第11話:不安
この国で食糧を得るためには、自分自身で畑を耕して作物を収穫したり、川や海に行って魚を釣ったり、山で食べることの出来る山菜などを採取することなど多々あるが、それは一部の人間に限ることであり、世間一般としては商店で購入するというのが基本である。
この国では硬貨で品物を購入することが出来、通貨単位としては小さいものから銅貨、銀貨、金貨、白金貨と四つに分けられる。そして銅貨は百枚で銀貨一枚となり、銀貨百枚で金貨一枚、金貨百枚で白金貨一枚となっている。ちなみに町では普通の宿(食事付き)に止まるために必要な銅貨が三十枚ほどで、食糧は銅貨が十五枚ほどあれば一日分にはなるため、銅貨や銀貨が使用されており、金貨や白金貨のような高価なものは然程市井には出回らないようになっている。と和哉はティアに聞いていた。
そのため
「…これが本当に今回の報酬なんですか?」
「はい、そのとおりです」
「多すぎじゃありませんか?」
「AAランクともなればこれで普通くらいですよ」
目の前のカウンターに置かれた金貨と銀貨の枚数に、和哉は目を白黒させていた。
「本当に頂いてもいいんですよね?」
「はい、もちろんです。金貨五十枚と銀貨五十枚が今回のベオウルフ討伐の報酬となります」
営業スマイルを見せながら、受付スタッフは淡々と話す。
和哉はギルドへ、先日の討伐の報酬を受け取りに来ていた。ベオウルフという魔物と戦ってから既に七日ほど経っており、命のやり取りによって僅かながら磨り減った神経も、すっかり元通りになり元気に孤児院での生活を送っていた。(磨り減ったとは言っても実際には孤児院に戻った時にほとんど回復していたのだが)
和哉もあれから七日経ったので、そろそろ報酬も届いた頃だろうと思い、ある用事のついでにギルドへ来てみたのだが案の定届いており、どれくらいの報酬がもらえるのだろうと思っていたところに出てきたのが、先程会話の中に出てきた金額で、面食らっていたところなのだ。
「にしても、この量には流石に驚くなぁ」
若干顔をひくつかせながら和哉は呟いた。前回もらったゴブリンとプチウルフの報酬が銀貨二枚と銅貨五十枚であり、その時にも一応は聞いて驚いていた。だが前回来た時には討伐後の精神的疲労があったということや、実際に目の前に置かれると違うということがあり、前回以上に驚くことになったのだ。
「お兄ちゃん、多いねー!」
「たくさんだねー!」
気がつくとカウンターにくっついて、積まれている金貨をじっと見つめているメルとアリアがいた。
「そうだな。俺も驚いたよ」
苦笑しながら、和哉は二人の頭の上へと手を置いた。実は今日はメルとアリアと和哉の三人で町の商店街へと来ていた。本来の目的は夕飯のための食糧の買出しなのである。
ギルドに子供を連れて行くのはよくないとランドは言っていたし、和哉としてもあまり連れて行きたくはなかったのだが、二人がどうしても着いて行くと言って聞かず、今回は報酬を受け取るだけだから大丈夫なのではというティアの言葉もあって、連れて行くことにした。
実際もう報酬は目の前に置いてあり、後はそれを持って帰るだけなので、それほど心配することはなかったのかもしれないとその時和哉は思っていた。
「よっし、さっさと袋に入れて夕飯の買出しに行こう」
「「はーい!」」
報酬と一緒にカウンターの上へと置いてあった袋へと金貨と銀貨を詰め始める。二人もせっせと手伝いあっという間に袋へ詰めると、和哉はずっしりと重量感が増した袋を抱えた。
「それじゃあまた依頼受けに来ますから」
「かしこまりました。お待ちしていますね」
「あと、今度はあんな危ない奴がいるところは無しにしてくださいね。危ないことはするなって怒られてしまいますので」
和哉はそう言って軽く笑うと二人を連れて階段を下り、ギルドを後にした。
(あんな人がベオウルフを狩るなんてとてもじゃないけど思えないですね)
ギルドのカウンターでは先程の和哉の姿を思い出していた受付スタッフが、一人考え事をしていた。和哉の姿はとてもじゃないが、AAランクの魔物を狩れる様なものではなく、更に和哉はその討伐を行ってきたあの日、返り血こそ浴びてはいたものの、身体には死ぬような大怪我を追った跡すら見受けられなかった。
