第2話:困惑
「はい、お茶をどうぞ」
「あぁ、ありがとう…」
金髪の少女は和哉が起きたことを確認すると、すぐさま部屋を出て行きお盆にコップ二つと急須を置いて戻ってきた。近くにあった台の上にそれらを置くと、お茶をいれ和哉に渡し自分も手近な椅子に座った。
いまだベッドの上の和哉も自分が置かれている状況を把握していなかったが、とりあえず厚意は受け取っておくべきだと思い、お茶を飲むことにした。ちなみに彼女を連れてきた小さな女の子は、和哉のことを興味深そうに見ていたが、すぐに部屋を出てどこかへ行ってしまった。
適度な温度に温められていたお茶は、飲むと体中にじんわりとしみこんでいった。日本のお茶とはまた違った味だが、なかなか美味しいと感心していた。
「ふぅ…」
お茶を飲んで一息つくと少し冷静になった頭で、和哉は疑問を一つずつ解消していくことにした。
「色々聞きたいことがあるんだけどいいかな?」
「はい、私が答えられることでしたら」
嫌な顔一つせず質問に答えようとしてくれる態度はとても好感が持てた。
「とりあえず、ここはどこなのかな?」
「ここは孤児院ですよ」
「孤児院?」
「はい。カーサの町の端にある孤児院です」
(かあさ?…どこだそこは。そんな町が日本にあったか?)
いきなり知らない町の名前が出てきたので、自分の頭の中で検索をかけてみるが当然そんな場所は知りもしない。
「どうしたんですか?」
少女も目の前の男がいきなり何かを考え始めたことに不思議そうに首を傾げる。
「ん…あぁごめんごめん、なんでもないよ。それじゃあ次に、俺はどうしてベッドの上にいたのかな?」
少女の視線に気付き手を振ってなんでもないと取り繕いながら、次の疑問を投げかけた。
「それは私たちが倒れているあなたを見つけたからですよ」
「君が助けてくれたのか…本当にありがとう」
「いえいえ、困ったときはお互い様ですから」
ベッドの上で頭を下げる和哉に、少女はその礼がこそばゆいかのように照れ笑いをした。何処の馬の骨かもわからない見知らぬ男を拾ったことを、少女は恩に着せようとすることもなく然も当然であるかのように振舞う。恩を仇で返すようなこともある物騒な御時勢で言えば、その優しさは諸刃の剣ともなりえなくもないが、そういうことは気にしない娘なんだろうということが少し話しただけでもわかった。
「そういえば…私気になっていたんですけど、どうしてあんなところに倒れていらしたんですか?」
ふと思い出したかのように少女は和哉に向けて呟いた。
「あんなところって?」
「町の外にある共同墓地ですよ、倒れる前のことは覚えてないんですか?」
「うーん、覚えてないんだけど………いや、待てよ…」
自分が一度死んだ後に行った場所のことをほんの少しだけ思い出す。さっきまでは全く思い出せなかったのだが、少女と話していることである一つのフレーズだけを思い出すことが出来た。
「日本っていう国に聞き覚えあるかな?」
「にほんですか?…うーん……聞いたことないですね」
「それじゃあこの町がある国の名前は?」
「クラストライン聖皇国ですけど、もしかしてこの国にいらっしゃるのは初めてですか?」
不思議なことを尋ねられたかのように少女はきょとんとしていた。そして、その返答がある意味予想通りの答えであったことに、和哉は少しばかりショックを覚えた。
和哉が思い出したのは《異世界に飛ばす》というフレーズ。そして少女が答えたクラストライン聖皇国なんて国もともといた世界にありはしない。結果、ここからはじき出される答えは自分が異世界に飛ばされたということ。
「マジかよ…」
(なんで俺異世界なんかいるんだ、ちゃんと一回死んだはずだよな?あー、もうわけがわからんっ!)
