第26話:闇
-グゥゥゥゥギャウッ!!
「はぁっ!!」
和哉は正面からぶつかってくる獣型の魔物の攻撃を避けることなく、刀で受け止めた。そしてそのまま腕と足に力を込め思い切り前進した。刃に当たっていた魔物の体は二つに分かれて和哉の両側へとばらばらに落ちた。
「ふぅ、これで何度目だよ…」
刀を鞘へと納めると、周囲への警戒を保ったまま集団の待機している場所へと後退していく。
和哉やベル達は自分達の周りで異変が起きていることに気がついていたが、ウルスが任務続行を進言してくるため登頂は続けていた。だがやはり登頂していくにつれてこちらの被害が大きくなっている。先程まではベル一人で足りていた治療の作業だが、既に一回の戦闘で集団の過半数が負傷するような事態に陥り、和哉やテッドなど回復魔法を覚えているものは皆駆出されていた。
そして和哉とアルト、ベルなどを含める謎の症状の影響を受けていない者は休憩中の見張りも行っていた。登り始めより魔物の数も増え、見張り中に和哉が倒した魔物は両手では数えられない数となっている。
待機場所へと戻ると和哉は周囲に眼を配る。和哉は然程疲労を感じていないが、周囲の面々は治療、見張り、戦闘で疲労の色が見え始めていた。しかし辛そうな顔はしていても、起きている者の眼にはまだ生気が宿っているように感じた。
一方で横になっている者や、眠りについている者などもおり、今まで魔物と戦い続けてきた面々が、敵の最中で見せる態度とは到底思えないほどだった。このあまりにも不自然な状況に顔をしかめていると、
ベルがゆっくりと近づいてきた。
「カズヤ、お疲れ様です」
「あぁ、ベルもお疲れ。休まなくても大丈夫なのか?」
「先程、テッドに任せて少しだけ休ませてもらいました。ですので心配には及びません」
「そっか。ならいいんだが、ベルはこの状況どう思う?」
ベルは普段通りのきりっとした表情を見せ、和哉もベルにはまだ余裕があるなと感じていた。そして周囲に眼をやりながら、ベルへと問いかけた。
「何かがおかしいのはわかります。でも明確なことはわかりません」
「そうだよな…でも」
頭を左右に振って、自分はその質問に回答することが出来ないと示した。実際ベルの言うことが最もだった。何しろあのような症状は始めてみる者がほとんどだったからだ。だが和哉はこの異変についてほんの少しだけ共通点を見つけていた。
「少し気付いたことがあるんだ」
「気付いたこととは?」
「あぁ、あの症状なんだけどな、今のところは魔力が少ない奴に強く影響が出ているみたいなんだ」
ベルは和哉の言葉を聞き暫く辺りを見回すと、確かにと言った表情を見せた。和哉の言ったとおりこの症状は魔法を使わない者から主に影響が出始めていた。そして魔法を使う者に関しては眩暈といった症状は見られるものの、戦闘中に動きが止まるようなことは無かった。
「だから俺はこの症状にはなんらかの魔法が関係しているんだと思うんだ」
「なるほど…確かにそうかもしれませんね」
「そして間違いないと思うんだが、この魔法を操っている魔物が今回の討伐目標のはずだ」
和哉は確信を持った表情で静かに呟いた。異変が起き始めたのは登頂を開始してから、そして前回討伐に失敗した部隊もこの山で何らかの影響、つまり現在和哉たちが直面している異変とおそらく同様のものを受けたと考えられる。そこから導き出される答えはただ一つ、詳細不明だったキングオークの仕業だと考えるのが最も自然だった。
「そう考えるのが妥当ですね…、ですがこの事態への対抗策はあるのでしょうか?」
「ここからは俺が一人で登るよ」
「えっ?」
異変の元凶については考えることが出来たが、ベルにはその対策方法の見当がつかなかった。そのため不意に疑問の言葉が和哉へと向けられる。対する和哉はその言葉を待っていたのかこれから自らがどうすべきかをさらっと言ってのけた。だがベルには和哉が放ったその言葉の意味がわからなかった。あまりに突拍子のない言葉が頭をよぎったように感じ言葉にはならない。そんなベルの態度を見て和哉は再度ベルへと言葉を放つ。
