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帰る場所  作者: S・H
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第17話:来訪者



 先月まで雨で隠れていたのが嘘だったかのように、太陽の光がじりじりと地面を照らしつける。


「暑いな……」


 久しぶりのギルドでの仕事からの帰り道、今日の報酬を手に抱え、額から流れる汗を拭いながら和哉は呟いた。


 今日は火の月の十六日で、こちらの世界で言えば今がちょうど夏真っ盛りなのである。街中では夏用の薄着になっている老若男女の姿が多く見え、店や家の前では打ち水をして少しでも涼しくしようとする者もちらほら見えた。


(これでも元の世界よりは涼しいほうだから、まだましなんだけどな) 


 和哉は住居やビルが密集した都会特有のうだるような暑さを経験していたため、この世界の自然の暑さにはまだ抵抗できていた。またこちらの世界の夏用の衣服の通気性はもとの世界のものと比べても遜色ないほどの物だったため、それも幾分かは影響していた。


(あいつもこんな暑い中、どこか旅してるのかな?)


 太陽の光を手で遮りながら、和哉はふと闘神祭で出会った男、アルトのことを思い出していた。アルトとは決勝戦でぶつかり全力で闘ったことで、お互いに実力を認め合い友となっていた。そしてまたいつか会おうと約束して和也達はアルトと別れて、一足先にラングベルを後にしていたのであった。


 もう闘神祭が終了し和哉達がカーサの町へ戻ってきてから、既に十日以上も経過していた。アルトも和哉達と別れる際に数日間ラングベルへと滞在した後、また旅に出ると言っていたためおそらく今頃は旅を再開しているはずだったのだ。こんな真夏に一人旅をしている友のことが若干心配になる和哉だったが、クスリと笑って考えるのをやめた。


(まぁあいつのことだから心配するだけ無駄だろうな)


 そんな和哉の頭の中に思い浮かんだのは和哉達と別れる際に、二日酔いでずいぶん苦しそうにしていたアルトの姿だった。余談なのだがあの夜和哉は、大量の酒を買い込んでいたアルトに付き合い、結局夜遅くまで飲み明かしていたのだが、どうやらこちらの世界に来た影響が体の深部にまで到達していたようで、少しばかりは酔うもののいくら飲んでも全くと言っていいほど言動に変化が起きるようなことはなく、カーサの町へ出発するときも平然と立っていたのだ。一方のアルトは、和哉に飲み比べでも負けるなんて悔しいと言い張り結果的にあのような状態になってしまったのだった。  


 妙なところで意地を張った友人の面白い姿を思い出し、くすくす一人で笑いながら歩いていた。だがそろそろこちらを見る周りの目が気になり始め、コホンと一度咳をしてそれをやめそそくさと歩き始めた。


 実は和哉が見られていたのは、一人で笑っていたからということもあるのだが、闘神祭の優勝者であるという事実がようやく町の中にも知れ渡ってきたためというのもあったのである。そのためよく見ると若い冒険者や子供などは尊敬の眼差しを向けていたり、町の女性からの熱い視線を少なからず受けていたのだった。しかしながら、自分の行動が恥ずかしかった和哉はそれらに気づくことはなかったようだった。









「さてとみんな待ってるだろうし、さっさと帰るかな」


 特別寄り道していたわけではないのだが、ギルドの中でいろいろと手続きに時間がかかったため、それを取り戻すためにも、和哉は歩くスピードを少しだけ速めた。


 孤児院までの距離はそう遠くはないことと、歩く早さを変えたことでものの数分で到着した。こちらの世界に来てまだおよそ二ヶ月しか経っていないが、もはや見慣れた孤児院入り口のドアをあける。


「ただいま、みんな」

「よう、嬢ちゃんに聞いてたのより早かったじゃねえかカズヤ」

「そうか?これでも遅くなったと思って帰ってきたんだが…………うん?」


 みんながいつもよく集まっているリビングの中に入り、荷物を下ろしながら会話をしていたため、まだ中の様子をしっかりとは確認していなかった。いつものメンバーの中にはいない声だが、何故か違和感なく会話できたことに驚き、そして声の聞こえた方向を良く見てみる。


