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帰る場所  作者: S・H
4/50

第1話:出会い

やっと本編です

といいながらもほとんど何もしていない…

 ――闇――


 

 ――どこまでも沈んでいくような深い、深い闇――


 

 ――自分の身体さえ見ることの出来ないほどの闇――





「俺は何処へいくんだろうな」


 

 闇を漂うのは青年ただ一人


 音は響くことは無く闇に飲み込まれる


 それでも青年はどこか諦めの含んだ声で自嘲気味に呟く



「やっぱり、あんなことしておいて香澄と同じ場所に逝こうだなんて虫が好すぎたかな」




「ごめんな、香澄…。結局俺はお前を一人ぼっちにしてしまったみたいだ…」


 


 どれくらい時間がたっただろうか。


 視覚と聴覚を闇に奪われ、常人なら気が狂うほどの環境に置かれながらも、青年が考えるのはたった一人の妹のことだけだった。


「こんな運命を齎した神がいるなら、俺はそいつを許すことは出来ない…。でも妹のためなら我慢できる。だから神よ、次が、来世があるとするなら妹だけは幸せにしてやってくれ…」


 

 

 祈る、ただ只管に


 その行為に効果があるかどうかなんて知らない


 結局は青年の自己満足だ 


 だがそれでもそう祈らずにはいられなかった


 次こそは奪われるのではなく、価値のある生を受けられるようにと


 彼女が愛するものと結ばれ、命を育み、笑顔に包まれるようにと 


 


 刹那、眩い光が辺り一面を照らす



「っ!?」


 突然の光に反射的に目を瞑る。


 闇はかき消されあたたかい光が瞼にふれてくる。


 ゆっくりと重い瞼をあげていくとそこには宙に浮かぶ光球があった。


「…あれは、なんだ」


 辺りを照らし出すほどの光を生み出しながらも、眩しいということは無い。


 むしろその光をあびていると何かに包まれているかのような安心感さえある。


「触ってみるか…」


 恐る恐る一歩ずつ光球に近づいていき、もう少しで触れられるというその瞬間。


《ふぅ、ようやく介入できた》


 頭の中に直接声が響いてきた。


「っ!?……だれだっ!」


 突然の声に驚きながらも、辺りを警戒し始める。


《やだなぁ、誰も何も目の前にいるでしょ?とりあえず深呼吸して落ち着いたら?》


 再度声が聞こえると、若干戸惑いながらもその提案は一理あると思い深呼吸を数回行う。


 肺の中にたまっていた嫌な空気が抜けると同時に、先程よりは冷静な思考が行えるようになった。


 しかしだからといって、奇妙な光の球が話しかけてくるという事象は誰が考えてもおかしい。


「本当に、これが話しかけてきてるのか…」


 通常ではありえないことに顔を引きつらせながら、独り言のように呟く


《そうだよ、始めまして和哉君》


 すると返答があり、それと同時に新たな疑問も現れた


「どうして…俺の名前を知っているんだ」


《それは、私がこの世界の理に関係するものだからだよ》


「世界の理…」


 いきなり現れたかと思ったらわけのわからない話が始まり、和哉は困惑していた。


《そっ。だから君が死んだからここにいるってことも知っている》

「っ…」 


 自分が死んでいることは、死ぬ前の行動からも理解してはいたが、他人から言われるとやはり辛いものではあった。自分で納得して死んだといっても、それとこれとはやはり別なのである。 


 そんな和哉の様子を見ながらもその光球は少女のような声を、和哉の頭の中に発しながら自分の話を続けた。



《私は、ずっと君のことを見ていた。事故で母親を失くし、父親に暴力を振るわれ、本当は辛くて何度も泣き出してしまいそうだったのに、妹のために歯を食いしばっていた君をね》


「えっ…」


 

 母を失った当時、和哉は十五歳。まだまだ子供であった和哉に圧し掛かってくる現実は重く、いつ和哉自信が壊れてもおかしくは無かった。だが妹のためと自分に言い聞かせ、あの日から泣くことは一回とてなかった。そうやって胸のうちに隠してきたことを不意に言い当てられ、動揺した。


《自分が強くなければいけないってずっと思ってたんだよね。その人間という小さな器の中にたくさんのことを抱え込んで、それでも君は崩れずに立ち続けた。今まで本当によく頑張ったね》


 その言葉に和哉の頬を滴がつたった。


「…あれ…おかしいな……なんで……ぐっ…」


 手で拭っても拭いきれないほど涙はとめどなく零れ落ちた。甘えは許されなかったこの数年間、辛かった。本当に辛かった。でもこの一言で報われたと思った。光球からはなおも光が優しく溢れており、その光に背中をさすられ頭を撫でてもらっているように感じた。


