ちなみに今朝の鍛錬にはランドは同行させないことにしていた。昨日の争いで、身体が傷ついていることを考慮したためである。
だが、食事の際にランドを見たとき、昨日見えたはずの身体の傷がほとんど見えなくなっていた。
「ランド、昨日の傷もう治ったのか?」
「うん、姉ちゃんのおかげですっかり元通りだよ」
ランドに確かめてみると、どうやらその通りであり、ランドも笑顔でそう語った。
いくらなんでも治るのが早すぎではないか?と思いつつ、姉のお陰と言ったランドの言葉が引っかかった。
「ティアのお陰ってどういうことだ?」
「私の使った召喚術のことですね。あっそういえばカズヤさんは異世界の人なんですよね? それじゃあ、もしかすると精霊とか魔法とかはご存じないですか?」
不思議そうに尋ねた言葉への回答は、ランドではなくティアから送られるようだった。
「あぁ、俺の元いた世界は魔法よりも科学という技術が発達していたからね」
「カガクですか? そちらは私も聞いたことがありませんね」
「かがくってたべものなのかなぁ?アリアはおいしいものならうれしいなあ」
「私はそういうものじゃないと思うけど…」
「でも聞いたことない言葉だよなぁ…」
和哉は魔法や精霊などの単語は、漫画やゲーム(どちらもそこまでやったことはないのだが)などの知識からうっすらとは概念が把握できるが、ティア達にとっては全く知らないものであるため、四人が各々の反応を見せていた。その姿に苦笑しながらも、話を進ませるために切り出した。
「まぁ科学についてはまた別の機会に話すとして、この世界について基本的なことから色々教えてくれないか?例えばこの世界には、どんな国があって、どんな町があるとか。他にもさっき話題に出た精霊や魔法について教えてくれると助かる」
話題がずれかかっていたことに気付いたティアはあわわと少しだけあわてると、すぐに落ち着いて和哉が知りたがっていることについて話すことを決めた。
コホンと一度咳をすると、席を立ってどこからか地図を取り出してくる。
「失礼しました。それではまずこの大陸、シーアス大陸にある国について説明しますね。まずは私達がいるクラストライン聖皇国ですね。この国は、この大陸の東方にあり大陸のおよそ四分の一を占めています。この国の王都であるラウローゼンは、港町と国境を直線で結んだ際に中心から少しだけ北に位置するため、外敵からは攻められにくく、また様々な物資を得るために都合のいい場所であるといえます」
地図の東方を指し、国について詳しく説明していく。またこの地図はなかなかよく出来ていて、国境がしっかりと記されているため、理解を深めるために役立っていた。ティアの説明は更に続いていく。
「ただ王都は交易に適している場所ではありますが、王都の南に位置するキャリバンの町が商業の町として知られています。その他にも国境付近の町ラングベルは、闘技場が存在する町として腕に覚えのある方が多く存在し、港町のセルベスはこの国の漁業の支えとなっています。そして私達が住んでいるカーサの町は王都とラングベルの間にあり伝統の残る町として観光の名所とされています。およそ百年ほど前に建造された家屋などを、当時の状況を再現できるように、日々修繕の技術が培われています。腕の良い職人さんが多いため、職人の町とも言われますよ」
ティアは地図を指しながら丁寧に分かりやすく説明してくれるため、多くのことを理解することができた。主な町以外にも、複数の村があるということも把握できた。
「以上が、この聖皇国に存在する町と主な特徴ですね。次に北西に位置するガルファリア帝国について説明しますね。ガルファリア帝国はこの大陸のおよそ三分の一を占めている国ですが、国土の北方が雪に覆われた山岳地帯にあり、とても領土とは言える場所ではないため、実際には聖皇国より少し領土が多いくらいだといわれています。帝国の町については申し訳ありませんが、あまり聞いたことはないですね。ただ王都であるヴェルアークが西方の平原にあることだけは知っています。そして……この国では奴隷の売買が行われているということでも有名ですね」
「……すまん、いやなことを思い出させたな…」
