第5話:始まり
「ご馳走様。旨かったよ」
「ありがとうございます」
流しへと食器を持っていき、そこへいたティアに一言告げる。
およそ十時間ぶりに食事にありつけた和哉は満足感でいっぱいだった。
ティアが泣き止むとすぐに、和哉はティアに部屋で休むように言った。ティアも色々あって疲れており、それに従い部屋へと戻ったため、和哉は昼食を食べることが出来なかったのである。
ティアの名誉のためにも言っておくが、一応彼女自身は昼食を作ってから休むといったのだが、
「俺に気を使わないでいいから、ゆっくり休んでくれ。なっ」
和哉に頭を撫でられながら笑顔でそう言われたからには、反抗する気も起きなかった。
まぁ端的に言うなら昼食を食べられなかったのは、和哉の自業自得であった。間違った行動ではないので、誰も突っ込んだりはしないが。
食卓には和哉とティア以外に三人の子供がいた。
今までは各々食事が終わると、部屋に戻っていたのだが、今回は違っていた。三人とも和哉へと視線を向けて、一人は尊敬の眼差しを向け、残りの二人は構って欲しそうな目で見ていた。
(子供はやっぱり可愛いな)
和哉には特殊な性癖はないが、幼い頃から妹を可愛がっていたため、自分より幼いものに対してかなり甘かった。そのため今回も三人の子供にじっと見られて、癒されていたのであった。
「こらこら、三人とも黙って見てたら、カズヤさんも困っちゃうでしょ」
そこへ食器を片付け終わったティアが現れた。左手を腰に当て、右手を人差し指だけ立てて、顔の前にだし、上体を前屈みにして、三人に注意していた。若いお母さんが小さな子供に行うような態度に、和哉は自然と笑ってしまった。
「カズヤさん?どうされましたか?」
「いや、なんでもないよ」
「???」
突然笑い出した和哉の態度に、頭上に?マークが見えるような素振りで首を傾げたティアは、暫く不思議そうにしていたが、何かを思い出したかのようにはっとした。
「そういえば、私達ちゃんと自己紹介してませんでしたね。みんなこっちにきて並んで」
そう言ってティアは和哉の正面に立ち、椅子に座っていた三人をティアの左側に並べた。
「それじゃあまずはランドからお願いね」
「分かったよ、姉ちゃん」
背中を押された少年は一歩前に出た。
「俺、ランディ・エルクリスト!歳は十二歳、兄ちゃん、よろしくっ!」
そう言って元気そうに笑いかけてくるのは伸長一メートル六十センチほどの年齢にしては大きな少年で、髪も瞳の色も赤色で、髪は短く切られていた。
「ちなみに倒れていた兄ちゃんをここまで運んだのは俺なんだぜ!」
「へぇ……」
和哉の身長は一メートル八十センチと結構大きく、太ってはいないが、筋肉により自然と体重は増えるため、その和哉を連れてくることができたランドは、なかなかの腕力の持ち主であることがわかる。
「俺結構重かっただろ、ありがとうなランド」
そういって頭を撫でてやると嬉しそうにする。見た目は大きいが、精神的にはまだまだ幼いといったところなのだろうか。
「それにしても兄ちゃん、強いんだね!俺も先生に剣術を教わってたからちょっとは自信あったんだけど…」
どうやらティアを自分で護れなかったことが、少しこたえているようだった。今朝の話をティアに聞いていたのだが、ランドは後ろからの不意打ちで倒れてしまったため、一対一では負けていなかったようなのだが、それも含めて悔しがっているのがよくわかった。
「俺も修行中の身だけど、少しは指導できると思う。一緒に頑張るか?」
「いいのっ!? 俺絶対頑張るよ!」
そう言ってやるとランドは満面の笑みを浮かべた。自分の弱さを認めることが出来るランドは、きっと強くなるだろうと和哉は思った。
ランドが一歩下がると次にランドの隣にいた女の子が前に出てきた。
「メルリア・ネージュ、八歳です。メルってよんでねお兄ちゃん!」
そう言って出てきた女の子は金髪で翠の目をしたショートボブの女の子で、元気で活発そうな明るい印象を受けた。
「よろしくねメル。あれっ?ネージュっていうことはティアの妹なの?」
不意に出た疑問を口にするとティアは首を横に振った。
「孤児院に入ると、男の子は先生の、女の子は先生の奥さんの性が与えられるんです。だから実の妹ということではないんですよ。ただ私はメルのことを大切な妹だと思っていますけどね」
メルの後ろに移動して両肩に手をやりながらティアが言うと、メルもとても嬉しそうに微笑んだ。そうしている隣ではこの中で最も小さな女の子が、ティアの服を引っ張りながら不安そうに藍の瞳でティアを見上げていた。
「ねぇお姉ちゃんっアリアは?」
「もちろんアリアも大切な妹よ。ランドも大切な弟」
「えへへ~」
ティアに撫でられ安心したのか、花が咲くような笑顔を見せランドもメルも笑っていた。無邪気な笑顔は周りの人も笑顔にする力があるなと感心していた。
「ほらっアリアもちゃんとカズヤさんに挨拶しないとね」
「は~い。アリア・ネージュです。五さいです、よろしくねっ」
こちらに向き直るとアリアが走って飛び込んでくる。少しでも力を入れると壊れてしまいそうなその身体を、和哉は傷つけないように、優しく抱きかかえてやった。抱きかかえられたことに嬉しそうに笑い、肩まで伸びた綺麗な藍色の髪がゆれていた。
