第12話:祭り前日
ゴトゴトと街道を馬車がゆっくりと進んでいく。
穏やかな風が吹き、馬車から出した肌へ触れる。
「のどかだなぁ」
街道には道以外に何もなく、辺りに広がる緑の風景は見ている者の心を安らげていくようだ。
馬車に揺られながら、和哉はのんびりと外を眺めていた。
目的地へ着くまであと数時間というところまで来ても尚、和哉にとっては飽きることはない風景だった。
現在和哉を含めた孤児院の一行は、国境の町またの名を闘技場の町ラングベルへと向かっていた。
事の発端は和哉が、チンピラ共を退けた数日前へとさかのぼる。
件のチンピラとひと悶着会った後に、すぐさま孤児院へと戻った和哉は外で鍛錬をしていたランドへと話しかけた。ちなみにランドへ話しかけた理由としては、孤児院の子供達の中で唯一自分の身を守れる実力を持っているため、何かが起こってもある程度のことなら対処できるということがある。
和哉はランドへ今日起こった出来事を簡潔に述べると、自分の考えていた事について語った。
「今回起こったことは、俺があまり強そうに見えなかったって事が原因だと思ってる」
「どういうこと?」
「まず前回俺が討伐した魔物はこの世界じゃかなり上位の魔物で、とても一人じゃ倒せないらしい。それを見た目普通な俺が一人で倒してしまった。ここまでは分かるよな?」
「うん、わかるよ」
「つまりこの世界の住人からすれば、そんなことはありえないって考えに至るわけだよ。実際ギルドの受付の人もかなり驚いていたしな。多分あの記録の魔法がついたギルド証がなければ、完璧に門前払いの案件だよ」
「うん」
「そこであの魔物を倒したのがもっと分かりやすく、体格がごつくて顔も厳つい人だったら、あんな奴等に絡まれることはなかったと俺は思うんだ。だからある程度顔が知れたほうがいいと思うんだよな。そうすれば危ないことをしてくるやつもいなくなると思うんだが……やっぱり地道にギルドに通ってランク上げたほうがいいか?」
和哉なりの考えを述べるとランドは腕を組みしばらく唸った後に、はっと何かを思い出したような顔をした。
「いい考えがあるよ、兄ちゃん!」
「本当か?」
突然声のボリュームが上がったランドに若干驚きながらも、和哉は自信満々な表情を見せるランドを見て少しばかり期待が持てた。
「うん!闘神祭に出ればいいんだよ!」
「闘神祭?」
ランドの口から出た言葉に聞き覚えがあった和哉は、いつかティアに聞いた話を思い出した。
闘神祭とは火の月の一日から三日間行われる、武力を競う祭りであり闘技場の町ラングベルへと、多くの腕に自信がある者達が参加するお祭りである。ラングベルは国境付近の町であるため、他国から参加する者もおり、いうなれば世界大会といった感じの行事なのだ。また参加資格はギルドのランクがDランク以上のものであるため、剣士や槍術士のような者もいれば、魔術師がいたりと様々である。そして優勝者には賞金とその他にもギルドでの様々な特権が与えられたりする。
「つまりこの大会で優勝すれば、有名になれてそう簡単には襲われなくなると思うんだ!兄ちゃんの実力なら優勝間違いないだろうし」
「優勝出来るかどうかはわからないけど、確かにそれはよさそうだな」
歯を見せて笑うランドへ、優勝の部分を軽く濁らせながら返事をする。
(それだけ有名になれば、むやみやたらと襲ってくる奴はいなくなるかもな…ただ今度は別な奴に目を付けられるような気がしないでもないが……仕方がないか…まぁ優勝しなくてもそれなりには顔が知れるだろうから、そっちを目指すことにするかな)
闘神祭の参加によるデメリットも少しだけ考慮してみたが、やはり目の前の問題を片付けないことにはどうにもならないと考えた和哉は、目立ちつつも目立たないようにしようと考え思考をとめた。
「ありがとう、ランド。そうすることにするな」
「どういたしまして、兄ちゃん頑張ってね!」
答えてくれたランドの頭の上に手を置くと、ランドが目を輝かせながら和哉を見ていた。そんな姿に苦笑しながらも、これは頑張らないといけなくなるかもなと心の中で呟いた。
その後夕食のカレーを食べ終えると、和哉は台所へ残っていたティアに話しかけた。他の子供たちはランドに上手く言って、先に自分の部屋と戻ってもらった。
「ティア、ちょっと話があるんだけど」
「ちょっと待ってくださいね、すぐそちらへ行きますから」
「あっ悪い、待ってるな」
そう言って残っていたものを片付けるとティアがテーブルへと向かってくる。夕食の後のため、いつもは伸びている髪が綺麗にゴムでまとめてあり、ポニーテールのような髪型だった。それを解きながらテーブルへと着くと和哉へと目を向けた。
「それでお話ってなんですか?」
「あぁ、実は闘神祭に出てみようと思うんだ」
「闘神祭ですか?なんでいきなりそんなことを?」
「俺向こうの世界では武道を嗜んでたからさ、自分の実力がどれくらいなのか試してみたいんだ。闘神祭は一年に一度の武力を競うお祭りだろう?しかも他の国からも参加者がいるんだから腕試しにはちょうどいいと思ってね」
(まぁ実際にはそんなことはあんまり興味ないけどね)
本音を頭の中で呟きながら、あらかじめ考えておいた建前をティアに話した。こう言っておけば、今日起きたことを言う必要もなく、余計な心配をさせずにすむと考えていた。
