第70話:四時の商談(冷えたおにぎりと、震えるナイフ)
店内に流れるBGMさえも、今は耳障りなノイズだった。
1. 「嘘」を見抜く眼
ケニーは、カウンター越しに老人と、ナイフを突きつけられた子供を凝視した。
(……おかしい。ナイフを握る手が、震えすぎている)
相手は熟練のテロリストではない。第65話の母親や第63話の少年と同じく、この閉塞した異世界で「何か」に追い詰められ、テロリストに体よく使われているだけの、ただの絶望した人間だ。
「お客様。……そのナイフを置くのは、勇気がいることでしょう。だが、この店の防犯魔導カメラ(カメラ)は、あなたが『誰かに命令されて』ここに来たことも、すべて記録していますよ」
2. 「損得」の天秤
ケニーは、兵士のガストンが剣を抜こうとするのを手制止した。
「いいですか。今、その子を傷つければ、あなたは死ぬ。だが、今ここでその子を離し、私と『取引』をすれば、あなたは今日、温かい布団で寝ることができる。……どっちが、あなたにとって『得』ですか?」
「……うるせえ! 俺の家族は帝国に捕まってるんだ! こうしなきゃ、殺されるんだよ!」
老人が叫ぶ。その瞬間、ケニーは確信した。これは戦争ではなく、「悲惨な事情を抱えた客の暴走」なのだと。
3. レジ前の「聖域」
「ソラリス、レジを打て。……おにぎり三個。お茶、一本。それと、当店自慢の温かいスープだ」
ケニーは淡々と、商品を袋に詰める。
「ガストン、彼を店の外まで『護衛』してやれ。彼は客だ。店を出るまでは、我々が守る。……だが、店の外で彼が『自由』になった時、帝国に捕まった家族をどう救い出すか、俺たちのネットワークを使って相談に乗ってやってもいい」
老人のナイフが、カラン、と乾いた音を立ててリノリウムの床に落ちた。
4. 決着の味
老人は泣き崩れ、子供はナイトコミューターの元へ走り寄った。
兵士たちは納得がいかない顔をしていたが、ケニーはレジの引き出し(ドロワー)を閉め、冷徹に告げた。
「……ガストン、これが俺のやり方だ。店の中で血を流せば、明日から誰もここへ買い出しに来られなくなる。俺は、600店舗の『安全』という信用を、たった一人の命と引き換えに売るつもりはない」
夜明け前。ケニーは震える手で、自分用に淹れた苦いコーヒーを啜った。




