第42話:再来
「みんなちゃんと準備できたー?」
「「はーい!」」
「うん!」
ティアの声かけにアリアとメルそしてランドが答える。行儀よく手を上げたアリアとメルの二人はそわそわとしながらもう待ちきれないといった様子である。
一方で今日の主賓となるべき存在であるアルルは、壁に背中を預けてどこか浮かない表情をしながら床とにらめっこをしている。ティアはアルルの元へとゆっくりと歩いていくと目線を合わせるために軽く膝を曲げてかがんだ。
「どうしたの、アルル?やっぱり具合悪いの?」
ティアは先日の夜もアルルがうなされていたことを心配していた。昨夜は特にその具合が酷く、朝食の時から調子が悪そうであったためピクニックは延期しようかとも考えていた。だがアルルはティアの顔を見ると首を左右に振って笑顔を作った。
「大丈夫、心配してくれてありがとうティアお姉ちゃん」
「……本当に?無理なら今からでも別の日に出来るのよ?」
「平気だよ、私もピクニックとっても楽しみだもん」
「そう、それじゃあ目一杯楽しみましょう」
「うん!」
アルルはうなずくとそそくさとメルやアリアの元へと歩いていった。そんなアルルの様子を眺めながらティアはこの場に和哉とルティスそしてアルトがいないことに気づいた。
(まだ準備中なのかしら?)
そう考えながら、ティアがあたりを探していると和哉の部屋から微かに声が聞こえてくる。
「カズヤさん、ルティスさん、アルトさんそろそろ出発の時間ですよー?」
ティアが部屋の中に向かって声をかけるとすぐさま和哉から返事が返ってきた。
「ごめん、ちょっと手伝ってもらってて。すぐに行くから少しだけ待っててもらえるか?」
「わかりました。皆待ってるので手短にお願いしますねー」
「あぁ、わかったよ」
(やっぱり準備してらしたのね)
和哉の返事も聞きティアは扉の前から離れ待っている子供たちの下へと戻っていった。
「……行ったみてぇだな」
和哉は扉の前からティアが去っていったのを確認し、再び話を始めた。ルティスを除く二人ともが複雑な表情をしている。
「あぁ…それにしてもルティス、さっき言ってたことは本当なのか?」
「うむ、確証はないが恐らく…といったところだ」
ルティスの言葉に和哉もアルトもため息をつく。二人の様子からルティスから聞かされた話が二人にとって良い話でないことは明白であった。
「俺はそうならないことを信じたいがな」
「それは我も同じだ。だがしかし万が一ということもあるのでな。注意するに越したことはないという話だ」
「そう……だな。…………皆も待ってることだし行くことにするか」
「おう」「うむ」
和哉の言葉に二人して頷き部屋から出て行き、和哉も二人の後を追う。程無く玄関に着くとそこには出発はまだかと待ちわびている様子の子供たちがいた。メルとアリアは和哉が近づいてくると和哉の胸へと飛び込んできた。
「お兄ちゃん達遅いよー!」
「おーそーいー!」
二人して和哉へと抱きつきながら軽く不満をぶつけるような表情を見せながら和哉を見上げている。和哉はそんな二人の頭をなでながら少しだけしゃがんで目線を合わせた。
「ははっごめんごめん、悪かったよ。それじゃあ出発しよう」
「「わーい!」」
和哉の言動一つでころっと態度を変えて二人は笑顔を見せた。そして二人から離れた場所にいる和哉はアルルにも声をかける。
「アルルも待たせてごめんな、今日は一緒に楽しもう」
「うん」
アルルもこくんと頷くとティアの元へと歩いていき、ティアと手をつないだ。その仕草はアルルの年齢からすると少しだけ幼く見えなくもないが、端から見ればただの仲の良い姉妹のように見えるため別段不自然ということなどはなかった。むしろ微笑ましく、どこか遠慮がちなアルルが心を許してくれているように感じほっとした。
その一方で先ほどルティスから聞いた話が頭をよぎる。衝撃的であり信じたくはない話だが、それを否定出来るだけの情報も無い。
