第19話:召喚
闇の帳が下り、孤児院の中は静まり返っている。
時刻は既に真夜中を回っているが、たった一つの部屋にだけうっすらと明かりが点っていた。
その例外の部屋の住人である和哉はベッドに横になりぼんやりしながら、アルトから受け取った召喚石を眺めていた。
(これが高ランクの召喚石、か……随分なものを貰ってしまったな…)
件の召喚石は明かりを反射して鈍い光を放っている。怪しげにも映るその光は、どことなく奇妙な空気を纏っているようにも思えた。
和哉は自分が譲り受けたものに対して先程は感じなかった違和感を感じ始めていた。
その違和感が何かと問われればこれだ!、と確信を持って答えられるというわけではないのだが、とにかく何やら今までこの世界で見てきたものとは一線を画しているような気がしていた。
(召喚石ってのはランクが高くなればこうなるものなのか?……この召喚石以外の高ランクの召喚石って言うものを見たことがないから見当もつかないな…)
召喚石なんて代物は当然この世界に来て初めて目にした物であり、そもそも元の世界でも宝石すらまともに見たことはなかった。
そんな和哉が違和感があると言ったところで、どうしようもない話である。
召喚の儀式を行わないという手も考えられたが、役立ててくれと渡されたものだけあってその行為を無下にするのは心苦しかった。
結局何かを感じてはいてもその思考は堂々巡りの域を抜け出さず、何時までたっても進歩はない。
「はぁ……」
そんな貧相な思考しか出来ない自分自身に軽い失望感を抱きながら、和哉はベッドサイドの小さなテーブルに召喚石を置いた。
(明日の朝ティアに相談してみるとするか…)
元の持ち主だったアルトはこれを自分に渡す際に何も言わなかったため、この違和感に気付いてなかった、もしくは気付いていないふりをしているだけだったという二通りの考えが出来る。後者については余り考えたくないが、前者でも後者でもアルトに聞いたところで答えが返ってくるはずがなかった。
そのため孤児院の面々の中では最も召喚術について詳しいティアに聞くというのが、和哉の考えうる最善の手だった。最善と言ってもかなり苦しいものは感じているが、正直なところ手詰まり感が否めなかったためやむを得ずと言ったところである。
そこまで考えたところで和哉は明かりを消すとゆっくりと眠りに落ちていった。
翌朝、日課の鍛錬中にティアが和哉のところへとやってきた。
最近はティアが鍛錬中の和哉に汗を拭うための布(元の世界でいえばタオル)を持ってきてくれている。そのため和哉は昨夜考えていたように、ティアへと召喚石について相談することにした。
「なぁティア?あの召喚石って高位のランクのものなんだよな?」
「はい。元になっている宝石も私が持っている物より格段に高価なものですし、刻んである術式もより細部まで手が行き届いていますので。でもいきなりどうしたんですか?」
ティアは昨日も話したことなのになんでだろう?と言ったような不思議そうな顔をして和哉を見ていた。確かに今ティアが話してくれたことは昨日も聞いたことであり、本題を話す前に再度確認しておこうと聞いたことだった。
自分でもよく分からない感覚について他人に言うのは、なんだか憚られる気持ちではあったがここまで聞いておいて何をためらう必要がある、と意を決して話すことにした。
「いや、実はな…この召喚石なんだか変な感じなんだよ」
「変な感じ…とは?」
「それが俺にもよく分からなくてな…魔力とは何か違う気がするんだけど漠然としすぎてていまいちつかめないというか。部屋に戻ってじっと見てたら違和感を感じ始めたんだよ。ティアももう一度よく見てくれないか?」
そう言うと和哉はポケットに入れておいた召喚石を取り出した。召喚石は昨日のような鈍い光ではなく、太陽の光を反射してきらきらとしている。ティアは和哉から召喚石を受け取ると、観察を始めた。最初は形や光沢を見るように、次は刻んである術式を最初から最後まで読み、そして最後は目を閉じて集中し魔力を発生させながら調べていた。
程無くして魔力の放出を止め、ティアは目を開けた。その後も終止難しそうな顔をしながら召喚石とにらめっこをしていたティアだったが、はぁと溜息をつき脱力すると再び和哉へと向き直った。
「うーん……ちょっと私じゃわからないですね。ごめんなさい、力になれなくて」
「ちょ、ちょっとそんな暗い顔しないでくれよ。俺だって確信があって話した訳じゃないんだからさ」
「そうですか?」
「あぁ。だから気にしないでくれよ、な?」
和哉はあからさまにしょんぼりとしてしまったティアに驚きつつも、しっかりとフォローをしておいた。フォローと言っても実際に事実を言っただけで、それがたまたまフォローになっただけなのだが細かいことは気にしないでおくことにした。
ともあれ結局和哉が分かったのは何もわからないということだけであって尚も頭を悩ませる結果となってしまった。
その後和哉は孤児院の面々プラス新たに加わったアルトを含めた五人で朝食をとった。
その際にアルトがぽろっと召喚石について話してしまったため、昨夜和哉が召喚石を受け取っていたことを知らなかった子供達のテンションは急上昇した。
(こいつわざと言ってないか?)
