第36話:誘惑
和哉達から遠く離れた場所、四人の人物が佇んでいる。
「……おっ?」
広々とした個室の中で短髪の男性が何かを察したように遠くを見つめる。
「どうしたんですか、ただでさえ醜い顔がさらに酷くなってますよ」
その男性の表情に眼鏡をかけた長髪の男性が毒を吐いた。長髪の男性は表情を変えることもなく、嘲るようでもなくただ淡々と言葉を述べている。
「うっせぇ、ただつい最近手に入れた俺の玩具にちょっかい出してきてる奴がいるみたいでよ」
短髪の男性はその言葉に対して煩わしそうにしながらも返答する。
「ほう……それでどうするんですか」
「勿論行くに決まってんだろうが!」
短髪の男性の表情はどこか喜びに似たものを表しており、まるで子どもが自分の欲しい物を与えられたかのようだった。手指の骨をパキパキと鳴らし、己の気分が高揚していることを示している。その仕草に長髪の男性は、目を細めその行動を戒めるような鋭い眼光を男性へと向ける。
「手は出さないでくださいよ。貴方のような人でもまだ役目はあるのですから」
「絶対手を出さないとは言えないな」
「…………ここで死にたいのですか」
「おいおいそんな目で見んなって、わかった、わかった。今回は顔見せってことにしといてやるさ」
その人物の雰囲気が変わった瞬間、男性はうんざりしたような表情を浮かべながら返答した。その人物も男性の態度が変わると不満そうにしながらも、目を伏せた。
「本来ならば顔を見せるという行為も許容したくはないのですが、貴方の所有物が関係しているのならばまぁ大目に見ることにしましょう………ちなみにあれは連れて行くのですか」
長髪の男性は隣の部屋を指差して尋ねる。隣の部屋の扉には魔法陣が描かれ、不気味な光を放っている。その言葉に首を振りながら答えた。
「あん?あんなの連れて行くわけねぇじゃん。お遊びのとき以外は邪魔でしかねぇよ。まっ、あれには結構楽しませてもらってるから感謝はしてるけどな」
笑顔と共に語られる言葉だが、その笑顔には禍々しさすら感じられる。一方で長髪の男性は汚らしいものから目を遠ざけるように扉から視線を外した。
「貴方も何年置いておくつもりなのですか。いい加減あれがここにいても邪魔なのですが」
「それ言ったらお前だって似たようなのいるじゃねぇか」
「あれは別の場所にいるからいいのですよ。貴方もそういうことをきちんと考えなさい」
「へいへい、また帰ってから聞きますよ、そんじゃあな!」
長髪の男性はまだ何か言いたそうにしていたが、そう言って短髪の男性はスッと姿を消した。姿が消えたのがわかると、長髪の男性も何かを呟き姿を消した。残された二人は何も言わず、ただじっと何かを考えているようであった。
「ラ~ラララ~~♪フフフッ」
水色の髪をした女の子、もといセイレーンの歌声が響くたびに妙な振動が頭へと伝わってくる。今のところ特に何かに支障が出ていると感じることはないがいかんせん不気味である。それに加えどういう原理かはわからないが辺りの岩などがこちらへと向かって飛んできていた。万が一にも後方へと飛んでいかないように和哉達は武器で岩を叩き落していく。
(なんなんだこれ、それはともかくルティス、あいつは暴走してるんだよな)
《そうだ、主よ。どうやら何らかの理由で自分の力を制御できなくなっておるようだな》
ルティスにはティア達を守る結界の傍へ立たせているため、普通の会話ではなく脳内でルティスとコンタクトを取る。
(あいつもお前みたいに何かを壊してやれば正気に戻ったりするのか)
《待っていろ、異常な魔力がないかすぐに調べてやろう。それまで精一杯時間を稼いでいるのだ》
(そうは言ってもな…)
