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第1話:その帳簿、廃棄レベルにつき

午前3時。静まり返った店内に、電子音だけが規則正しく響く。

「客数2、客単価680円、廃棄率5%……数字は嘘をつかない」

俺はレジカウンターの中で、ハンディ端末の数字を睨んでいた。3店舗を経営するオーナー兼マネージャーとして、この「深夜の数値チェック」こそが俺の聖域だった。

慢性的な人手不足。シフトの穴を埋めるために連日レジに立ち、頭の中にあるのは明日の納品データと、天候予測に基づくおにぎりの発注数だけ。

「明日は気温が2度上がる。冷やし麺を15%増やして……」

そこまで考えた時、急激な立ちくらみが俺を襲った。視界がぐにゃりと歪み、床に置いたコンビニ袋のガサリという音が、遠く遠くへ消えていった。

次に目を開けたとき、俺は高い天井を見上げていた。

「……ケニー様? ケニー様、お目覚めですか?」

覗き込んできたのは、見たこともないフリフリの服を着たメイド。そして自分の手を見ると、驚くほど小さく、白かった。

どうやら俺は死に、異世界の貴族の子息「ケニー」として転生したらしい。

それから4年が過ぎた。

幸いなことに、俺が生まれた家はそれなりに裕福な地方貴族だった。だが、4歳になったある日、俺は父である領主の書斎で「それ」を見てしまい、心底戦慄した。

領地の運営記録――いわゆる「帳簿」だ。

「……なんだ、これは」

俺は震える手で羊皮紙をめくった。

そこには、経営者から見れば「ただの感想文」としか思えない殴り書きが並んでいた。

『今年は去年より雨が多かった気がするので、小麦の収穫は減るだろう』

『最近、街道を通る旅人が増えたように見える。理由は不明だが、景気がいいのかもしれない』

『ポーションの在庫が切れた。隣領の商人が高値で売ってくれたので、言い値で買い取った。助かった』

「助かった、じゃないだろうが……!」

思わず声が出た。

欠品の機会損失を放置し、需要予測も立てず、足元を見られたスポット仕入れを「助かった」で済ませる。

この領地は、目隠しをして時速100キロでトラックを運転しているようなものだ。

「数字がない……。POS(時点情報管理)データが一行もないじゃないか!」

このままでは、数年以内にキャッシュフローがパンクし、領民は路頭に迷う。

俺の中に眠る「オーナーの魂」が激しく警鐘を鳴らした。

「システムがないなら、俺自身がPOSになるしかない」

その日から、俺の奇行が始まった。

5歳になった俺は、毎日小さな木板と炭を持ち、領地の正門や街道の脇に座り込んだ。

「ケニー坊ちゃま、また石を数えて遊んでいらっしゃるのですか?」

見守り役の騎士が苦笑する。

だが、俺は遊びでやっているんじゃない。

門を通る馬車の数、性別、年齢層、装備の有無。

朝、昼、晩。晴れの日、雨の日、気温が下がった日。

すべてを数値化し、自分の脳内データベースに叩き込んでいく。

「昨日は気温が下がったから、酒場でのエールの消費が減り、代わりにスープの具材が動いたはずだ。街道の通行人は巡礼者が3割増えている。つまり、3日後にはこの先の教会近くの宿場でポーションが足りなくなる……」

3年後。俺は7歳になった。

俺の部屋の隠し床の下には、3年分の「手動POSデータ」を解析した、緻密な需要予測グラフが眠っている。

農業の適地適作、薬の流行トレンド、人流のボトルネック。

今の俺には、この領地の「1%の無駄」さえも可視化されている。

俺は鏡の前で、7歳の幼い顔をキリリと引き締めた。

「父上。……いえ、領主様。そろそろ『効率』という名の魔法を見せてあげますよ」

まずは、人流が最も滞留し、かつ「ついで買い」の誘発率が最大になるあの場所に、俺の1号店を出店させてもらう。

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