第28話:騎士団
騎士団専用訓練場のすぐ傍にある一室、そこには数名の騎士団員が待機していた。
「ふくだんちょおぉ~、なんで今日という日に限ってこんなことしなくちゃいけないんですか~?俺、今日は大事な大事な用事があるって言ってたじゃないですかぁ…」
「おいセルディ、副団長に向かってなんという口の聴き方をしているっ!」
「だってよぉ、エオリア。俺今日は久しぶりの非番だったんだぜ?ずっと前からのんびり過ごそうと予定組んでたのにさ…」
「だからといってそのような態度が許されると思っているのか!」
緋色の短髪の青年セルディは机に突っ伏して心底残念そうな声をだしながらその胸中を吐露していた。一方そんなセルディの態度が気に入らないのか、同じく緋色の髪を後ろで括っている女性エオリアは明らかに不快感を示した表情を見せていた。
両腕を組むとカツカツと足音を立てながら、セルディの下へと詰め寄っていく。言いたいことは山ほどあると言わんばかりに息を吸い込むと一気にまくし立て始めた。
「大体お前というやつはいつもいつもだらけてばかりだ!訓練で出来ないことが実践で出来るわけないだろう。仮にも隊長の任を任されているのならもっと確りと自覚を持てっ!こんな体たらくではいつか命を落としかねんぞ」
「あ~あ~あ~、聞こえなーいー」
「ぐっ……きっさまぁぁぁ!!」
「まぁまぁいい加減落ち着けって、エオリア」
「止めてくれるなヴァイス!この愚弟の馬鹿は一度殺してやらないと治らないんだっ」
「いや、流石に殺したらそのままだろ?」
聞く耳持たぬといったセルディの態度に、エオリアの怒りは更にヒートアップしついに腰に挿してあった剣へと手が届きかけた。だがエオリアの言葉に冷静なツッコミを入れながら、後ろからヴァイスという青年がそれを抑えた。浅緑の髪はすらっと伸びており、その体躯も一見細身に見えるが、その実剣士であるエオリアを抑えられるほど肉体は筋肉で固められている。
「……馬鹿ばっか」
一方で室内に入り込んでくる風に靡く浅葱色の髪を片手でかきあげながら、その様子を見ている女性がいた。わいわいがやがやと賑やかなこの部屋の中で我関せずの態度をとりながら呆れた表情を見せている。
そんな中一人の壮年の男性が静かに立ち上がった。藍色の髪と藍色の瞳を携えるその男性はこれまでのやり取りに一つも参加することなく、黙々と戦闘準備を整えていた人物。そして彼は軽く息を吸うと室内全体に響くような声で怒鳴った。
「いい加減にしろ、貴様らっ!!」
今まで賑やかだった部屋はたったの一声で静まり返り、全員が動きを止めた。そして次いで出た整列の一言で四人は一斉にその男性の前に一列に並んだ。男性は全員に眼を配りながら静かに言葉を放つ。四人は突き刺さるような視線を感じ、先程までの態度とは打って変わった真剣な態度で上官へと意識を向けた。
「おいっ…お前等は何者だ?」
「はっ。私は皇国騎士団一番隊隊長、セルディ・ラン・ブラスティアです」
「同じく皇国騎士団一番隊副隊長、エオリア・ラン・ブラスティアであります」
「皇国魔法騎士団一番隊隊長、ヴァイス・シルド・バルクスです」
「…同じく皇国魔法騎士団一番隊副隊長、ミーシャ・ぜム・キューエルです」
「では、お前等の今日の任務は何だ?」
「カズヤ・ヒイラギと戦闘をし、勝利することです」
「ふんっ…ちゃんと理解しているではないか」
その男性は口元を歪めにやりと笑う。だがそれもつかの間でありすぐさま元の険しい表情へともどる。
「いいか、お前等は強い。歴代の隊長格と比べても何ら遜色はないだろう。だが肉体的には発達しているかもしれないが、まだ若く精神的にも未熟だ。その未熟さは自分の命だけでなく隊の者達の命をも危険に曝す可能性も有る。だから隊を率いる者として、お前等には一片の油断も慢心も許されない、それが例え今回のような命を奪われないような任務であってもだ」
「はっ、申し訳ありませんでした。アデル副団長」
アデルはエオリアの言葉に無言で頷く。アデルの風格は年月を重ねることによって円熟味を増したものであり、その態度に凄みを感じずに入られなかった。
「魔法騎士団三番隊隊長からも相手の人物はこちらの想像以上の強者であり、回復術も使え剣技もかなりのものだと聞いている。一瞬の隙が命取りになるかも知れん、足をすくわれることの無いようにしろ。以上だ!ではそろそろ時間のはずだ。向かうとするぞ。」
「はい!」
アデルの言葉に四人はそれぞれ自らが使用する武器を抱えると、その部屋の出口に向かって歩き始めた。与えられた任務は戦闘。自らが為すべきはこの戦闘を勝利へと導くこと。彼らの思考には最早先程までのやり取りはなく、ただ任務遂行への強い意思だけが残っていた。