(ほんと、何も起こらなければいいんだがな)
和哉は軽く溜息をつくと外に向かって歩き出した。
今回の目的地は町から出て東北へ進んだ場所にある湖であった。街道からさほど離れてはいないことや、この場所ではあまり魔物の姿を見かけないという話があり、同様に休息をとる者達も多いようだ。ルティスにそういうこともあるのかと尋ねてみると、魔物の苦手とする領域というものがやはりあるようであり、この湖もその一種ではないかという話であった。ある程度町から距離が離れているため道中は事前に頼んであった馬車を使用した。また湖の周辺は木々で覆われているため、中心部までは歩くことにして帰る時間を指定し、その時間に迎えを寄越してくれるように依頼をした。移動にルティスのシフトムーブを使用しなかったのは、移動も含めてピクニックの醍醐味だからというのが大きいだろう。
馬車から降りた和哉達は湖まで歩いていく。辺りの木々からは木漏れ日が降り注ぎ、森の中のような暗くジメジメした空気はない。天候も味方し、過ごしやすい温度である。一行は辺りを見渡しながらゆっくりと中心部へ向かいを進めていく。念の為に先頭を和哉とランドが、間にメル、アリア、ティア、アルルの四人が歩き、後方をルティスとアルトが担当していた。だがその心配も杞憂に終わり、一度も魔物と遭遇することはなく、湖へと到着した。
「へぇ…」
和哉は湖を見渡しながら言葉を漏らした。水は澄んだ青色をして透明感があり、どこか神秘的な雰囲気を醸し出しているようであった。
「メルもアリアも湖に落ちたりしたら大変だからそんなにはしゃがないでね?」
「「はーい!」」
和哉が辺りを見回している間にメルとアリアは湖の淵へと移動して水に触れていた。ティアが注意をするが、二人は夢中になっているようだ。2人があまり話を聞いていないことを感じ、ティアは両手を腰に当てながらため息をつく。
「もう……あの子達ったら」
「ティア大丈夫だよ。俺が行くから」
「そうですか、それじゃあお願いしてもいいですか?私はお昼の準備を始めますので」
「わかった。ルティスもティアを手伝ってやってくれるか?」
「うむ、引き受けよう」
ティアとルティスにそう伝え、メルとアリアの元へと歩き始めようと背を向けた和哉であったが、すぐに再び向きを変えてそばにいたアルルへと声を投げかけた。
「そうだアルルも一緒に行くか?」
「私ですか?」
自分のことを指差しながらアルルは少し戸惑った表情を見せる。そんな様子のアルルにティアは優しく微笑みかける。
「折角だから行ってきたらどう?」
「えっと……」
アルルは自分へと向かって手を振ってくれる和哉と傍にいるティアに目を遣りながら、少しだけ悩むように顔を俯かせる。そして顔を上げて和哉へと目を向けた。
「今はティアお姉ちゃんのお手伝いしたいから大丈夫。いい、お姉ちゃん?」
「別に私のことは気にしなくていいのよ?ルティスさんもいるし、準備といってもそんなに時間はかからないから」
ティアの言葉にアルルは首を左右に振る。
「お手伝いさせてほしいの。迷惑だったらやめるけど……」
アルルが目を伏せる様子を見て和哉とティアは目を合わせて頷いた。
「それじゃあ手伝ってくれる?」
「いいの?」
「勿論よ、一緒にお昼の準備しましょう?」
ティアの一声にぱぁっと表情が明るくなり、大きく頷いた。
「わかった、それじゃあまた後で一緒に行こうな?」
和哉はそう告げるとメルとアリアの元へと近づいていった。一方でアルトやランドはというと折角湖まで来たというのに、相も変わらず鍛錬を行っていた。
「こらこら二人とも、ちゃんとティアの言うこと聞かないとダメじゃないか?」
「ごめんなさい、でもこんなにきれいなんだもん」
「そうだな、こんなに綺麗な湖は俺も初めて見たよ」
「そうなの?」