「ようっ!」

「あぁアルトか。十日ぶりくらいだな…………って何でお前がここにいるんだよっ!」


 するとそこにはいつもの孤児院のみんなの中に、つい先ほどまで思い出していた人物がいた。当の本人アルトは、鋭く尖った犬歯を見せながら、こちらに向かって手を振っている。


「まぁまぁ細かいことは気にすんなよ、はげるぞ?なぁ嬢ちゃん?」

「は…はぁ……」

「ティアだってなんだか困ってるみたいじゃないか」

「そうなのか?」

「い……いえ…突然いらっしゃったので少し驚いているだけですよ?」

「ほれ見ろ、嬢ちゃんだって困ってないって言ってるじゃねえか」

「どう聞いても社交辞令だろ……はぁ、お前と話してたら疲れるよ…」

「はっはっはっ、俺は楽しいけどな!」

「そーかい…」


 見事にアルトのペースに乗せられてしまい、今まで感じなかった疲労感がどっと押し寄せてきた。だが疲労感は感じても嫌だとは思っていなかった。元の世界にいた友達とのやり取りを思い出し、懐かしく感じてすらいるほどだった。


「暑い中お疲れ様でした、カズヤさん。どうぞ」

「ありがとう、ティア」


 和哉は豪快に笑うアルトを横目に見ながら、ティアから手渡された水を飲む。冷たい水が喉を潤していき、疲労感も徐々に薄れていくようだった。ふぅと一息つくと、改めてアルトへと向き直る。


「それでお前旅に出るんじゃなかったのか?どうしてまたこんなところにいるんだよ?」


 和哉はその理由を率直に聞いてみることにした。実際以前アルトの話を聞いた時には、まだまだ旅を続けると言っていたはずだったため、和哉は暫くアルトに会う事はないだろうと思っていた。それが一転して、こちらへと足を運んでいるのだから疑問に思うのも当然のことだった。


 アルトは相変わらず飄々とした表情を見せており、当然それを聞かれるだろうということがわかっているようだった。


「ちょっとばかし野暮用ができちまってな」

「野暮用?」

「あぁわりいがこれはお前でも話せないんでな」


 アルトは片手を顔の前に出してすまなそうな仕草と表情をとる。どうやら深く関わっては不味そうな話だった。


「別に話さなくていいよ、誰にだって聞かせたくない話があるだろうからな」

「サンキューな」

「……そういえば、人探しをしてるって言ってたよな?もしかしてそれもこの町に来た理由の一つなのか?」


 和哉はアルトの旅の理由の一つが、ある人を探しているということを一緒に酒を飲んだときに聞いていた。人を探すのなら、情報を多く入手できるギルドのある町などがちょうどいい。カーサの町にはギルドもあり、人口もそれなりに多いため、情報入手にはうってつけだった。


「おっ、よく覚えてたな。その通りだよ、情報探しも今回ここに来た理由の内の一つだ」


 声は軽い感じに聞こえるが、探している人を気にかけているのかその表情はあまり芳しくなかった。和哉もティアもその表情を見て、いつものアルトとのギャップにその人がアルトにとってどれだけ大切なのか伝わってくるようだった。


 和哉とティアの表情が若干暗くなっているのに気づいたアルトは、ばつの悪そうな顔をすると、やめやめと言ってこの話題を無理やり終わらせた。


 その後は先ほどの空気を払拭するかのように、暫くの間アルトと他愛もない話をしていた。


 



 


 


 これまでの話を聞いたところ、一応正当な理由があってここに来たということがよくわかった。そのため、和哉も来たからには何かもてなしをしないといけないかなと思い始めていた。そんなことを考えていると、アルトが徐に立ち上がり、なにやら準備を始めだした。よく見ると、ここに着いてから外していたプロテクターなどをつけ始めているようだった。


