第124話:黒衣の面影(レジ越しの会話と、墓前に供える恋絵巻)
コンビニという場所は、単に物を売る場所ではない。24時間、365日、変わらぬ明かりを灯し続けることで、人々の人生の「句読点」になる場所だ。
1. 黒衣の常連客
王都第1支店には、決まった時間に訪れる一人の女性がいた。
常に落ち着いた黒いドレスを纏い、穏やかな笑みを絶やさない彼女は、ケニーや深夜スタッフの間で「黒衣の貴婦人」と呼ばれていた。
彼女が買うものは、日々のパンや牛乳、そしてレジの横にある本棚から必ず一冊手に取る「貴婦人の恋絵巻」だった。
それは、美しい挿絵と共に王宮の恋物語や生活の知恵が綴られた、異世界の女性たちに絶大な人気を誇る週刊の画報だった。
2. カウンター越しの時間
「今日もいい夜ですね、店主さん。……あら、この絵巻、最新号が出たのね」
彼女は会計の際、必ずスタッフに一言二言、声をかけてくれた。
「このお話の続きが気になって、一週間が待ち遠しいのよ。……次は、カツサンドも買ってみようかしら。あの子が喜びそうだから」
そんな他愛のない会話。49歳のケニーにとっても、彼女とのやり取りは、目まぐるしい経営の日々の中でふと肩の力が抜ける、大切な「日常」の一部になっていた。
3. 突然の空白
だがある日、彼女の足音が途絶えた。
一週間、二週間。最新号の「恋絵巻」が棚に残ったまま、次の号が届く。
スタッフの間で心配の声が上がり始めた頃、ケニーは風の噂で彼女が病で急逝したことを知った。
あまりに突然の別れ。24時間止まらないはずのコンビニの中で、彼女がいつも立っていたレジ前の空間だけが、ぽっかりと空いたように感じられた。
4. 墓前への贈り物
それから数日後の夕暮れ時。
一人の小さなお子さんが、緊張した面持ちで店に入ってきた。
その子は真っ直ぐに本棚へ向かい、一冊の「貴婦人の恋絵巻」を手に取ると、お母さんがいつもしていたようにレジへと運んできた。
「……これ、ください。お母さんが、いつも楽しみにしていたから。……お墓に、持っていってあげるんだ」
ケニーはその子の瞳に、かつての彼女の面影を見た。
自分では読めない、大人たちの恋物語。けれど、お母さんが世界で一番大好きだった、黄金色の思い出。
「……はい。お預かりします。お母さん、きっと喜んでくれますよ」
ケニーは努めて明るい声で応じ、丁寧に包んだ絵巻をその子に手渡した。
「おじさん、また来てもいい?」
「もちろんです。ここは24時間、いつでも開いていますからね」
その子は小さく頷き、絵巻を大切に抱えて、お母さんが眠る丘の方へと、真っ直ぐに歩き出した。
コンビニの灯りは、今も変わらずそこにある。
一人の女性が遺した温かな日常は、その子の足音と共に、これからもこの店に通い続けるだろう。




