第24話:隊長
夕暮れ時、長い時間を経て馬車はようやく目的地へと到着し、その揺れが収まった。土の月の五日。王都での合流から更に四日が経過した。ベルヴァス山脈の麓の村ポルタへと到着した一行は、荷物を降ろし整列する。和哉とアルトもそれに倣い後方へと続く。
ベルとその部下二名が正面へと立ち、ベルが一歩前へと踏み出す。
「今日はこの時間帯ですので山に進むのは不可能でしょう。明朝山へと出発しますので、今日は旅の疲れを癒してください。宿代は払ってありますので各々お好きな時に御使用ください。それではまた」
ベルは表情を固めたまま、業務連絡のようにすらすらと要点を話した。ベルもここまでの旅路で疲労が蓄積しているはずなのだが、表情には出さないようにしている。さすがは一団の長といったところである。
冒険者は日々を気の向くままに自由に過ごしているため人の話を聞かない者が多いのだが、ベルの言うことはよく聞いていた。話を聞き終えた一同は各々自由に行動を開始した。
和哉は村と聞いた時、こじんまりしたものをイメージしたのだが、このポルタの村は予想以上に広く、
酒場も何件かあり冒険者の多くはそこへ向かったようである。
「アルト、俺達はどうする?晩飯でも食いに行くか?」
「うーん…わりぃな、ついでだからちょっといってくるわ」
「そうか、それじゃあまた後でな」
「おう」
そう言うとアルトは和哉の前から走り去っていった。和哉はどこに行くのかなどと野暮なことは聞かなかった。アルトも和哉ならわざわざ行く先など言わなくとも理解してくれるだろうと行く先を告げなかった。お互い出会って間もないがそれほどお互いのことを信頼していた。
(とりあえず宿に戻るとするかな?)
和哉はアルトが見えなくなるのを見ると宿のある方向へと向き直った。すると目の前ではベルと部下が話しているのが見えた。二人の部下は真剣な表情をしており、ベルへと何かを伝えているようである。宿に向かいたいのだが、とても横を通り抜けれる雰囲気ではないと察した和哉は、盗み聞きはあまり趣味がよくないと思いながらも、そこらの壁に背中を預け話が終わるまで待つことにした。
「ベル隊長、私達は隊長の警護をいたします」
「いい、お前達もこの四日間で随分疲れがたまっているだろう。早く休んで明日へと備えてくれ」
「ですが隊長、先日あのようなことがあったばかりです!我々としましてもっ」
「あれは未遂ですんだだろう?お前達が気にすることでは無い」
あのようなことというのは和哉の記憶のうちにも新しい出来事であるが、確かに部下が進言するのも無理のない内容である。部下の真剣なその目からは隊長としてのベルを尊敬し、心配する気持ちがうかがえる。そのため二人の内の年若そうな部下がベルのその言葉を聞いても尚食い下がっている。
「ですが…大体いかに普通の魔物とは異なっているとはいえど、私はあのような者達に今回の件を依頼すること自体いかがかと思います。魔物など私達だけでも…」
「おい、ウルス」
ベルの一声でウルスと呼ばれる若い部下の声は遮られる。ベルはかすかに怒りを含んだ眼を見せ、その眼を見てウルスはびくっと震える。
「それは国の方針に従えないということか?あれだけ大勢の仲間が何も出来ずに戻って来たのにも関わらずここにいる私達三人でその任務を完璧に遂行できるというのか?…思い上がるなよ」
「っ…い…いえ、すみません。出すぎた真似をしました…」
ベルのその声にはとても若い女の子の声だとは思えないほどの凄まじい迫力がこもっており、少し離れたところにいる和哉まで伝わってくるぴりぴりとした空気は並の者なら眼も会わせていられないほどに感じた。それでもウルスと呼ばれた青年はそのベルから目線を反らさずに聞いていたのだからたいした実力の持ち主だということは伺えた。部下が非礼を侘び頭を下げると、ベルもふっと表情を変える。