「どうしたんだ、アルト?もう町の宿屋にでも行くのか?」


 夏場のためまだ外は明るいが、もう夕方になっており確かに宿を探すならばこれ以上遅くなっては間に合わない時間帯だった。


 しかし、アルトの次の言葉でその考えはきれいさっぱり吹き飛ぶことになる。


「何言ってんだよ、勝負するに決まってるだろ?」

「……………は?」

「リベンジだよ、リベンジ!この前はお前の強化魔法がどれくらいのもんなのかわかんねえうちにぼろぼろにされちまったからな。だがそれは前回の闘いでしっかりと把握したからな。今日は勝たせてもらうぜ!」


 闘志むき出しの表情でこちらを見てくるアルトに対し、和哉は尚も呆然としていた。実際この展開は全く予想していなかったのである。勝負を申し込まれたからには受けるのもやぶさかではないのだが、隣を見るとあからさまに嫌そうな顔をするティアがいた。


 以前アルトと闘い和哉が多量の出血をするような傷を負った際に、ティアが取り乱していたことを和哉は知っていた。普通の人であっても友人や家族の体から血が流れるようなところは見たくないのが常だが、ティアはそれに対して特に拒否反応を見せていた。闘神祭のようなほとんど死に到ることのない試合であっても出血の量が多ければ反応してしまうらしい。試合後にランドにもその時の事を聞いてみたが、ティアの混乱の仕方は普通じゃなかったようだ。 


 幸いなことにティアは和哉に怪我を負わせたアルト自身のことは嫌ってはいないようだったが、傷を負わせようとする行動を嫌っているようだった。そのため今も少なからず嫌悪感を抱いているようだった。

 

 そんな様子のティアをまるっきり無視するようなことは出来ず、かといって好戦的な態度をとったままのアルトを放っておくことは出来ないため、ティアとアルトにある提案をすることにした。











 

 場所は変わり、ここは町の外。以前和哉が魔法の練習をした場所である。和哉とアルトはお互いに戦闘の準備を整え、ここまで移動してきた。こちらへ来たのはティア以外に、先ほどまで各々の部屋にいたランド、メル、アリアのいつもの孤児院の面々であった。


「さてと、さっき言ったとおりのルールで行くからな。いいな?」

「オッケーだ!」


 和哉はここへ移動する前にティアとアルトの二人に、この闘いのルールを示しておいた。


 この闘いのルールは


 相手の頭、腕、胴のいずれかへの攻撃を先に行ったほうの勝ち。ただしガードされた場合にはその攻撃は無効とされ、仮にガードされなかった場合にも攻撃を直接当てることはせず、寸止めしなければいけない。


 ということにした。


 つまりどういうことかというと、有効打を取れる部位への攻撃を行い、それがガードされなければ攻撃した者の勝利となるわけである。ただしその一打は絶対に相手の体に当てないことを条件としている。こうすることでティアが嫌う多量の血を見せることはなくなり、一応真剣を使っているということで、アルトの戦意も高揚させることが出来るわけだ。


 高度なルールのため、一見本気で闘えないように見えるが、和哉とアルトはお互いが強化魔法をかけたときの反応速度であれば、これでも十分本気の戦いを行えると考えていた。





 和哉は今日は闘神祭のように素手で闘うことはなく、刀を装備している。アルトにもどうやら和哉が本来は武器を使って闘うタイプであるということがばれていたようであり、刀を持ち出したところで大して驚きはしなかった。(ただし刀の形状には驚いていたのだが)


 なにはともあれ今回はお互いに最初から本気で行くつもりだった。開始以前から強化魔法をかけ、精神を集中している。和哉はその際に魔力と同時に気を練り合わせて体中へと送っていた。以前べオウルフを倒した際に使用したあの技である。最近はもっぱらそれを訓練しており、今日行った討伐依頼中にもこれを行っていた。結果は良好であり、ほぼ自由に使いこなせるようになってきたと言ってもいいほどだった。