と恨めしそうな目線でアルトを見るがアルトはどこ吹く風といったように朝食を楽しんでいた。
昨夜から悩みの種が尽きない和哉に比べ、子供達は和哉の召喚術のことが余程楽しみらしく、朝食後もずっと目を輝かせていた。和哉もそんな無邪気な子供達の様子を見ると気持ちが少しだけ楽になっていた。
子供達の期待に応えるためにも、と召喚術を行えるような場所に行くことにした。程無くして昨日アルトと闘った場所より更に町から遠ざかった位置まで着いた。
何かあると危ないと言い他の面々を自分からある程度の距離へと遠ざけると、和哉は召喚の儀式の前に精神統一をすることにした。
(これから何が起きたとしても動じるなよ…一片たりとも油断しないように…平常心を保つ……)
ゆっくりと数回深呼吸をし、気持ちを落ち着かせると、詠唱を始めることにした。
「大いなる力を司りし精霊よ」
「我汝の力を欲するものなり」
以前失敗した時とは比べられないほどに召喚石の光が増していく。
それと同時に手の平に置いていた召喚石が少しずつ宙へと浮いていく。
「わが声を聞き我が力を認めるのならば」
「我が前に具現し汝の力を示せ!」
詠唱を終えた途端、召喚石から溢れた光が辺り一帯を被った。反射的に和哉は両手で光を遮りながら、光源となっている召喚石になんとか目をやろうとする。よく見ると光ってはいるのだが、眩しくないようだった。
それに気付き両目を開くと宙に浮いた召喚石へと手を伸ばした。
和哉の指先が召喚石へと触れた瞬間
―――ゾワワッ
「っ!?」
身の毛もよだつような悪寒を感じ、触れていた召喚石から手を離し後方へと下がって身構える。
再度召喚石からの光が増し、今度は目を瞑る様な眩い光が出る。
―――キィィィーン
という甲高い音が鳴り響いたかと思ったその刹那重量感のある地響きが伝わってきた。
《ЬРЮК#Шб―》
そして光が消え去った時、今まで聴いたことのないような唸り声を上げ得体の知れない怪物が現れた。精霊というには程遠い、召喚獣とでも言うべきだろうか。サイズは凡そ二メートル五十センチほどで、人型を模しているようだった。その召喚獣は二本足で立ち、両手は鋭利な刃物のような触れるもの全てを切り裂くような腕をしている。
(なんなんだ…こいつ……)
和哉は身体中から冷や汗が流れるのを感じていた。それはベオウルフと相対したときと同じような感覚であった。眼前の存在に恐怖しか感じることが出来ない。自然と足が後ろへ下がりそうになる。
ふと後方を見ると召喚が終わったことに気がついたランド、メル、アリアの三人が近づいてきていた。ティアもアルトもどうやら和哉と同じ感覚を抱いたようで三人が動いているのはわかっているのだが、身体の反応が遅れているようだった。
尚もこちらへと近づいてくる三人から一度目をそらし、眼前の召喚獣へと目を向ける。するとそこには和哉から視線をずらし、子供達へと狙いを定めているかのような仕草をする召喚獣がいた。
「こっちへ来るなぁ!!」
和哉は子供達へ叫びながら瞬時に強化の呪文を唱えると、召喚獣へと向かっていった。刀はまだ抜いていなかったため、近づくと同時に居合いで召喚獣へと斬りかかる。
直前まで防御の体勢をとっていなかったにも関わらず、召喚獣の動きは早かった。瞬時に両手で和哉の居合いを防ぎにかかる。鍔迫り合いの様な形になり、力を込めて何とか踏みとどまる。
「アルト!ティア!はやくっ…三人を連れて下がれっ!!」
召喚獣のほうを見ながら、和哉は大声で叫んだ。
和哉の声にはっとなり、アルトとティアは子供達の下へと駆けて行く。子供達も和哉の様子から何かおかしいことを察したのか、ティア達の下へと戻ってきた。子供達と合流すると急いで元いた位置よりもさらに後方へと下がって、再度和哉の方へと向き直った。
「カズヤさん!みんな無事に下がりました!」
後方からのティアの声が聞こえると、和哉は渾身の力を込め、刀で相手を弾き飛ばしそのまま火の魔術を放った。バックステップで相手との距離をとると、急いで呪文を唱え自分と召喚獣を中心に結界を張った。単純な詠唱ではあるが、今回は強度がどうしても必要だったため唱えざるを得なかった。
だがその瞬間を召喚獣は見逃さなかった。火の魔術による爆炎で煙幕の効果を齎していたにも関わらず、和哉の位置を的確に察知すると腕を突き出し突進を仕掛けてきた。相手の動きは大きさによらず、俊敏でありかろうじて直撃は避けたものの、肩付近の肉を削がれてしまった。
「ぐあぁぁぁっ!」
肩口から鮮血が流れる。だが痛みで叫びながらも和哉は何とか氷の魔術で反撃をしていた。和哉の肉を削いだ手を狙った氷の魔術は的確に命中し、相手の右腕の一部を氷の中に閉じ込めた。
しかし痛み分けというには程遠いほどの戦果であり、凍らされた右手を尚も振り回し、今度はその氷を武器として殴りかかってきた。ただでさえ体格差があるため、水平に薙ぐように振り下ろされた右手の威力は刀で防御しても衰えることはなく、和哉を軽々と後方へと吹き飛ばした。
「カズヤさんっ!カズヤさんっ!!」
「おいっカズヤッ、お前一人じゃ無理だっ!早くこの結界を開けやがれ!」
子供達を後方へと下がらせたままティアとアルトは結界のすぐ外まで来ていた。ティアもアルトも結界を外側から叩き、中の和哉へと叫んでいた。しかし結界は強固で叩いただけで壊れるはずもなく、外側からの悲痛な叫び声が中にいる一人と一匹に伝わるだけだった。
《<аЦгжёП!!!》
立ち上がってくる様子の見えない和哉に対して発せられる召喚獣の叫び声は命を狩る前の喜びに満ち溢れているようだった。
今回は前回より短めでした
次回は少しだけ長くなると思います。