第16話:祭の終わり
――ワアァァァァァァ
場内の歓声は止むことは無く、リングの上に立つ勝者を称えている。いつもは入場の際にのみ鳴らされていた楽器も、今は盛大に鳴らされ闘神祭の決勝が終わったことを示していた。
「立てるか?」
和哉は立ち上がると、目の前で仰向けに倒れているアルトへと手を伸ばす。
「あぁ、わりいな……よっと」
和哉の手をとると、アルトはゆっくりと立ち上がる。ダメージが下半身にきているようで、足が小刻みに震えていた。アルトはそんな自分の姿に呆れるように溜息をつく。
「なさけねえなぁ…」
「まぁあれだけ連続でダメージを食らってれば立てなくても仕方が無いだろ」
「てめっ食らわせた本人がなに言ってやがる」
「あぁそういえばそうだな」
「この野郎…いつか泣かすっ……」
「どうぞご自由に」
「くっ……」
「ふっ……」
「はぁーはっはっは!」
「あはははっ!」
テンポよく会話していた二人だったが、お互いに顔を見合わせると笑い始めてしまった。傷つき、傷つけられながらもお互いに全力でぶつかり合い、そしてその闘いに一片の悔いも無かったからこそ、二人は笑っていた。眼前に立つ相手を自らの友として。
その後三位の選手がリングへと呼ばれ、そのまま表彰式と閉式の挨拶が行われた。表彰式では今までは気付かなかったのだが、王都から呼ばれていたらしいこの国の上層部の方から賞金を受け取り、和哉の闘神祭での闘いは終了となった。
しかし闘技場を一度出れば、賑やかさはこれまでの三日間とは比にならないほど盛り上がっている。闘神祭は三日間。今日という日が終わるその時までは祭りは続いているのだ。
和哉は表彰式の後、アルトと別れティア達を探していた。一方アルトは怪我の治療のために、闘神祭に召集されていた魔術師のところへ向かっていた。表彰式前に和哉がアルトの怪我を治そうとしたところ、
「お前につけられた傷なのに、お前に治されるのはなんだか癪だからいい」
と断られてしまったため、表彰式後に別行動をとることとなったのだ。
(一緒に飯でも食いながら、色々と話してみたかったんだがなぁ…)
和哉は少しばかり残念に思いながらも、アルトの気持ちもわからなくは無かった。
そう考えながら歩いていると、探していた人物達が闘技場の入り口付近できょろきょろと辺りを見回していた。和哉は気付いてもらうために右手を振りながら、小走りで近づいていく。
「おーい、みんなー!」
ある程度近づくと、ティアがこちらの動きに気付いたようで少しだけ目線があった。
「っ……カズヤさんっ…」
しかしこちらを見た途端、ティアは走り出しいきなり和哉へと抱き付いてきた。和哉の背中に手をまわし、身長差のため顔は胸にうずまり、表情はよく見えなかった。いきなりのことで驚いた和哉だったが、よく見るとティアの肩は震えていた。和哉は両肩へと手を置き、ゆっくりと話しかける。
「ティア…どうしたんだ?」
「…カズヤさん…こわかったです…」
試合前にはこんな状態ではなかったはずだと思いながら尋ねてみると、少しだけ聞き取ることが出来た。声は震えており、それだけ言うのがやっとのようにも聞こえた。しかし和哉は、きちんと話を聞きたいと思った。ティアの気持ちを落ち着かせるためにも、和哉は穏やかな声で問いかける。
「何が恐かったんだ?」
「カズヤさんが…死んでしまうかと思ったんですっ…手や足から…血が出て……このままカズヤさんが死んじゃったらって思ったら…私……」
ティアは顔を上げて話し始めてくれたがその目には溢れんばかりの涙を浮かべ、じっとこちらを見上げてきている。声は少しだけ落ち着いてきたものの、いまだ身体は震えたままであった。
「っ!?………ばかだなぁティアは…」
「そう…ですよね……自分でも…そんなことはないとわかっているんです…それでも…」
ティアは和哉に答えながらも、和哉からは無理やり自分にそう言い聞かせるようにしているように見えた。そんな様子を見て、和哉は肩に置いていた手をゆっくりと離す。そしてティアを優しく包み込むように抱きしめた。
「そんなことは気にするな。俺は今ここにいるんだ。だから大丈夫だ」
「………はい…」
和哉は右手をティアの頭の上に移動し、ぽんぽんと頭を撫でてやる。ティアも和哉の行動のおかげで気持ちが幾分か楽になったようだった。心から安堵しているような表情を見せ、笑顔も見え始めていた。
