父母との再会(初対面)
私の家、節原家は京都の王の十字路町九と四分の三条通りにある茂みに飛び込んだ所にある。
知る人ぞ知るその敷地には何百年も前から続く剣術道場がそれだ。
私は自称兄、節原一兄と名乗る男を先に歩かせ、本当に家にたどり着けるのか見ていた。そして男は確かに節原家にたどり着いた。
「懐かしき我が家……あの頃と寸分変わらぬ佇まい!」
「伝統を重んじる時代錯誤な屋敷よ。あなたの家じゃないけれど」
京都には古くから存在する建造物が多数存在している。節原道場もその一つ。平安時代から掃除と手入れを欠かさず大切に使っていたことから当時のまま現存している。
道場から剣術の稽古を終えた子どもたちと一人の男が現れる。
「お帰りなさい。お嬢」
両親が留守の間、道場を預かる師範代の釜瀬。夕方五時まで子どもたちの稽古をつけてくれている。
「ただいま釜瀬さん。道場の様子はどう?」
「変わりありませんよ。本日は6時から本稽古開始。同時刻に道場破りの予約が一件入っております」
「そう。今日は少し遅れると思うわ。道場破りはいつも通り最初に相手して。勝てないと判断したら呼んでちょうだい」
「お嬢の手を煩わせたことなどありませんよふっはっは……お嬢! その男は? まさか連れ込み?」
「まさかじゃないわ。ただの不審者よ」
「なら安心ですな。不審な動きをしたらば俺を呼んでください」
「あなたの手を煩わせたことはないけれど……こいつは煩わせようがないかもよ。父と母に会わせたいの」
「お二人でしたら間もなく山から帰ってくるはずです。何でも北区に巨大な熊が現れたから退治してほしいと依頼がありましてな」
「そう。今夜は熊肉ね」
節原家は道場経営の他、武士が昔やってそうなことならいろいろやっている。熊狩りもそのひとつ。さすがに剣では挑まないけれど。
「ただいまー」
玄関から両親の声。
「ちょうど帰ってきたわ」
私は自称兄と玄関に向かった。
両親は和服の似合う侍夫婦。普段からペアルックの袴を着て京の町を練り歩いている。
熊狩りでよほど暴れたのだろう、ペアルックの袴がボロボロで二人とも疲弊している。
「お帰りなさい父母者。あら、熊肉は?」
私の挨拶に母者が答える。
「ただいま、妹美……と、知らない人。熊肉は狩りにしくじったので取れなかったわ。そちらはどなた?」
父母者が私の隣で頭を下げる男に目を向ける。
「あなたたちの暫定隠し子よ。私の兄だって言って聞かないの。しくじるなんて珍しいね。じゃ、今日の熊肉はコンビニで調達してくるわ」
「悪いけどそうしてね。私たちに息子がいた覚えはないけれど、今日はジビエマートで大熊猫肉のセールをやってるからそこでよろしく」
「いったん熊肉のことは忘れよう!」
父者がここで止める。
「まずはその男の自己紹介から!」
「節原一兄です。父母者、長らく留守にしました」
「いや息子こさえた覚えないけど、どれくらい留守にしてたん?」
「ざっと八四〇年ほど……」
「え、人魚の刺身でも食った?」
「話せば長くなりましょうが、かくかくしかじか……浦浦島島ということなのです」
男はとてもわかりやすく説明した。
「なるほど、十代前半に剣の腕を買われて節原家に養子に迎えられ、貴族の護衛に仕えていたけれど首になり、山に籠って修行をし、修行を終えて山を降りたら令和になっていたと……」
「常識的に考えたら信じられないけれど、ここは京都だしねえ……」
「うむ、平安時代から残ってるものなら京都にはいろいろあるからな。人間の一人や二人残っていても不思議じゃない」
父母者が理解を示そうとしている。
「人魚は食べていない、竜宮城にも行っていないとなると人間が何百年も生きて残るわけないでしょう! 見た目も二十代だし、その辺どう説明する気?」
「おれは刻を忘れて修行していた故、体も老いることを忘れていたのやも」
「若さの秘訣がそんなこと!? 全細胞がバカだったという理屈!?」
「本当かどうかちょっと調べてみよう。みんな中に入ろう」
節原家の屋敷の一室に歴史の間がある。
平安時代から受け継がれた由緒ある刀とか、十二単とか、草薙の剣とか、別に今の時代使わないし要らないけれど伝統あるから捨てられない物がいろいろ置かれている。
「うむ、これだ。この巻物は平安時代から千年続く節原家の家系図で、一兄くんの言ってることが本当なら名前も載ってるはずだ」
「太っ! さすが千年の歴史!」
父者は丸太のような巻物を持ってきた。
八四〇……いや養子に迎えた時期を考えると八五〇年くらい遡る。スペースが足りないからみんな廊下に出て巻物を広げた。
「コロコロ~」
巻物がレッドカーペットのように転がり開いていく。
一一七〇年代……ムカつくくらい読みにくい文字で節原先祖丸・妻子の名前があり、その間に娘の妹子の名前があり、付け足されるように「一兄(養子)」と名があった。
自称兄の言っていることが本当だと証明された。
「息子よ!」
「父母者!」
四十代の両親と八百五十代の兄が抱擁する光景は脳が理解を拒む。
「さあ妹よ!」
「娘よ!」
三人の変態が両手を広げる。
「純度百パーセントの他人でしょうが! 会ったばかりの男が兄だなんて私は認めませんからね!」
と、話しが進んだその時だった。
「や~ら~れ~た~!」
道場から聞こえる釜瀬の声。
「今何時?」
「酉の刻よ」
「わからん!」
「18時半よ」
高校生以上の門下生を含めた本稽古は始まっている。同時に道場破りとの戦いも始まっている時間だった。