 そして、暫くの間泣いた後やっと涙はとまった。


 目を赤くしながらも、和哉は笑みをうかべて言った。


「ありがとう…。君の言葉で楽になった」


《気にしないで。私が勝手にやったことだから》


「それで、結局君は何をしにきたんだ?ただ単に俺を慰めに来てくれたわけじゃないんだろ?」


 少し落ち着いたところで、和哉はその光球がここにきた理由を尋ねてみた。


《それはね、君にあることを伝えるために来たの》


「あること?」


《えぇ、まず一つ目は妹さんのこと。君の願いどおり妹さんは来世はきっと幸せに暮らせるわ。上手く転生の環に入ることが出来たから。まぁもともとあの娘は悪事を働いたわけではないからね》


「そうか。よかったな香澄」


 和哉は自分のことではないのに遠くを見るような目で嬉しそうに微笑む。それを横目に光球はこのシスコンめ!と悪態をつきたそうな呈をとりながらも、いたって真面目に続きを話す。


《でも、君の場合は違う。君は自分自身で君の父親を殺してしまった。これは転生の環に入るには重すぎる罪。でも君の魂は、親殺しという重罪を犯してもなお輝きを失わなかった。人ならざる私達からみても君の心はそれほど美しかった。そこでもう一つの話にはいるんだけど、そんな君にチャンスをあげようと思うの》


「チャンス?」


《君には別の世界でもう一度人生をやり直してもらうの、そしてその世界で目標を達成することが出来れば、無事君が今までいた世界の転生の環に入ることが出来るわ》


「人生をやり直すって…そんなことが出来るのか?」


 突然の突拍子も無い発現に怪訝そうな表情をうかべながらも、和哉は詳しく話を聞こうと思った。


 それはこのような謎の空間に自分がいて、更に宙に浮かぶ光の球と話すという非現実的な出来事に直面してしまっていることで、和哉に若干の耐性が出来ていたということもあったからである。


《もちろん、出来るわよ。ただし現在の君の状態を残したままでだけどね。率直に言えば、あなたを今から異世界に放り投げるってこと》


「ずいぶん乱暴だな。まぁチャンスをもらってる時点で言う言葉じゃないか。それで俺はその異世界で一体何をすればいいんだ。」


 一度決めたことは最後までやるというのが和哉のモットーだったため、その目標が何であろうと全力を尽くすと決めていた。結果的には自殺してしまったが、基本的にはそう簡単には諦める男ではないことを数年間の虐待に耐えたことが証明していた。だがその決意は次の言葉で出鼻をくじかれることとなる。


《それは秘密です》


 和哉はズルッという擬音が聞こえてくるほど派手に地面にこけた。実は意外とユーモアな一面もある。


「目標がわからなきゃ何していいかわからないじゃないか」


《あのねぇ何から何まで教えたらあなたのためにならないでしょ?これも試練のうちだから頑張りなさい》


「まぁ…そうだな。うん、わかったよ」


 不満も少しはあったが、確かに筋は通っているので和哉ももう何も言わなかった。


《よし。それじゃあ飛ばす準備するよ》


 そう言って光球は和哉が聞いたこともない言語でなにやら詠唱を始める。光球と和哉の左側に小さな魔方陣が出来上がると、詠唱を重ねていくたびにだんだん大きくなっていき、詠唱を終えた頃には直径二メートルほどの魔方陣が出来上がっていた。


《ここに入れば異世界に飛ぶから心の準備ができたら行ってね。あと、これは餞別ね》


 そういって光球が光の中から取り出したのは一振りの刀だった。


「この刀は、もしかして俺の持っていたものか?」


《そうよ、君の家に置いてあったものだけど私がちょっと強化しておいたから。折れたりましてや刃こぼれすらすることないから安心して振るってね。あと刀に魔法を込めておいたからもう向こうの世界の言葉もわかるようになってるはずだよ》


 和哉は剣道と同時に居合いも習っていたため自分用の刀を持っていた。手に馴染みしっくりくる刀は持ち主の実力を更に高めることが出来る。


「ありがとう。何から何まですまない」


(それよりもこんなものがいるということは向こうの世界は物騒なんだろうな。気を引き締めていかないと)