ティアが暗い表情を見せたことに気付き、知っていることを教えて欲しいといった手前申し訳ない気持ちになる。だが、和哉がそう言うとティアは両手を前に出して振りながら気にしないでくれと言ってくれた。
「すいません、ちょっと暗くなっちゃいましたね。それでは気を取り直して、最後に南に位置するアルメキオ共和国です。この国は南部に位置するというだけあって、他の地方より温暖な国です。温暖な地域で取れる果物の輸出が盛んな国でもありますね。そしてこの国最大の特徴は亜人の割合が多いということです。もちろん私達のような人もいますが、割合としてはおよそ亜人が三で人が一といったところですね」
魔法や精霊などと並べてよく聞く亜人という言葉に、和哉はいよいよ異世界ということを実感できる内容になってきたなと思い始めた。
「亜人か…例えばどんな人たちのことをそう呼ぶんだ?」
「亜人は、高等な生物の血が混じった人より身体能力の高い人達のことを指します。例にあげるならば、狼や犬(といっても普通にいるようなやつではない)などの獣の血が混じった獣人、竜の血が混じった竜人などですね。その他にも沢山の種族がいます」
獣人、竜人と聞くと一度は会ってみたいと思うのが現代っ子の性という物か。和哉はいずれはお目にかかれるといいなぁとこっそり思っていた。和哉がぼんやりと思案にふけっているのを見ながら、ティアは微笑んだ。
「また共和国は他国に比べ、亜人を差別する人がほとんどいないと言うこともあげられます。聖皇国や帝国では、亜人だからといって差別する人が少なからずいるのですが、共和国ではそんなことは全くといっていいほどないといわれています。亜人の方々にとっては余計な言いがかりを付けられることのない、とても住みやすい良い国だと思います」
(差別か……やっぱりどこの世界にもそんなくだらないものがあるんだな。まだ救いを求めることが出来る国があって本当に良かった)
和哉は元いた世界にも存在した差別という概念が、こちらにもあったことにうんざりした。相手を受け入れることの出来ない狭量な者達が、自分達とは違うものを排斥しようとする考えは、自分とは世界を移動してもどうしても相容れないものだとわかった。
「アルメキオ共和国の王都、パーシアルは南西に位置しています。こちらの国の町についてもほとんど良くわかっていないので、お答えできません。すみません、お力になれなくて」
「カズヤおにいちゃん、ティアおねえちゃんをおこっちゃやだよ?」
「そんなことしないよ。とりあえずは自分がいる国についてさえ、わかっていればいいんだから十分助かったよ、ありがとうティア」
申し訳なさそうにするティアを庇おうとするアリアの行動は、とても微笑ましく元々起こる気などなかった和哉は頬を緩ませ、ティアへと礼を言った。ティアも和哉の笑みを見て嬉しそうに笑った。
「どういたしまして。それでは次に精霊と魔法についてお話しますね。」
「それじゃあよろしく頼むよ」
「ちょっと待った」
ランドの待ったの言葉にきょとんとしながらティアとカズヤはランドを見た。
「姉ちゃんはさっきから、沢山話してるから魔法については俺が話すことにするよ」
「そう、それじゃあお願いねランド」
「任せて姉ちゃん!」
姉に仕事を任されたランドは、子供らしい笑顔を見せた。くるっと和哉のほうへ向き直ると、自分の仕事を行うために本題に入ろうとする。
「それじゃあ説明始めるけどいい兄ちゃん?」
「あぁよろしくなランド」
「オッケー、それじゃあ魔法について説明するね。魔法ってのは体内にある魔力を使って起こすものだよ。人によっては魔力がない人もいるし、そういう人は魔法を使えないんだ。ちなみにここにいるみんなは魔力を持ってるよ」
みんなが魔力をもっていると聞かされて、和哉は素直に驚いた。なぜなら、ここには八歳の子供と五歳の子供がいたのだから。そして興味の赴くままに本人達に聞いてみることにした。
「アリアもメルも魔法が使えるのか?」
「メルは少しだけ使えるよー!」
「アリアも!」
「へぇ、そりゃ凄いな!俺にも使えたらいいんだけどなぁ」
八歳や五歳の子供達が魔法を使えるのだから、自分も使ってみたいとは思うのだが、何分こちらの世界の人間ではないため、和哉は既に魔法を使うことを諦めていた。そんな和哉を見てランドはニヤリと笑った。