「だからここからは俺が一人で登るって言ってるんだ」
「な、何を言っているんですかっ!このような事態になっているのにカズヤ一人で行かせるわけにはいきません!」
任務中で態度の硬さは変わっていないにも関わらずベルは珍しく動揺を見せた。だがベルがそうなってしまうのも無理は無かった。現状わかっていることはほとんどないと言ってもいい。なぜなら先程の話もあくまで仮説の一つであるからだ。例えそれが正しかったとしても、その魔法への対抗策は何一つ思い浮かんでいない。それにこの山脈の魔物はそこまで強くはないがいかんせん数が多い。一人で向かっては多勢に無勢であるとベルは考えていた。
「仕方がないだろ?魔法を使えない奴がこれ以上進んだらまず間違いなくこちらの被害が増える。かといってここにそいつらを置き去りにして、討伐対象の元へ行くわけにもいかない。そうなるとこちらに多くの人数を残して護ってやりながら魔法を使える奴がキングオークを倒しに行くことが一番いいだろ?」
「ですが、カズヤ一人でどうにかなるものでもないでしょう!大体今は魔法を使える者が影響を受けにくいようですが、この先どうなるかはわからないじゃありませんか!」
「まぁそんなに心配しなくても大丈夫だ。俺はそれほど脆くないからな」
ベルの語調は和哉への心配と無謀なことを行おうとする和哉への怒りが入り混じってどんどん荒くなっていく。今までは気付いていなかった周囲の者達(現在影響をあまり受けていない者達)もベルの声の荒げ方に気付き何事かとこちらの様子を伺っている。普段の冷静沈着な様子とはうって変わったベルの姿を見てウルスはカズヤの元へと飛び出していきそうになるが、それを後ろからテッドが抑えていた。
一方でそんなベルの態度を受けながらも周りの様子を見ながら和哉は平然としていた。周りの様子には勿論抑えられたウルスの姿も含まれ、あいつはもう少し落ち着いた方がいいんじゃないか?と然程話して
もいない相手へ考えを廻らせているほどだった。
和哉の様子からこのまま話しても埒が明かないと考えたベルは、うなだれ大きく溜息をつくと、一転キリッとした表情に変わり和哉へと目線を合わせた。
「ふぅ……わかりました。ですが私も貴方に同行させていただきます」
「……ベル?俺の話聞いてた?」
「えぇ、聞いていましたよ。ですが貴方一人行かせるのは今回依頼を申し込んだ側としましても許容できません。これが私ができる精一杯の譲歩です。これすら考えていただけないのでしたら、悔しいですが今回は撤退することにします。さぁどうしますか?」
真剣な表情でベルは和哉へと詰め寄っていく。身長こそ和哉が高く、周りの者からすればベルが和哉を見上げているように見える。だが和哉からすれば、ベルからは隊長としての責務を背負う者の気迫が手に取るように感じられ、それを一切合財無碍にするようなことは出来ないと思った。和哉は苦笑すると、一度だけ頷いた。
「了解、それじゃそれでいくことにしよう」
「わかりました、それでは皆にその旨を伝えましょう」
ベルはそう言ってくるっと身を翻すと、こちらへ気がついていた皆へ今後のことを話し始めた。皆に混ざって話を聞いていると、アルトがこちらへと近づいてくる。
「おいおい、お前だけ行くのかよ。ずるいじゃねぇか」
「悪いな、アルト。今回は俺に行かせてくれないか?」
「今回はじゃなくて今回もだろ?全く、お前は危なそうになると何時も一人で何とかしようとしやがる。偶には俺のことも頼りやがれこの馬鹿」
アルトはつまらなそうな表情をしながらも登頂を続けることとなる和哉の心配をしていた。アルトは前回精霊との契約時には何も力になれていなかった事を本人なりに気にしていたようだった。和哉は友人のその言葉をとても嬉しく感じていた。そしてくすっと笑うとアルトへと語りかける。
