第21話:対話
火の月の二十四日、あの騒動から今日でちょうど七日が過ぎた。
和哉は召喚獣との戦闘の翌日から体調を崩し、三日ほど休んでいた。原因としては戦闘と召喚による急激な魔力の消費や、心身の疲労、そしてこちらの世界の環境もあった。そこまで酷いものではなかったとはいえ、いざというときに動けるようにするためにも和哉はしっかりと休んでおくことにしていた。
その後孤児院のみんなの手厚い看病の甲斐もありようやく回復できた和哉は、身体も本調子になったところで、契約を行ったトルティエスと話をするために召喚を行うことにしたのだった。
「我、柊和哉の名の下に、汝をここに召喚する」
詠唱は一度契約を果たしたことで幾分か簡略化できるようになった。詠唱を行うと召喚石は輝きを増していき、孤児院の中に光が満ちていく。その光が部屋中を埋め尽くしたところで、キィンと高い音が鳴った。そしてその甲高い音と共に精霊トルティエスは姿を現した。白を基調とした魔術師のようなローブ姿に、ロングの黒髪、そして赤い瞳を宿したその女性は神秘的な美しさを魅せていた。
「主よ、なかなか呼んでくれぬので退屈だったぞ」
「開口一番それかよ…」
その長い黒髪をなびかせながら現れたトルティエスの言葉に、和哉は首を前に垂らしながら一息溜息をついた。
「まぁいいや、それで今日は「きれい!」……え?」
トルティエスに話しかけようとすると和哉の後ろからアリアとメルが現れ、突然トルティエスへと抱き付いた。そんな二人の行動に意表を付かれた和哉は、間抜けな声を出してしまっていた。
「お姉ちゃん、すっごく綺麗な人だねっ!」
「アリアもそうおもう!」
「ふむ、賛辞の言葉は嬉しく思う、だがとりあえず離さぬか?」
言葉の上では平静を装っているトルティエスだったが、意外にもまんざらでもなさそうだった。抱き付いてくる二人を突き放したりするようなことは無く、そのまま受け入れている様子は微笑ましさも感じる。
(へぇ、精霊のことはよく知らないけど見たところあまり人間と変わらないのか?)
感情も見え隠れするその態度に、人間と同じ温かさを感じ笑みがこぼれる。すっと目を横にやると口元を押さえながら微笑むティアの姿があった。
「なんだかいい雰囲気だな?」
「はい。あんなことがあったのが嘘みたいです」
「そうだよな、今見たら普通の女性みたいだけど、呪いの力ってのはあんなにも影響があるんだな…」
今は子供達を受け入れてくれているトルティエスが、おぞましい怪物のような姿をし、あれほどの力で自分達を襲っていたのだから。ティアもそのときのことを思い出したのか、表情が暗くなっている。そんな様子に和哉はそっと近づき、ティアの肩に手を置く。
「まぁもう大丈夫だよな。呪いはちゃんと浄化したんだからさ」
「…そうですよね。すみません、いつも気遣ってもらって」
「気にするなよ、俺が勝手にしてることだ」
置かれた手の上に自分の手を乗せ、ティアはこくんと頷いた。そして再度顔を上げたときには、またいつも通りの笑顔を和哉に向けていた。
「兄ちゃん、トルティエスに話があるんじゃなかったの?」
「うわっ!」
「きゃっ!」
二人のやり取りを後ろからじーっと見ながらランドは和哉へと話しかけた。和哉とティアは慌てて手を離し身体二つ分ほどの距離を開けて、愛想笑いを浮かべた。
「そ、そうだったな。あは、あははっ…」
「そ、そうですよカズヤさん。しっかりしてくださいよ」
「本当に仲がいいよね、二人とも」
笑顔でそう話すランドの言葉にドキッとしながらも当初の目的を思い出した和哉は、コホンと一つ咳払いをしてアリアとメルへと話しかけた。
「あー、うん。そろそろいいか?ちょっとトルティエスと話がしたいんだ」
「えー、アリアもうすこしおはなししたいよぉ」