 和哉は刀を持たされた意味を自分なりに解釈し、新たな世界への理解を自分なりに深めた。


 一度深呼吸をし、気持ちを落ち着かせると魔方陣へと一歩ずつ歩みを進めていく。が、そこで何かを思い出したように立ち止まり光球へと目を向ける。


《どうしたの?やっぱりやめる?》


心配そうに聞いてくる光球に対し、和哉は首を横に振る。


「いや、そうじゃなくて二つほど聞いておきたいことがあってね」


《二つも?もう、早めに聞いておきなさいよテンポ悪いなぁ。それでなんなの?》


若干むっとしたような声で尋ねてくる光球に、和哉は苦笑を浮かべながら疑問を投げかけた。


「ごめんごめん、まずは俺の左目のことなんだけどこれって治らないのか?」


 和哉の左目は生前に和哉の父に包丁で斬りつけられて見えなくなってしまっていた。自分で斬ったはずの首は綺麗に治っているのに左目が治っていないことに疑問を感じたのだ。


《その左目は今は治らないわ、でもあなたが必要だと思ったときにきっと治る》


「それってどういうことなんだ?」


《言葉の通りよ、深く考えないであるがままを受け入れなさい》


 煙に巻かれた感が否めないのだが渋々と受け入れた。そして今度は先程よりも真剣な顔をして問いただした。


「君ともう一度会えるのかな」


 そんなことを聞かれて少し動揺したのか光球がかすかに振動したのが和哉には見えた。だが、何事もなかったかのように《もしかしたら会えるかもね》と間髪いれずに答えたのであった。


 和哉はその答えに満足したのか軽く微笑み「それじゃあまた」と答えて、魔方陣へと向けて歩き出した。


 魔方陣へと足を踏み入れると魔方陣が輝き始め、術式が展開される。術式は和哉の足元からせりあがっていき、術式が触れた部分が徐々に消え始めていた。


 そして後もう少しで頭まで届くという頃合に、少し間の抜けた声が聞こえてきた。


《あぁ、言い忘れてたけどここであったことを君はほとんど覚えてないから。ごめんね》


「…………え……」


(それなら目標教えてくれてもいいじゃないかー!じゃないかー、ないかー、かー)


 脳内でセルフエコーをかけながらそう思った瞬間には和哉は意識を失っていた。


 






 空間に残されたのは光球唯一つのみ。


 無事和哉を送り届けたことを確認するとほっとしたように元の姿に戻る。


 そして誰もいないはずの空間から老人のような声がかかる


【確かに台本どおりだがあれでよかったのか?】


《いいんですよ、あれで。きっといつかまた会えますから》


 優しく微笑んだそれは遠い遠い大地を見つめていた。











 ――カァーカァーカァー


 遠くからカラスに似た鳥の鳴き声が聞こえる。


 窓から入ってくる日差しは朝の日差しにしては弱く、夕暮れ時であることをつげていた。


 その夕焼けを浴び、目を開けるとそこには見知らぬ天井があった。

 

 頭はまだぼんやりしているが、上体を軽く起こして辺りを確認する。


 どうやら自分はベッドに横になっていたようだが、そのベッドがある部屋に全く見覚えがなかった。


「どうして俺こんなところにいるんだ?」


 手を顎につけ必死に考え込むが、ほとんど思い出せない。


(たしか、香澄のあとを追った後、変なところに行ったってことは思い出せるんだが、そこで何をしていたか全く思い出せない)


 うーんうーんと唸っているとこの部屋の出入り口から見える廊下を小さな女の子が駆けていった。そして通り過ぎたかと思ったらまたすぐに戻ってきて、部屋の中にいる人物、つまり和哉が起きていることを確認してパァッと花が咲くような笑顔になった。かと思うとまたどこかに走り出しながら


 「おねーちゃーん!へんなかみのおにいちゃんがおきたよー!!」


 大きく元気な声で和哉が起きたことを知らせた。小さな女の子が突然、その身体に似合わないような大きな声で誰かを呼んだので、和哉は少し驚いていた。暫くするとその女の子が、別の女の子を連れて戻ってきた。


 「ちょっとちょっと、わかったからそんなに引っ張らないでってばぁ」


 その女の子は和哉と然程年齢が変わらないような少女で、髪の色は綺麗な金髪で背中の中ほどまですらりとまっすぐ伸びており、手を引かれて困っている風にしながらもその目は優しく慈愛に満ち溢れていた。


 「あっ、やっと目覚められたんですね。なかなか起きないから心配しちゃいました」

 

 そう言って彼女は和哉に笑いかけた。 


 それが和哉と彼女との始めての出会いだった。




次回からやっときちんと異世界生活が始まります

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