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帰る場所  作者: S・H
3/50

序章・後編

今回は前回より欝です

そして後編と前編の長さのバランスが悪い(汗)

 

 熱と打撲や骨折の治療のため二日間入院して、やっと退院できたそのときからそれは始まった。


 

 

 

 

 


 ――ドスッ、バキッ

 

 鈍い音が部屋に響き渡る。


 和哉は父から殴られたり、蹴られたりするようになった。有り体にいえば虐待というものである。


 


 家族にとってかけがえのない母を失ってしまった父は壊れてしまった。


 愛していた妻を一瞬にして失った父は、酷い喪失感に苛まれていた。

 

 失意のどん底に落ちてしまっているのは父だけではなかった筈だった。


 長男である息子の和哉は十五歳、娘の香澄にいたっては十三歳と、二人ともまだまだ親の支えが必要な年齢であり、最愛の母を失ったという状況からすぐに立ち直れるほど強くもなかった。 


 そこで子供を支えようと頑張れる父親が、この世に何人いるのかは知らないが、和哉の父はそれが出来なかった。 


 怒りに身を任せ拳を和哉へとふるうようになった。


 和哉の父も心の奥底では、和哉が悪いとは思ってはいなかったはずだった。妻を失ってしまったことは不幸な事故であり、それが明白な事実でもあった。

 

 しかし、妻を殺した犯人はその場で死んでしまっていた。やり場のない怒りの矛先をどこにぶつければいいのかわからなくなってしまっていた。


 そして不運にも事故の要因のうちの一つであった和哉へと当たるようになってしまったのだった。


 そうしてしまうほど和哉の父は弱い人間であった。


 


 

 殴られる頻度は少ないときは一月に一回ないし二回ほどであったが、多いときには一週間に一回は暴力をふるわれていた。


 そのため体中には酷い痣ができるようになっていった。いくら体を鍛えたとしても、酷く殴られれば痣にもなってしまう。


 香澄は、そんな和哉をかばおうとしたが、和哉自身にとめられていた。


 幸いというのもなんだが、父は香澄には手を出さなかった。それが和哉にとって唯一の救いだった。男である自分ならば、体に痣ができようとも我慢することはできるが、女である香澄の肌が傷ついてしまうのは香澄の将来を鑑みても、良いことではなかった。


 そして、病院や警察に届け出るようなこともしなかった。これも身内から逮捕されるようなものが出れば、香澄の将来が危ぶまれると考えてのことだった。




 

 また、和哉の父は働くことをやめ、二人が目を覚ますより早く家から出て、二人が寝静まってから家に帰るようなことが多くなっていった。


 一家の大黒柱であったはずの父が働かなくなったのでは、当然収入もなくなってしまい、家計もままならなくなっていった。


 このままではまずいと思い、和哉は高校への進学を諦め近くの工場で働くことに決めた。和哉自身は剣道や柔道、その他の武道でも全国で名を馳せていたため、特待生として学費免除で通学できるような高校が山ほどあった。しかし、こんな状態で妹を置いて遠い高校に行くなど考えられもしなかった。幸いなことに不況でありながらも無事就職できた和哉は、香澄のために必死で働いた。


 


 

 母を失ってからというもの、香澄だけが和哉の生きていくための支えであった。


 今はこんな状況だけど、もう少し頑張れば香澄も成長して、必ず自分以外に彼女を守ってくれる人が現れるはずだとそう考えていた。


 和哉は自分のことよりも、妹の幸せだけを心から願っていた。


  

 

 


 それから二年が経ち、香澄も十五歳になり、あともう少しで高校生という時期になった。


「私も、高校行かずに働くからね」


「だから、お前は高校に行ってくれといってるじゃないか…」


 もう何度目になっただろうかというこのやり取りに、和哉はため息をついた。


「だって…お兄ちゃんはもう十分頑張ってくれたよ。これからは私も頑張って働いて、お兄ちゃんを助けるから!」


 和哉の事を気遣って、自分の意思を曲げようとしない妹の行動を嬉しく思いながらも、和哉はそれだけは聞けなかった。


「ありがとうな、香澄。ただな俺はお前に高校に行って欲しいんだ。正直に言うと俺も高校には行きたかった。でも状況がそれを許さなかった。俺は俺が行くことのできなかった高校について色々な話を聞きたいな」


「お兄ちゃん…」


 和哉も今は働いているとはいえ、当時は高校に通いたかったのである。仲のいい友達も沢山いて、勉強が嫌いではなかった和哉にとって、友人と楽しく過ごし、様々な知識も得ることが出来る高校は、とても大切な場所となるはずであった。だがしかし、事情が事情であったため、それを捨てなければならなかった。その気持ちを妹に託そうとしたのだった。