「そうですか。確かにカズヤさんの腕前でしたら、そう仰るのも無理ないかもしれませんね。先生も《武を志す者は強者を探す性にある》と仰っていましたし」
笑顔でそう返してくれたティアに対して、和哉はひとまずの目標は達成できそうだなとほっとした。ただ続いて聞こえてきたティアの言葉にドキッとした。
「でも先生は《強者と闘うことに執着し、自分の力量を誤るなかれ》とも仰っていましたので、くれぐれも気をつけてくださいね。闘神祭は殺人は失格となって国で処刑されることになりますが、それ以外の負傷はなんでもありと聞いていますから。カズヤさんの力は凄いですが、そんな危ない人と当たりそうになったらすぐに棄権してください…」
ティアは先程とは打って変わった心配そうな顔を浮かべて、和哉を見つめていた。静寂が包み込むこの部屋へと響いたティアの声は、和哉にしっかりと届いた。和哉はその言葉を噛み締めるかのように目を閉じる。身を案じてくれる人がいるという安堵感と充足感があった。
「あぁ、ティアの心配しているようなことにはならないようにするから安心してくれ」
目を開けティアに優しく微笑みかける。ティアもそんな和哉に対して、不安そうな顔からまた笑顔を見せてくれた。
静かな夜、静かな部屋に暖かな温もりが満ちているのを感じていた。
「それではもう暫くしたらカズヤさんは出発なさるんですか?」
ある程度落ち着いたところで、ティアが再度切り出した。和哉はティアの言葉に不思議そうな顔をしながら答えた。
「あぁそのつもりだけど、カズヤさんはってどういうこと?俺は、みんなにも一緒に来て欲しいんだけど?」
「えっ?」
和哉が何の気なしに発した言葉に、ティアはポカーンとした顔をした。まるでそんなことを言われるとは思ってなかったという表情なのだが、ティアからすればまさにその通りだったのだ。
「この前の依頼で沢山お金貰ったしさ、ティアやメルやアリアそしてランドと一緒に旅行気分で行きたいなって思ってね。毎日美味しいもの食べさせてもらってるしな」
ニコッと歳の割りに無邪気な顔で笑う和哉に、ティアは不意打ちされて真っ赤になってしまった。
(い、いきなりそんな顔されたら困っちゃいますよ…)
心の中で悪態をつくも、ティアはその表情を見せられたことに嬉しくなってしまっていた。一方返事がなく、いきなり俯いてしまったティアの姿を見て、和哉は何かまずいことを言ったかと若干焦っていた。
だがずっとこのままの状態でいるわけにはいかないと、意を決してティアへ話しかけた。
「どうだティア?俺と一緒にラングベルへ行ってくれるか?」
「ふぇっ!はっはい!!一緒に行きます!」
ティアは一緒に行くと言ってくれたが、上ずったような返事の仕方と妙な言葉を発したことで、和哉は面白くなって声を上げて笑ってしまった。その様子を見て、うつむいた状態から上目遣いをしながら、笑わないでくださいよ!と抗議をしていたティアだったが、結局つられて笑ってしまった。
その翌日、メルやアリア、ランドの三人にもラングベルへ行くことを伝えた。お祭りのために旅行にいけると知ったアリアやメルは大喜びして、暫くの間はずっと走り回っていた。
そして闘神祭の前々日に馬車をギルドの傍にある厩舎で借り、五人を乗せた馬車はカーサの町を発ったのである。
カーサの町からラングベルまでは凡そ一日と少しあれば到着するため、途中街道にある中継地で一夜を過ごし、現在に至る。
五人乗れる広い馬車を借りたため、和哉の横にはランドが座り、前にはティアとその両サイドにアリア、メルがいた。ランド、メル、アリアは長旅で疲れたのかよく眠っていた。ティアは左手でアリアを、右手でメルを抱き寄せていた。
「旦那、見えてきましたぜ。あれが闘技場の町ラングベルでさぁ」
馬を操る御者からの声を聞き、前方へと目を向けると町が見えてきた。町の入り口には似たような馬車が並んでおり、闘神祭の参加者もしくは観客といったところだろうと思った。
「あそこが、ラングベルか。やっぱり祭りだけあって随分賑わっているな」
町まであと数百メートルといったところだが、すでにこちらへと音が聞こえてくるほどの賑わいだった。
「そりゃあそうですぜ旦那。明日からの三日間で、この大陸の最強の者が決定するんですから。旦那も奥さんのために頑張ってくださいね」
「!?」
「奥さんっ!?」
御者からの不意の一言にティアと和哉の二人は固まってしまった。御者には和哉が、闘神祭へ出場するとしか伝えてなかったため、誤解したようだった。真っ赤になったティアの代わりに、あたふたしながらも事情を伝えた和哉に対して、御者は
「あっそうだったんですか。こいつは失礼しました。随分仲がいいようですのでてっきり」
と言って豪快に笑っていた。
(この人、絶対わざと言ったな…)
からかわれたことに悔しさを覚えつつも、なんとかお互いに表面上だけは立ち直った振りをする。
「こ、こほん。カズヤさん、頑張ってくださいね!」
「あ、あぁ精一杯頑張らせてもらうよ」
精一杯平静を装った二人だったが、隠しきれずに声が上ずっている。
粋な御者の振る舞いにより、祭り開始前からどうにも調子を崩された和哉達だった。
少し投稿ペースが遅れました。
次は明後日までには投稿できると思います。