第37話:終曲
叫び声が響き渡ったその直後、セイレーンの周りの岩が形を作り始め岩の人形が数体現れた。その大きさは和哉達の二倍程度、その中でも更に特別大きい物もあり、奴らが下手に動き回れば洞窟が崩れるのではないかというほどだった。
「やばいな…倒せなくはないだろうがその前にこの洞窟が崩れそうだ…それにさっきよりも頭がくらくらする…ルティス!まだ分からないか!」
《いや、漸く把握できたぞ。待たせてすまなかったな主よ》
「気にするな、おっと……それよりどこを狙えばいいんだ」
こちらへと仕掛けてくる岩人形の攻撃を避けながらルティスへと指示を仰ぐ。
《セイレーンの右手の手首に腕輪があるのが見えるか》
「確認してみる……あったぞ!紫色の腕輪が見える」
《妙な魔力はそこから溢れている。おそらくそれを壊せば元に戻るはずだ》
「了解、ルティスは結界を維持したまま下がり始めててくれるか。洞窟が持つかどうか分からない」
和哉はティア達に万が一のことがあってはいけないと考え、ルティスに下がり始めるようにいった。だがしかしルティスはその言葉に対して首を横に振った。
《その必要はない、主よ》
「えっ…」
《そうならないようにすぐに終わらせてくれるのだろう》
ルティスの思わぬ言葉に和哉は目を丸くしてしまう。そして諦めたように頭をくしゃくしゃと掻くと、眼前の敵を見据えながら返答した。
「……ふぅ、わかったよ。さっさと終わらせるからそこで待っててくれ。というわけだ、ランド、アルト!さくっと終わらせるぞ」
「おう、操られた分はきちんと働かないとなぁ!」
「俺も生き埋めは嫌だし頑張るよ」
「よっし!真ん中は俺が行ってそのまま突っ切るから二人は左右を頼む。少しの間の時間稼ぎでいいから無茶だけはするなよ」
「いつも無茶してるお前が言うなっての、まぁオッケーだ」
「わかったよ!」
その言葉を皮切りにランドは左側、アルトは右側へと移動し、和哉は敵へと真正面から突っ込んでいった。
「兄ちゃんの邪魔をするなよ!魔を討つ光を彼の者へと宿せ、祖は刃と交じりて邪を滅す、くらえぇっ!光波塵!」
ルティスの援護を受けながらランドは左側にいた数体の岩人形の足元に向かって光弾を飛ばす。ルティスの調整により先程よりは威力が上がっており、岩人形の足が削れてバランスをとることが出来なくなり、次から次へと倒れていった。
一方反対側ではアルトが双剣を駆使し、岩人形を相手にしていた。アルトがぶつぶつと何かを呟きながら剣を振ると、剣は一瞬だけ光を放ちそれを受けた岩人形達は跡形もなく崩れ去っていった。
「まだまだ安定しねぇがてめぇら相手には十分見たいだな、おらカズヤ道は空けてやったぞ!さっさといけっ!」
アルトの言葉を聴きながら和哉は一体又一体と正面の人形を倒していく。そして最後の砦となっている巨大な岩人形と対峙していた。
「お前らのような人形にかまっている時間はないんだよ!」
和哉は巨大な図体から繰り出されるパンチをすっと半身でかわすと強化の魔法をかけその腕へと飛び乗る。そのまま腕の上を走り抜けていき、相手の眼前へと飛び上がった。
「紅蓮の炎よ、魔を滅し全てを塵と成せっ!灼紅剣!」
紅く煌く刀身が岩人形の頭へと突き刺さると同時にまとまっていた岩が崩れ始める。そしてあれほどの巨体だった人形は一瞬にして元の岩へと戻った。
「…クルナ…クルナァァァ!」
「悪いな、このまま放って置く訳にもいかないんだ。これで…終わらせてもらう!」
悲痛な表情を浮かべながら、こちらへと岩による攻撃を放ち拒絶の反応を見せるセイレーンへと言葉を投げかけると、体勢を低くする。そのまま足に魔力を練り加速すると擦れ違いざまに腕輪を斬りつけた。
辺りが静寂に包まれる中ゆっくりと剣を振り刀を納める。それと同時に和哉の後方でパリンと金属の割れる音がした。
「アアアァァッァアァアアァァー!」
セイレーンが叫び始めると同時に、自らが創り出した岩人形の残骸はサァッと砂になっていった。そしてセイレーンの体から黒色の煙が放出され始めた。