一方、騎士団員がいた部屋とは別の場所に和哉達はいた。その部屋の外には兵士が一人いるものの、室内には和哉とアルトだけが残っている。
「悪いな、アルト。下手な挑発に乗ってしまって」
「本当だぜ、あんな馬鹿の言ってることなんてさらっと流しちまえばいいものを」
和哉はアルトに向かって闘うことになってしまったことを詫びていた。その言葉を聞いて一瞬きょとんとしたものの、アルトはその通りだとわざとらしく身振りを加えながら和哉へと返答していた。実際アルトは和哉が闘うことになってしまったことをほとんど気にしてはいなかった。(自分が闘えないことに関してはまた文句があったようだが。)それは今回闘うことになった理由が和哉ならそうするだろうと思えるものだったからだ。
「まっ、でもティア達のことを言われたから怒ってたんだろ?それなら仕方ねぇな」
「うん、仕方ない」
「ってここでお前が開き直ってどうすんだよ。もう少しだけでも表面上は申し訳なさそうに取り繕えよ!」
「ははっ」
「ははってなぁ…一応お前が闘う相手はこの国の戦の要となる奴らなんだぞ?ちょっとは緊張感持てよな?」
アルトは和哉の反応から全く緊張などしていないことを感じ取ると、頭に手をやって軽く溜飲を着いた。対する和哉もそんなアルトの様子を見て、やけに落ち着いた表情を浮かべながら話し始めた。
「そうは言っても何とかなりそうな気がするんだよな。全く根拠は無いんだけどね」
「…根拠のない自信は慢心を生むぞ」
「わかってるさ、俺だって武道を嗜んでたんだから。油断なんてしない」
手元を見て拳を握ったり緩めたりしながら言葉を放つ。
「だといいんだがな。まぁそれは置いといて二つだけお前に言っておきたいことがあるんだよ」
「ん、何だ?」
「絶対に本気で闘うな、だけど絶対に勝て」
和哉は何を言っているんだと笑いながら返そうとしたが、アルトの言っていることが冗談ではない事をすぐさま理解した。それほどその眼は真剣だった。時折見せるその表情はアルトの本質が、いつもの軽い態度を見せる姿ではなく、こちらにあることを示しているかのようにも感じた。
「正直、お前の力ならまず間違いなく勝てるだろう。断言してやるよ。例えあいつらが五人で来ようともお前が本気だったら数なんて関係ないだろうしな。一人ずつ処理して終わりだ。それだけ力の差があると言ってもいい」
アルトの剣の腕前は正直そこらの兵士なんかでは相手にならないほどのものであり、同時に同じランクのギルドのメンバーよりも相当実力があることは前回のキングオークの討伐の際にもわかっていた。だがそのアルトを持ってしても和哉はたった数秒しか抑えることが出来なかった。アルトは再戦した時にその実力差を痛いほど理解していた。
「俺はそこまで自信過剰じゃねえけど、敵方の実力が俺と大した差はないと思ってる。さっき顔合わせしたときにチラッと見たが剣士としての腕前ならあのおっさんを除けばほとんど同じくらいのはずだ」
「でも相手の実力がどうだからって手を抜くわけにはいかないよ。この場を作ってくれた陛下にも俺の相手にも失礼だろ」
「………お前の力を見て普通の人間だと思う奴ばかりいるわけじゃねぇんだよ」
一瞬言うのをためらったようにも見えたが、アルトはその言葉を飲み込むことはせずそのまま和哉へとぶつけた。
「お前の力は正直言ってこの世界じゃ異質すぎる。魔法は基本的にはどの属性も使える。体術、剣技も人並み以上どころかずば抜けている。その上精霊は御伽噺に出てくるほどの実力を持ったものだ。俺の場合はお前にお前の素性を教えてもらっているから納得できているがな、一般人の場合はどうだ?」
ここまで言われて和哉もアルトの言わんとすることをようやく理解した。
「闘神祭の時はお前は魔法は極力使わなかったし、力の使い方もまだ慣れていない様に思えた。キングオークのときもみんなの目が集中する場所ではサポートにまわるだけで積極的な行動はしていなかった。だが今回は違う。お前は力の遣い方にも慣れて来ているし、今度はお前が一人で闘わなきゃならねぇ。しかもこの国でも指折りの実力者だ。その五人を相手にお前が全部の力を使って圧勝してしまったらどうなる?」
「もう強さの憧れを通り越して恐怖でしかねぇよ。特にこの国のお偉方にとっちゃな。自分達が制御できないほどの実力を持ってる奴なんて不気味でしかない。お前は自分が化物と罵られてもいいのか?仮にお前自身がそれを許容したとしてもそれで結局お前の護りたいものが傷つくことになってもいいのか?化物と一緒に暮らしている得体の知れない奴らだって言われるかもしれないんだ」