「何言ってんだよバーカ、お前を信じてるから置いていくんだよ。皆のことよろしく頼むな」
「……はっ、誰に物言ってんだよ。ちゃっちゃと倒してこいよっ!」
「おうっ」
お互い軽く手を合わせるとそこへちょうどベルが戻ってきた。
「では行きましょうか」
「あぁ、それじゃあ行ってくるな」
そう言い和哉とベルは再び登頂を始めた。
「それにしてもよくウルスが許したな?あいつのことだからまた一人ではいかせられません!とか言ってたんじゃないか?」
二人で登頂を開始して暫く経ち、和哉はベルへとウルスについての話題を振った。会って間もないがウルスの行動原理はなんとなくわかっていたためこの場に着いて来ていなかった事が少しだけ意外だったからだ。
「ウルスには残って他の者の治療をするようにきつく言っておきました。ああいう性格でも副隊長であり、その実力も確かですから」
「なるほど、まぁベルの命令ならさすがに従うよな……っとなんだか少し嫌な空気がしてきたな」
「えぇ…少々悪寒がします…」
登っていくにつれ、先程よりも例の影響が強まっているように感じる。和哉は未だにほとんど影響を受けていないが、ベルは少しずつ身体に影響が出始めているようだった。
「きゃっ」
岩が転がる道無き道を少しずつ少しずつ前進していく二人だが、さすがに男女の体力差は大きいのか、それとも例の影響がそれほどまでに響いているのか、ベルは足をとられ転びそうになる。前のめりに倒れそうになるところを、和哉はさっと右腕を伸ばしてベルの腕を掴みフォローした。
「よっと、大丈夫かベル?無理だけはするなよ?」
「すみません…着いて行くと言ったのにこれではただの足手まといですね」
軽く引っ張って足場が安定した場所へと連れて行く。ベルは申し訳なさそうにしゅんとした顔になり、顔を俯きがちにしていた。和哉はベルの様子を見て、軽く中指を曲げ親指で中指を捕まえると、ベルの額へ向かってデコピンをお見舞いした。
「いたっ」
「そんな顔するなってば、笑顔で楽しくいこう。なっ?」
こんな状況であるにも関わらず和哉は歯を出して笑っていた。額を押さえて和哉を恨みがましく見ていたベルだったが、和哉の笑顔に緊張感がほぐれたのか少しだけ笑顔を覗かせていた。
「そうですね、こんな時だからこそ前向きに行かないといけませんね」
「おうっそれじゃあ気を取り直していこ…っ!?」
「えっ……」
和哉に向かって微笑んでいたベルだったが、突然力が抜けたようにその場に膝を着いた。そして両手で自らの肩を抱え、震え始めていた。歯がカチカチと鳴り、体へと掛かってくる負担に瞳には涙がたまっている。状況を察知し和哉はすぐさまベルを抱きかかえると、今まで進んでいた方向とは逆方向へと走り出す。
「ベル、しっかりしろっ!………ちっ。こんなにいきなり現れるものなのか?それにしても…」
抱えているベルへと話しかけながら、和哉は自らの後方へと突然現れたものへ視線を向けた。
キングオーク
体長二メートル
頭には鉱物を削って作られた王冠のような代物を乗せている
またその片手には杖を所持し、魔法及び杖を振って直接的に攻撃をしてくる
これが事前に見せてもらっていた資料に載っていた内容である。
これを見たときのカズヤの感想としては、ベオウルフや浄化前のルティスに比べるとよっぽど何とかなりそうだと感じていた。
そしてようやく探していた標的と相対することになった。
勿論和哉はキングオークの実物を見るのは今回が初めてである。和哉の感覚としてはこのような情報は多少は食い違いがあるものだと思っていたため、少々フォルムが異なっているくらいでは驚くつもりは無かった。だがしかし突如現れたそれは
「随分大きいじゃないかよ」
明らかに予想していたものとは食い違っていた。
