序章・前編
序章ではまだ冒険してませんのでご了承を。
平凡な日常なんてものは簡単に崩れ去り、それがどれだけ価値のあるものかに気付くのは
それを失ってからだということを俺はそのとき知った。
俺の名前は柊和哉。
父、母、そして俺が生まれてから二年後に生まれた妹の香澄をあわせた家族四人で暮らしていた。
父はサラリーマン、母は専業主婦といった、どこにでもある普通な家族だった。
夫婦仲は良好で父は母のことをいつも労わり、母はそんな父のことを愛していた。
そして俺達兄弟にもその優しく心が温かくなるような笑顔をむけてくれるとても綺麗な女性だった。
平凡だが幸せな家庭に生まれ、俺も妹も何不自由することなく、すくすくと成長していった。
そんななかで俺は、九歳の頃から剣道や柔道、合気道などの武道を習い始めた。
理由は単純なもので香澄を守るためだった。
香澄は小さな頃から病弱で、子供にとっての普通である外で活発に動き回るということが出来ず、それを理由に学校でいじめられることがあった。
そんな場面に幾度も出くわし香澄を守るうちに、自分が強くなれば妹をいじめるやつはいなくなるのではないかとそう思ったからである。
今にしてみればそれは幼い子供らしい考えではあったが、当時の俺はそれを気にすることもなく日々鍛錬に励んだ。
香澄も幼いながらもそんな俺に対して少し申し訳ない気持ちもあったようだが、いつも俺を支えてくれていた。
もともと運動神経や動体視力などがよく、それに加えてどうやら武道の才能もあったらしく数年後には全国大会に出場し優勝できるほどの実力も身につけることが出来た。
その頃にはもう香澄もいじめられることはなくなっていたが、すでに習慣となっていた鍛錬をやめることはなかった。
何物にも変えがたい日常が確かにそこにはあったはずだった。
そしてそんな生活が突然終わってしまったのは、俺が十五歳になったときだった。
俺はその日、珍しく風邪を引いた。
「三十九度、酷い熱ね…。すぐに病院に連れて行ってあげるからね。」
そういって母は心配そうにしながらも、安心できる優しい顔を俺に向けながら、車の準備を始めた。
俺が住んでいる家は、病院からは遠く歩いていくにはさすがに無理な距離だった。
バスやタクシーを使うという選択肢もあったのだが、母が車を運転できるため送っていってもらうことにした。
途中病院へ行くためにいつも通る道が工事中だったため遠回りして交通量の多い道から行くことにした。
「もう少しで着くわよ。だからもう少し我慢してね」
病院が目と鼻の先に見えた交差点で母は、バックミラー越しに後部座席にいる俺を見ながらそう語っていた。
そしてその言葉が母の最後の言葉だった。
パトカーに追いかけられた暴走車両が信号無視を行い、右折していた母の車の側面に突っ込んで来た。
ズガンッ!という音とともに伝わるとてつもない衝撃を体に感じ、体が車の側面に引っ張られるようであった。
衝撃が静まったあと熱と振動で朦朧とする意識の中見えたものは、かつて母だった肉体の一部と突っ込んで来た車の前面部だった。
そしてそのまま俺は意識を失った。
目を覚ますと目に映るのは真っ白な天井。消毒液のような独特な匂い。どうやら病院のベッドにいるようだった。
「おにいちゃん…?うぅ…うわぁぁぁぁん」
ベッドの横には俺にしがみついて泣きじゃくる香澄がいた。父はその場にはいなかった。
「おい、泣くなって。大丈夫だから。……なぁ、香澄。父さんはどうしたんだ。」
「ひっく、お…と…さんは、ひっく……かあ…んのとこ…に………るよ。おに…ちゃんまで目を…覚ま……なかったら……どう…したら…い…か……わか…なかった。」
俺が起きるまでにも泣いていたようで声はすっかりかすれてしまっていた。
そんな香澄の頭を優しくなでながら
「大丈夫だよ。俺はどこにもいかないから。」
「…うん、うん。」
こう言ってやると二度うなずいた後安心したのか、疲れて眠ってしまった。
香澄が眠っている間に看護婦さんに俺の母の話を聞いてみた。母は車に追突されて即死、突っ込んで来た車に乗っていた運転手も即死のようだった。
そして、あれだけのことがありながら俺は、全身打撲と左手の指を数本骨折するだけですんでいた。
偶然が重なった不幸な事故だった。
今日俺が風邪を引かなければ。
いつも通っている道を使えていたら。
車が突っ込んで来なければ。
他にもいい始めればきりがないほどいろいろなことが重なってしまった結果であった。
俺達家族にとって大切でかけがえのない母を失った。
そしてその日が今までの幸せな日々に終わりを告げることになってしまった日であった。
拙い作品ではありますが、頑張って書いていこうと思いますのでよろしくおねがいします。