第40話:迷子
(まっくらだ…)
(なんにも見えない)
(どこにいるんだろう)
(わからないや)
(前に進んでみようかな?)
(前に進む…?)
(本当に前に進めているの?)
(本当は後ろに戻っているのかも)
(目的も無く)
(ただ歩いているだけ)
(ううん、目的ならある)
(とっても大事な)
(大切な目的が)
(ここまで長かったけど)
(あの人がきっと)
(約束を守ってくれるから)
(だから歩かなきゃ)
(どんなことをしても)
(でも………)
(……体が重いよう)
(……辛いよう)
(…パパ、ママ)
暗い暗い道を歩き続けながら、どんなに我慢を続けても気持ちだけはどうすることも出来ない
思いを込めた言葉も響くことは無い
ただ空しくなるだけである
それでも歩かなければならない
ずっとずっとこの時を待っていたのだから
歩いていると遠くに光が見える
(なんだろう、あれ)
光へと向かって自然と足が進む
一歩また一歩と近づいていく
光は逃げることは無く、ずっとその場に止まっていた
そして漸く手の届く距離まで近づくことが出来た
(…触っても大丈夫かな?)
少女は恐る恐る手を伸ばす
(わぁ、あったかい…)
手に掴んだその温もりが体全体へと伝わってくる
そしてその光を少女は両手で抱え強く抱きしめた
「………ん」
少女はゆっくりと瞼を開く。
なにやら夢を見ていたように感じたが内容は全く覚えていなかった。
反覚醒の状態の中、視界に入ってくるのは今まで見たことがない天井。
普段の寒々しい光景とは打って変わっている。
(ここ、どこだろう)
ぼんやりとしながらまわりへと視線を移そうとした。
だがその前に体へのぬくもりを感じた。
自分の後頭部とお腹の辺りである。
よくよく見てみると人の手が乗っかっている。
(綺麗な手…)
白く傷一つ無いその手を見ながら、その手の持ち主へと視線を移した。
「すぅ…すぅ…」
規則正しい寝息を立てながら女性が眠っていた。女性の背にある窓から見える光景から夜ではないことが分かるが、さほど明るくは無くまだ起きる時間帯ではないのかもしれない。
(この人…)
その女性をじっと見つめていたその時
「目が覚めたようだな、娘」
「っ!?」
突然女性に声をかけられた。目の前にいる女性はまだ眠っているようなのでどうやら別人のようである。気配を全く感じなかったため、自然と体がこわばる。
「すまぬ、驚かせてしまったようだな。許せ」
こちらの様子を見ていたのか、女性は謝罪の言葉を投げかけてきた。
少女は目の前の女性から視点をずらし、ゆっくりと後方へと振り返る。そこには床までつくような長い服を着た女性が立っていた。
「目覚めたようで良かった、二日間も眠ったままだったからな。流石に皆も心配していた」
女性は優しい表情を向けながら話しかけてきていた。少女も少しだけ落ち着いた様子で言葉を返す。
「……皆って誰?それにここはどこ?あなたは誰なの?」
「待て待て、そう幾つも同時に質問されたところで答えられぬ。まずは一つずつ答えていくとしよう」
「…うん」
少女が頷くのを見て、女性もよろしいといわんばかりに頷く。
「そうだな、まず一つ目の質問だが、皆というのはここに住んでいる者達のことだ。お主を助けたのもここの者達だ……この町で倒れたことは覚えているか?」
女性の言葉に少女は自らの記憶をたどってみる。この町について歩いているところまでは覚えているが、記憶が曖昧で倒れてしまったことまでは覚えていなかった。そのため少女は女性の問に首を横に振った。
「そうか…覚えておらぬならまぁ良い。ただ礼だけは言っておくと良いと思うぞ。そして二つ目の質問だが、ここは王都にあるその者達の家だな。なかなか部屋の数も多く、我も立派な建物だと思っている」
女性はうんうんと頷きながら話していた。少女はその様子を見ながら次の質問の答えを静かに待っていた。少女からのリアクションが無いことに少しだけ不満そうにしながらも女性は口を開いた。