体長はゆうに資料の倍を超え、こんな図体をしたものに何で気付かなかったのかが不思議なくらいだった。そしてキングオークの周囲からはじっとりとこちらへ纏わり着いてくるような嫌な空気が漂ってきていた。和哉が走り出したのを見ていたのか、キングオークは和哉達へと迫ってきており、そのため腕に抱きかかえているベルの震えは、距離をとっても尚も止まらず見る見るうちに顔色が悪くなっていく。
(くっ、まずいな…奴と戦おうにもベルを抱えたままじゃ…)
走るスピードは緩めることなく、心の中で現状の打開策の無さに悪態をつく。このまま走って逃げても奴が追いかけてきている以上ジリ貧になるのは目に見えていた。それに最悪のシナリオはこのまま逃げ続けて下に控えていた部隊と合流してしまうことだった。キングオークとあれだけの距離をとっていたにも関わらず影響を受けていたのだから、キングオークが視界に入るような距離に近づいてしまってはどうなるかわからないからである。
和哉自身はキングオークが現れても、空気が変わったと感じただけで身体面への影響は出てこなかった。そのため自分一人であればそのままキングオークへ仕掛けていくことも出来た。だがしかし、今はベルが傍にいるためそのような無茶な行動をとるわけにはいかなかった。
(冷静になれ、ここで落ち着かないでどうするんだっ)
頭の中ではそう言い聞かせていても妙案が思いつくことはない。和哉の顔へと苦悶の表情が浮かんでいた。
「もういいですよカズヤ、私のことは置いて逃げて…」
そんな表情をしている和哉へとベルが話しかけてきた。本当なら話すのだって辛い状態であるはずなのに、必死に和哉へ言葉を投げかける。だが和哉はベルの言うことを聞く気など毛頭無かった。
「馬鹿っ、何言ってるんだよ。いいから静かに寝てろっ!」
「ですが…」
「いいからっ、必ず…何とかしてみせる!」
ベルを抱える腕に自然と力が入り、その言葉を遮った。
(くそっ、何やってんだよ俺の馬鹿野郎!こんなに弱ってるベルに心配させてどうするんだ。考えろ、何か打開策はあるはずだっ)
和哉は自らが見せた表情のせいで、ベルへと余計な心配をかけさせたことを悔やんだ。だがそう長く悔やんでいる暇はない。すぐさま切り替えると一度深呼吸し、気持ちを落ち着かせる。
最初はキングオークが近づいてくる音、続いて自分の足音、そして自らの呼吸音の順に周りの音が聞こえなくなっていく。全神経を使い、自らの奥底まで潜るほどの集中力を生み出す。そしてある一つの単語が頭へと思い浮かぶ。
"コール"
(そうだっ!あいつなら…ルティスならこの魔法について分かるかもしれない)
トルティエス、自らが契約した精霊を統べる者、本当にルティスがこの魔法について知っているかどうかなどわからない。だが最早迷っている猶予など無かった。和哉は集中力を持続させたままルティスのことを思い浮かべる。そして心の中でその言葉を呟いた。
(頼むっ!コール)
和哉の身体から一筋の魔力の糸が伸びていく。それは一瞬で見えなくなり魔力の残照だけがそこに残った。そしてその魔法の成果はすぐに和哉の脳内へと響く。
《主よ、連絡してくれると信じてはいたが、随分早いお呼び出しだな?それほどまでに我の声が恋しかったのか?》
頭の中には自分を主と呼ぶ精霊の声がする。和哉は成功に安堵するが、それもつかの間すぐさまルティスへと現状を話し始めた。魔力を持たない者が突然行動不能になる、魔力を持つ者は眩暈や全身に伝わってくる激しい悪寒などに襲われるなど現在わかっていることを事細かに話した。
《ふむ、なるほどな。主よ、すまぬが一度同期させてもらってもよいか?我の中ではある程度の答えは判明しているのだが、明確な答えはそちらの状況を肌で感じたほうが良いのでな》
(同期?なんなんだそれは?まぁいい、好きにやってくれ。そんなに余裕が無いんで手短に頼むぞ!)
