第8話:ギルド
今回も若干説明多いです
この世界は一年が、三十日を一つの月とする八つの月で区切られている。一年は光の月から始まり、風の月、雷の月、水の月、火の月、土の月、氷の月、そして闇の月だ。またこちらの世界にも四季は存在しており、元の世界の季節と照らし合わせると、風が春、火が夏、土が秋、氷が冬といったところである。
八つの月の中でも光と闇の月は特別であり、闇の月の最後の七日間は一日を通して日の光が差すことはなく、光の月の最初の七日間は一日中明るいままなのである。光の月の初日は年明けを祝う日であり、国中で盛大なイベントが執り行われることになる。
その他にも火の月の闘神祭、土の月の感謝祭など様々なお祭りがあり、多くの町を賑わせる。
和哉がこの世界に飛ばされたのは、雷の月の二十八日であり、今は既に水の月に入っている。この時期は、日本の梅雨のように降水量が増加する季節なのだが、
「おー、やっと晴れたな!久しぶりのいい天気だ」
「はい、これでようやく洗濯物を干すことが出来ますね」
そこには久しぶりの快晴に、にっこりと笑う和哉とティアがいた。
魔法を練習した翌々日からずっと雨が降り続き和哉達は、雨の中食材を買いに行く時を除き、家の中にいなければならなかった。
だが、動けなかったからといって、何もしていないわけでもなかった。この一週間を利用して、魔法の威力の調整の訓練を行い、その過程で新しい魔法を考え付いていたのだ。
新しい魔法とは、光の魔法を応用したものであり、光の魔法は結界なども張れるが、その他にも光そのものを使うことが出来る。例えば暗闇の中で光の魔法を使用して、辺りを明るくすることなどがその最たる例であるが、光の屈折率を変化させることによって、相手が見ているものを自分が見せたいものに変えることが出来るのだ。
とは言っても、幻覚のような作用をもたらすことはなく、和哉の目立つ髪と瞳の色を相手に誤認させることが出来るといった程度なのだが。それでも鬘もサングラスも着けなくて良くなったのは、それらを着ける毎に違和感を覚えていた和哉にとっては、有難いことだった。
(この調子で色々と便利な魔法を作っていきたいな。まぁ今日はとりあえず…)
創作意欲の湧いてきた和哉ではあったが、今日の目的がそれではないことを思い出し、ティアのほうへ向き直った。
「俺今日から働こうと思うんだ」
「お仕事ですか?」
「あぁ、ティアも内職やってるだろ?流石に何もしていないのは気が引けてな」
実はティア達は孤児院の中で内職をしてお金を稼いでいたのだった。先生の遺産が沢山残っているらしく、しばらくは普通に生活できるほどのお金を持っているのだが、《人間怠けてると短い人生が勿体無いですから》と割と達観したことをティアが言うため、みんなで協力して作業を行っていたのだ。
「でも、お兄ちゃんいつも手伝ってくれるよね?」
「ねー?」
何時からいたのかメルとアリアが近づいてきており、話に入ってきた。二人の言うとおり、和哉もいつも手伝ってはいた。元々こちらに飛ばされるまでは工場で働いており、手先は器用だったため作業自体は難なく行えていた。
「まぁそうなんだけどな。ただせっかく今までいた世界とは全く違う場所に来たんだ。町で何か特別なことをやってみたいと思ってな。ある程度の結界は張れるようになったから、あいつらみたいな奴はここには近づくことも出来ないだろうしね」
「そうですか。わかりました、カズヤさんの気持ちも良くわかりますし、頑張ってくださいね。それでどんなお仕事に就かれるおつもりですか?」
「それなんだよな……なにかいい仕事が見つかるといいけど」
「それならさ、兄ちゃんギルドに行ってみたら?」
みんなで集まっていたのが見えたのか、自分の部屋から出てきたランドが会話に加わり耳慣れない言葉が入ってきた。
「ギルドって…何をしてるところなんだ?」
「うーん、結構何でもやってるよ。配達だったり、護衛だったり、はたまた魔物退治だったりね」
「ランドも使ってるのか?」
「いや、行ったことはないよ。人づてで聞いただけ。あそこは年齢の低い奴はそれだけで何かと絡まれるらしくて、姉ちゃんにも先生にも行くなって言われてたから」
この歳の男の子なら反抗期も近くなり、行くなといわれれば行くようなことも少なくないとは思うのだが、素直に言いつけを守っている所がランドらしいと思った。
