第8話:善意の衣を纏った「情報の楔」
一号店の成功から数ヶ月。ケニーの元には、周辺領地の貴族たちから視察の申し込みが殺到していた。夜を徹して光り輝く店舗、そして何より「治安の劇的な改善」が彼らの目を引いたのだ。
13歳になったケニーは、隣領を治めるフォルスト伯爵を招き、自室の「本部モニター」の前で優雅に茶を啜っていた。
「伯爵閣下、御領地でも盗賊の跋扈に頭を悩ませていると聞き及んでおります。我が領の『防犯ステーション』……通称コンビニを導入してみませんか?」
ケニーは天使のような微笑みを浮かべながら、一枚の書類を差し出した。
「設置費用は我が方で持ちましょう。閣下はただ、主要な街道沿いの土地を貸してくださるだけでいい。そこが『情報の中心』となり、常駐する兵士が『交番』の役割を果たし、民に安心を届けます」
「ほう、無償でか? それは……あまりに寛大ではないか」
「ええ。その代わり、運営のノウハウ提供料として、粗利の60%をロイヤリティとして頂戴しますが……治安が良くなれば税収も上がる。閣下にとって悪い話ではないはずだ」
伯爵はその「粗利60%」という数字の異常さに一瞬眉を寄せたが、モニターに映し出される「夜でも安全に歩く領民」の姿と、目の前の少年の幼い顔に油断した。
「……面白い。試験的に三箇所、設置を許可しよう」
契約成立。ケニーは心の内で冷たく笑った。これが、隣領という巨大な店舗に打ち込む最初の「楔」となる。
コンビニ飯の衝撃と「依存」の始まり
一ヶ月後、伯爵領に待望の「隣領1号店」がオープンした。
そこでは、ケニーが現代の知識を総動員して開発させた「便利」が、人々の生活習慣を根底から破壊し始めていた。
「おい、この『カツサンド』とかいう食い物、なんだ!? 肉が柔らかくて、タレの味がパンに染みて……悪魔的な旨さだぞ!」
地元の冒険者たちが、冷気魔石で鮮度を保たれた惣菜コーナーに群がっている。
これまでは硬い干し肉と黒パンを齧りながら行軍していた彼らにとって、24時間いつでも「出来立てに近い味」が手に入るコンビニは、まさに革命だった。
さらに、小話程度の工夫が民の心を掴んで離さない。
「見てくれ! この『おにぎり』、このパリパリの海苔を巻くための特殊な包み紙(魔道具フィルム)……若様の執念を感じるぜ。しかも、中には高級な塩漬けの魚が入っているのに、銅貨数枚で買えるなんて!」
ケニーはただ、彼らに「手軽な贅沢」を教えただけだ。
だが、一度この便利さを知った者は、二度と不便な自炊には戻れない。
民がケニーの店で食事を済ませるたび、その領地の「食文化」と「物流」の主導権は、じわじわとケニーの手元へ移っていく。
視覚化される「秘密」
その頃、ケニーは本部のモニターで、隣領の「真の姿」を眺めていた。
「店長、報告を」
「はっ。9号店(隣領1号店)店長、ライザです。首のチョーカーも正常、逃走の意志はありません」
モニターには、研修を経て「戦略的店長」へと作り替えられた元スパイ、ライザの姿があった。彼女の背後にある店外カメラは、伯爵領の主要街道を克明に映し出している。
「報告によれば、昨日深夜2時、伯爵家の紋章をつけた馬車が、密かに他領の商人と接触。大量の『鉄』を買い付けています。……通常の徴税ペースを上回る軍備の拡張ですね」
「ふむ、POSデータと照らし合わせろ」
「はい。同時間帯、その商人は店で『高級酒』と『お祝い用の菓子セット』を購入。支払いは伯爵の秘密口座に関連する手形です。……閣下、伯爵は近々、さらに南の小領主を呑み込むつもりですよ」
ケニーは満足げに頷いた。
防犯のためと言って設置した店外カメラは、今や伯爵の軍事行動を完璧に予知する「偵察衛星」と化していた。
「伯爵は『治安が良くなった』と喜んでいるようだが、自分の金庫の中身も、寝室から誰が出てきたかも、すべて俺のレジを通っていることに気づいていない。……情報の独占こそが、最大のドミナント支配だ」
ケニーは、隣領の地図にさらに多くの「赤い点」を書き加えた。
それは店舗の予定地であり、伯爵領という巨大な檻の格子を増やす作業でもあった。
「さあ、閣下。もっと店を建てましょう。あなたが便利さに酔いしれている間に、この領地のすべてを俺の『帳簿』の中に書き換えてやる」
13歳の少年の微笑みは、不夜城の冷たい光を浴びて、どこまでも美しく、そして残酷に輝いていた。