和哉達はルティスのいる結界まで下がり、その様子を眺めていた。
「ルティス、あれはなんなんだ」
「おそらく、腕輪の魔力の残滓だろう。あれが消えることによって以前の状態に戻るはずだ。暫く待ってみるのがいいだろう」
ルティスのその言葉を信じ一行はその場で待機した。そしてその数分後漸く煙は止んだ。
「癒しの光よ、ヒール」
「はぁ、はぁ……はぁ……」
和哉はセイレーンに回復魔法をかけながら話しかけた。直接的な攻撃はそこまで多くはなかったものの、異常な魔力の消費によって体力が奪われているためそれを補おうとしていた。荒れていた呼吸もゆっくりと正常に近づいていく。
「さっきは手荒な真似をしてすまなかった。痛むところとかないか」
「ふぅ……えぇもう大丈夫です。ありがとうございます皆さん」
「そうか、よかった」
セイレーンは笑顔と共に返事をした。先程までの声も綺麗では在ったが、今はより透き通るような声が響き、不思議と心が落ち着いてくる。
「やれやれ、世話を掛けさせおって。主達の力がなければどうなっていたことか」
「その声は……まさか」
「久しいな、セイレーンよ」
「トルティエス様ですか!最後に会われてからもう何年になることか。お懐かしゅうございます」
ルティスが和哉達の後方から現れるとセイレーンはその声に驚きながらも深く丁寧にお辞儀をしていた。ルティスはその仕草を見て手で顔を上げてくれと示した。
「さて、暴走を見る限りお主になにやらあったようだが………話してくれるか」
「…はい、あれは」
「あっれー、やっぱりもう終わっちゃったんだ」
「っ!?誰だ!」
ルティスがセイレーンから事情を聞こうと話し始めたその時、聞いたことのない声が和哉達の後方から聞こえてきた。その声に驚き振り向いてみると、見知らぬ短髪の男性が立っていた。細身の体躯で金髪、金色の瞳、そして背中にはギターのような楽器を背負っていた。
「誰だっていいじゃん、んでもまぁ気になるんなら一応名乗っといてやるか。俺の名前はミューズ・ファナシアだ」
「ミューズ…ファナシア…」
男は親指を伸ばし自分の胸を指しながら名前を言った。案の定聞き覚えのない名前と男の態度に警戒心を拭う事は出来ない。アルトやランド、ルティスも武器に手を添えて警戒している。その男の動向に注意しながらも隣に目を向けると、セイレーンがうつむきながら酷く怯えていた。
「あぁ…ああっ…」
「どうした、セイレーン」
「あ…あの…男が私に…腕輪を……」
「……大丈夫だ、心配するな」
余程酷い目に合わされたのだろうか、セイレーンの震えは止まることがなく、顔を上げることもない。和哉はセイレーンの頭に手を置くと落ち着くように語り掛ける。和哉の語り掛けによってセイレーンも少しだけ震えが収まってきていた。
「それで、ミューズさんとやら…あんたはここに何の用があって来たんだ」
「あぁ、お前らがそこにいる俺の玩具に手出してるのが分かったからな。どんな奴らか身に来てやったのさ」
「……それだけか」
「それだけかとは随分だな、せっかくそいつを俺好みにチューニングしたってのに、こんなにあっさり元に戻されて俺様超ショック受けてんだぜ」
沈黙が支配する中アルトがミューズへと話しかける。ミューズはアルトの問いかけに対し、大げさに項垂れるなどの過剰なリアクションをとっていた。
「お前がショックなのはわかった。だが俺達もこっから出るところでな。そろそろお引取り願いたいんだが」
「おいおいつれねぇな、ノリが悪い男は……」
「っ!?」
「嫌われるぜ」
和哉が項垂れているミューズへと言葉を発する。ミューズが顔を上げながら答えたその刹那、それの持つ武器の矛先はセイレーンへと向かっていた。
「ぐっ!」
「おぉ!あれに反応するのか!面白ぇな、こりゃ来て見て良かったぜ」
「うぉぉっ!」
