第6話:救世主と呼ぶのはやめてくれ
一号店の開店から数ヶ月。
俺、ケニーの自室にある「本部モニター(魔導具)」には、領地全体の膨大なデータが、滝のような数字となって流れ込んでいる。
「ふむ、深夜のポーション売り上げが想定より5%高いな。夜間に活動する冒険者の生存率が上がり、リピーターが増えた結果か。……ロイヤリティの回収効率も極めて良好だ」
俺にとっては、すべては計算通りの「数字」に過ぎない。
だがその時、部屋の外から、地鳴りのような熱気が伝わってきた。
「ケニー様! お姿を! 聖なる灯りの主、ケニー様!」
窓の外を見ると、そこには買い物を終えた領民たちが、店から漏れる魔導具の照明(看板の光)に向かって祈りを捧げ、俺の住む館に向かって深々と頭を下げていた。
「……おい、あれは何だ? 宗教の勧誘か?」
「若様、ご存じないのですか?」
控えていた元孤児の店長候補が、心酔しきった目で俺を見た。
「領民たちは、あの店を『慈悲の聖域』と呼んでいます。夜も消えないあの灯りは魔物を遠ざけ、あの店ができてから、この街で夜道に襲われて死ぬ者が一人もいなくなったのですから。死の恐怖から救ってくれた若様を、彼らは『光の聖子』と崇めているのです」
「……ただの防犯対策だ。死人が出ると客数が減るし、治安が悪いと物流コストが上がる。効率が悪いから照らしているだけだ」
「それだけではありません! どこへ行っても足元を見られていた貧民たちが、あの店では貴族と同じ『適正価格』でパンが買えると泣いて喜んでいます。若様が導入した『値札』こそが、身分の差を越えた、世界で最も公平な正義なのだと……!」
「……価格交渉の時間を省いて回転率を上げたいだけだ。……ったく、勝手に聖者にするな」
俺が冷たく突き放せば突き放すほど、店長候補の目は熱を帯びていく。
「ああ、なんと謙虚な……。ご自身の功績をすべて『数字の必然』として片付けてしまわれる。これこそ真の支配者の器だ……!」
隣領からのスパイ、戦慄する
その頃、隣領から潜入した隠密のスパイ、ライザは路地裏で震えていた。
彼女の任務は、ケニーの店の「弱点」を探ることだったが、調査すればするほど絶望しか感じなかった。
(なんなの、この街は……。夜なのに太陽のように明るい店に、老人も子供も笑顔で集まっている。誰もが『ケニー様がすべてを視覚化ってくださっているから、もう何も怖くない』と口を揃えて言うなんて……)
ライザは、店外に設置された魔導具カメラを見上げた。
(あの奇妙な石の目……。あれに見つめられると、悪いことが一切できない。でも、街の人たちはそれを『監視』ではなく『加護』だと思っている。ケニーという13歳の少年は、たった数軒の店で、領民の『心』を完全にハッキングしてしまったの!?)
彼女は気づいていない。
自分が今、どの角度でカメラを見上げ、どれだけ心拍数が上がっているかさえも、本部にいるケニーのモニターには「不審者フラグ」として赤く点滅していることに。
「……見慣れない顔だな。客層データにはない新規属性だ。不審挙動指数、85%」
俺は手元の端末を操作し、店外に常駐させている警備兵に指示を送る。
「ターゲットA、北口店前。接客という名の『職務質問』を開始しろ。……逃がすなよ。隣領のマーケットデータ、根こそぎ吐き出してもらう」
支配の完成
俺は、領民たちの歓喜の声を BGM に、次のドミナント計画図に筆を走らせる。
「救世主、か。笑わせるな」
俺が求めているのは、感謝の祈りではなく、正確な決済データと、粗利の60%だ。
だが、彼らが俺を拝めば拝むほど、この「コンビニ・システム」への依存度は高まっていく。
「さあ、もっと俺を崇めろ。そして、もっと買い物に励め。……君たちが便利さに溺れるほど、俺の支配は盤石になるんだからな」
13歳のケニーが浮かべた微笑は、不夜城の冷たい光に照らされて、どこまでも美しく、そして残酷だった。