「なるほどな。そこだったら、俺も働けそうだ。とりあえずそこに行ってみることにするよ。ありがとうな、ランド」
「へへっどういたしまして。ギルドはいつも買い物をする商店街の通りのちょっと先にあるから迷うことはないと思うよ」
ランドの頭に軽くぽんぽんと手を乗せると、ランドは歳相応の笑顔を見せた。
刀を取りに部屋に戻り、すぐに孤児院の出入り口へと向かった。
するとそこには、少し心配するような顔のティアがいた。
「ギルドに行かれるのは良いですが、なるべく危険の少ない仕事を選んでくださいね。カズヤさんの実力でしたら何も心配することはないと思うのですが、万が一ということもありますので…」
「大丈夫だよ、ティア。俺もそこまで身の程知らずじゃないから」
ランドにやったように手をティアの頭に乗せると、ティアは頬を赤らめ少しだけ安心していたようだった。後ろから追いかけてきたメルとアリアにも、同様にしてやり、歩き始めた。
「それじゃあ行ってくるから!」
「いってらっしゃいませ、カズヤさん」
「「いってらっしゃーい!」」
「兄ちゃん、気をつけてね」
手をぶんぶん振る三人と静かに礼をするティアに見送られ、和哉はギルドへと歩みを進めた。
(なんか、いいよなこういうの。昔を思い出すよ)
この世界に来てたった十数日といったところなのだが、和哉にとっては孤児院の面々は既に家族同様の存在だった。
「ここがギルドか。随分大きな建物だな」
孤児院を出てから十数分、和哉は目的地へたどり着いた。和哉も感心するほどの建物の大きさは、この商店街にある建物の凡そ二倍ほどだった。
(それにしても…このデザインだったらきっと場所教えてもらわなくてもすぐ分かったな…)
苦笑しながら、頭の中で独りごちた。巨大な二本の剣が交差している絵が描かれた看板が、ギルドの入り口に付けてあり、この建物がある一角だけ明らかに周囲から浮いていた。
「まっ、デザインなんか気にしてもしょうがないか。どうせ仕事とは関係ないんだし」
そう言うと和哉は入り口の扉を開いた。
ギルドは二階建てのようであり、入り口から右手に階段があった。そして一階の左手はどうやら酒場のようになっているらしく、厳つい顔や装備をした者で賑わっていた。入り口正面にはカウンターがあり、そこに一人の女性がいた。雰囲気からして、受付のスタッフなのだろうと考え、和哉はカウンターへと近づいた。
「すみません、ここで色々な仕事を受けることが出来ると聞いたんですけど」
「はい、ギルドの御使用は初めてでしょうか?」
「そうなんです。分からないことばかりですので、説明していただいてもいいですか?」
「かしこまりました。それではまずはギルドの仕組みについて説明させていただきますね」
受付のスタッフは和哉の態度に一瞬驚いたかに見えたが、すぐに営業スマイルを浮かべ説明を始めた。(後で聞いた話だが、ギルドに来る人は基本的に荒っぽい人が多いらしく、敬語を使われることはあまりないそうである)
「ギルドでは各方面から依頼されたことを、こちらに登録していただいた方に斡旋するといった形態をとっています。例えば商人の方であれば、町から町へ安全に商品を運びたいので護衛をつけて欲しいといった依頼をなさいます。その他にも国から、魔物の討伐を依頼されることがあります。そして無事以来が達成されれば、原則としては依頼者からの報酬がギルドを経由して依頼達成者に渡されます。以上が基本的な説明になりますね。ここまでで何かご質問はありますか?」
「仮に依頼が達成されなかったらどうなるんですか?」
「そうなった場合には、報酬の二十パーセントの金額を登録者に支払っていただくことになります。仮に報酬が物品だった場合におきましても、その物品の価値を硬貨に換算して同じく二十パーセント支払っていただきます」
(依頼破棄のリスクは結構高そうだな。自分の力量を見極めて依頼を選ぶことが大切だということか)
背伸びをして自分には達成不可能な依頼を選ぶような、愚かな真似をしてはいけないことが良くわかる違約金の設定であった。納得した和哉の姿を見たのか、再度和哉に確認を取り、受付スタッフは次の説明を始めた。