(どのようなカラクリなんでしょうか?相手にすれば死ぬことすら珍しくない相手に、たった一人で勝つだなんて。それに……)
(あの森に、ベオウルフなんて凶暴な魔物がいるはずはないんですが…)
それは和哉の知らない場所で、何かが起きていることを確かに現していた。
「んっ?」
和哉はギルドを出てすぐに、後方へと向いた。しかしそこには何もなかった。
「お兄ちゃん、どうしたの?」
「いや、なんでもないよ」
不思議そうにこちらを見てくるメルへと笑いかけた。
(気のせいならいいんだが……)
僅かな違和感を感じながらも、和哉はすぐにその考えを取っ払い、前を向いた。
「よしっ買い物行くとするか!」
「「おー!」」
元気に声をかけると、これまた元気に反応が返ってきたため和哉は嬉しくなった。
こちらの世界の食糧は実は元いた世界のものと大して変わらなかった。人参もあれば、ジャガイモ、玉葱、ピーマンなどもあり、和哉が一番嬉しかったのはお米もあったことだった。
日本人の和哉としては、お米はやはりはずせない食糧であり、そのお米があるとなれば異世界でも生きていけると確信していた。ちなみにお米が一番取れるのがクラストライン聖皇国であり、それを聞いた和哉は、飛ばされたのがこの国で本当によかったと思っていた。
「今日の晩御飯は何だったかな?」
「えーと、お姉ちゃんがカレーにしようかなって言ってたよ?」
「カレー!」
「そう、大正解。よく覚えてたな!」
「えへへー」
二人とも褒められて照れくさそうにしており、和哉はそんな様子を微笑ましく見ていた。
今日和哉の用事に二人が着いて来たのはあくまでついでであり、本当は晩御飯の買い物に行きたいという理由からだった。今まではティアが一人で行くか、たまにランドが行くかという感じで、二人はまだ買い物に行ったことがなかったのだ。もちろん夕飯の買い物以外の、例えば服を買いに行くなどの用事の場合には二人も着いていっていたのだが、やはり家族のために何かしたいという気持ちが強いのだろうか、それはそれ、これはこれといった風で一歩も譲らなかったのだ。
そのため和哉が用事で町へ出ると聞いた瞬間に、二人はティアにお願いに行くという行動に出たのである。二人の熱意が通じたのか、ティアはそれを許して和哉に連れて行ってもらえないかと頼み、それがギルドへ一緒に行くという結果につながったのである。
「じゃあカレーの材料を買いに行くか。最初はどこへ行く?」
「えっと、八百屋さん」
「オッケーそんじゃあ、しゅっぱーつ!」
「しゅっぱーつ!」
三人仲良く並んで買い物へ行く。時刻は夕方までもう少しといったところだが、影がうっすらと三人の後ろを伸びていた。
その後初めてだったため、ある程度時間はかかったものの、無事買い物を終えることが出来三人は帰途についていた。三人の手にはそれぞれ袋を掴んでおり、アリアもメルも小さい身体ながら、買ってきた野菜などを持っていた。和哉が全部持とうとすると、二人は嫌がって自分で持つと聞かなかったため、袋の中身を少しだけ減らして持たせていた。
(そういえば、昔もこんなことあったよな)
妹の香澄と買い物に行ったときも、こんなやり取りになっていたことを思い出し、くっと笑ってしまった。
「おにいちゃん、どうしたの?」
「何か面白いものあった?」
二人して頭上に?マークが見えるような顔でこちらを向いてきた。そんな二人の顔を見て、また笑い出してしまいそうになる和哉であったが、それを何とかこらえた。
「いや、なんでもないよ」
少しだけしゃがんで、二人に目線を合わせると頬を緩める。もう夕日が差す時間帯であり、しゃがんだ和哉の影は小さな二人の影に並ぶ高さになっていた。
「あっ…そういえば」
そこで和哉はふと何かを思い出したような表情を見せる。
「どうしたの?」
「悪い、二人とも…ちょっと個人的に買い忘れたものがあってな」
「わすれもの?」
「あぁ、ここからなら二人でも家に帰れるよな?」