ゆっくりと地面に下ろしてやると、アリアはもう一度笑うとティアのところへ戻っていった。
「カズヤさんに抱っこしてもらってよかったね、アリア。それじゃあ私もきちんと自己紹介しますね。名前はシェスティア・ネージュ。年は十七歳です。改めてよろしくお願いしますね、カズヤさん」
アリアを片手で抱き寄せると、カズヤのほうへ向き直り礼をした。金髪蒼目のティアは整った顔立ちをした美少女で、十人いれば十人がそう答えるであろうという容姿だった。
改めて笑うと更に綺麗だなと思いながらも、和哉はふっと我に返り自分のしなければいけないことを思い出した。
「それじゃあ、俺も自己紹介をしようかな」
ティアは最初に会ったときに、和哉の名前だけは知っていたのだが、細かい話は聞いたことがなく、残りの三人にいたっては名前すら聞いてないという状況だった。(まぁ厳密に言えばティアが和哉の名前を出すため、三人とも名前は知っていたのだが。)そのため詳しい話を聞くいい機会だと思い、ティアもその言葉に頷いた。
「俺の名前は和哉・柊。出身地は日本。ついこの間十九歳になったばかりだ」
「にほんってどこにあるの?」
聞きなれない言葉に首を傾げたアリアが、質問を投げかけた。その言葉に苦笑すると腹を括った和哉は、若干真剣な顔つきで答えた。
「みんな、これから言うことは本当のことだから信じてくれよ?俺はどうやら異世界からきたらしい」
「……………」
一人を除く三人が異世界という言葉を聞いた瞬間、はとが豆鉄砲を食らったような顔になり、ポカーンとしている。唯一その一人となっているアリアも、そもそも異世界という意味が分からないらしく、「いせかいってなに?」と隣にいるメルに問いかけていた。
ある程度こうなることは和哉も予想がついていた。自分だって数日前に会った人が突然、異世界から来たなんてことを言ったらまずはその人の正気を疑う。ただ三人は自分達を助けてくれた和哉の正気を疑っているわけではなく、単純に驚いているようだった。
「俺の元いた世界にクラストライン聖皇国なんて国はなかったし、ここに来て身体能力が異様に上がっているから、多分間違いないと思う」
今朝の鍛錬や、孤児院に戻ってくるときの自分の脚力、そして戦闘の際に行った動きから、自分の身体能力が向上していることに気付いた和哉はその事実を付け加えた。
「そして、あと証拠になりそうなものは…これだな。ランド、この武器をこの世界で見たことってあるか?」
和哉は自分がこの世界に持ってきている刀をランドに渡した。
「これって今朝使っていた武器だよね?…………ごめん、みたことないよ」
「にわかには信じがたい話ですけど見たこともない武器があるという証拠もあるようですし……なにより和哉さんがそう仰るのでしたら事実なのでしょうね。ですがこれではまるで……」
「お兄ちゃんってあの話に出てくるえいゆうみたいだね?」
「アリアもそうおもう!」
どうやら納得してくれたようなのだが、和哉はなにやら自分が知らない話を知っているようで気になってしまった。
「なぁティア?英雄ってなんだ?」
「あっ、すみません和哉さんはご存じないですよね。英雄というのはこの国に伝わる昔話に出てくる主人公ですよ」
ティアは目を閉じ、ゆっくりと思い出すように話し始めた。
昔々精霊が人の前に姿を現していた時代
精霊は人と調和しこの国の民は平和に暮らしていた
だがしかしその闇は突然訪れた
空には光がなくなり自然は荒れ果てた
魔物が溢れ多くの町や村が襲われた
精霊と人は協力して魔を討つことを決めたがおびただしい数の敵の軍勢に多くの精霊や人が滅ぼされた
そこへ突然一人の男が現れた
黒髪と漆黒の瞳を携えたその男は一騎当千の力で魔をなぎ払い精霊と力を合わせ魔族の王を封印した
世界には光が戻り生命の息吹に満ち溢れていた
だが精霊に愛された男は二度と人々の前に姿を現すことはなかった
「このような話がこの国には伝わっているんですよ。まぁ昔話なんで実話かどうかなんて分からないんですけどね」
「なるほどな……もしかしてこの話があるから俺に髪と目の色が目立つって言ってたの?」
「はい、この国でも他国でも黒髪黒瞳の方はいませんし、ほとんど全ての人がこの昔話を知っていますので」
自分の知らないところで悪目立ちするようなことにならなくてよかったと、ティアの気遣いに感謝した。
「ねぇカズヤおにいちゃんはえいゆうさんなの?」
ティアとの話が終わるとアリアが和哉に近づき、和哉の顔を見上げながら言った。
「違うよ。何かしらの意味があってこの世界には来たと思うけど、そんな大したものじゃないよ。ただ黒髪で黒い瞳をしてるってだけさ」
少ししゃがんでアリアの髪をくしゃくしゃしてやると、頭をおさえながら楽しそうに笑っていた。微笑ましい光景にその場のみんなが自然と笑顔になる。和哉は立ち上がり全員の顔を見ながら言った。
「俺はこの国やこの世界で知らないことは山ほどあるし、色々迷惑をかけることになると思う。だけどみんなに危害が及ぶことがないように頑張るからよろしくな!」
「はい!」
四人が笑顔でそう返事してくれたことに嬉しさを覚えつつ、和哉の異世界での生活が本格的に始まったのだった。
次回はこの物語の世界について色々書こうと思います