「次にランクについて説明いたします。ランクとはギルドで依頼を請けるために、必要な資格であり、一番下からF,E,D,C,B,A,AA,AAA,Sといったように分かれています。初めて登録なさる方のランクは一番下のFから始まります。そして受けることの出来る依頼は、自分のランク以下の依頼と自分のランクより一つ上の依頼となります。つまりあなたが本日ギルドに登録なさった場合、請けることの出来る依頼はFとEランクの依頼となります。そしてランクは依頼を成功させる毎に貯まるポイントによって上がっていきます。依頼を成功させることで得られるポイントの量は依頼ごとに決まっており、ポイントは百ポイント貯まることでランクアップします。ただしポイントの対象となるのは自分のランクと同じか、上のランクの依頼を達成した場合に限ります。また、自分のランクより上の依頼を達成した場合には、指定されたポイントの倍のポイントがつきます」
(ということは自分にとって簡単な仕事を続けてるだけじゃ、ランクは上がらないってことか。まぁランクが上がらなくても別にいいんだけどな)
お金を稼ぐことが目的な和哉にとって、そこまでランクには興味がなかった。ランクが上がれば危険な仕事も増えていくだろうし、なによりティア達に余計な心配をかけさせたくなかった。
「以上で、大まかな説明は終わりになります。後はこの建物の施設の説明ですが、一階は酒場兼依頼受領所であり、二階は依頼達成者への報酬の受け渡し場と配達の依頼の際の郵便物の受け取り場となります。これまでの説明で疑問に思う箇所はございましたか?」
「あまり聞きたくはないんですけど、魔物退治などの依頼で死亡してしまった場合はどうなるんでしょうか?」
「討伐系の依頼に関しましては、依頼受領者の生死もしくは傷害などはギルドとは無関係となりますので、あらかじめその点をご了承の上で、依頼をお選びください」
「わかりました、ありがとうございます」
予想通りの反応が返ってきたため、和哉はあまり驚くことはなかった。いくら危険な仕事があろうとも、それを選択する事がなければ危険な目に会うこともないため、そうなってしまうのは自己責任であるということだ。
「それでは、本日はご登録なさいますか?」
「はい、よろしくお願いします」
「かしこまりました。それではこちらにお名前を記入していただけますか?」
手帳のようなものがページを一枚めくった状態で和哉の前に出される。名前を記入するとその物体が光りだす。
「カズヤ・ヒイラギ様ですね。認証終了いたしました」
「今のは一体なんなんですか?」
「これは記録の魔法の術式をしこんである物で、ギルド証といいます。これがギルドでの身分証明となりますので、紛失しないようにしてください。そして討伐系の任務の場合には、こちらに討伐した魔物の種類や数が記録されるため、携帯するようお願いいたします」
「へぇ便利なんですね」
記録の魔法は始めて聞いたものであり、和哉にとってはとても新鮮だった。そして妙なところでハイテクなこの世界の物品に対して苦笑した。
ギルド証を見つめて、物珍しそうにしている和哉を見ながら、受付スタッフはにこやかに笑みを浮かべた。
「それでは、本日はどのような依頼をお受けになられますか?」
「……そうですね、夕方までには帰ってこられるような距離で、報酬もそれなりにもらえる依頼ってあります?」
少しだけ考えて、ティア達に心配をかけずに、当初の目的を達成できる仕事があるかどうか聞いてみる。
「それでしたら、ゴブリンの討伐やプチウルフの討伐などがありますね。これらの魔物が存在する森までは、徒歩で二時間程度、馬なら三十分程度で着きますので、今が朝ですから往復しても夕方までには戻ってこれると思います。討伐難度も最低のものですので、余程のことがなければ怪我を負うこともない、初心者の方にはとても良心的な依頼です。討伐数や森の場所など詳細に関しましてはこちらをお渡ししますので、どうかご確認ください」
そう言われて薄い紙が渡された。チラッと見てみるとそれぞれの魔物の生態や、行動パターンなどその他にも沢山の内容が記入されていた。
「ありがとう、それじゃあこれを受けさせてもらうよ」
「かしこまりました。それではいってらっしゃいませ」
綺麗なお辞儀を見ながら、くるりと方向を変えて和哉はギルドを出て行った。
これから起こるある意味不運な出来事を、この時の和哉は知る由もなかった。