「そして三つ目の質問だが、我の名は……ルティスという。ここの居候みたいなものだ。さてこれでお主の質問には全て答えたことになっただろう。私からもお主の名前などを尋ねておきたいところだが……まぁそれは皆が揃ってからとしよう。お主も隣の女の目が覚めるまでは休んでおけ」
ルティスはそう言いながら少女へと背を向けた。少女はまだ聞きたいことがあったのだが、それを聞く前にルティスは部屋を出て行ってしまった。
(行っちゃった…)
ルティスに向かって伸ばした手がすとんとベッドの上へと落ちる。少女はため息をつくと隣にいる女性の手へと再び目を向けた。
(あったかいなぁ…)
その手の上へと自分の両手を重ねる。自然と安心感がわいてきて再び目を閉じた。忘れてはならないことがあるがもう少しだけこの暖かさに身を任せていたかった。
「おっ目覚めたみたいだな?」
目を開けたと同時に男性の声が聞こえてきた。ベッドから軽く体を起こし、その男性の顔を見た後外へと目を向ける。
窓から見える景色は明るく太陽が燦燦と輝いていた。
「朝方にルティスから目覚ましたって聞いてたから安心したけど本当良かったよ」
男性は少女に向かって笑いかけぽんぽんと少女の頭の上に手を置いた。少女は特に嫌がるような素振りは見せることなくぽーっとしながら男性の顔を見ていた。
「んっ、どうしたじっと見て?俺の顔に何かついてる?」
少女は首を横に振り、再び男性へと目を向けた。そして口を開いた。
「…貴方がここに連れてきてくれたの?」
「まぁ、そうなのかな?ただ君の事を看病していたのはここに住んでいる皆だけどな。迷惑だったかな?」
「ううん、そんなことない。感謝している。ありが」
―ぐぅ~~
見た感じの年令に似つかわない話しかただなぁと感じながら話していると、少女のお腹が鳴る音が聞こえてきた。少女は手にお腹を当てて、言葉を発する。
「…お腹空いた」
少女のその言葉に笑みをこぼしながら男性はすっと立ち上がった。
「ははっ、ちょっと待っててくれるか?すぐに食べる物持ってくるからさ」
その言葉通りに男性はすぐに食べ物を持ってきてくれた。そしてその男性と一緒に朝方まで隣で寝ていた女性も現れた。
「おはよう、口に合うかどうかわからないけどよかったら食べてくれるかな?」
女性はそう言って器に入った料理とスプーンを渡してくれた。少女は器を受け取るが、そこで止まってしまう。そんな少女の様子を見ながら不思議そうに男性と女性はお互いを見やる。
「どうしたんだ?食べないのか?」
「………これおかゆ?」
「うん、もしかして嫌いだった?そうだったらごめんね、二日ぶりの食事だからお腹に優しいものがいいかと思っておかゆにしたんだけど。希望があれば作り直してきてあげる」
「嫌いじゃない………これ本当に食べていいの?」
「なんだ、そんなこと心配してたのか?勿論だよ。お金なんかとりゃしないから沢山食べればいいさ。ティアの料理は旨いからな~」
「カズヤさん、そんなこと言われると恥ずかしいです。でも本当に気にしなくていいのよ?遠慮せず食べて?」
和哉と呼ばれる男性とティアと呼ばれる女性は少女へと笑いかけながら話していた。少女はゆっくりとスプーンを持ち、器の中のおかゆを掬い口へと運ぶ。
「……あったかい」
口の中に入ったおかゆが飲み込むことで体の芯へと熱を運んでいく。その熱は体全体へと広がっていき、体を包み込んでいくようである。一口飲み込んだら次々とスプーンは器へと運ばれ、それが口の中へと運ばれていく。
「おいおい、そんなに急いで食べなくても……」
「………」
少女は無言でおかゆを食べた。自然と涙があふれ出ていた。
「おいしかったです、ありがとう」
「こちらこそ、綺麗に食べてくれて嬉しいわ」
ティアはお礼を言う少女から食器を預かり、もって来ていたナプキンで口元と頬をぬぐってあげていた。綺麗にし終えたのを見て和哉が少女へと話しかけた。
「少しは落ち着いた?」
「…はい」
「そっか、そんじゃ病み上がりに悪いんだが少しだけ話を聞いてもいいかな?」
少女はこくんと首を縦に振った。
「それじゃあ、っとその前に自己紹介しておくな。俺の名前は和哉だ。それで君の隣にいるのがティアだ」
