第14話:闘神祭二日目
祭りの中の騒がしい夜も明け、また朝がやってくる。
宿屋の裏手の庭では、男が一人静かに日々の鍛錬に勤しんでいる。
流れるような体捌きと拳の動きは、まるで踊っているかのように美しく、見ている者を見蕩れさせるほどの技である。
数分ほどして、その動きがピタッと止まる。そして深く腰を落とし、一瞬で気を練ると左足を踏み込み、右手で突きを行う。
そこで今朝の鍛錬は終了となった。少しだけ乱れた呼吸を整え、和哉は一息つく。
「ふぅ……よしっ、今日も頑張るとするか!」
闘神祭二日目、前日の一回戦を勝ち抜いた者が本日の二回戦へと駒を進めている。もちろんその内の一人である和哉も、今日のための準備は万端である。
一回戦は然程苦労することもなく、対人戦での自分の実力も少なからず測れたためある程度の自信は持っていたものの、明日の試合に進むためには油断することは出来ない。まずは確実に二回戦に勝利することが肝要だと考えていた。
だが、相変わらずそこまで緊張はしていなかった。
(まぁ、気張っても仕方がないしな。結局は自分の出来ることしか出来ないんだし)
「おはようございます、カズヤさん」
そう思いながら朝食までまだまだ時間があるので、部屋に戻ろうと考えていた和哉の前方にティアが現れた。まだまだ朝も早いのに、服は就寝用のものではなくきちんと着替えられていた。
「おはようティア。随分早いな?」
「それを言うならカズヤさんもですよ」
「そりゃ確かにそうだな」
笑って返事を返すティアに和哉も自然と笑顔になる。
「今日も鍛錬をしていらしたのですね」
「見てたのか?」
「はい、今日も試合があるんですから、もう少し寝てらしても良かったのでは?」
「習慣だからな、逆にこれをやらないと落ち着かなくてさ。けど気使ってくれてありがとうな」
ティアも普段は朝食の準備などがあるため、和哉と同じく早起きが基本なのだが、今回は宿屋に泊まっているためティアこそゆっくり寝ていてもいいと思ったが、それを言うのは何か違っているように感じた和哉は、素直にお礼を言っていた。ティアもそんな和哉に対して笑顔で頷いていた。
その後暫くして朝食を取り、今日の試合のために闘技場へと向かった。昨日の試合後、今日からのトーナメント戦の相手は明朝、つまり二日目の朝までに決定すると言われていたため、和哉は相手がどんな選手かは知らなかった。
「二回戦は第一試合か…」
闘技場入り口付近のトーナメント表を確認し呟く。二回戦は八試合行われるため、ちょうど真ん中辺りといったところだ。そして和哉はもう一人気になる相手の名前を探していた。
(アルト・ランバード……八試合目か)
気になる相手とは前日の一回戦で、和哉と一緒の組で勝ち上がった人物だった。その人物の双剣の技は、この世界で和哉が戦ってきた者達とは別格だった。一回戦の他の試合は見ることはなかったが、この人物なら決勝まで上がってくるかもしれないと思っていた。
自分の試合時間と目当ての選手であるアルトの試合が、大分離れていたことから和哉は、みんなにこの試合の観戦をしたいことを伝えた。みんなも嫌がることはなく、ランドは自分も剣術を学んでいることからかなり乗り気だった。そこで試合後に出店近辺で合流し、昼食を買って闘技場へ戻ることに決めその場で別れた。
一試合目の参加者であるため、和哉はすぐさま闘技場の控え室へと向かった。そこには第一試合の選手、つまり和哉たち以外に、第三試合の選手までが来ていた。二回戦からは一対一の試合となり、自然と試合時間が短くなるため、早めに来る事が義務付けられていた。
各々試合前の準備を行っており、和哉も近場の椅子に座って静かに準備を始める。間もなくして、二回戦第一試合の選手の名前が呼ばれた。和哉もゆっくりと立ち上がり、場内へと向かうために歩き始める。
するとそこにいかにも柄の悪そうな男が立ちはだかる。一緒に名前を呼ばれていたところを見ると、この選手が和哉の対戦相手なのであろうことが分かった。伸長は和哉よりも高く、二メートルほどであり武器は長槍を所持していた。槍の先端は尖っておらず、闘神祭用のものかもしれないと思った。ニヤニヤと笑う男に少しばかり気分が悪くなるも、関係ないと横を通り過ぎようとする。
しかし男は和哉の肩を掴んでくる。どうせこの試合で戦う相手なのでその手を振り払ってもよかったのだが、試合前に面倒ごとを起こしたくはないと、そのまま後方へと話しかけた。
「何か御用ですか?」
「兄ちゃん、ちょっと来る場所を間違えてんじゃねぇか?観客席なら上だぜ」
(あーあ、予想通りめんどくさい奴だ…)
一応年上に見えるため敬語で話しかけたものの、予想通りの反応が返ってきたため辟易してしまった。元の世界ではこんなに絡まれることはなかったのに、この世界に来てからこういうことが多すぎじゃないかと内心愚痴りつつも、現状そんなことは考えても仕方がないとすっぱりその考えを投げ捨てた。
「いえいえ、そんなことはないですよ。ちゃんと出場資格も持ってますし、一回戦も勝ちましたから」
背を向けたまま、常に携帯しているギルド証を見せ、自分が正当なランクにいることを証明する。がしかし、この男は手を離そうとしない。それどころか段々握る力が強くなってきている気がする。
「Cランクか、だったら尚更やめときな。俺はお前より上のランクのBだからな。怪我をする前に帰りな!」
ついに語調まで荒げ始め、おおっぴらに棄権するようにいってくる始末だ。そもそもBランクはギルドのランクでいえば中堅と言ったところで、そこまで自慢するようなランクではないのでは?と内心思っていた。周りの人間は、ライバルが減るからいいやと思っているのか、それとも面倒ごとに巻き込まれたくないのか聞かない振りをしていた。
(あー、握られている部分が地味に痛いな……こんだけやられたんだしもういいかな?)