ランドとアルトの様子を見ても飛んでくる岩を叩き落すことはしても、セイレーンに向かって積極的に前進しようという姿が見えない。かくいう和哉もなかなか前に足が進もうとしない。
「やっぱりなぁ…」
「なんつーか…」
「うん…」
「「「やり辛いよな(ね)…」」」
《は?》
そして三人が同時に吐いた言葉がこれだった。この状況において普通出てくる言葉ではないため、ルティスも呆然としてしまった。
《何を言っているのだ主よ…》
「いや、わかってるんだけど相手が女の子の姿だとちょっと手が出しにくいというか…」
「しかもあんなに可愛い子だぜ、ある意味反則だろ!」
「うんうん」
暴走しているセイレーンだが端から見れば確かに可愛い女の子が歌っているだけなのである。体全体はすっと細く色白で、腕なども華奢で折れてしまいそうな姿をしており、攻撃を加えるには憚られる容姿をしていた。
ルティスはセイレーンに手を出さずにただただその場に立っている和哉達に辟易しながら言葉を投げかけた。
《だからといって手を出さぬわけにもいかぬだろう、先程の騎士共のような犠牲者を増やすわけにもいくまい。それに奴も精霊だ。こちらの物理攻撃くらい普通に対応してくる》
「…だよなぁ。やるしかないか」
和哉はしっかりと刀を握り締めると、セイレーンへと目を向ける。その姿を見たアルトやランドも各々武器を構え臨戦態勢を整えた。そして和哉はセイレーンの元へと駆け出しアルトがそれに続いた。
「アラアナタタチ、ソンナモノステテワタシトタノシミマショウヨ?キットソレガイチバンステキダワ」
セイレーンは向かってくる和哉達の視線に気づくと目を開けてこちらへと微笑みかけてきた。不意打ちで現れたその笑顔に一瞬和哉の構えがふっとゆるくなってしまう。
《危ないぞ主!》
「兄ちゃん、後ろ!」
「っ!?」
ルティスとランドの咄嗟の声に反応すると、そこにはこちらへと剣を振りかぶっているアルトがいた。和哉はすぐさま刀を切り返しアルトの剣へとぶつける。ガキィンという一瞬の金属音と共に火花が散る。
「くっそっ!何してんだよアルトッ」
和哉は斬りかかって来たアルトへと言葉を投げかけるが、アルトの表情はどこかうつろであり、和哉の言葉が届いていないようだった。アルトのその姿は先程倒してきた騎士達によく似ていた。
「くっ…」
ぎりぎりと力で押し込められそうになるところを和哉は身を屈めて足払いで上手く体勢を崩すと、すぐさま後方へと下がった。
「兄ちゃん、大丈夫っ?」
「あぁ大丈夫だ、ランドはどこかおかしいとこないか?」
「うん、ちょっと頭の中でキーンて音がしてるけど特に問題ないよ!」
こちらへと駆け寄ってきたランドにどこか異常がないか尋ねる。どうやらそこまで酷くはないようで安心した。だが和哉自身がその影響を少なからず受けているため、状況は厳しかった。
(なんだ、さっきから少し頭がくらくらする……こうやって隊長殿やアルトも操られていったのか……よく考えてみれば最初に手が出しにくいと思った時には既に奴の歌を聞いた後だったな)
相手の心を惑わすというセイレーンの力がどういうものか漸くある程度理解したものの、抗うための術を発見することは出来ない。
(ルティス、やっぱり相手の歌を止めることが先決か?)
《そうだな、ただそのためには奴に近づかなければならないからな。リスクは高いと思うぞ。魔法が使えればいいのだがここでは狭くて主の魔法だと洞窟ごと破壊しかねないからな
》
(だよな、まぁなんにしてもとりあえずあいつを正気に戻すことから始めるか)
《うむ。歌を途切れさせてその間にきつい一撃でもお見舞いすればアルトも正気に戻るだろう》
(よっしゃ、そんなに余裕ないから弱点捜索早いとこ頼むぞルティス!)
