第9話:鏡の中の「本部」
隣領へのドミナント拡大は順調だ。手元のPOSデータには、伯爵領の経済が俺の掌の上で転がされる様子が克明に記録されている。
だが、深夜。一人で店舗の売り上げ報告書をめくっていると、胸の奥が焼けるような、嫌な感覚が込み上げてくる。
「……粗利60%。24時間営業。欠品への罰則。……反吐が出るな」
俺の目の前にあるのは、前世で俺の人生を、健康を、そして心を削り取っていった「あのシステム」そのものだ。
深夜3時、誰もいない店内で一人震えながら納品を捌いていた49歳の自分。本部の担当者に「数字が足りない」と罵倒され、胃を抑えていた日々。
俺はあのシステムを憎んでいた。
だからこそ、この世界で自分が「本部」という神の座に就いた時、その完成された「奴隷制度」の優秀さを利用せずにはいられなかったのだ。
「復讐だ……。俺を壊したこのシステムで、今度は俺が世界を支配してやる。搾取される側がどれほど惨めか、今度は俺が見る番だ」
そう自分に言い聞かせ、鏡の中の自分を睨みつける。
13歳の少年の顔。だがその奥には、疲弊しきった49歳の男の影が張り付いている。
捨てきれない「温もり」
「若様、お疲れのようですね」
ふと顔を上げると、店長候補として教育している孤児の少年が、小さなカップを差し出してきた。
中には、俺が開発させた、この世界では珍しい「温かいミルクティー」が入っていた。
「……何だ、これは」
「新商品の試作です。若様が仰っていた『買い物に来た人が、ほんの少しだけホッとするような場所』……それを形にしてみました」
少年の無垢な言葉に、心臓が跳ねる。
そうだ。前世で店を始めたばかりの頃、俺もそんな夢を見ていたはずだった。
地域の人が気軽に立ち寄り、日常の些細な幸せを共有できる場所。
「いらっしゃいませ」の一言に、心からの親愛を込められたあの頃。
だが、今の俺が作っているのは「情報の檻」であり「経済の罠」だ。
「……余計なことを。原価計算は済んでいるのか? 一杯あたりの利益が薄ければ、即刻ラインから外せ」
「あ……申し訳ありません」
少年が肩を落として去っていく背中を見ながら、俺は一口だけ、その温かい液体を啜った。
甘みが喉を通るたびに、自分が作り上げた冷徹なシステムとの乖離に、言いようのない虚しさが広がっていく。
「俺は、何を作っているんだ……?」
復讐のために、かつての自分を殺した化け物と同じ姿になっていく。
便利さに群がる領民たちの笑顔が、いつか俺が仕掛けた「契約」という罠に絶望する顔に変わる。その日が来るのを、俺は心のどこかで恐れながら、それでも羽ペンを置いて「支配」の手を止めることはできなかった。
「……もう、戻れないんだよ」
俺は冷めたミルクティーをデスクの端に追いやり、再び隣領を追い詰めるための「残酷な帳簿」へと視線を落とした。
第10話への展望
復讐心と良心の狭間で揺れるケニー。
しかし、そんな彼の葛藤を他所に、ドミナント支配はついに「王都」の耳に届きます。
王都から派遣されてきたのは、前世の「本部の鬼上司」に酷似した雰囲気を持つ、冷徹な若き官僚でした。