もう孤児院まで後三百メートルほどといったところであり、迷うような道でもないので和哉は二人に申し訳なさそうに話した。
「うん、大丈夫だよ!」
「アリアもだいじょうぶ!」
「よしっ!ごめんな、すぐ戻るから先に家に帰っててくれよ」
「「わかった!」」
元気よく返事をする二人を見て、一言告げると二人は手を繋いで孤児院への道を歩き始めた。和哉はゆっくりゆっくり進んでいく、二人の姿を笑顔で見守っていた。そして二人が道を曲がった瞬間に、いきなり表情を変える。
「そこにいるんだろ」
静かに、だが相手に刺さるような声で呟いた。すると路地から数人の男が出てきた。それぞれ何かしらの武器で武装をしており、お世辞にも柄のいい連中とは言えなかった。
「何時から気づいていた」
その中で先頭に立っていた男が、和哉に向かって話しかけてきた。周囲の態度から連中のリーダー格なのだろうと和哉は察していた。
「ギルドを出た瞬間からかな?気のせいならよかったんだが、あいにくそんな見つけてくれって言ってるような気配の消し方じゃあ、正直知らない振りしてるのも辛かったな」
「てめぇ!!」
「よしやがれ」
こちらへと向かってきそうだった男を、リーダー格の男が片手で遮る。なおも不満そうにしていたが、リーダー直々の命令であれば、仕方ないといわんばかりに引き下がった。
「なるほどな、最初からばれてるんならこっちが何を言おうとしてるのかもわかるよな?」
「俺がもらった報酬を渡せってこと?」
「流石だな。よくわかってるじゃねぇか。どうせその金は上手い具合ギルドを誤魔化してもらった金だろう。だったら俺たちが貰ったっていいよなぁ」
「……断るって言ったら」
「そりゃあ、痛い目にあってもらうしかねえよな。お前と、例えばお前と一緒にいたあの小さなお嬢さんにもな」
リーダー格の男は不敵な笑みを浮かべながら、和哉にゆっくりと近づいてくる。和哉はいざというときのために、帯刀しているのだがまだ武器に手はかけない。
リーダーの言葉を最後に俯いてしまった和哉に、尚も近づいていきついに和哉の肩へと触れた。
「さぁ、どうするんだ?」
「………は…………ろ…な」
「ん?」
「か……はで……ん…ろうな」
「なんだって?もっとでかい声で言ってみろよ!」
和哉の態度に完全に腰が引けたのだと思ったその男は、語調を荒げて言った。
「覚悟は出来ているんだろうなと言っている!!」
「は?」
その瞬間、その男の体は宙を舞った。
一瞬にして一本背負いで投げ飛ばされた。周りの男達には確かに正面で向き合っていたはずの和哉が、いつの間にか背中を向けて立っていたことと、それと同時にリーダー格の男が吹っ飛んでいたということしか分からなかった。
尚も戸惑う男達はこちらに背を向けている男に手が出せないでいた。和哉はそいつらへと向き直ると、一瞬にして距離を詰め一人の男の首元へと刀の先を立てる。
「俺に手を出すのはいいよ。いつでも相手してやるから。だけどな…あの子達に手を出すというのなら死ぬ覚悟くらいはしておくんだな!!」
殺気を放つその声とプレッシャーに男達の顔は真っ青になる。
見えなかった。抜いてなかった武器がいつの間にか抜かれている。あれだけの動きが何一つ見えないという事実が男達を、引き上げさせた。
「ふぅ……やれやれだなぁ」
投げ飛ばした男も含めて、あっという間に姿を消したチンピラ共を見ながら、和哉は溜息をついた。
「どうにかできないかな?いちいち依頼こなすたびにあんな奴らが来るのは面倒だし」
「それになにより……孤児院のみんなが狙われるのは許せん」
自分のせいで今回標的にされかけた孤児院の子供達のことを考えると、早急に対処しなければならない問題であった。自分ならあの程度の相手造作もないことであったが、子供たちはどうやってもかなわないだろう。四六時中着いていてやるという手もないこともないが、現実的に考えてそんなことはできない。
(後でこっそりランドにでも相談するかな。ティアに言ったら心配されるだろうし)
不安の種を抱えつつ、和哉はそそくさと帰途へと着くのだった。
次回から数話にかけてあるイベントの話となります。