一瞬で加速したミューズの攻撃を和哉は、セイレーンを自らの後方へと突き飛ばし居合いを用いてなんとか防いでいた。ミューズの武器は背中に掛けてあった楽器から形状が変化しており、一振りの大剣となっていた。どうやらルティスのように武器の形状を変化させることが出来るようである。大剣の重量とミューズの腕力が和哉の腕に圧し掛かってくるが、和哉は強化を腕に集中し、力の限り跳ね除けた。そして体制が崩れたところを刀を横に薙ぐように振る。それに対しミューズは体を器用に反らせてかわし、そのまま後方へと宙返りをして距離を取った。
和哉はその場から動かず刀を構えて、ミューズを凝視する。その一瞬の攻防の中で相手の力量がかなりのものであると判断したためだ。一方ミューズは笑顔を浮かべ、楽しそうにこちらを見ていた。
「すげぇすげぇ、お前いいな!もっとやりてぇけど今日はこれくらいで勘弁してやるよ」
「そうか、出来ることなら二度と会いたくないんだがな」
「バーカ、つれない事言うなって言っただろうが。こんなところで決着ついても面白くもなんともねぇだろうが。それに」
和哉との会話をしながらミューズはルティスと和哉達の後方で横たわっているティア達に目を向け、酷く不気味な笑顔を見せる。
「普通に戦うよりもっと面白いことが出来そうだしな」
「………もしティア達に手を出してみろ…殺すくらいでは許さんぞ」
「おぉ怖い怖い!そんじゃあまたな、餓鬼共!」
ミューズの言葉に和哉は殺気と共にそう言い放つと、笑いながら煙のように一瞬にして消え去った。
「行ったか…奇妙な奴であったな」
「なんだか怖かったよ……俺達と同じ人なんだよね」
「そうだと思うが、どこか異質な雰囲気を持ってたな。それに…ああ言っていた以上、またどこかで仕掛けてくるに違いない……用心しておかないとな」
和哉はミューズの最後の言葉と視線が気になっていた。ああいうタイプの男が言うだけ言って何もしないということはまずない。ティア達に何も起こらぬようにと和哉は静かに警戒を強めることにした。
「まぁともかくそろそろここから出ようぜ、いい加減疲れちまったよ」
ミューズが現れてからの重苦しい空気に痺れを切らしたアルトの発言により、漸く一同の緊張感がほぐれた。和哉も肩の力が抜け自然と楽になる。
「そうだな、詳しい話は宿でしよう。セイレーンも着いてきてくれるか」
「わかりました、ただそろそろ姿を現しておくのも限界なので、そこまでは姿を消して実体を表さずに行かせて頂きます」
「わかった。それじゃあ戻るとしようか」
こうして一行は宿へと戻ることにした。ちなみに騎士団の一行は和哉達が帰る際に目が覚めていた。一言騒動は終わったことを告げたのだが、隊長のウェルスは納得することなく部下を引き連れて再び奥の祠へと向かっていった。
宿に戻った一行は途中で起きた、というよりルティスの魔法で起こしたティア達と一緒に夕ご飯を食べ、宿の個室で話を再開した。各々ばらばらに座っているなかで、メルとアリアはルティスの左右に座って正面のセイレーンに興味津々のようである。
「それであいつ…ミューズに操られてあんな風になってたのか」
「はい、意識は一応保っていたのですが…自分の力ではどうすることも出来ず皆さんには大変申し訳ないことをいたしました」
「まぁそれは仕方ないだろ、やりたくてやってたわけじゃないんだし。それよりも操られてた人達はもう正気に戻ったのかな?」
「おそらく、大丈夫だと思います。元の状態に戻った際に各地に散らばっていた私の魔力は消滅させましたので」
「そっか、それならここでの任務は一応終了だな」
色々なことがあったものの王様の命令であった任務が完了したことに和哉はほっと一息ついた。そこへティアが宿に置いてあったお茶を配ってくれた。
「おつかれさまでした。それにしても…そんなことがあった時に眠ってしまっていたなんて申し訳ないです」
どうやらティア達の中で、自分達に魔法を掛けた相手が誰だったのかというところの記憶が曖昧になっているらしいようだ。
「気にすることないよ、ティア。それにそもそも…」
《主よ…別に知らないのであればわざわざ伝える必要もあるまい。ティアの性格上自分のためのあの魔法だったと知ったら気に病みそうだしな》
ルティスからの言葉が伝わってくる。騙している様で罪悪感を感じるものの、確かにルティスの言うことも尤もだった。