自問自答しながら、ワシャワシャと髪を両手でかき乱す。
「ふふっ、あははっ」
「ん、どーしたんだ?」
彼女の口からこぼれた笑い声に和哉は反応してしまう。
「いえっ、なんでもありません。ただいきなり表情を変えられるので面白くて。ごめんなさい、なにやら悩んでらっしゃるのに不謹慎ですよね」
和哉は、まず質問の答えに驚き、直後にどんより落ち込んだ顔を見せ、その後自棄になったかのように髪をかき乱すといった行動を無言で行っているので、彼女の側からすれば和哉の表情はまさに百面相といった感じであったためついつい笑ってしまったのだった。
そんな彼女を見てると、和哉もなんで悩んでるのか馬鹿馬鹿しくなってしまった。
(死ぬことで香澄のところへ逝けると思って死んだが、気付いたらこの世界にいた。きっと死んだ後に送られたということは、何かしら理由があるんだろう。香澄がどうなってしまったかは気になるけど、あいつのためにもここで無駄死にするわけにはいかない。今は自分自身のことを考えないといけないな)
和哉はもともと頭の回転はよいほうなので、自分が今持っている情報を整理し、最善の行動をとることにした。
笑っていた彼女もようやく落ち着き、笑いのつぼが浅いのか?という割とどうでもいい情報を得つつ、和哉は会話を切り出した。
「とりあえずはこんなところでいいかな。ありがとう。あっ…ごめん、あんなに色々聞いたのに、名前を聞いてなかったね。ちなみに俺の名前は柊和哉だ」
ここまでお世話になっておきながら、名前を聞き忘れていたことにやっと気がつき、和哉は若干申し訳なさそうに自分の名前を名乗った。
少女も言われてみればとはっとした顔を見せ、苦笑いを見せた。
「私の名前はシェスティア・ネージュといいます。ティアと呼んでください。ヒイラギというお名前はめずらしいですね」
(そうか、こっちでは名前を先によむんだな。それじゃあ…)
「ごめん、ちょっと勝手が違ったみたいだな。こちらにあわせるならカズヤ・ヒイラギだ」
「わかりました、カズヤさんとお呼びしてもいいですか?」
「あぁ、よろしくティア」
やっとお互いに自己紹介をし終えた頃には、既にあたりは暗くなり始めていた。すると間髪いれずに、最初にあった女の子とは別の女の子が部屋に入ってきた。最初に会った子が七,八歳くらいで、その子よりももっと年齢が低そうだった。その女の子は、入ってくるなり椅子に座っていたティアの腰にしがみつき、ティアの顔を見上げた。
「おねーちゃーん、おなかすいたよぉ」
「え……いけない!晩御飯の準備の途中で抜け出してきたことを忘れてた!」
女の子に呼ばれやっと大事なことを思い出したティアはあたふたしながらクルッと和哉のほうを振り向くと
「すいません、カズヤさん。今から急いでご飯の準備しますからもう少しだけ待っててくださいねっ」
「えっ、そんな悪いよ。ただでさえお世話になったのにー……ってもういないのか…」
自分のいうべきことだけを言うと、ティアはさっさと部屋を出て行った。女の子も一度だけカズヤのほうを向き、小さくお辞儀をすると、てててっとティアの後ろを着いて行った。
「なんか流されちゃってるなぁ…」
苦笑しながらもそんなに悪くはないと思えた。
その後リビングで夕食をご馳走になった。素朴な味だったがなぜかとても懐かしく感じた。他にも数人が一緒にご飯を食べたが、やはり知らない人がいるのは落ち着かないのだろうか、さっさと食べると連れ添って部屋に戻ってしまった。
片付けもすみ、リビングのテーブルにはカズヤとティアの二人だけが残った。
「ご馳走様でした。とても美味しかったよ」
「お粗末さまでした。お茶でもどうぞ」
そう言ってお茶の準備をするティア。慣れた手つきで自分と和哉の分のお茶をいれ手渡す。
「ありがとう、ティア。本当にお世話になりっぱなしだね」
「だから気にしなくてもいいですよ。私が好きでやっているんですから」
「うん、でも明日にはここを出て行くよ。これ以上迷惑かけるわけにはいかないから」
「えっ……」
一緒にご飯を食べた女の子が言っていたのだが、実は和哉は二日間も寝込んでいたというのだった。倒れているところを助けてもらって、それだけでも申し訳ないというのに、二日間も看病してくれていたと知ったときには流石にこれ以上助けてもらうわけにはいかないと考えていた。
「でも、うちは部屋は沢山余っていますし、ここにいて邪魔なんてことはないんですよ」
「そうかもしれないけど、何もしないでここに住まわせてもらうなんてことにはいかないよ」
「でしたら、家事を手伝っていただくなんてどうでしょうか。うん、そうしましょう」
「ちょ…ちょっと待ってくれよ、どうしたんだ急に」
何が何でもここにいてもらわなきゃ困るといった風になってきたティアに対し、何かがおかしいと感じた和哉はその提案に待ったをかけた。
「俺がここにいなきゃいけない理由でもあるのか?」
「そ、そんなことないですよ……でも、そうですよね…カズヤさんの都合も考えずに勝手なこと言ってすみませんでした…」
別に問いつめるといった雰囲気ではなく、和哉はただ単に疑問に思ったことを口に出しただけであったのに、その言葉に対しティアはびくっと身体を震わせ、あからさまに何かを隠すような態度が見えた。
「どうしたんだ、本当に何かあるのか?色々世話になったし俺でよければ相談に乗るぞ?」
「いえ、いいんです。気になさらないでください。カズヤさんもまだ病み上がりですし早めにお休みなさってください。それでは」
そういって既に飲み終えて机に置いてあった和哉のコップと自分のコップを手に持ち、台所へと消えていった。
(ティアは何を隠しているんだろうな?心配だ。)
まだ会話をしてから数時間もたっていない相手のことを和哉は心配していた。だがいきなり現れた自分にそう簡単に話せるような内容ではないのかもしれないと自分の中でなんとか折り合いをつけ、その日は就寝することにした。
「なにやってるんだろうな、私…。あんなふうに言ったら誰でも裏があるって思っちゃうよね」
床に膝を抱えて座り込みティアは自虐気味に独り言を呟く
「先生……私、もうどうしていいかわからないよ」
涙をこらえ朝を待つ少女を支えるものはまだいなかった
今回はヒロインでましたね。
更に増やすかどうかはこれからの展開しだいですが、出来れば増やさない方向にしたいなぁと思案中です。