和哉から紹介を受けティアは頭を下げると、自分の名前を言った。少女もティアが会釈するのに合わせてぺこりと頭を下げる。
「それじゃあ君の名前を聞いてもいいかな?」
「…アルル。アルル・フォールソン」
「アルルか。それじゃあアルル、君はあそこで何をしてたんだ?それにどうして一人でいたのか教えてくれるかな?一人で旅する歳でもなさそうに見えるけど」
「人を、私のパパとママを探すためにこの街に来ていたの。一人で歩いていたのはこの街に来る前に一緒に来ていた人とはぐれちゃったから…」
少しは緊張がほぐれたのか言葉使いも十二歳(本人から聞いた)であるアルルに歳相応なものとなってきていた。和哉は少しだけ安堵しながら質問を続けた。
「なるほどな、なんではぐれちゃったんだ?」
「…この街に来る時に魔物に襲われて……私はその人の魔法でここに来れたんだけど…」
「そっか、よっしわかった。じゃあ俺達が君のパパとママ、そして一緒に来た人を探すのを手伝ってあげるよ。それでいいかなティア?」
和哉の提案にティアは頷いた。そんな二人の反応を見ながらアルルは申し訳なさそうな表情を見せた。
「そんな…ただでさえ倒れていたところを助けてもらったのに、人探しまで手伝ってもらうなんて出来ないよ……」
「だからそんな気にしなくて良いんだって。俺達が勝手にやってることだからさ。な?」
「はい。ねぇアルル?」
「?」
ティアはアルルの手を取りしゃがんで目線を合わせた。そして優しい表情でアルルへと話しかけた。
「貴方一人で全て抱え込まなくてもいいのよ?……私も貴方みたいに一人で抱え込んでしまったことがあったけど、その時も手を差し伸べてもらえたおかげで助かったの。だから、ね?」
アルルは一瞬躊躇うような困った表情を見せたものの、ティアの言うことに頷いた。
「…本当にお願いしてもいいの?今までも別の街でずっと探してたのに見つからないから、もしかしたらこの街にもいないかもしれないけど…」
「わかった、力になれるよう努力するよ。それじゃあしばらくはこの家を自分の家だと思って過ごすといいさ。ちなみに迷惑をかけるからやだってのは言わないでくれよ?」
和哉がそう告げるとアルルは驚いたような表情をした。そのままティアへと目を合わせると、ティアもアルルへと無言で頷いていた。そしてアルルは少しだけ緊張したような表情を見せながら和哉とティアへと向かって丁寧にお辞儀をした。
「そ、それじゃあ少しの間よろしくお願いします」
「あぁ。うちにもアルルと同じくらいかもっと小さい子がいるんだけど、皆アルルと話するのを楽しみにしてるはずだから早く元気になってくれよ?」
「……はいっ!」
和哉の言葉に対し、アルルは満面の笑みで答えていた。
こうしてとりあえず期間限定ではあるが、家族が増えることとなった。その日はまだアルルの体調も完璧とはいえなかったため、歓迎会は別の日に行うことになった。
アルルが起きてから更に二日たった頃には大分アルルの状態も良くなってきており、部屋から出ることが可能になっていた。普段自分と同年代ないし自分より小さい子と話す機会が無かったのか、ぎこちなく子供達に混ざっていたがそれでもどうやら少しずつ会話も行えるようになっていた。子供達もアルルと話すことに対して抵抗は無く、積極的に関わっていこうとしていたため、アルルも思いのほか早く順応しているようだった。
子供達がアルルと仲良くなろうとしている間、和哉やアルトは家をルティスに任せて、街でアルルの両親について聞き込みを行っていた。アルルからは両親の名前と髪の色や瞳の色などの身体的特徴を教えてもらい、それを元に探していたが手がかりはゼロだった。流石に情報が少ないと思っていたその時、和哉とアルトはお互いにある情報を手にすることが出来ていた。
だがその情報はとてもではないが、アルルにとって良い情報とはいえなかった。
新しい女の子の名前はアルルとなりました。
アルルと聞くと有名な某落ちゲーの主人公を思い浮かべる人も多いのではないのでしょうか。
ともあれ次回もよろしくお願いします。