「お姉ちゃんだけずるいよー!」
「そうだよ~!」
「そんなこと言うなって二人とも。兄ちゃんと姉ちゃんは今いいとこなんだから」
馴染みのある声が聞こえたので見てみると、いつの間にかティアの後方にメル、アリア、ランドの三人がいた。二人はほっぺを膨らませて、こちらへと抗議をし、ランドは二人を諌めながら、こちらを茶化しているようだった。そんな子供達の行動に和哉はやれやれと可愛さ半分呆れ半分といったところだったが、ティアは今更恥ずかしくなったようであり、頬を赤く染めてランド達に反論していた。
《死んでしまうかと思った》
先程のティアのこの言葉に和哉は一瞬言葉を失ってしまった。自分が中途半端な力の使い方をしていたために、一番心配させたくなかった相手に、心配させてしまっていたことが不甲斐無かった。
(俺は強くならなくちゃいけない……もっと…もっと)
こちらをからかってきたランドを、顔を真っ赤にして追いかけているティアを見ながら、和哉は静かに拳を握り締め、明日への新たな誓いを立てた。
その後和哉達は明日カーサの町に帰るために、ラングベルへと連れてきてくれた御者に改めて馬車の依頼をしておいた。元々こちらへ来る以前からそういう依頼であったためそういうことをする必要は全くないのだが、礼儀を重んじる辺りが、和哉が元日本人なのだろうと感じさせていた。
一応の用事が済んだところで和哉達は本格的に町の中を歩き始めた。一日目と二日目もある程度祭りを楽しんだのだが、今日は出店も値下げなどのサービスを行い、周りの雰囲気も更に明るくなっていたため、新鮮な気持ちで回ることが出来た。
「お兄ちゃん、次はあれ食べたいなー」
「アリアはあっちがいい!」
「メルもアリアもまだ食べるのか?お腹壊したりするなよ?」
「「うん!」」
もう随分と食べ歩いた気がするのに、小さな身体の二人はまだ元気そうに次食べるものを決めていた。和哉としては明日にはまた馬車での旅になるため、無理して食べて体調を崩すと明日大変なことになると思っているのだが、幼い二人にはわかってはいても、理解は出来ていないようだった。まぁそこで許してしまうのが、和哉なのだが。
そんな和哉の様子に軽く頬を膨らませ、両手を腰につけてむくれているティアがいた。
「もう、カズヤさんはいつも子供達に甘いですよ。今日はお祭りだからいいですけどたまには厳しくしないと」
「ごめんごめん、次はちゃんとするように言うから」
「そうしてくださいね」
全くもうといった態度を見せながらも、その表情はすっかり以前のように晴れ晴れとしていた。今日あったことはすっかり吹っ切れたようだった。
「…これならもう安心だな」
「なにか言いましたか?」
「いいや、なんでもないよ」
「???」
和哉がボソッと呟いた言葉に、ティアが反応したがすぐに笑顔でなんでもないと答えた。ティアは不思議そうな顔を見せながら、和哉のほうを見つめていた。前方からは立ち止まっている二人に対して、じれったそうなメルの声が聞こえてくる。
「お兄ちゃん、お姉ちゃん早くー!」
「あぁわかったー!じゃあ行こう、ティア」
「はっ…はいっ!カズヤさん」
和哉はティアの手を引き歩き始める。ティアも突然の和哉の行動に頬を赤く染めながらも、嬉しそうに表情を緩めていた。二人はゆっくりと人ごみを掻き分け前に進んでいく。
このときの和哉の意図は、和哉本人にしかわからない。ただ人ごみの中をはぐれないように手を繋いだのか。それとも別の思惑があってそうしていたのか。しかしただ一つだけ、わかっていることがあった。
この男が彼女を大切にしているということだけは。
互いの思いは言葉へと昇華されることは無く、手に触れる温もりだけを残し、ただ夕闇へと消えていった。
その後も祭りを満喫したところで、子供達が睡魔のためか目をこすり始めたので、宿に帰る事にした。だが結局帰り道の途中でアリアとメルの二人が限界に来たようなので、和哉はアリアをかかえながら、メルをおぶるという離れ技をなしていた。ランドもティアも手伝うといっていたのだが、二人とも疲れているだろうからと言って、和哉が一人でこなしてしまっていたのだった。二人からすれば《今日二試合も闘って一番疲れてるのあんただろっ!》とつっこみたくなる気分だったのだが、そう言ってもきっと意味は無いだろうと悟り、それをなんとかおさえ込んでいた。
