第39話:少女
夕暮れ時、城へと続く坂道を和哉とベルは二人下っていた。あの後暫くの間、カーツの指導の下訓練を行い、一緒に訓練を行っていたベルと帰ることになった。
「それにしても驚いたな、まさかベルが姫様の友達だったなんて」
「しーっ、公の場であまりそういうこと言わないで。もし噂になったらあの娘に迷惑がかかるから」
和哉の言葉に対して口の前に指を出してベルは言った。和哉も少し迂闊だったと思い口をつぐむ。
「おっと、確かにそうだな。悪かった」
「気にしないで、意外だと思うのは当然だと思うから。でもまぁカズヤなら知られていても安心ね」
そう言いながら少しだけ先を歩き振り向きながらベルは和哉へと笑いかけた。和哉はその言葉に胸を張りながら答える。
「信用あるんだな、俺って。やっぱり日頃の行いの良さかな」
「うん、私の命の恩人でもあるしね」
「………今のは冗談だったんだが」
軽い冗談のつもりだったのだがそんなに真面目に返されてしまうとは思っても見なかったため、恥ずかしくなってしまっていた。ベルは恥ずかしくないのかと思って前方にいるベルを見てみると少しだけ頬が紅潮しているように見えた。
「そうなの?まぁ信用してるから裏切らないでよね」
「りょーかい」
ベルの言葉に頷きながら答えて、和哉はベルの隣に並ぶように歩を進めた。
―コツッ
「んっ?」
暫く歩いていると石が和哉の足元へと転がってきた。普通に考えて石が勝手に動くことは無いので立ち止まって転がってきた方向に目をやる。するとそこには複数の男の子と1人の女の子の姿があった。
「あれは…」
「どうしたのカズヤ?」
ベルも急に和哉が立ち止まったため、和哉が視線を向けている方向を見た。身なりの整った男の子達が、ずたぼろの服を着た翠色の長髪の女の子に向かって石を投げていた。
「きたねーんだよ!さっさとどっか行けよっ」
無言で歩いていく女の子に向かって止めることなく石を投げ続ける。辺りにちらほら大人の姿も見えたが様子をうかがうばかりで止めさせようとはしていなかった。女の子の素肌に沢山のキズがついていることや、元々は白色だったはずであろう服が何かで汚れてどす黒く変色していることから、不気味に思いあまり関わりたくないと思ったのだろう。
「あいつらっ…こ」
「こらぁ!止めなさぁぁい!」
和哉が止めに入ろうとしていたその時、一瞬早くベルが女の子のもとへと駆け出していた。だが
「きゃっ!」
すぐさま転んで地面とご対面していた。石を投げていた子供達も突然の出来事にポカーンとしている。和哉もその姿に頭を抱えたが、すぐさまベルの代わりに女の子のもとへと近づいた。そして女の子を庇うように男の子達の前に立ちふさがる。男の子達はいきなり現れた自分達よりも大きい和哉に怯みながらも声を出した。
「なんだよっ!邪魔すんのかよ」
「待ってくれ、この子が何かしたのか?」
「…………」
和哉の言葉に男の子達の返事はない。和哉はふぅとため息をつくと少しだけ屈んで男の子達に話しかけた。
「それじゃあなんで石なんか投げつけたりしたんだい?石が当たったら痛いだろう?」
「………うるさいっこの一つ目男!いくぞっ」
「いたっ」
男の子達は和哉の言葉に答えずに持っていた石を和哉に投げつけると走ってどこかへ行ってしまった。男の子達の持っていた石が一つだけ頭に当たり和哉は思わず声を出してしまった。
「カズヤ、大丈夫?まったく…」
立ち直ってようやくこちらへと歩いてきたベルが走っていった男の子達を見ながら話しかけてきた。
「あぁ、問題ないよ。ちょっとびっくりしただけだ」
そうベルへと告げると、石が当たった部分を摩りながら後ろにいる女の子へと話しかける。
「もう大丈夫だから、心配いらないよ」
「……………」
女の子へと目線を合わせながら話すと、女の子は空ろな目をしながら和哉を見つめていた。少しの間無言で見つめていたかと思うと
「………た」
「えっ?」
何かぼそっと言葉を発した後に急にその場へと倒れこんでしまった。どうやら意識を失っているようである。
