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帰る場所  作者: S・H
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第38話:姫






「さて、今日は何をしようかしら?」


 フェリシア・アル・クラストラインは朝食を終え、自室のテーブルで紅茶を飲んでいた。傍には御付の召使が控えており、粛々と佇んでいる。


(今日は特に予定はないし、まだ読んでない本でも読もうかしら?)


 近頃何かと忙しい日々が続いていたため久しぶりの休日には何かをしたいと考えているのだが、姫という立場上、外にも出辛く必然的にやることも限られてしまう。そのためいつもの休暇のように、本を読むことにしようと紅茶を飲みながら考えていた。


ーコンコン

 

 その時部屋の外から扉をノックする音が聞こえてきた。


「どなたでしょうか?」

「姫様、和哉・柊です」


(カズヤ様、お帰りになっていたのですね)


 フェリシアは和哉が任務を成功させたということは聞いていたものの、こちらに帰ってきていることはまだ知らなかった。そのため少しだけ驚いたが、すぐさま返事をする。


「どうぞ、入ってください」

「失礼いたします」


 フェリシアの言葉を聞き、扉が音を立てながら開いていく。そして和哉がゆっくりと室内に入り、恭しく頭を下げた。


「おはようございます、姫様」

「おはようございます、カズヤ様。どうぞそちらへ掛けてください」


 フェリシアは挨拶を返すと、フェリシアの向かいの席を指しながら和哉へと着席を勧める。


「姫様、私は姫様の近衛ですのでそのようなことは」

「あら?私の言うことは聞けないですか?」

「……それでは、失礼します」


 楽しそうに和哉を見ながら笑うフェリシアに対し、やられたなと思いながら和哉は席へと着いた。召使が和哉の分の紅茶も用意し、すっと後ろへと下がる。


「貴方達、少しだけカズヤ様とお話しをするので席を外してくれますか?」

「かしこまりました。部屋の外でお待ちしていますので御用があればすぐにおよび下さい」


 フェリシアの言葉を受け、召使はすぐさま部屋から出て行った。


「カズヤ様、お久しぶりですね」

「姫様もお元気そうで何よりです。姫様の近衛という立場ですのに、今日までこちらへ来ることが出来ず申し訳ありませんでした」


 和哉は近衛という役職をもらってから今日まで一度もフェリシアの下へ行ったことがなかった。それというのも任命式を終えてからすぐさま任務のためにセルベスへと赴き、こちらへ戻ってきたのはつい昨日だったので、仕方の無い面もあったのだが。そこは律儀な和哉という男、開口一番にこの話題だった。


「いえいえ、カズヤ様もお忙しい身だったのですから仕方がありませんよ」

「そう仰って下さり嬉しいです」

「ふふふっ、そういえば今日はどのようなご用件で参られたのでしょうか?」

「今日は正式に任務を完了したことを報告するために参りました。本当でしたら昨日の内に参らなければならないところですが、昨日は帰った時には既に時間も遅かったため今日にさせていただいたというわけです」


 和哉はそう言うと目の前に置かれている紅茶に口をつけた。紅茶の芳醇な香りが広がり、口の中を潤す。


「カズヤ様、私にも今回の任務の話をしてくださいませんか?」

「えぇ、姫様が望むのであれば」

「ありがとうございます……それともう1つお願いを聞いて欲しいのですがよろしいですか?」

「私に出来ることであればどうぞお申し付けください」


 和哉はフェリシアの言葉に対してすぐに返答した。フェリシアは嬉しそうに笑顔を浮かべる。そしてその表情のまま口を開いた。


「それでは私と友達になってくださいますか?」

「友達…ですか?」


 突然、一国の姫から友達になってくれと言われ、キョトンとしてしまう。それもそのはず、自分の立場は姫の近衛であり、和哉の中ではそれ以上でもそれ以下でもなかった。そのためまさかそのようなことを言われるとは思っていなかった。