「アルト」 

「なんだ、カズヤ?今更やめようだなんて言わねえよな?」

「そんなこと言うはずないだろ、ただな始める前にちょっと聞きたいことがあってな」

「聞きたいこと?なんかよくわかんねえけど言ってみろよ?」

「剣道三倍段って言葉知ってるか?」

「なんだそりゃ?初めて聞いた言葉だがなんか意味があんのか?」

「まぁ単純に言えば武器を持ってない数段上の達人と武器を持った剣士が闘えば互角の戦いになるってことだよ。この前お前は武器を持っていない俺に負けた。だが今度は俺は武器を持っている。あとはどうなるかわかるか?」

「……なんかいきなり挑発されてることだけはわかった気がするわ」

「ははっ、冗談だよ。まぁ今回は正真正銘本気でいかせてもらうぞ……」

「お前もこの前と同じだと思うなよ」


 元の世界で利いたことのあった言葉を使ってみたが、やはり剣道という概念がない世界では意味ないよなと軽く苦笑した。


 そのようなやり取りも終わると辺りは緊迫したムードに包まれていく。会話は終わり、静けさが広がっていく。


 今回の審判役となったランドが和哉とアルトの位置を確認する。そして小石を空中へと投げると、落ちてきた頃にそれを持っていた剣で斬った。


 キィーンという音が鳴り響くと同時にアルトは駆け出した。それこそ常人には目にも留まらぬ速さである。双剣を構え、眼前の和哉へと一目散に向かっていく。距離はみるみる詰まり、残り十メートルほどになった。


 和哉はアルトがどんどん近づいてきているのが、わかっていたがその動きはまるでスローモーションのようであった。和哉はゆっくりと刀を抜き、一歩ずつアルトへと近づいていく。一歩、また一歩と近づくたびに、相手の動きがより見えるようになってくる。和哉はアルトの利き手から繰り出される振り下ろしを右に動いてかわし、左手側の剣の横なぎを剣で軽くはじく。そして体勢が崩れたところへ頭上への一撃を振り下ろした。


 これでアルトの和哉とのリターンマッチは二十秒という短い時間であっさりと終わってしまった。決してアルトが弱かったのではなく、力の応用を覚え始めた和哉が強くなっていたのだった。

 







「だあぁぁぁーまた負けたー!!」


 アルトは心底悔しそうな表情を見せながら、叫んでいた。そんな様子を見て子供達はアルトの後ろへと歩いていくと肩をたたいて慰めていた。小さな子供達に大の大人が慰められている絵はかなりシュールで和哉とティアはみんなの後方で笑っていた。


「お前ら笑ってんじゃねえよ!」

「いやー悪い悪い、面白かったんでついな」

「くっそぉ……やっぱり頼むしかないか…」

「ん?どうしたんだそんな真剣な顔して?」

「カズヤ、俺をあの孤児院に一緒に住まわせてくれねえか?俺はお前と闘っていればまだまだ強くなれる気がするんだ」

「…え?……」


 和哉はアルトの突然の入居要請に目が点になる。そもそもそれを頼むなら俺じゃなくてティアだろ!と頭の中で呟いていた。尚もこちらへと頭を下げている状態のアルトを見て隣に立っているティアを見る。


「あんなこと言ってるけど、どうするティア?」

「いいんじゃないですか?和哉さんはアルトさんと仲がいいようですし、あの子達もなんだかんだでアルトさんと仲良くやっていけそうですしね。それにやっぱり人が増えて賑やかになるのはいいことですよ!」


 ティアは笑顔で和哉を見てくる。もともと孤児院という集団で暮らしてきたティアにとっては、人数が少ない現状のほうが慣れていないのかもしれないと思った。


「そうだな、ティアがそう言ってくれるならいいか」

「はい!」

「だってさ、アルト?」


 その言葉を聞いてアルトは嬉しそうな顔を見せた。


「サンキュー、カズヤ、ティアそれとちびっ子共!改めてよろしくな!!」


 こうしてこの孤児院に子供ではないが、新たなメンバーが加わったのである。











ということで皆さんも薄々気づいていらっしゃったかもしれませんが、アルトがようやくメンバー入りしました。これからも彼をよろしくお願いします。

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