《承知した。それではゆくぞ》
聞きなれない単語が頭の中へと響いたが、そんなことを気にしている余裕はないとルティスに任せることにした。
《我汝と繋がり汝と交わる全ての事象を垣間見ん シンクロニティ》
ルティスの透き通った詠唱の声が終わると同時に、自分の中に何かが入り込んでくるのを感じた。それは温かく感覚が和哉の内部へと広がっていく。
《よし、主よ同期が成功したぞ…………やはりな。主よこれはドレインの魔法と同様の物だ》
(ドレイン?)
《うむ、闇の魔法の一種、闇の魔法の特性は侵食でありドレインは相手の生気を吸い取る。だがこれは相手の魔力や思考を吸い取るように出来ているようだな》
(それってどういうことだ?)
《この魔法の影響を受けている間は思考能力がなくなるということだ。そのためこの魔法に掛かった者は、主の言うように突然動けなくなったり、自分の身を守ることができなくなったのだ。そして魔法を受けている間の思考能力が無いためその間の記憶の喪失も弊害として生じる。一方魔力のある者はなまじ魔力に対する抵抗力がある為に、思考能力の変わりに魔力を持っていかれるというわけだな。魔力は魔法を行使する者にとって体力と同義故悪寒や眩暈など身体面での弊害を生じているのだ。主が抱えているその娘も奴に急激に魔力を吸われたため、そのような状態になっているのであろう》
ルティスの言葉は今まで靄が掛かっているようにつかめなかった相手の魔法を的確に捉えた。それは同時に和哉の中でルティスが対抗策を知っているという可能性が高まったことを意味した。
(ありがとうルティス、それでどうすればこの魔法を破ることが出来るんだ?)
《至極簡単なことだ。主よ、これから我が唱える魔法を復唱してほしい、よいか?》
(あぁ何時でも大丈夫だ)
《それではゆくぞ、我を阻む障害を薙ぎ払え》
(我を阻む障害を薙ぎ払え)
《ヴァニシングレイズ》
(ヴァニシングレイズ!)
両手はベルを抱えたまま集中し魔力を練る。そして頭の中に聞こえてくるルティスの言葉を頼りに一文字一文字詠唱を紡いでいく。そして標的であるキングオークへと振り返ると、唱え終わった魔法をぶつけた。
和哉から放たれた光は一直線にキングオークへと向かい、キングオークの持っていた杖を破壊した。すると辺りから先程まで漂っていた嫌な空気が一瞬にして消えた。ベルの震えもようやく止まり、身体が楽になったことに安心したのかパタッと気を失ってしまった。キングオークは自らの杖がなくなったことに対し動揺しているのか、その場で地団駄し訳の分からない咆哮を上げていた。
(よしっ!後はあいつを倒すだけだな)
《そうだな。主よ、主に一つだけ試して欲しい技があるのだがよいか?》
(試して欲しい技?)
《あぁ、先の我の主が使っていた剣技だ。主ならきっと使いこなせるはずだ》
現状を打破してくれたルティスへの恩もあるため、自信に満ちたそのルティスの声を聞き流すことは出来なかった。それにそういいながらも和哉自身も御伽噺になっているほどのルティスの元の主が、どのような技を使っていたのか興味もあった。和哉はルティスから技の詳細を聞き、ベルを結界の張った平らな岩の上に寝かせると刀を抜く。
(わかった。ルティスの言うとおりにするよ。だけど威力は大丈夫なんだろうな?)