宿に着くと、各々の部屋に分かれて休むことにした。アリアとメルはティアと同じ部屋であり、ランドと和哉はそれぞれ別の部屋だった。そのため部屋の前でおやすみという言葉を交わした後に、部屋に入った和哉の視界に見えた来客者は和哉にしか見えなかった。その来客者は部屋に備え付けのテーブルの上に、食べ物を並べて座っていた。
「何でお前がここにいるんだ?」
「まぁ細かいことは気にすんなって、なっはっはっ」
和哉はいつの間にか自分の部屋に忍び込み、目の前で豪快に笑っているアルトに対して開いた口がふさがらなかった。一方アルトはそんな和哉の様子はお構いなしといった感じで、外に立ち並ぶ出店で買って来た肉をかじっていた。和哉は一度溜息をつくと、諦めも含んだ顔で話しかける。
「はぁ、まぁいいか。それで何の用なんだ?」
「別にそんなに大事な用はねーよ?ただこれでも飲みながらお前と話そうと思ってな」
アルトは背後から一本の瓶を取り出すと、和哉に見せた。和哉は取り出された瓶を興味深そうに見る。中の液体は透明な色をしているが、水とはまた違ったもののように見えた。
「これ何なんだ?」
「まぁ飲んでみりゃ分かるって、ほれコップ」
和哉も手近な椅子を取り、席に着くとアルトから謎の液体の入ったコップを受け取る。よく臭いを嗅いでみると、鼻がツーンとする感覚を覚える。そこでようやく和哉も脳内である程度の予測をつけた上で、コップの中身を一口含んだ。口の中にぴりぴりとした感覚が広がり、なんともいえない喉越しを示す。
「やっぱり酒かよ…」
「ビンゴ!大正解だぜ」
アルトはニシシッといたずらするような顔を見せ、和哉から瓶を受け取ると自分のコップにも酒を注ぎ始める。トクトクトクと音を立て、杯の中に酒が満たされていく。自分の満足する量を入れたところでその手が止め、和哉に杯を向ける。
「今夜はたっぷり飲もうぜ!」
「……お前何歳なんだ?」
「二十三だがそれがどうした?」
「いや、酒って何歳から飲めたっけなと思って…っていうかお前やっぱり俺より年上だったんだな」
「酒飲むのに年齢制限なんてもんはねーだろ?あと、んなこと言われても俺お前の歳知らねえから、はいそうですよ、なんて言えねえぞ?」
「あぁ悪い、そういえば言ってなかったな。俺十九なんだよ」
「へぇ、そうは見えねえな。まぁ正直そんなことはどうでもいいんだよ。いいから飲もうぜ」
この世界ではどうやら酒を飲むのに年齢制限はないらしい。(ただし情報元がかなり胡散臭いためまた後日調べる必要がありそうだが)和哉も道場や職場で勧められて少しだけ嗜むことはあったが、あまり酒は飲んだことは無かった。明日出発という点を考慮してもここで酒を飲んで二日酔いにでもなれば、不快な気持ちを抱えたまま馬車に乗るという事態になりかねないと、想像することは容易かった。
しかし、この時の和哉はそんな考えはさっさと捨ててしまった。目の前で杯をこちらへ傾けてくる男と色々なことを話してみたいと思った。
「わかったよ、飲むとするか」
「おぉ話が分かるじゃねえかカズヤ!」
「どうせ断ったって無理なんだろ?ほら乾杯」
アルトの反応に苦笑するような表情を見せながらも、内心ではそんなことは欠片も思っていなかった
和哉はこの世界で初めて友と思えるような存在に出会えたことに感謝しながら、ゆっくりと酒を口に運び始めた。
部屋に帰った後、メルとアリアをベッドの上に寝かせてティアも休み始めた。明かりは消し、窓から月明かりが差し込むだけである。
「…カズヤさん……」
ティアは無意識のうちに和哉の名前を呼ぶ。震える自分を抱きしめてくれた、優しい青年の名を。人の温もりを感じさせてくれた青年の名を。
失ってしまうことが恐かった。だがそんな気持ちごと優しく包み込んでくれた。
ティアは尚も呟く。
窓の外からは満月の光が優しく辺りを包み込んでいた。
ということで今回で闘神祭終了となりました。
次回からは少しだけ短い話が続きます。
あとこの十六話ですが作中に主人公が飲酒をしていた描写がありましたが、これはフィクションであるため未成年の飲酒を勧めるものではありません。この点をご了承くださいますようよろしくお願いいたします。