「ウルス副隊長、お前達が私のことを気にかけてくれているのはよくわかっているつもりだ。だが今回の相手は未知数だ。我々よりもより多くの魔物との実戦経験がある者達の力を借り、任務を遂行することこそが最優先事項なのだ。……心配するな、私はそれほどやわじゃない。」
「隊長…」
「わかったら、さっさと休むんだ。明日にはあの山へ登るのだからな」
「はっ!」
「テッド!…よろしく頼むぞ」
「了解いたしました。それでは隊長、私達は失礼させていただきます」
微笑むような表情を見せウルスに諭したかと思いきや、またきりっとした表情に戻りテッドと呼ばれるもう一人の部下へとウルスのことを任せた。ウルスはベルの言葉を受け、より気合が入ったようである。去り際にもベルへと敬礼をし、大声で挨拶するとベルに背を向けた。対照的にテッドは落ち着いているようであり、静かにベルに敬礼しウルスの後に続いた。
和哉は一通り話が済んだことを確認し、壁から背を離し歩き始める。するとこちらに気付いたウルスが何故か自分へと近づいてきた。その表情からは明らかに怒りの感情が見て取れる。
「おいっ、お前」
「どうしたんだ?何か用事か?」
「お前も隊長に何かしてみろ……ただでは済まさんぞ…」
相手の表情からとても用事があるようには見えなかったのだが、和哉はあえてそう聞いた。ウルスは和哉の言ったことなど聞いてなかったかのように、そう和哉へとはき捨てるように言うと、そのまま去っていった。ウルスはずんずんと先に進んでいってしまっているが、後からついて来ていたテッドは和也の前でピタッと止まる。
「すまない、あいつも悪気があるわけではないんだ。許してやってくれないか?」
「許すも許さないも俺は何も聞いてないよ?」
「……ふっ、そうか。ならいいんだ。………あんた、名前は?」
「カズヤ・ヒイラギだ。たしかテッドさんかな?」
「テッド・メルクリストだ。カズヤ、あんたって変わってるな」
「そうか?」
「あぁ、それじゃあまた明日な」
和哉に話しかけた直後はほんの少しだけ申し訳なさそうな顔をしていたものの、その裏には確りこちらへと敵意が向いていた。テッドはウルスのような表面に出すようなタイプではないようであり、和哉も注意深く見ていなければ気付かなかった。だが和哉と少し言葉を交わすだけでその怒りが薄れたように見え、去り際にはその敵意は感じなかった。
(そりゃあ怒るよな…自分にとって大事な人があんなことされそうになればな…)
和哉もウルスやテッドから感じた敵意の心当たりはあった。それは直接的に和哉に向けられたものではなく、間接的に向けられたものだった。
「カズヤ、そんなところで何してるの?」
和哉がその敵意を向けられることに関係するベルがひょこっと和哉の眼前に現れた。どうやら今のベルは先程までの仕事モードは抜けているようである。頭の上に疑問符が見えるような顔を向けられ、その当人のことを考えていた和哉は言い訳に和哉自身の当初の目的を出した。
「ん?あぁ、ベルか。なにしてるってそりゃあ……宿に帰ろうとしている所だけど?」
「そうなの?まぁいいや。ご飯食べに行かない?私この数日間気張りっぱなしだったからお腹空いちゃって」
お腹を押さえて空腹を訴えるベルに先程まで見えたはずの隊長の威厳などは欠片も見えなくなっていた。和哉もいい加減その豹変振りが気になったため、ベル本人に聞いてみることにした。
「なぁベル、あれは気を張るって代物なのか?」
「ふぇ?」
「いや、明らかに別人みたいだなと思ってさ」
「うーん、師匠に教えてもらったことだからよくわからないんだよね。まぁ気持ちの問題だって!気持ちの問題!」
「へぇ……」
ゆるーい表情を見せながら笑うベルにこれは聞いても無駄だと悟った。ベルが言った先生という言葉も気になったが、今回は聞かないことにしておいた。そこへ和哉にとって不意打ちとなる一言がベルから飛んできた。