「はい、駄目でしょうか?」


 和哉の反応に対し、先程までの表情が一転して曇りかけてきている。


「…姫様、本来友達というものは頼まれてなるものではなく自然とそういう関係になるものです、ですからそのように頼まれても肯定するのは難しいです」


 フェリシアは和哉の言葉に心底残念そうに項垂れてしまっていた。和哉の言うことも至極最もなのだが、立場上自然とそういう関係になることはなかなかに難しいのだ。


 和哉はそんなフェリシアの状態を見て心の中でやれやれと呟くと続いて言葉を発した。


「ですが、姫様が私に友人として接してくださるのであれば私も相応の態度で接しましょう」

「本当ですか!」

「本当ですよ」


 フェリシアは和哉の返答に机からやや身を乗り出して声を上げた。和哉も以前謁見のまで見た姿からは想像もできないようなフェリシアの反応に自然と笑顔になる。


「ありがとうございます、私の立場上今まで友達と呼べる人があまりいなかったのでとても嬉しいです!では、私のことはフェリシアと呼んでくださいますか?敬語も必要は在りません。勿論カズヤ様の立場もあるでしょうし、公の場では今までどおりの呼び方でかまいません」


 自分の立場上、一国の姫ともあろう人を名前で呼ぶことは許されないのではないかと思った。だが一度相応の態度で接すると言ってしまっている手前であり、フェリシアを見ても上目遣いでこちらを見てきておりどうにも断りづらい雰囲気をかもし出していた。


「ふぅ…わかったよ、フェリシア。これでいいか?」

「ふふっ、えぇとてもいい気分です」

「それじゃあフェリシアも俺のこと様付けじゃなくていいよ。言われ慣れてなくてむず痒いんだよな、それ」

「わかりました、カズヤでいいでしょうか?」

「あぁ、さてとそれじゃ今回の任務について話すとしようか?」


 幸い、フェリシア本人が公の場では今までどおりでかまわないと言っている為、和哉はそれを了承することにして話を勧めた。フェリシアは和哉の話を夢中で聞いており、とても楽しそうにしていた。








「は~、やはり外はいろいろなことがあるのですね。私ももっと外に出て色々なことを学びたいです」

「時期が来ればきっともっと外に出られるようになるさ。それに俺とアルトと後は誰か副隊長以上の人に協力してもらえれば外には出られるしな」

「そうですよねっ!私も楽しみです」


 フェリシアはずっと満面の笑みを浮かべており、外に出た時に何をしたいか考えているようであった。


「フェリシアって意外とおてんばな感じなのかな?」

「…目の前にいる女性に向かっておてんばとは、カズヤは些かデリカシーに欠けているのではなくて?」

「すまない、冗談だよ。ただ闘神祭の時も一人で出店にいたからな。本当は誰かついていたのに逃げ出したんじゃないのか?」

「うっ……そ、その通りです」


 和哉に図星を指されてしょぼんと項垂れる。感情が豊かなフェリシアは見ていてとても楽しかった。あまりいじめてはかわいそうだと思い、そろそろフォローをいれることにした。


「でも、あの時のフェリシアは立派だったと思うよ、小さな女の子を必死で庇っていて」

「あの時は夢中でしたから、それにカズヤがいなければきっと私もあの子も……だから私は私はあの時カズヤに助けてもらって本当に嬉しかったです」


 以前のことを思い出しているかのように、フェリシアは目を閉じていた。そしてゆっくりと目を開けて、問いかけるように言葉を告げた。


「カズヤ、私がどうしてあの時貴方達を近衛にしてはと言ったかわかりますか?」

「?いや、よくわからない」

「…貴方に興味があるからですよ?」

「興味?俺なんか見てても面白くないだろうと思うぞ」

「……意外と本人はそういうところが分からないといいますよ?さて、そういえばカズヤはこの城の中もあまり動き回ってはいないでしょう?今日は私も用事はありませんし案内してあげましょう」


 カップを置きフェリシアはすっと立ち上がった。それにつられて和哉も立ち上がる。実際、フェリシアの言うとおり和哉はこの城の内部についてあまり把握していなかったため、フェリシアの言葉は渡りに船であった。


「そうか、すまないな。姫様直々に案内してもらえるなんて光栄だよ」

「もうっ、姫様とは言わない約束ですよ?」


 冗談で言ったつもりなのだが、フェリシアは頬を膨らませて抗議をしていた。そのため和哉も宥めるためにすぐさま謝っていた。 


「悪かったよ、ただこの部屋から出たら流石に戻させてもらうぞ?」

「…わかりました」


 名前で呼ばれなくなることが残念なのか、あからさまに表情に変化が出た。和哉は軽く肩をすくめると、すっとフェリシアの前に出た。そして一度礼をしてもう一度向き直り、言葉を発する。