我慢強い和哉であっても、理不尽な力の振るわれ方に関しては少しばかり苛立ちを覚えた。このままずっと立ち往生するわけにもいかないので、身体を後方にいる人物へ向き直るように回転し、それと同時に肩にかけてあった手を右手で払った。しーんと静まり返る控え室にバシッと言う音を響かせながら、笑顔で男へと語りかける。
「まぁそう言わずに闘ってみませんか?それでどんな怪我しても俺の自己責任となりますから」
相手の男は何か言いたそうだったが、返事は聞かずにさっさと場内へと向かった。光が差す通路の出口へと向かい、ゆっくりとリングに上がる。少しだけ遅れて男もリングへと上がり、和哉の正面へと立つ。
一回戦のときと同様に、楽器が鳴り始める。喧騒が収まり、辺りには楽器の音だけが響き渡る。ただ一回戦と異なっていたのは、楽器が鳴り止んだ後に、簡単な選手の紹介がはさまれたことだった。
「カーサの町出身、ギルドランクC、カズヤ・ヒイラギ!」
名前を呼ばれると今まで静まり返っていた観客席から、ワァァァァァ!という歓声が巻き起こる。この世界でのこういった場面での仕来りはよくわからなかったが、とりあえず礼をしておいた。その後観客席に目を配ると、和哉の正面に見える席の上段にティア達がいた。自分でもよく見つけられたものだと思ったが、少しだけ手を振っておくことにした。
そして相手選手の紹介もはさまれると、また辺りは静かになる。
「それでは闘神祭二回戦第一試合を開始する!かまえっ!!」
拳にゆっくりと力を込め、一瞬の静寂の中、集中して相手を見据える。
「はじめっ!!!」
「うおおぉぉぉぉぉ!!」
男は試合開始と同時に和哉へと槍を伸ばしていた。二メートルの長身から繰り出される長槍は、かなりのリーチの長さを誇っており、槍の先端は和哉の腹部を目掛けて進んでいく。
(ふん…あっけないもんだな。調子に乗るからこうなるんだよ、餓鬼が)
回避する様子が見えない和哉の様子から男は早くも勝利を確信していた。一回戦でもこの突きをまともに食らって立てたものはおらず、男もこの突きでBランクまで上がってきていたため、かなり自信があったからだ。
「終わりだぁぁぁ!!」
眼前の和哉に対し、大声で叫びながら槍を更に突き出す。
しかし一瞬和哉の姿が揺らいだと思った瞬間には、和哉は男の側方に立っていた。
「馬鹿な!あの位置から避けられるわけがないっ!」
男が和哉に向かって叫んでいた。
(試合中にそんなことで動揺するなよ…まさかアレで終わりだと思ってたのかこいつ?)