「私もまだ話したいっ」
トルティエスにひしっとしがみついている様子の二人に困りながらも、それならとすぐに代替案を差し出す。
「それならこの話が終わったら、もっと話させてあげるから。なっ?」
「う~……わかった」
「うん」
「よしっ、二人ともありがとうな」
二人の下へ近づき少しだけしゃがんで目線を合わせると、頭の上に手をやりくしゃくしゃと軽く頭を撫でてやる。二人は嬉しそうに表情を緩ませると仲良く手を繋いで部屋へと戻っていった。
走り去っていく二人の様子を優しく見守り、すっと立ち上がると同じく二人を見ていたトルティエスへと目線を向ける。
「ふぅ、事後承諾で悪いんだが頼めるかトルティエス?」
「構わぬよ、我は童は嫌いではないのでな」
「すまんな。それじゃあ本題に入るとしようか」
立ったままではあれなのでと、トルティエスをリビングの椅子に座らせると、和哉はその向かいの席へと座った。同じようにランドとティアが空いている席へと座る。
「して、主が我に聞きたい事とはなんだ?」
「まぁそんなにたくさんは無いんだけどな。とりあえず契約の儀を行ったときに言っていた"精霊を統べるもの"ってどういう意味だ?」
「言葉通りの意味だ。我はこの世界に存在する数多の精霊の主だ」
なんということはないと涼しげに重大な事実を語るトルティエスに和哉達は唖然とする。特にその驚きはこの中で最も精霊について詳しいティアによく見られた。なぜならば、精霊の主といえば数多く存在する精霊の中で、最大の力を誇ると噂されていたのだ。
ちなみに何故噂だけなのかというと、未だ嘗てこの精霊を召喚したことのある者はいないからであり、嘗てこの国の王がSS級の精霊を召喚した際に、その精霊が自分より強い精霊の主がいると告げていたからである。
そんなある意味伝説と言ってもいいほどの存在が目の前にいるのだから、まさに驚天動地と言っても過言ではない。あまりに驚いてしまったのかティアはあわあわと意味も無く慌てている。自分より驚いている存在がいることで逆に冷静になれた和哉は再びトルティエスへと話しかけた。
「まぁトルティエスが凄い存在なのはわかったよ」
「主は我が嘘を言っているとは思わぬのか?」
「えっ嘘なのか?」
「否、そんなことはありはせぬが、証拠などは確認しないのかと思うてな?」
「証拠かぁ…見せられてもきっと分からないしいいさ」
「……ふっ。すまぬ、つまらぬ事を聞いてしまったな」
「?」
和哉の返答にどこか嬉しそうな態度を見せるトルティエスに、和哉は疑問を感じなくは無かったが、些細なことであったため気にしないことにしておいた。
「それじゃあ次の質問に行くけどいいか?」
「構わぬ」
「あの呪いは誰にかけられたものなんだ?たしか魔の者と言っていたけど…」
「あれか……あの呪いは魔族の主にかけられたものだ」
「魔族の主……」
「あれはもう幾星霜も昔のことだ……この世界が漆黒の闇に覆われそうになったあの頃、我と先の主は奴と戦った。そして勝利はしたものの我は呪いをかけられ主の行方は…」
顔を伏せその時のことを語るその姿は少しだけ弱弱しさを感じさせた。だがトルティエスはすぐに顔を上げると昔のことだ、気にするなと無表情で告げた。
「それにしても、随分昔の話みたいだな…ってどうしたんだティア?」
「いえ、トルティエスさんの話ってこの国に伝わるあの話に似ていると思いまして」
「あの話って…あぁ前に話してくれた勇者の話か。確かに似てるよな、もしかしたらトルティエスの前の主の話なのかも」
ティアの話してくれたあの話はトルティエスの話に所々似ている部分があった。トルティエスの話を聞けば、御伽噺となっているあの時代のことも分かるかもしれないと少しばかり興味がわいた。と同時に和哉の脳裏に新たな疑問が浮かんだ。