「……わかった。じゃあ毎日楽しい話を聞かせてあげるからね!」


「あぁ。楽しみにしているよ」


 ここまで自分の気持ちをきちんと伝えたのは、今までのやり取りでは初めてであり、香澄もやっと折れてくれた。笑顔をうかべながら話しかけてくる妹に、和哉も自然と微笑えんでいた。


 それから程無くして香澄は、無事高校へと入学し虐待がつづくという状態でありながらも、上手くやっていけていたのであった。






 だが運命はときに残酷で、そんな日常すらも許さなかった。




 


 和哉と香澄は学校と工場が近いということもあったため、ほとんど毎日一緒に帰っていた。そしてたまに和哉が残業で遅くなってしまうときには、香澄には友達の家にいさせてもらうようにしていた。そうするのは、父がいつ何時香澄にまで暴力を振るうようになるかわからないからであった。過保護ともいえるが、それでも心配なものは心配だったのだ。


 


「ふぅ、疲れたなぁ」


 仕事の休憩時間になり、和哉は近くの椅子に腰掛け息を吐いた。そして携帯電話を取り出していた。今日は遅くなりそうなので、連絡をしておこうと思っていたからである。


「あれ、メールがきてるな」


 すぐに受信ボックスを開きメールの内容を確認した。


《今日は、お兄ちゃんの誕生日だから先に家に帰ってご飯作って待ってるね。どうせお父さんは今日も遅いだろうから、心配しないで。それじゃあまた後でね!》


「そっか、そういえば今日は俺の誕生日だったな」


 天井を見上げながらふと呟く。今までの誕生日も香澄は和哉のために、いつもよりは少し贅沢なご飯を作ってくれていた。

 ただいつもと違うのは、和哉が近くにいないことであった。今まではご飯を作っているときには、和哉は家の中で待っていたのだが、今日は仕事が長引きそうなため、すぐに家に帰ることは出来ない。

 若干、嫌な予感がするものの、最近は父の帰りが遅いため、大丈夫だろうとその嫌な感情を胸の中に無理やりしまいこみ、香澄に《少し遅くなるけど仕事が終わり次第帰るから》とメールを返した。






「遅くなっちゃったな。香澄、心配してないといいけど」


 今は八時をちょうどまわった時間だった。いつもより二時間ほど遅くなり、急いで帰っている最中だった。

 

 


 風の如くとまでは到底及ばないが、暫くの間全力疾走で走り続けようやく家に着いた。


「はぁ…はぁ…はぁ……ただいま…」


 乱れた呼吸を落ち着けながら深く深呼吸をした後に、玄関にはいった。すると玄関の光景に違和感を感じる。それに気付いたのは数秒後であった。


「父さんの靴がある……はっ!?香澄は!」


 嫌な予感が当たってしまったと自分自身に悪態をつきながら、急いでリビングに駆け込んだ。

 

 そこで見たものは胸の付近から血を流しながら、横になっている妹の姿と、赤い液体が滴る包丁を持って呆然と立っていた父親の姿だった。


「…お…に…いちゃん?」


「香澄!おい香澄!しっかりしろ、今救急車呼んでやるからな!」


 うつろな目を向けながらこちらを向いている妹の下へ近づき、手をとって容態を確かめながら携帯電話へと手をやる。だがその手が妹本人に遮られた。


「おに…い…ちゃん、もう…いいよ。自分の…こと…だから…なんと…なく…わか…るんだ…」


「バカヤロウ!!何言ってやがるんだ!」


 苦しそうにしながらも必死で笑顔を向けようとする妹を見て声が震えてしまう。血は彼女の体から今も流れ続けている。

 片方の手で必死で止めようとするがそんなものは付け焼刃ですらない。溢れる血の流れはとめることが出来ない。

 顔色はどんどん悪くなっていき、真っ白に近づいていく。


「ねぇ…おにいちゃん…どうして…こん…なことに…なった…のかな。…わたし…たちは…な…にも…わ…るい…こと…してな…い…のに」


 ゴホッゴホッと咳を出し、口から血が出ていく。可愛い妹の命を刈り取ろうと、死が足音をたてて近づいている。そして何も出来ない自分の無力さを感じ涙がこぼれる。


「ごめん香澄…、俺は何も出来なかった…」


 拳を床に叩き付けながら泣く和哉を香澄は心配そうな顔で見ていた。


「おに……ちゃん…は…なに……なく……か…な……よ…、わた…しを……い……つも…まも…て…れた」


「そんなことない!!俺に……俺にもっと力があれば!」 


 血に濡れた手を和哉の頬に近づけて、香澄は力なく微笑んだ。言葉は途切れ途切れで命の灯火が消えかかっていることを表していた。和哉はその手をとり涙を流しながら、自分の頬に押し付けた。