なにやら慌てている男に対し、和哉は内心で溜息をつく。男の突きは確かに鋭かったが、とてもかわせない程のものではなかった。突きは直線の攻撃なのだから、その軌道さえ分かってしまえば回避は容易かった。
ちなみに直前まで回避行動に移らなかったのは、相手に動揺を与えられれば御の字だと思った故の行動だったわけだが、ここまでダメージを与えられると思ってなかった和哉は、逆に驚いていた。
(まっ、想像以上の出来だったからいいか)
そう考えると今度は、こちらが攻めに転じるために男のほうへと向かっていく。男も和哉が近づいてきているのを見て、再度槍を構える。両手に持った槍を向かってくる和哉へと横に薙いだ。ブゥンと胴の高さで大きく振るわれた槍だが、和哉はそれを受けることなく飛び上がってかわすと、男に向かって飛び蹴りを食らわせる。
相手に食らわせた反動で再度空中へと飛び上がり、そのまま後方宙返りをしながら、地面に着地し距離をとる。相手の男は鎧を着ていたため、一撃で倒すことはなかったが、それでもかなりのダメージを与えていた。
そこから男の戦いは防戦一方となってしまった。和哉に向かって何度も突きを放つが、右に避けられ左に避けられとすばやい動きに翻弄され、一度も攻撃を食らわせることが出来ない。それに対して和哉は、相手に有効なダメージを与え続け、防御の弱い足元から削っていき機動力を奪っていった。
男にとっては最初馬鹿にしていた相手にここまで手玉に取られてしまい、後半は逆上してもう適当に棒を振っているといってもよいほどだった。
最初は見ず知らずの男のプライドのためにも、降参するまで待っていようかと考えていた和哉だったが、これでは逆に男のためにならないと我武者羅に槍を振り回す男の背後に回り、飛び上がって延髄斬りを叩き込み勝利した。
今日も強化魔法は使っていないのだが、それでも和哉の動きは早かった。一回戦は多人数での戦いだったため、その動きが観客に然程目立っていなかったが、今回は一対一のためかなり周囲の注目を集めており、試合終了後には和哉の名前を呼ぶとてつもない歓声が巻き起こっていた。
観客に向かって一度礼をすると和哉はリングを後にし、ティア達との合流場所へと向かった。
闘技場外には出店が立ち並んでおり、その近辺を一人の男が意気揚々と歩いていた。男の身長は百八十センチほどで腰に二本の剣を携えており、白銀の髪と瞳そして亜人特有の尖った耳は、周りの注目を少なからず集めている。
(カズヤって奴やるなぁ!一回戦の時も凄いとは感じてたけどまさかあれほどなんてな。あいつと闘えるといいんだけどな!)
そんな視線も気にせずその男アルトは、先程の和哉の試合に対してかなりの好感を持ち、純粋に勝負をしたいという感情を抱いていた。
(でもあいつって俺と別ブロックなんだよなぁ……闘えるのは決勝か…)
和哉とアルトはちょうどトーナメント表の真反対に位置しており、順調に勝ち進んでもぶつかるのは決勝となっていた。早く闘いたいのにとぶつぶつ言いながらも、
(まぁ一番最後に闘えるのがあいつなら、モチベーションも上がるってもんだよな!)
と内心ではやる気が見え始めていた。
「お兄ちゃん、かっこよかったねー!」
「かっこよかったね!」
「うん、そうだね。カズヤさんはとっても強いからね」
「俺も早く兄ちゃんみたいになりたいな」
暫く歩いていると、前方から件のカズヤに関する話が聞こえてきた。カズヤという名前に反応し、声がする方をよく見てみると小さな女の子二人と男の子一人を連れた金髪の少女がいた。子供達と笑顔で楽しそうに話している姿はとても幸せそうだった。
(おっ、綺麗な女の子!これはお近づきにならなければ!)
そう頭の中で呟きランドは、そそくさと金髪の少女に近づいていこうとする。さっきまでカズヤと闘うことを考えていたにもかかわらず、現金なものである。
実はアルトは結構ナンパな男だった。と言っても女性をとっかえひっかえしているわけではない。女性は好きだが、女性を傷つけることは出来ないという性格なためいつも女性からの評価は、ただの面白い男性で終わっているのである。それでも諦めないのだから、ポジティブな男ではあるのだろう。今回もそうなるかもと内心では感じていながら、進んでいっていた。
「そこの綺麗な姉ちゃん、俺等と一緒に遊ばねぇか?」
すると後もう少しというところで、二人の男に先をこされてしまった。
(ちくしょう、あとちょっとだったのになぁ…)
先を越されてしまい、ガクッと肩を落とす。しょぼーんとしながら帰ろうとすると、少女が断っているにも関わらず、しつこい二人の男の姿が見えた。二人の女の子は少女の後ろに回って背中にしがみつき、男の子は少女と男達の間に入って何とかしようとしている。しかし、如何せん分が悪いようだ。
(これはいけないな、よしっ助けよう!)