「そんなに落ち込まないでよ、兄ちゃん。兄ちゃんももしかしたら使えるかもしれないからさっ!」
「本当か?」
「うん、まぁそれはまた今度練習することにしようよ。とりあえず話を続けていい?」
和哉は自分がもしかしたら魔法を使えるかもしれないと聞いて、少しだけ嬉しくなった。そこに孤児院の人物以外の第三者がいれば、十二歳の子供に踊らされているなよと突っ込む者もいるかもしれないが、そこにそんな人物はいなかった。
「魔法には属性があって、火、水、風、土、氷、雷、光、闇そして無という九つの属性があるんだ。そして魔法には相性というものもあって、あまりにも沢山の属性の魔法を使うことは出来ないんだよ。例えば、火の属性を使える人は、水や氷の属性を使うことが難しいって言われてるんだ。例外として反対の性質を持つ属性を使うことが出来るのは、この国では皇国の賢者と呼ばれる方とその人の複数の弟子だけみたい。」
「なるほどなぁ…天才はどこの世界にもいるってことだな」
例外と言われるほどその技術が通常ではほとんどありえないことだと考え、見たこともない賢者のことを単純に凄いと思わざるを得なかった。
「それと魔法には低級魔術、中級魔術、上級魔術の三種類があるんだ。級があがる毎に威力と術が影響を及ぼす範囲、そして詠唱の長さが増大していくんだよ。でも上級魔術はこの国では使える人がほとんどいないんだ」
「なんで使える人が少ないんだ?単純に人材不足なのか?」
上級と聞くだけあって難しそうなのは和哉にも良くわかっていたが、国単位で数えても使える人が少ないというのは少しおかしいのでは?と思ったのだ。それにランドは間髪いれずに答えた。
「それも少しはあるんだけど、この国では召喚術がメインで使われているというのが主な理由かな? まぁ魔法についてはこれで終わりだから、この理由も含めて姉ちゃんに任せるよ」
そう言ってランドはティアにバトンタッチした。
「わかったわ。ありがとうね、ランド」
「ありがとうな、ランド」
ランドは若干疲れた顔をしていたが、それは肉体的な疲労ではないため、数分後には治っていた。
「それではこれから、精霊と先程ランドが言った召喚術に関して説明しますね。先程魔法に属性があるとランドも言っていましたが、精霊にも属性があり魔法と同じ、九つの属性を持ちます。召喚術というのはこの九つの属性に枠組みされた精霊を、この世界に召喚する術のことを言います。そのため召喚術は別名で精霊魔法とも呼ばれます。召喚術は主に攻撃より防御に適しているといわれ、火は耐火、水は治癒、風は移動補助と治療、土は硬化、氷は耐寒、光は結界などの効果があります。例外として雷と闇と無は攻撃に適しており、雷は麻痺、闇は侵食、無は物体の重さを操るといわれています。ただ攻撃に適した三つと光の属性の精霊を召喚する人は、この国でもとても珍しいです。これらの四つは制御の難易度が他の五つに比べ桁外れのため、召喚した本人が精霊によって倒されることもあります」
「そんなこともあるんだな…ただ便利なだけじゃないということか」
高い能力にはそれなりのリスクが付き物だということが良くわかる話だ。
「そういえば精霊にも属性があるんだから、実力があれば魔法みたいに沢山の属性を召喚したりできるのか?」
魔法と同じ感覚で考えるのであれば精霊も実力さえあれば、複数の属性を使役することが出来るのではないかと思った和哉はそう質問した。
「とてもいい質問です、カズヤさん。実は精霊は魔法とは異なって自分に合う属性の精霊しか呼べないことになっています。例えば、火の精霊を召喚できる人は、火の精霊なら魔力のある限り呼ぶことが出来ますが、それ以外の属性の精霊を召喚することは不可能なんです」
「へぇ、じゃあ沢山同じ属性の精霊を呼ぶことは出来るのか」
「実は厳密に言ってしまえば、それも不可能なんです。精霊の力量は召喚主が潜在的に所持している魔力の量によって比例し、その量によって呼ばれる精霊の格が変わるんです。そしてどの人においても精霊を召喚するために使用される魔力の量は、各々に貯蔵されている魔力のおよそ三分の二ですから、複数召喚することは不可能といわれているんです」