「それならなんであの召喚石は術式や形状を保ててるんだろうな?それだけ昔だったら風化しててもおかしくは無いはずだと思うんだが」
和哉の疑問も最もだった。御伽噺でしか伝わっていないほど昔のものが現在も綺麗なままであるというのは、不思議な話であったからだ。だがその疑問はトルティエスの言葉であっさりと解消されてしまった。
「それはおそらく我と先の主の魔力の残照だろうな。呪いであのような姿にされたとはいえ、我の魔力だけはそのままだったからな。それに先の主が召喚石に何らかの術式を組み込んでいた故、それも影響しているのだろう」
「なるほどな、そういう力なら納得だ」
元々この世界は和哉のいた世界とは違うのでそういう技術や魔法があるのならば、そういうことなのだろうと思うことにしていた。
「他に何か聞きたいことはあるか?」
元々トルティエスに聞きたいことはそれほど多くなく、聞きたかったことも聞き終えてしまっていたので、和哉はもうないと答えてしまってもよかった。だが、ふとあることを思いつきそれを口にした。
「うーん、そうだな……突然なんだが呼び方変えてもいいか?」
「呼び方?何故そのようなことを」
「いや、別にこれといった理由は無いんだが…駄目か?」
「否、主の好きなように呼ぶがいい」
「そっか、それじゃあ……ルティスでどうだ?」
「っ!……ふむ、それで頼む」
トルティエス改めルティスは一瞬驚いたような顔を見せたが、和哉はそれに気づくことは無く、ルティスもすぐに平素の表情へと戻った。
「よし!それじゃあこれからよろしくなルティス」
「うむ、我の力汝の為に役立ててくれ」
和哉がすっと右手を差し出すと、ルティスはその手を握り握手を交わした。
「ただいまー…っと誰だその綺麗な女性は?」
するとちょうどアルトが孤児院へと戻ってきた。アルトは今日も例の探し人の情報を探すための聞き込みとギルドへの用事の為に、外出していたのだった。
「ルティスだ、この前契約した精霊だよ」
「あぁ、あん時は遠くにいたから姿を見ることができなかったけど、随分と美しい御方じゃねぇか」
「…そんなことより、自己紹介ぐらいしたらどうだ?」
「おう!」
アルトへルティスの紹介をするとあまりにも予想通りの返事が返ってきたため、和哉はその様子に呆れつつもアルトへ自己紹介を促した。するとアルトはルティスの前に移動し、床に跪くとルティスの右手をとった。
「というわけで麗しいルティス嬢、私の名前はアルト・ランバードと申します。以後お見知りおきを」
「わたくしとか普段言わないだろお前は…」
「いいだろ別にっ、偶にはそういう風に言いたい時もあるんだよ!」
「はいはいそーですか。まぁあんな奴だけど仲良くしてやってくれ」
「うむ。アルトよ、よろしく頼むぞ」
「おう、任せとけ!」
アルトはすっと立ち上がると手を胸にやり笑った。早々と口調が変わってるじゃないかと心の中で思いつつも、和哉はこれなら上手くやっていけそうだなと感じていた。と、ルティスに楽しそうに話しかけていたアルトが何かを思い出したかのように、和哉へと向き直る。
「そうだ、忘れてた。カズヤ、お前や俺に依頼みたいだぞ?」
「依頼?特定の個人に対する依頼なんてあるのか?」
「まぁ本当のことを言えば依頼の相手は俺らだけじゃないんだけどな」
「どういうことだ?」
今まで和哉にとっての依頼とはギルドへ出向き、そこで張り紙を見て自分の出来る依頼を達成することだけだと考えていた。しかしアルトの様子から、今回の依頼はどうやら今までのものとは一味違うようである。
「今回はAAランクの依頼なんだよ。つまり多数へ依頼が送られてるっつうわけだ」
「なるほどな、確かにAAランクといえば複数で受けるのが基本ってギルドの人が言ってたな」
