表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
エルディア・コード:神器の継承者  作者: あめたす


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

2/2

第2話:世界の終わりは、羽音もなく

第2話:世界の終わりは、羽音もなく


 祝祭の鐘の音は、断末魔の叫びによって塗り潰された。

 聖都ヴィナ・カノンの空を覆っていた幾何学的な光の網目――女神の加護が、鏡が割れるような音を立てて崩落していく。空に穿たれた巨大な黒い「穴」から降り注ぐのは、光を食らう漆黒のノイズ。

 大聖堂の天井が、物理法則を無視して静かに「消滅」した。

 瓦礫すら残らない。ただ、世界がその部分の記述を削除したかのように、ぽっかりと虚無が広がる。


「―――ッ、総員、退避せよ!」


 レオンの声が、混乱に陥った大聖堂に響き渡った。

 祭壇に降り立ったのは、一人の男だった。

 漆黒の重厚な鎧。感情を凍土の奥底に埋めたような、怜悧な貌。その背後には、情報粒子の塵を撒き散らす不吉な翼が、死の宣告のように羽ばたいている。

 魔王、アーク・レイヴン。

 存在そのものが世界の「バグ」でありながら、最も「秩序」を体現する、絶対的な管理者。

 アークは、跪き震える群衆を視界にすら入れない。彼の瞳に映っているのは、ただ一つ。レオンの手に握られた、青白く発光する《天秤剣アストライオス》のみ。


「……セイル、ユリウス! 民を外へ!」


 レオンは、震える膝を「勇者の矜持」という名の鋼で固定し、前へ出た。

 アークは何も答えない。ただ、一歩。

 彼が足を踏み出した瞬間、周囲の空間が歪み、重力が倍加した。


「させ……ない!」


 ユリウスが吠える。父譲りの正義感が、恐怖を上回った。

 《紅蓮剣ティルフィング》から爆炎が吹き上がり、アークへと肉薄する。だが、アークは剣すら抜かない。

 ただ、視線を微かに動かした。


 ドォッ!


 不可視の圧力。ユリウスの炎が、まるで消火剤を浴びせられたかのように瞬時に鎮火し、彼の体は真後ろの壁へと叩きつけられた。


「ユリウス!」


 セイルが《賢者の杯カリバーン》を掲げ、水の帳を展開する。

 アークの視線が彼女を射抜く。

 慈悲はない。アークの指先が、空中に浮遊する黒い情報粒子――《ネメルディア》の断片に触れる。

 それは黒い閃光となり、セイルの水の防壁を「無意味なデータ」として透過した。


「――くっ……!」


 レオンの体が、思考よりも先に動いていた。

 《アストライオス》を交差させ、光の盾を生成する。

 黒い閃光と光の盾が衝突し、大聖堂に、この世のものとは思えない電子的な火花が散る。


「……逃げろ、みんな」


 レオンの声は、静かだった。

 完璧な勇者の微笑みは、もうない。そこにあるのは、血の気が引いた顔で、それでも「守らなければならない」という強迫観念に突き動かされる、一人の少年の形相。

 アークは、初めてその瞳に僅かな色を宿した。

 それは嘲笑でも憎しみでもない。ただ、深く、冷たい哀憐。

 アークの手が、腰の黒剣《虚無装置アカシャ》の柄にかかる。

 抜剣の音はなかった。

 気づいた時には、レオンの視界は真横に回転していた。


「あ、が……っ」


 衝撃すら遅れてやってくる。

 レオンの体は祭壇の石柱を粉砕し、床を数十メートル滑って止まった。

 内臓が軋み、視界が赤く染まる。

 アークは、ただ歩む。止めを刺すための動きではない。ゴミを片付けるような、事務的な足取り。


「兄貴!」


 その時、場違いなほどに抜けた声が、静寂を破った。

 フィンだ。

 彼は倒れたレオンの前に、ふらふらと立ち塞がった。

 その手には、未だ実体すら定まらない「壊れた翼」――《未完の翼ダイダロス》が頼りなく明滅している。


「フィン……逃げ……ろ……」


 レオンが吐血しながら手を伸ばすが、フィンは動かない。

 アークはフィンの前で足を止めた。

 フィンの能力値を読み取ろうとする。

 だが。


『――エラー。思想条件、未定義。演算不可能。』


 アークの眉が、僅かに動いた。

 この少年の瞳には、恐怖も、覚悟も、正義もない。

 ただ、「今日の晩飯」を案じるような、あまりに不純で、あまりに純粋な、日常の欠片だけが淀みなく流れている。

 アークは無言で、漆黒の剣を振り下ろした。

 世界を最適化する一撃。回避不能、防御不能。

 だが、フィンの背後の翼が、バグのようなノイズと共に激しく発光した。


 キィィィィィン!


「俺の弟に……触れるなあああああ!」


 レオンが咆哮した。

 《アストライオス》が、レオンの「守りたい」という狂信的な情熱に呼応し、暴走気味の光を放つ。

 レオンは折れた肋骨の痛みも、死の恐怖も、すべてを「勇者としての責任」という燃料に注ぎ込み、アークの懐へと飛び込んだ。

 光と闇の奔流が、大聖堂を埋め尽くす。

 レオンの剣は、アークの漆黒の鎧を僅かに掠め、その表面に「傷」を刻んだ。

 魔王の絶対性に、凡人が刻んだ、執念の傷跡。

 アークは、その傷を一度だけ見つめると、剣を鞘に収めた。

 

 アークの瞳に、初めて明確な「個」への興味が宿る。


「……そうか」


 アークが、初めて言葉を発した。

 その声は、地平線の彼方から届く風のように、冷たく、重い。


「次は、貴様か」

 

 彼は、何かを確信したかのように、静かに背を向けた。


「……プライマル・コードの芽吹きを確認。これ以上の干渉は、システムの再起動を早めるのみ、か」


 アークは黒い翼を大きく広げ、重力を嘲笑うように垂直に天へと昇っていく。

 砕けた空の穴へと吸い込まれる間際、彼は一度だけ地上を――呆然と立ち尽くすフィンと、彼を庇うように倒れ伏したレオンを見下ろした。

 そこに残されたのは、半壊した大聖堂と、鳴り止まない警報のノイズだけだった。


「……兄貴、大丈夫か?」


 フィンが、レオンの隣に座り込む。

 レオンは血を拭い、震える手でフィンの腕を掴んだ。


「フィン、お前……今のは……」


「わかんね。」


 フィンは、いつものようケラケラと笑う。

 遠くで、復興を告げる女神の鐘が鳴り始める。

 空の穴は塞がり、世界は何事もなかったかのように「最適化」を開始する。

 だが、少年の胸を焼く絶望、そして名付けられない絆の熱量は、システムの修復プログラムでも、消し去ることはできなかった。


「……行こう。兄貴」


 フィンが手を差し伸べる。

 レオンはその手を借り、立ち上がった。


 ―――世界は、あまりに静止していた。


 空を舞うデータの欠片は、いつか見た雪に似て。

 握りしめた剣の重みは、これから失うすべてのものの質量だと、この時の俺たちはまだ、知る由もなかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