 


 そしてそのときがきた。


「お…にい…ちゃん…、い…まま…で…あ……が……とう。だ…い…すきだよ……」


 誰もが美しいと思うような笑みをうかべながら、香澄は目を閉じた。いままで重力に逆らい和哉の頬に触れていた香澄の手が、力なく床に落ちた。


「か…すみ…?おい…うそ…だろ、返事してくれよ香澄っ!」


 和哉はその手をつかみ、香澄に話しかけるが、返事は返ってこなかった。十六歳で香澄はその若い命を散らせることになった。あまりにも早過ぎる理不尽な死に、和哉は深い悲しみとともに、香澄を殺した張本人への激しい憎悪の炎を燃やした。


「なぁ…なんで…こんなことしたんだよっ!!香澄はっ、妹は関係ないじゃないか!!」


 憤怒と憎悪の視線を向けられた父は、我に返り、自分のしたことに若干うろたえながらも、和哉へと悪意の視線を向けていた。


「あいつが悪いんだ、妻を殺したお前なんかのために、飯をつくり、あまつさえ楽しそうにしてやがる!だから俺が料理を捨てようとしたら俺の前に立ってこう言ったんだ!《お兄ちゃんのために作ったものなんだからそんなことしないで!お母さんが死んだのはお兄ちゃんのせいなんかじゃない!もういい加減にしてよっ!!》ってなぁ!俺はあいつを亡くして苦しんでいたのに、お前は妹と二人で幸せに暮らしてやがる!そんなこと許せるはずがないっ。だから香澄を刺してやったんだよ、何が悪いって言うんだっ!!」


 和哉の父は錯乱したように、言葉を早口でまくし立てて言った。娘を刺してしまうほどに父は狂っていた。

 

 和哉の父は二人の知らない内に麻薬を使うようになっており、そのときもちょうど薬が切れていたときだった。

 だが和哉はそんなことは知る由もなかった。


「俺が悪いっていうなら俺を殺せばよかっただろう!お前だけは…お前だけは絶対に許さん!!」


 怒りを顕にして父へつかみかかる。父は右手に構えた包丁を振りかぶり和哉の左目を切りつけた。常の和哉であったならば、たとえ怒っていたとしてもそんな攻撃をくらうことはなかった。約十年も武道を続けてきた和哉にとって、素人のましてや普段運動もしてない中年の攻撃を避けることなど、造作もないことだった。

 

 しかし、そのときの和哉は攻撃をくらうことをいとわないほど、自分の拳に力をこめていた。そして左目に鋭い痛みが走ったその刹那、グシャッという鈍い音とともに彼の右の拳が父の顎を粉々に砕いていた。


「あがっががぁあぁあっ」


 言葉にならないような悲鳴を上げながら、床の上でもがき苦しむ父の右手から包丁を奪い取ると、冷たい目で見下ろしながら、別れの言葉を告げた。


「じゃあな、屑野郎」


「っ!?」


 包丁を力の限り、父の喉へ突き刺した。喉から激しい勢いで血が飛び出し、和哉は返り血を全身に浴びることになった。床にはおびただしい量の血が飛び散り、真っ白な天井も鮮血が染め上げた。床に包丁によって磔にされた状態で和哉の父は絶命した。


 左目にはしる激痛を感じながらも、包丁を父から抜き取った。


「終わったな…なにもかも…」


 人を、自らの親を己の手で殺したということが、和哉に少なからず罪悪感を与えもしたが、そんなことは自分のせいで死んでしまった妹のことに比べれば塵に等しかった。

 

 おぼつかない足取りで香澄に近づき力なく床に座りこんだ。

 

 口から流れた血を持っていたハンカチで拭いてやると、まるでただ眠っているかのような綺麗な顔に見えた。


 黒髪を優しくとき、まだ微かに淡い色の残る頬を撫でる。


「なぁ香澄。今から俺もそっちに逝くよ。こんなことしたから会えるかどうかはわかんないけど、でもな絶対お前を一人にはしないから」


 左目から血を流しながら、優しい顔で香澄に微笑み、右手に握った包丁で勢い良く自分の喉を切り裂いた。


 そこで和哉の意識は閉じた。


 


 





 




《運命って残酷ね……でも君をこのまま死なせたりはしないから》


 突然現れた光る何かはそう呟きその光があたりを包み込んだ。

  


次回からやっと本編に入ります

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