精霊の格は上からSS級、S級、A級、B級、C級、D級とあるらしく、戦闘に使えるほどのものはB級からでSS級は強力すぎて、この国の五代前の王を務めた者以外誰も呼び出せたことはないらしい。
「召喚術って誰でも使うことが出来るのか?」
個人の魔力によって変わるのは、精霊の格であるため魔力さえあれば、と思う和哉の考えは至極当然だった。しかしティアは首を横に振ってアピールした。
「誰でもというわけではありません。精霊と相性がよく、召喚術を行うための召喚石を所持しており、なおかつ召喚術のための詠唱を覚えておかないといけません。また高位の精霊を召喚するためには、召喚石が余程立派なものでなければなりません。S級ともなるとダイヤモンドに召喚用の術式を刻まなければいけないといわれています」
「やっぱり色々と制約があるんだな。まぁ当然といえば当然か。それで結局のところなんでこの国では召喚術が盛んなんだ?これだけの制約があれば、普通に魔法を使ったほうが便利だと思うんだが?」
わざわざこんなリスクの多いことをしなくても、修行をして上級の魔法を使用できるようになるほうが、国のためにはいいことなのではと和哉は考えた。
「そうですね。実はそうなったのは過去に行われた戦争のためなんです」
「戦争…」
「はい、三十年ほど前この国は、帝国が聖皇国の領土に侵入してきたため、それを追い返すための戦争を行っていました。帝国は歩兵などの戦力は少ないものの、上級魔法を使える魔導師が大勢いました。対して、この国は単純な兵数では勝っていたものの、魔導師の数が帝国のおよそ半分ほどだったのです。徐々に侵犯されていく領土でしたが、偉大な過去の魔導師は、古くからこの国に存在していた召喚術を使用することを決意しました。先程精霊のことについて言いましたが、精霊は攻撃よりも防御に優れています。そのため、相手が使う上級魔法と同じ属性の精霊の力をぶつけることでその攻撃を相殺したのです。そうすることによって単純な兵力の勝負となった帝国との戦争は、この国の勝利で終止符が打たれました。それからも帝国がいつ侵略してきても対処できるように、聖皇国では召喚術の錬度を高めることが目標とされているんです」
(なるほどな。身を護るために召喚術が発展したわけか)
頭の中で思考を巡らせると、疑問は次々と浮かび上がる。
「それより昔には、召喚術をそういう風に使った人はいなかったのか?」
「えぇ。それまで精霊は、あくまで個人を対象に使用されていたため、ここまで大規模な戦闘に使用したのは、この戦争が初めてなんです。そのためこの戦争の名前は精霊戦争と呼ばれています。ちなみにそれを考え出したのが、先程にも話に出ました皇国の賢者と呼ばれる方なんです。長くなりましたが、以上が精霊に関しての話となります」
「そっか、うんなんとなく分かったよ」
ティアの説明を聞き、様々なことを理解した和哉であったが、ふとランドが何かを思い出したかのようにティアに近づいていった。
「そういえば姉ちゃん、強化魔法について言ってないよね?」
「そうだったわね……ただあれは普通の人じゃ使えないから…」
「俺は、兄ちゃんなら使えると思うよ?」
「…そうね、もしかしたらカズヤさんなら使えるかも」
二人で話し合っているところを眺めていると、膝の上にアリアが乗ってきた。一瞬戸惑ったものの、子供の扱いには慣れていたため、ゆっくりと髪を梳いてやった。くすぐったそうにする姿が愛くるしく和む。
「あーっ!アリアばっかりずるいよー!メルもメルも!」
「わかったよメル。こっちにおいで」
そう言って微笑むとメルも近づいてくる。姉と言ってもまだまだ八歳。甘え足りない時期だろう。孤児院にいる時点でこの子達の親はいない。この年齢で親の愛情を受けることが出来ないのはとても悲しいことであり、少しでも自分が甘えさせてやろうと思った。
「ティアも今日は沢山話してくれて疲れただろうし、強化魔法についてはまた今度聞くことにするよ」
「…そうですね。アリアもメルも嬉しそうですし、またお話しすることにします」
二人の子供の楽しそうな顔にティアやランドにも笑みがこぼれる。
その五人の姿はまるで本当の家族のようだった。
会話が異様に長いっ!
説明くさくてすみません…