「おい、大丈夫か!…ベルこのまま家の近くの医者に診てもらうぞ」
「わかった、急ぎましょ」
和哉は女の子をおんぶするとすぐさま走り出した。ベルも和哉について走り出した。
医者に診てもらうと、どうやら疲労がたまって倒れたということがわかった。何の疲労かは分からないが、寝ていれば治ると聞いてほっとした。体中の傷に関しては昔からのものやつい最近のものもあり、どうやったらこんなことになるのかこっちが聞きたいくらいだと、和哉達を睨みつけながら医者は答えた。勿論、和哉とベルもこの子に会ったのは今日が初めてであったため返事をすることはできずにいた。ただ、なんとなくではあるがここで無関係と言ってしまうのは憚られた。
和哉達は塗り薬をもらうと女の子を背負って家へと戻った。こんな状態の女の子を連れ出すのはあまりよくないとは思ったが、休んでいれば治るということだったので、和哉達の家にいるほうがゆっくり休めると判断した。
すっかり日が暮れてしまい、あたりは真っ暗になっていた。一応ルティスを通して家には遅くなることを連絡をしてあったため、心配していることは無いだろう。
「ただいま」
「お邪魔します」
「お帰りなさい、カズヤさん、ベル」
「よっ、お疲れさん」
和哉が家に入るとアルトとティアが迎え入れてくれた。子供達は病人がいるからというティアの言葉のため今日は早めに部屋へと戻っていた。
ティアが用意してくれていた部屋に女の子を寝かせると、リビングへと集まった。リビングにはルティスが既にいて、戻ってきた和哉へと軽く目配せをすると皆が席に着くのを見ていた。ティアは食事をとっていない和哉とベルのためにサンドイッチなどの軽食やお茶を準備し、席へと着いた。
「ありがとうな、ティア」
「いえ、それにしてもあの子はどうしたんですか?」
「街中で子供達に石を投げられていたんだ。その後子供達が逃げていったんで話しかけたんだけど、急に倒れてね。だから医者に診せに行ってたんだよ」
「そうですか……具合のほうはどうなんですか?」
「うん、お医者さんが言うには少し休んでいれば良くなるってさ」
ティアが不安そうな表情を見せると、ベルが心配する必要は無いと答えた。その言葉にティアも少しだけほっとしている。
「そんでどうすんだ?あの子を預かるのか?」
「とりあえずは起きてから相談かな?あの子の親についてもまだ聞いていないし、親がいるなら心配しているかもしれないしね。ただ…」
「あの怪我ならむしろ引き取ったほうがいいかもしれねぇってことか」
アルトの言葉に和哉は首を縦に振った。ティアやベルもその意見には賛成のようだった。
「あの子の体を見たら分かるように酷く傷が多かった。服に覆われていない素肌が見える範囲だけでもね。普通に暮らしていたら勿論あんなことになるはずはないよ。だからもしあの子の親、もしくは関係者があんなことをしているんだったら無理に元の居場所に戻すこともないのかもしれない」
「だな。つっても俺ら居候に決定権は無いからティア次第だけど…ティアはどうなんだ?」
アルトはそう言うと視線をティアへと向けた。ティアはアルトの目を見据えながら頷く。
「私もあの子がここで住んでもいいと思うのなら一緒に住むのが一番だと思います」
「…よし、それじゃあ決定だな。皆遅くまでつき合わせて悪かったな。ベルにも世話掛けた」
和哉はティアの了解も得られたことでとりあえずこの場を収めることにした。緊張の糸がほぐれたベルがティアに渡されたサンドイッチを食べ始めようとしていたが声をかけられたため、口元へ運ぼうとしているサンドイッチをお皿へと戻して和哉へと向き直っていた。
「ううん、気にしないで。私もあの子のこと心配だったし」
「そう言ってくれると嬉しいよ、またあの子について何か分かったら知らせるから」
「うん」
そう言ってベルは再び食事を始めた。訓練後から先程まで飲まず食わずだったため、我慢の限界だったのであろう。
―グゥゥ
実際和哉のお腹も鳴っていた。席へと戻りテーブルに置いてあった自分の皿からサンドイッチを取ろうとした。
―ガシャァン!