本当だったら本人に面と向かって言うようなことではないのかもしれないが、それでも自分の為に言ってくれているアルトの思いやりを感じていた。アルトは自分の行動が自分以外の者にも影響を及ぼすその重大さについて改めて語っているのだ。
「本当ならお前がこの試合ぼろぼろに負けるのが一番いいんだ。それがあいつらのためにもお前のためにもなる。だが、お前はそう簡単には負けを認めるわけにはいかない。だからぎりぎりで勝て。かろうじて勝ったことをアピールすればただのかなり強い人間でとどまることが出来る。それが出来ないんだったら正体を明かして英雄にでも奉ってもらえ。そうすれば圧勝しても何の問題もねぇだろうよ」
「……すまないな、アルト。こんなこと言わせてしまって。まだまだ俺はこの世界での認識が足りなかったみたいだ」
「…バーカ、一々謝ってんじゃねぇよ」
(それに…親友が悪く言われていい思いするやつはいねぇだろうが)
「ん?何か言ったか?」
「な、何でもねーよ。んでどうすんだ?」
アルトは和哉の言葉に普段の調子のいい声で返すと、本当に小さな声でこっそりと呟いた。その言葉に和哉が反応したためドキッとしたがすぐさま和哉への返答を促すことで何とか誤魔化そうとした。
そして和哉はアルトのその言葉に顔を俯けてほんの少しだけ思案すると、顔を上げて話し始めた。
「……まだおおっぴらに正体を明かすわけにはいかない。今は傍にはいないけど俺は出来るだけティア達の傍にいてやりたいからな。だから相手には悪いけどその方向でいかせてもらう事にする」
(一部の人にはもう気付かれてるかもしれないけどな…)
和哉は謁見の間で姫と再会した際に姫が言っていた言葉を思い出していた。おそらく姫にかかっていた魔法は和哉が自身にかけていたものと同等のものである。ならば姫にその魔法をかけた人物は少なくとも和哉の魔法のカラクリも理解しているはずだ。和哉はまだ魔力を感じ取る力は未熟なため初めて姫に会ったときにその魔法をみやぶることは出来なかったが、もしその人物があの場にいたのならば自分にかかっている魔法からその正体を把握している可能性だって考えられる。
そのためばれていない時のことも考えると、正体を明かさず上手くやり過ごせるようにすることが都合がいいと考えた。
「そうか、なら頑張らねえとな」
―トントン
扉をノックする音が聞こえ、二人が扉へと振り向くと一人の兵士が室内へと入ってきた。
「カズヤ・ヒイラギ殿。お時間になりましたのでどうぞこちらへ」
「おっ、時間みたいだ。そんじゃ、行くとしますか。一緒に戦えない分せめて近くで応援しててやるよ」
「ありがとな、さっきの言葉も嬉しかったぞ、親友」
「おまっ…聞こえてない振りしておけよそこは!」
上手く誤魔化せたと思っていた内容に突っ込まれて、動揺しているアルトの姿を見ながら和哉は笑っていた。とても戦闘前とは思えない空気に案内役の兵士は困惑しているようだったが、それも気にせずに笑い会う二人の姿があった。
場所は移り変わり騎士団の訓練場。和哉の向かいには五人の騎士団員がいた。緋色の髪の男性が両手剣、女性がバックラーと片手剣、浅緑色の髪の男性が弓、浅葱色の髪の女性が杖、そして藍色の髪の壮年の男性が身の丈ほどの大剣を構えていた。
彼らの周囲から離れた位置にはこの勝負を見ようと沢山の兵士がつめて来ており、別の場所には陛下や姫などのこの国の重鎮もいた。また和哉と五人の騎士団員を中心とし結界が張られ、魔法攻撃が外部へと届かないようにしているように感じた。
「それではこれよりカズヤ・ヒイラギ殿と皇国騎士団および皇国魔法騎士団の五名の模擬戦を開始します。禁止事項としては回復呪文でも復活が難しい攻撃、例としては相手の腕や足の切断などが上げられます。また相手の命を奪うことも禁止します。それでは双方準備はよろしいでしょうか?」
緊迫した雰囲気が辺りを包み込む。和哉も深呼吸をし、未だに鞘の中に眠っている刀へと手をかける。相手の五名の武器を握る手にも力がこもる。そして
「はじめっ!」
戦闘の火蓋が切って落とされた。
久しぶりの投稿となりました。長い間待たせてしまい申し訳ありません。
前回の予告では戦闘パート入ると書きましたが、今回はそこまでいきませんでした。次は確実に入れるつもりですので、よろしくお願いします!
【追記】すいません、あまりの睡魔に一部分を入れるのを忘れていました!そのためほんの少しだけ加筆しました。