「でもかっこ悪いところ見られちゃったね」
「え?」
「さっきのウルスとのやり取り見てたんでしょ?」
「…………あぁ」
苦笑しながら、語りかけてくるその様子にはどこか脆さを感じた。
「ウルスは実力もあるしいい副隊長だと思うんだけどね~、なんだか私に対して過保護な点があるというか。まぁ私もか弱い女の子だし?心配してくれるのは嬉しいんだけどね、でももう子供じゃないし私の方が一応階級も上なんだから気にしなくても」
「ベル」
「っ!?」
「震えてるのか?」
饒舌に話すベルの様子に和哉はさっとその手をとった。一瞬驚いて振り払おうとしたベルだったが、ベルの予想以上に和哉の力は強く振り払えなかった。そして和哉はその手がほんの僅かだが震えていることに気がついた。
「ほ、ほんと、今更だよね!二日前のことなのになんで今になって震えてるんだか!大体自分で追い払ったんだから怖いはずなんて…怖いはずなんて」
無理に笑顔を取り繕おうとしているベルだったが、明らかに声が震えていた。和哉はその手をゆっくりと離すと、ベルの頭の上に自分の手をぽんぽんと二、三度置く。そして和哉はベルに背を向けると、指で頬をかきながら呟いた。
「大丈夫だ、今なら誰も見てないよ」
「っ……ひっく…うぅ」
背中に軽い感触を感じる。部下の前では凛とした態度を見せながらも、やはり和哉と同年代の少女である。
二日前の夜野営をしている際に、王都でベルへと殴りかかってきた男が再度ベルへと襲い掛かってきた。今度はテッドやウルスを含む数名の見張り以外みんなが寝静まった頃だった。男は見張りがちょうど別のものに気をとられている際にベルのテントを襲撃した。幸いその程度ではベルの隙をつくことは出来なかったようであり、魔法で吹き飛ばされたその男はこちらへ戻らずそのまま夜の闇へと消えていった。
そのようなことがあったからこそ、ウルスやテッドはベルへとあのように進言し、和哉達ギルドの冒険者へと敵意を向けていたのである。
それでもベルはその進言を拒否した。自分は隊長であり皆をまとめる存在が守られてばかりいてはいけない、皆の規範、目標となり皆をまとめなければいけない。そのため簡単に弱さを見せることは出来ないとこの年齢できちんと理解していたからだった。だから和哉は思ってはいても、無理はするななどとは言えなかった。その責任の重さは自分がその役割をきちんと担ってからではないと理解できない、それを他人が知った風な口を利くなど愚の骨頂だと感じたからだ。
だから和哉は背中だけ貸した。自分は何も言えないけど、僅かばかりの逃げ道となれるならと。静かに泣くその少女の心を包み込む無言の優しさがあった。
「それでは行きましょう。この任務は必ず成功させなくてはいけません。皆さんお力添えをお願いいたします」
明朝、集まった冒険者の前でベルは深々とお辞儀をした。それほど真摯にこの任務、依頼へと取り組んでいることがわかった。冒険者達もベルの熱意が伝わったのか、気迫は十二分にあるように感じられた。
「なぁ、カズヤ?」
「なんだ、アルト?」
「あの隊長さん、なんか昨日より元気じゃねぇか?昨日まではあれ引きずって元気なさそうに見えたんだが」
「さぁ、思うところがあって吹っ切れたんじゃないかな?そんなことより今日は頑張るぞ」
「おう、何が相手でもかかってこいってんだ!」
ニカッと笑い、強い相手と戦うことが楽しみの一つとなっているアルトは、未だ見ぬ相手に心躍っているようであった。
ベルへと少しだけ眼を向けると、仕事モード中であるにも関わらずこちらに向かって軽く微笑んでいた。和哉も微笑み返すと、ゆっくりと空を見上げた。
あいにくの曇り空は自分達の行く末を示しているのだろうか。流れる雲は全てを覆い隠していく。
今回は戦闘パートまで行きませんでした。
次回は確実に戦闘入ります。