「そもそもなんですか?」
「あっ、いや戦闘は元々俺達のほうが向いてるしなって」
少し苦し紛れのように聞こえたかもしれないが、その言葉のすぐ後にアルトの声が入ってきたためどうやらその場はなんとかなったようだ。
「そうそう……つっても俺今回操られてかっこわりぃ所見せちまったことしか覚えてないんだが…」
「ドンマイドンマイ、兄ちゃん頑張ってたって。チラッとしか見なかったけど新技も使ってたんじゃないの?」
「お前に励まされるとは……まぁ、あれはまだ本当に安定してねぇしな…こっからだ」
「俺ももっと頑張って一人で制御できるようにならないと!」
「帰ったらまた特訓だな、我に出来ることであれば協力するとしよう」
「よろしく頼むわ」「頑張るよ!」
「うむ、よい返事だ」
各々今回の実戦に関しての反省を行っていた。和哉はそんな状況を見ながら自分自身も鍛えないといけないと感じていた。
(とりあえずは魔法をもっと自由に使えるようにならないとな。ルティスでもいいんだけど二人のこともあるだろうし帰ったらあの人のところでも尋ねてみるとするか)
王都にいるある人物のことを思い浮かべながら色々と思案していると、コホンとルティスの咳払いが聞こえてきた。
「さてセイレーンよ、これからお主はどうするつもりなのだ」
「これからですか……」
「またあやつが来る可能性もあるだろう。この際、この騒ぎが終わるまでこの中の誰かと契約してもらったらどうだ?」
「契約ですか……そうですね、恩返しもしたいですしどなたか素質がある方がいらっしゃるのならばお願いしたいのですが」
セイレーンの言葉に一同が顔を見合わせる。
「俺は無理だぞ、もともと適正ないみたいだしな」
「俺も契約できるほど魔力ないし…」
「メルよく分かんない」
「アリアも~」
アルト、ランドは適正や魔力の面でつりあわず、メルとアリアは制御面での不安が見えた。残されたティアと和哉は目を合わせる。
「となると俺かティアしかいないわけだが、俺が契約してしまうとルティスが現れにくくなるよな」
「ということは…私ですか」
「まぁ消去法でいったらそうなるよな」
「でも私なんかに制御が出来るでしょうか?」
「ティアならば問題ないであろう、魔力もそれなりにあるようだし主のように常時呼んでおくことは無理でもたまに呼ぶくらいならばな」
辺りを不安そうに見回すティアにうむうむと腕を組みながらルティスが返事をする。セイレーンも契約を結べそうな相手がいてほっとしたようだ。
「わかりました、セイレーンさんよろしくお願いしますね」
「はい、マスター」
「今手元に召喚石はないから王都に戻ったら購入して契約することにしよう。それまでは姿を現せないかもしれないけどいいか?」
「わかりました。それではまたお会いしましょう」
そう言うとセイレーンはお辞儀をして姿を消した。この日はセイレーンの姿が見えなくなったと同時にお開きとなり、各自就寝することにした。
翌日、騎士団員の駐在所を訪れ任務の成功を報告すると、皆が祝福してくれた。勿論ウェルス達には聞こえないようにだが。その後別れの挨拶を行い、馬車まで戻った。
そして
「「つめたいっ!」」
「こらっ、そんなことしてると風邪引くわよ」
和哉達は帰途へ着く前に、楽しみにしてた子供達のためにほんの少しだけ海に寄ることにした。アリアとメルはこちらへと寄せてくる波に手をつけて初めての海を楽しんでいるようである。
季節外れの海の潮風が髪を撫でる。
すぐ傍から綺麗な女性の歌声が聞こえてくる。姿は見えないが透き通るようなその声は辺りを包み込み、気持ちを穏やかにしてくれる。
「綺麗ですね」
「あぁ、そうだな」
歌は遠く響き、海を彩る。優しく大きな海を。
お待たせしました。前回の続きとなっております。
これで海の乙女編は終了となります。
この話を終わらせるのにおよそ五ヶ月もかける事になってしまいましたが、一区切りつけることが出来てよかったです。
次は来週中には投稿したいと思っています。それでは失礼しました!