「それじゃあ案内頼むよ、フェリシア?」

「……はいっ!」


 そう言って名前を呼んでやるとまた花が咲いたような笑みを浮かべた。





 



 フェリシアは彼女が勉強をする際に使用する本が納められている城の書庫であったり、騎士団員の詰め所そして作戦会議室など様々な場所を案内してくれた。


「大体の場所は案内することが出来ましたね。他に行きたい場所はありますか?」

「そうですね…もしよろしければカーツ殿の部屋へと行きたいのですがよろしいでしょうか?」

「先生の部屋へですか?わかりました、案内しますね」


 和哉はこちらへ戻って来る前に尋ねようと思っていた人物の部屋を指名した。報告の際にはカーツと会うことが出来ず、またの機会にでも訪ねようと思っていたのだが、フェリシアのおかげで会うことが出来そうであるため喜んでいた。皇国の賢者とも呼ばれる魔道の専門家であり、自分の魔法を磨くために彼の教えを請う必要があると考えていたからだ。


「先生ってことは姫様もカーツ殿にご指導を賜ってらっしゃるのですか?」

「はい、私も魔法は得意なのですが何分力加減が上手くいかず…これではいつまで経っても自分の身すら守れません…」


 どうやらフェリシアも魔法の威力に悩まされているようであった。その様子に和哉も同じ悩みを持つ者として同情せざるを得なかった。


「私も魔法の制御には頭を悩ませていますがお互い苦労しますね、姫様」

「えぇ、っとここが先生の部屋です」


 フェリシアはカーツの部屋を示し、そのまま入り口にいる兵士へと話しかけカーツが中にいるか確認した。そして中にいることが分かるとそのまま扉をノックし、中へと声を掛けた。


「先生、フェリシアです。カズヤ様が先生の下を訪ねられたいと仰ったのでお連れしました」

「姫様ですか、分かりました。どうぞお入りになってください」


 カーツの言葉が聞こえたと同時に扉が自動で開いていった。中には普通の部屋が広がっているかと思いきや、なぜかとてつもなく広い空間があった。


「すごいな、どうなってるんだこれ?」

「これは師匠の魔法によって作り上げた結界です。私達が魔法の訓練を行うための特別製のものです」


 和哉も部屋の中をゆっくりと歩きながら、あまりの驚きについ素で独り言がでてしまった。するとその答えに聞こえてきた声は和哉の顔見知りの者であった。


「あれ、誰かと思えばベルじゃないか?何をしているんだ?」

「見て分からないか、師匠の下で魔法の訓練だ」

 