「あぁ、俺が住んでいたところにもこういう場所があったのかもしれないけど、そこへ行くことはなかったからな」
和哉は湖の淵で水を触りながらはしゃぐメルとアリアを眺めながら、その場へと座った。木々によって周囲を囲まれた湖だがそよぐ風は気持ちよく頬を撫でていく。
「いいところだな、ここは」
静かに独りごちながら和哉は横になった。
(香澄ともこうやって過ごせてたら…)
無邪気に笑う二人を見ているとふと妹のことが頭によぎった。そして同時に和哉はそれを振り払うかのように頭を振った。
(今は昔のことを思い出しても仕方ないんだ。俺にはここでやらなければならないことがあるんだから……俺の目の前であんなことが起こるのはもう沢山だ)
「…いちゃ……おにいちゃ………おにいちゃんってば!」
聞こえてきた声にはっとして正面に目をやるといつの間にか目の前まで近づいてきていたメルが頬を膨らましていた。
「もうっ、何度話しても返事してくれないんだから」
「あっ…悪い悪い。どうしたんだメル?」
「ご飯だって、早く行こうよっ」
膨れ面から一転してもう待ちきれないという表情を浮かべながらメルは和哉の袖を引いており、アリアもそれに同調するかのように手を引いていた。
「わかったからそんなに引っ張らないでくれ」
苦笑いをしながら和哉は立ち上がり、二人と一緒にティア達のもとへと歩いていく。
その時、側方から轟音が鳴ると共に凄まじい殺気が走った。和哉の顔つきは変わり二人を抱え込むようにしてその場から全力で前方へと飛ぶ。直後和哉達が元いた場所を地面ごと抉りとるように衝撃波が通過した。衝撃の余波が周囲へと広まって突風がおき、木々は揺れ湖は波紋を広げ、同時に和哉達を吹き飛ばす。
「カズヤッ!(兄ちゃん!)」
突風から腕で目を覆いながらアルトとランドは叫ぶ。和哉は吹き飛ばされながらも、体を捻って宙返りを行いどうにか足から着地をすることができた。
「メル、アリアッ!大丈夫かっ」
和哉は二人へと声をかけるが返事はない。即座に脈を確かめる。あまりの衝撃に気絶しているようであったが、どうやら命に別状はなさそうであった。胸をなでおろした和哉はすぐさまルティス達のもとへと走った。幸いルティスの力によりティアとアリアは守られており、怪我はないようであった。
「メル、アリア!」
「安心してくれ、気絶はしてるが命に別状はないはずだ」
「良かった…」
「ルティス、二人とティア、アルルを任せていいか。時間を稼ぐから後方へ下がったらシフトムーブで飛んでくれ」
「心得た。無理はするなよ、主よ」
二人を預け、合流してきたアルト、ランドと共に轟音がした方向へと目を向ける。その先には以前洞窟の祠で出会ったあの男の姿があった。その男は和哉達へ向かって大げさに拍手をしながらゆっくりと近づいてくる。
「おー!お荷物抱えながらあれ避けるのかよ、すげぇな!」
「ミューズ…ファナシア…」
「なんだよ、そんなに怖い顔すんなって。只のちょっとしたお遊びだろ?」
「あんなに殺気の篭ったお遊びが他にあるのなら知りたいな」
「だから怖い顔すんなって、本当に殺したくなるだろうが」
ミューズの挑発に対し、和哉は目つきを鋭くし眼前の敵を見据える。ミューズも和哉の反応に対し楽しそうに笑みを浮かべる。
「まぁまぁ、肩の力抜けって。そんなに俺ばっかりに気を取られてると…………」
「ルティスさんっ!!」
「後ろのおもちゃに殺られるぜ?」
ティアの悲痛な叫び声が後方から聞こえ、和哉達はすぐさま振り返る。するとそこには体をひと振りの剣で貫かれたルティスと剣を握り締めたアルルの姿が見えた。
「さぁお楽しみはこれからだ!最高のショーの始まりだぜ!ヒャハハッ!」
ルティスの体から流れる液体が剣を伝い、辺りを赤く染めていく。手に触れる液体を気にもとめず濁った目でアルルは和哉達を見据えている。ミューズの下卑た笑い声のみが湖に木霊していた。