「っ!?」
その時二階にある部屋から何かが壊れるような大きな音が聞こえてきた。和哉もリビングにいた面々も顔を合わせるとすぐさま二階へと向かった。
二階へと近づいていくと物音が聞こえてくるのは、女の子を寝かせていた部屋の中からであることが分かった。そしてその音とともに女の子の声が聞こえてくる。
「どうした!」
和哉は一目散にドアを開け放ち、部屋の中へと入っていった。すると中では女の子がベッドの上でのた打ち回っており、ベッド傍の台に置いてあった花瓶が、振動で床へと落ち、割れていた。
和哉は女の子の元へと駆け寄り、肩に触れて話しかける。
「どうしたんだ、大丈夫か」
「あああぁあぁぁぁっぁあぁっあぁぁああぁぁ!!」
女の子は酷く錯乱しているようであり、こちらの声が全く届いていないようだった。和哉が肩に触れると激しく暴れだし、直ぐに振り払ってしまう。華奢な体つきでどう見ても和哉の腕を振り払えるほどの力はなさそうなのだが、それでも女の子の動きは止まらなかった。
「あぁぁあぁぁぁっパパ、ママ、わっ、わわたしを、おいていかないで、やだやだやだあああぁっああパパ、ママ!!」
ベッドの上で錯乱し、泣き叫びながら父と母を呼ぶ姿に和哉は手を離しそうになった。
「離しては駄目です」
だがティアの言葉で和哉ははっとした。いつの間にかベッドまで近づいてきていたティアは女の子の後頭部と背中に手をまわして女の子を抱きしめた。なおも暴れる女の子の手と足がティアへと当たる。痛みに顔をゆがめながらもティアは女の子の耳元で囁いた。
「ゆっくり休んで。貴方のパパとママはきっといつでも貴方のことを見てるから。だからそんなに怖がらなくても大丈夫だよ」
どれくらい時間が経っただろうか。実際にはほんの数十秒なのだろうが、とても長い時間が経ったように感じられた。始めのうちは酷く暴れていた女の子が次第に動きを止め、整った寝息を立てるようになっていた。その光景に和哉、アルト、ベルの三人は何もすることが出来ず、ただただ立っていた。
「すごい…」
ベルのその言葉に和哉とアルトは無言で頷いていた。慈愛の表情に満ち、優しくその女の子を抱きしめているティアの姿は母親の姿を映しているようであった。
「…ティア、お疲れ様」
女の子から手を離し立ち上がったティアへと和哉が話し掛ける。少しだけ疲れたような顔が伺えたがそれも一瞬で消えてしまった。
「カズヤさん少しだけお願いがあるんですがこの子を私の部屋に連れて来て下さいませんか?この子を一人でここに寝かせておくのは少し心配なので」
「わかった、でもあまり無理しないでくれよ?」
「はい」
「ルティス」
「なんだ、主よ」
「念のため、ティアについていてやってくれないか?ティアもいいかな?」
「わかりました、お願いしてもいいですかルティスさん?」
「承知した。何かあればすぐに伝えるとしよう」
和哉はティアとルティスとの会話を終えると、ゆっくりと女の子を抱き上げた。おんぶをしているときにも思ったのだが、本当に線が細く体も軽かった。折れてしまいそうだと思いながらも先程の力を思い出し、どこか腑に落ちないものも感じていた。
和哉はそのままティアの部屋へと女の子を連れて行き、その場でティアは全員におやすみなさいと告げると部屋へと戻った。アルトも部屋へと戻り、ベルも家へと戻ることになったため和哉が家まで送っていった。
帰り道、夜空を見上げながら一人孤児院へと歩いていく。
頬に当たる風がいつもより冷たく感じた。
大変お待たせいたしました。
第二章第二幕は赤と黒編です。今回も四話か五話構成になると思いますのでよろしくお願いします。