 今のベルはどうやら任務モードらしく真面目な話し方に固まっている。そんなベルにフェリシアが手を上げて近づいていった。


「ベル、元気そうで何よりです」

「フェリシアも変わってないようだな」


 仲良さそうに話している二人を見て、和哉の頭の上に?マークが浮かぶ。


「あれ、二人は友達なのか?」

「はい、私の始めての友達がベルなんです」

「私達は二人共師匠のカーツ殿の教え子でな、幼い時から一緒に訓練をしているのだ」

「なるほどね」


 以前から聞いていたベルの先生がカーツ殿ということには驚いたが、ベルの実力ならばそれも納得だと思った。そこにカーツの声が響いてきた。


「ベル、休まず訓練を続けるがよい」

「すみませんでした、師匠。悪いがフェリシア、話の続きは終わってからだ」

「いえいえ、気にしないで。先生、私も少し魔法を扱っても大丈夫でしょうか?」


 カーツは無言で首を縦に振った。フェリシアはベルや和哉、カーツから少しだけ離れたところで魔法を行使していた。


「さてお待たせして申し訳なかった。カズヤ殿は私に用事があったのではないですか?」

「あっ…こちらこそすみません、あまりにも凄い光景であったのと思いがけないことがあって少し驚いてしまって。それで少しお話があるのですが…」


 和哉は王への報告とほぼ同じ内容を話した。自分が上手く魔法を使えないために、苦戦を強いられてしまったということも。


「どうかお願いします、私にも稽古をつけていただけないでしょうか?」


 和哉はカーツに頭を下げた。そんな様子をカーツは顎に手を当てて眺めていた。そして口を開いた。


「…カズヤ殿、一つ尋ねてもいいだろうか」

「なんでしょうか?」

「君は何のために強くなろうとしているんだ?」

「私には守りたい人達がいるからです」

「守りたい人達…か…私達の下で戦うことにした際もその言葉を聞いたな………君はその人達のために強くなろうとしているのだな」

「はい」


 カーツは和哉の言葉に頷きながらも表情は厳しいままだった。そして何かを決心したように頷き、和哉へと向き直った。


「カズヤ殿、少し昔話をしたいのだがよいだろうか?」

「?…かまいません」


 突然のカーツの話にやや困惑しながらも和哉はその問に了承しながら頷いた。カーツもその言葉を聞いてゆっくりと言葉を発し始めた。


「ありがとう……あれは今から30年前、私が帝国との戦争で前線で指揮を執っていた時の話だ。その頃の私は一刻も早く戦争を終わらせたいと思っていた。人一人の力で何が出来るというわけでもないだろうが、そんなことは考えている余裕が無かったのだよ。私にはこの街で待っている妻がいたからな」

「奥さんが……」

「あぁ、私の妻は私以上に魔法の才に長けていた。しかし、元々身体が弱かった上に病気を患ってな……戦場に出ることは無く、この街で療養していたのだ。そして私はそんな妻のために戦っていた。だが、私の思っていたのよりも早く、別れは訪れてしまった……」


 暗い表情を浮かべながらカーツは言葉を紡いでいく。昔のことを思い出しながら話している姿は、いつものカーツに比べ弱弱しく感じられるようだった。和哉も掛けられる言葉が見つからず、名前を呼ぶのみである。


「……カーツさん」

「妻は死に際に私に魔法で言葉を伝えてきたよ。「貴方の力になれなくてごめんね…もっと貴方と一緒に生きていろんなことがしたかった」とな。私は妻の…最愛の人の最後の言葉を聴いてそれが……妻が死んだということが現実であるということを知った。そして生きる気力すら失った。その時だ…私の部隊が攻撃を受けたのは。指揮官である私が呆然としている間に戦友は一人、また一人と魔術により消えていった。そんな中思ったのだよ、私は何のために今まで戦ってきたのだろうとね」


 途中から和哉に背を向けて遠くを見つめながら話していたカーツだったが、すっと和哉へと向き直った。


「だが王はその時窮地の我々の部隊を自ら助けに来てくださった。前線に出てくるなど普通では考えられないことだが、それでもあの人は来たのだ。そしてあの言葉を私に下さった」


【失ったものを悔やむ暇があるなら明日を見続けろ!お前がここで死んでなんになる!お前の嫁が…お前の部下が必死で生きたいと願った明日を…お前は自分自身で投げ出してしまうのか!あいつらの分まで何が何でも生き抜いて見せろ!!】


「私はその言葉を聞いてある事に気づいたよ…そのある事というのが私の戦う意味だ」

「…戦う意味」

「君は今誰かのために強くなろうとしている、それはとても素晴らしいことだ。だが反面それは脆く崩れやすいものでもある。だからこそ君には知っておいて欲しいのだ、戦う意味は揺るぎない信念の下に必要だということを。今は難しいかもしれんがいつかは君にも分かって欲しい……私は今もあの時の友の叫びを夢に見る。どうか私のような過ちを繰り返さないでくれ」

「はい…」


 和哉にはカーツの言っていることが少しだけ分かるような気がした。和哉にも自分より大切だと思っていた香澄がいた。それが和哉の生きる意味だった。しかし、香澄を失ってそれは一気に崩れ落ちた。カーツの言うとおり儚く脆い物だった。


(俺は、皆を守るために戦う。だけど戦う意味とはそれが全てではないということなのだろう…)


「迷いながらも君が答えに辿り着くと私は信じている。その助けとなるためならば喜んで魔道を指導しよう」

「ありがとうございます」


 カーツの言葉を胸に刻み和哉はその意味を見つけることに決めた。


 たとえ時間が掛かったとしても同じ失敗を繰り返さないために。












遅くなりましたが、なんとか投稿できました。

これから諸事情のため一ヶ月ほど投稿することが出来ません。

申し訳在りませんが、また暫く待っていただけたらと思います。

それでは失礼します。

〔追記〕少しだけ会話の内容を変更しました。

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