《承知した》
和哉はルティスとの会話を打ち切ると、改めてセイレーンと向き合う。
「フフフッ、ヒトリハオニンギョウニナッテクレタワ。アナタモラクニナリナサイ」
「生憎とそういうわけにもいかないんでな!」
自分の方へと意識を向けさせるためなのか、セイレーンが語りかけてくる。和哉はそれに返事をするとセイレーンに目線を合わせたままランドへと話しかけた。
「ランド、俺がアルトの意識をひきつけて奴を一人にする。その後はお前がやれ」
「俺が…出来るかな」
「今の所ルティス以外に奴の影響が少ないのはお前だけだ……俺も出来る限りのフォローはしてみせる。大丈夫だ、俺はお前なら出来ると信じている」
「……うん、俺やってみるよ!」
「よっし、よく言った!」
ランドの瞳から決意が固まったのが伝わってきた。和哉はランドの頭の上に手を置き、ランドだけに聞こえるように姿勢を低くした。
「いいか、合図したら全力であいつに向かって走っていけ。そんで思いっきり剣の横でぶったたいてやれ」
「わかった!」
「よしっ、それじゃあ少しだけ待ってろよ」
和哉はそう言い強化の魔法を使用すると、漸く立ち上がってこちらへと向かってきていたアルトへとハイキックを食らわせた。流石に魔法つきだと大変なことになりかねないので適度に手加減はしている。そこから吹っ飛んだアルトの横を通り過ぎセイレーンへと一直線に向かっていく。近づいている際にもセイレーンの歌により頭がぼおっとしてくる。おまけに岩も飛んできているのだがこれを堪えて切り伏せていく。そうしてセイレーンの真正面までたどり着きセイレーン自らの攻撃をかわすと、腕をつかんで巴投げの体勢をとった。
「今だランドッ!いけっ!」
ランドに向かって合図を出しながら和哉はセイレーンを走ってくるランドへ向かって投げつけた。
「たあぁぁぁ!!」
巴投げによって弧を描くように宙を舞うセイレーンに向かってランドは力の限り剣を振るう。セイレーンの体が剣に触れると同時にランドの手にも相当な負担が掛かってきたが、重さに負けぬようにしっかりと地に足をつけて踏ん張り、その剣を振りぬいた。
「グッ…」
勢いの乗った剣をぶつけられたセイレーンは、呻き声を出しながら数メートルほど弾き飛ばされた。その期を見計らって和哉はアルトへと駆け寄り
「さっさと正気に戻れ!」
思いっきり腹部にパンチを叩き込んだ。端から見るとすごく威力の乗ったパンチに見え、一緒にアルトの元へと駆け寄っていたランドは目を反らしていた。
「うわ~…痛そう」
「がはっ!………てめ…何しやがる」
「おっ、漸く元に戻ったか。心配したぞ」
「おい…どう考えても心配してる奴にすることじゃないと思うんだが」
「まぁまぁアルト兄ちゃんも元に戻れてよかったじゃん」
「そうだぞ回復してやるから機嫌直せよ、それにまだ終わったわけじゃないみたいだしな」
意識を取り戻したアルトへ軽口を叩きながら和哉はゆらりと立ち上がり始めたセイレーンへと目を向けた。
「文句は後で言わせてもらうとするぞ…」
「覚えてたらな」
「なんかさっきよりやばそうな雰囲気だね…」
先程までとは明らかに空気が変わったのを肌で感じることが出来る。感覚としてはルティスが暴走していた頃の空気により近くなったようである。
「イタイ……イタイ……ドウシテコンナコトスルノ…ワタシハ…タダアソビタイダケナノニ………ナンデ…ナンデ…ナンデ!…アァモウイヤダ…イヤダイヤダ…イヤダイヤダイヤダイヤダ!!ミンナ…ミンナココデシンデシマエ!」
洞窟中に響き渡るようにセイレーンの叫びが木霊する。
乙女の悲痛な叫びが幾度も幾度も。
およそ四ヶ月ぶりとなります投稿です。
四ヶ月も投稿できない間も見に来てくださっていた方本当にありがとうございます。
今回は少し短めですが、次の話はもう出来ているので四日以内には投稿したいと思います。