そう考えるとアルトは急いで少女に近づき後ろから肩に手を置く。
「悪い、待たせたな。ちょっと手間取ってて」
「えっ?」
少女はアルトを見ると、見たことない人にいきなり話しかけられて驚いているようだった。周りの子供達も見知らぬ男の登場にポカーンとしていた。すかさず、アルトは少女の耳に口を近づけると、小さな声でささやいた。
「話を合わせてくれ」
見知らぬ男からの提案に少女は一瞬逡巡するような素振りを見せたが、すぐに状況を把握しその誘いに乗ることにした。
「いいですよ、私達も楽しんでみてましたから。ねっみんな?」
「「「う…うん」」」
「そっか、それじゃあ用も済んだし俺も混ざることにするな。ってなわけでごめんねお兄さん達」
そう二人の男に言って、アルトは少女達とその場を離れた。少女達がその場で上手く話を合わせてくれたことで、男達も追ってくることはなく、何とかまくことが出来た。
「あの、ありがとうございました。私一人じゃ断れなかったのですごく助かりました」
「気にすんな、困ってるときはお互い様ってやつだ」
少女も少し落ち着いたようで、アルトへとお礼を言ってきた。アルトも少女のお礼の言葉に歯を見せて笑いながら答える。
(これはいい感じかもしれねぇな。このまま昼飯を一緒に食べたりとかできるかも)
和やかなムードになったところで、私情をたっぷりと含んだ妄想を膨らませていると、少女の視線が自分の後方へと向けられていることに気付く。気になって後方へと目を向けると、アルトは先程試合で見た男がきょろきょろと何かを探しながら近づいてくるのが見えた。
「おっあいつは…」
「カズヤさーん!」
少女達は手を振り、こちらの場所を伝えていた。和哉も手を振っているのが見えたようであり、ゆっくりとこちらへと近づいてくる。そしていつもの面子にはいない男が混ざっていることに対して、軽く驚いているようだった。
「なんでこんなところに貴方が?」
そして開口一番アルトへと一番の疑問を投げかけた。
「貴方だなんてやめてくれよ気持ち悪い!アルトでいいよ、俺もカズヤって呼ばせてもらうから」
「………そうか、わかった。じゃあなんでアルトがティア達と一緒にいるんだ?」
「そりゃあ綺麗な嬢ちゃんが困ってたからだよ」
「は?」
お互いに顔を見たことはあるものの面と向かって話すことは初めてである。そのはずなのにフランクな対応を見せるアルトに、少しだけ動揺したが和哉も敬語は使わずに話すことに決めた。そして再度投げかけた疑問の答えにポカーンとしてしまった。その様子を見てか、自身も綺麗なお嬢さんと言われて顔を赤くしているにも関わらず、ティアが助け舟を出した。
「あっあのですね、カズヤさん。こちらの方に先程助けていただいたんですよ」
「そうなのか?」
「まーな!困っている女の子がいたら助けなきゃ男として失格じゃねーか!」
拳を握り締め熱く語る目の前の男に、こういうタイプの男は久しぶりだなと笑い出しそうになる。しかし、自分の大切な人たちを助けてくれた者に対して、礼を失してはいけないと踏みとどまり、アルトに向き直ると軽く礼をした。
「ティア達を助けてくれてありがとう。みんな俺にとって大切なんだ。もしものことがなくてよかったよ」
「そこまで言われることをした覚えはねーよ。ただナンパしに来た男の前でちょっと嘘ついて逃げてきただけだ」
カズヤの礼に対し、アルトは手を顔の前でひらひらと振る。この世界で和哉が会った男は、ほとんどが悪意を持っており、敵意が芽生える者達が多かったのだが、アルトはそうではなかった。和哉はそんな男に出会えたことが少しばかり嬉しくなっていた。
「それでも助けてくれたことには変わりない。これから昼食買ってアルトの試合を見ようと思っていたんだが、昼食でも奢らせてくれ」
「いらねーよ別に。ただ礼代わりと言っちゃあなんだが絶対に俺と闘うまで負けるなよ!俺はお前と闘えればいいんだ」
アルトは和哉の正面に立ち、和哉の目をじっと見据える。その目には闘志の炎が宿り、アルトの熱意が伝わってくるようだった。和哉も元々闘ってみたいと思っていた相手だったため、その挑戦するような眼差しを受け止める。
「わかった、必ず決勝まで残ってみせる。俺にこう言わせるんだから、お前も負けるなよ」
「当たり前だ、お前とやるまでは絶対に負けん!じゃあな!」
アルトは尖った犬歯をむき出しにしてニカッと笑うと、和哉達の前から去っていった。
「アルトさん、とてもいい方でしたね」
「あぁ、だがだからと言ってあいつには負けれないな」
ティアの言葉に返事をしながら、和哉も立ち去って行った一人の男へと静かに闘志を燃やしていた。
今回も少しだけ長めです。
三回戦は間延びしないようにカットの方向で行きます。
次回はついに闘神祭のクライマックスです。