「おう。元々このランクを受けれる人数は少ないからな、基本的に受注規定ランク以上の奴には全員招集がかかるんだよ。まぁその中でも受ける奴はそんなに大勢はいねぇがな」
「へぇ、よく知ってるんだな。さすが長い間旅してるだけのことはあるな。…うん?でも待てよ、それくらい上のランクの任務って俺は受けられないんじゃ?」
以前聞いた話ではAAランクの任務ならAAランク以上の冒険者が対象になるはずだった。アルトはきちんと対象のランクであるが、和哉は未だBランクのままである。(ちなみに和哉がBランクになったのは闘神祭で優勝した功績の一部によるものである)そのため今回のような依頼は受けられないはずだと考えていた。だがアルトの話はまだ続きがあった。
「普通はそうなんだけどな。ただ今回は国から直接ギルドを通しての依頼だからな。カズヤは闘神祭で優勝したことで、国からの依頼は受注できるようになってるからそのせいだろ」
「ふーん、まぁ事情は分かったけど、今回の依頼ってなんなんだ?」
「カズヤは王都の北にベルヴァス山脈ってのがあるの知ってるか?」
「そんな山があるのか?俺は知らないが」
「とりあえずその山脈に魔物が増えてるんだってよ。んでその中に親玉がいてそいつらが増えるのを手助けしてるみてぇなんだ。実際にそいつらのせいで周囲の小さな村にも被害が出てるらしい。今回の依頼はそれの討伐ってわけだな」
「被害が出てるのか…」
和哉の中では最早答えは決まりかけていたのだが、問題はティア達のことだった。闘神祭のようなお祭りであれば、ティア達に危険は及ぶことは無いため連れて行くことが出来るのだが、今回は魔物の討伐のため連れて行くとなるとティア達に危険が及ぶ可能性は少なくない。だがカーサの町に置いていくとなると、以前のような下種な輩が現れないとも限らない。そのため答えを決めかねていた。
和哉がこちらを一度だけチラッと見て何か悩んでいる様子を見たティアは、少しだけ嬉しそうに微笑むと和哉へと近づいていった。そして和哉の目の前に立つとその笑顔のまま話しかけた。
「私たちのことは気にしなくていいですよカズヤさん?」
「ティア…どうしてわかったんだ?」
「ふふっカズヤさん、こちらを見てましたから。それにカズヤさんはお優しいですから」
そうやって笑いかけてくるティアの様子に和哉は苦笑して頭をかいた。
「ティアにはかなわないな…でもそう簡単にティアを放っておくわけには…」
「いいんですよ、困っている方がいるなら手を差し伸べる。そう先生も仰ってましたから」
「ティア……」
「主よ、その者達が心配なら我が警護してやろう」
「ルティス、そんなことが出来るのか?」
「我はこれでもそこらにいるような軟弱な輩には引けはとらん。安心して行くが良い」
「そうか。…よしっ、それじゃあ俺行くよ!」
「はい、お気をつけて行ってくださいね」
迷う必要はないと言外に示しているようなティアのその態度はとても強く見えた。その姿を見ても置いていくことにほんの少しばかり抵抗があったが、ルティスの後押しもあり、和哉は魔物の討伐に参加することを決意した。
そしてその翌日、和哉とアルトの二人は冒険者の合流予定地である王都ラウローゼンへと向かうことになる。
トルティエス改めルティスが仲間になりましたが、暫くルティスの出番はありません(^^;)
これからは暫く魔物討伐編をお送りします。
ちなみに和哉が国からの依頼は受けられるようになっていますが、これは以前闘神祭の優勝商品の中にギルドでの特権、というものがありましたが、これに該当いたします。明確に記述していなかったため「なんだそれ?」と思った方もいらっしゃるとは思いますが、ご了承ください。




