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第10話:本部の眼(オーディット)

「……若様、9号店のレジ集計に、ごく僅かな乖離が見られます。誤差の範囲内かと思われますが、一応のご報告を」

元孤児の秘書が差し出した報告書を、13歳のケニーは一瞥して横に置いた。

「誤差だと? 秘書、お前はレジ締めの後の、あの胃がキリキリするような数円のズレを経験したことがないからそんなことが言えるんだ。……これは誤差じゃない。現場が『甘え』始めた予兆だ」

ケニーの脳裏には、前世で端数合わせのために自腹を切っていた同僚や、魔が差して売上金を抜いたバイトたちの顔が浮かんでいた。ケニーは、かつての自分が「本部の冷徹さ」を憎んでいたことを思い出しながらも、今の自分がその「冷徹な本部」そのものであることを受け入れていた。

現場への「抜き打ち監査」

深夜、ケニーは馬車を飛ばし、隣領1号店(9号店)へと向かった。

カランコロン、と澄んだ鐘の音が店内に響く。

「わ、若様!? なぜこんな時間に……」

店長として働くライザは、驚きでモップを落としそうになった。彼女はスパイとしての過去を捨て、今や立派に「店長」の顔になっている。だが、その目は僅かに泳いでいた。

「棚卸しだ。ライザ、在庫表を出せ。それと、バックヤードの隅にある『廃棄予定』の箱も見せてもらおうか」

ケニーは慣れた手つきで商品を数え始める。

現実のオーナーが最も神経をすり減らす「在庫の不一致」。ケニーは13歳の小さな手で、次々と商品の数を照合していった。

「……ポーションが3本、パンが5個。在庫が合わないな。ライザ、これは『万引き』か? それとも、お前が誰かに『施し』たのか?」

「それは……その、深夜に空腹を訴える孤児がいたので……。あとで自分の給料から引くつもりでした!」

「優しさ」を封じ込めるシステム

ライザの言葉に、ケニーは一瞬だけ口を噤んだ。

かつての自分も、賞味期限切れの弁当を捨てるのが忍びなくて、こっそり持ち帰ったり、困っている人に渡したいと思った夜があった。だが、その「個人の善意」がシステムを狂わせることも、身を以て知っている。

「ライザ。お前の優しさを否定はしない。だが、ここは『店』だ。お前が勝手にルールを曲げれば、それは他の店舗への裏切りになる」

ケニーはライザを怒鳴ることはしなかった。ただ、淡々と「対策」を告げる。

「24時間働けなどとは言わない。そんなことをすれば効率が落ちるし、お前の体力が持たない。……代わりに、明日からこの店には『自動発注システム』と、最新の『入退店検知魔石』を導入する」

「検知……魔石?」

「ああ。誰がいつ入り、何を持って出たか。すべてが本部のモニターに記録され、在庫と自動で照合される。……お前が手を汚さずとも、万引きが発生すれば即座に警備兵が現場に届く。お前はもう、自分の判断で『誰かを助ける』必要すらなくなるんだ」

ケニーはライザの肩に手を置いた。その手は子供のように小さいが、ライザにはそれが巨大な鎖のように感じられた。

「お前はただ、笑顔でレジに立っていればいい。面倒な『判断』も『責任』も、すべて俺のシステムが肩代わりしてやる。……それが、一番楽だろう?」

支配者の孤独

店を出たケニーは、冷たい夜風に吹かれながら、自嘲気味に笑った。

厳しく罰するよりも、「不正をする余地すら奪う」こと。それが、前世で搾取され続けた男がたどり着いた、最も残酷で、最も「優しい」統治の形だった。

「……これで、誰も罪を犯さなくて済む。便利で、清潔で、逃げ場のない理想郷の完成だ」

不夜城の光が、13歳の少年の影を長く、孤独に伸ばしていく。

便利さに慣れきった領民たちは、その「光」の裏側で、自分たちの生活がどれほど完璧に管理されているか、まだ誰も気づいていなかった。

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