《無論だ》
「了解!それじゃあいかせてもらうぞ!」
右手を刀の柄へ、左手を刀の刃の根元へと当てる。そして左手に魔力を込めながら詠唱を開始する。
「紅蓮の炎よ、魔を滅し全てを塵と成せっ!」
魔力を込めた左手を刃の根元から刃の先へと滑らしていく。刃先まで到達したところで左手を離した。すると刀身が輝き始め銀色の刀が燃えるような赤色へと変化した。離した左手を右手付近へ置き、両手で刀を握るとキングオークへと走り始める。見る見るうちに距離は詰まり、キングオークまで近づくと足へと魔力と気を練り合わせ一気に頭上まで飛び上がった。
「くらえっ、灼紅剣」
杖を奪われたキングオークは自らの手で和哉の攻撃を遮ろうとした。しかし切られた部分から炎が燃え広がっていき、一瞬にして塵となっていく。
「いっけえぇぇぇぇ!!」
腕を切り落とし刀はキングオークの脳天を真っ二つに裂いた。顔面から順に首、胴体と二つに裂けていき、どちらも炎に包まれていく。そして両断されたキングオークは瞬く間に灰となり風に飛ばされていった。
刀を納めベルのところへと戻ると、ベルを抱え下に控えている皆の下へと歩き始める。和哉は先程赤くなった自分の刀に視線を向けながら頭の中で呟いた。
(予想していたのよりずっと凄かったな…)
《無論だと言っただろう?》
(そうだったな。…ルティス今回はお前のおかげで助かったよ、ありがとうな)
《礼など必要ないぞ、主よ。我の存在意義は主の力となることだからな》
(それでも皆が助かったのはルティスのおかげだよ。だから、な?)
《ふむ、それならば受け取っておくとしよう》
(おう。これで依頼も終わったことだし直に帰るから、ティア達にも伝えておいてくれるか?)
《承知した。それではまたいつでも呼んでくれ、主よ》
そう言うとルティスの声は聞こえなくなった。腕に抱えているベルからは規則正しい寝息が聞こえてくる。和哉は軽く背筋を伸ばし、伸びをすると(ベルを抱えていて行えないため厳密には違うのだが)笑顔で空を見上げ呟いた。
「任務完了っ」
誰に聞かせるということもないその声は風にさらわれ飛んでいった。その時の抱えていたベルの表情が笑顔に見えたのはきっと気のせいだろう。和哉はそう考えることにして、二人で坂を下りていった。
和哉達から随分離れた、ベルヴァス山脈とは全く別の場所に四人の人物がいた。広々とした部屋に集まってはいるが、各々が互いに干渉はせずそれぞれが思い思いのことをやっているように見える。そんな中一人の人物が何かにはっと気付いた。
「おやっ?あの糞豚、もうやられたのですか。全く…使えないゴミですねぇ」
「そりゃ、あんな雑魚選んだお前が悪いに決まってんじゃん。自分で行けば一番てっとり早いくせにさ」
「物事には順序というものがありますからねぇ。今回私が手を出すにはいかなかったのですよ。ですがまぁあの糞豚も最低限の役割だけは達成したようですし、一応ゴミなりには頑張っていたのかもしれませんね」
「そーかねぇ?まっどうでもいいけどね。お前等はどう思うよ」
「…………興味ない」
「…………」
「はぁー…相変わらずつまんない奴等だな、お前らって。で?次はどうすんだよ?」
「そうですねぇ……次は……………………」
和哉達の関与しない場所で正体不明の影が動き始めていた。彼らがその手につかもうとするものは何か、未だ知る由もない。
今回は少し長めになっています。
活動報告に今回の更新遅れの謝罪とこれからの更新について記入していますので呼んでいただければ幸いです。