9、将軍の死
藍英には小蓮と香呂が、あざの化粧を施していた。小蓮が提案する。
「そろそろ、人を変えましょう」
「そうだな」
藍英が痩せるにも限界があるので、顔立ちが似ている痩せ型の部下を、(ずっと寝かせるわけにはいかないので)三人用意していた。
病人役の部下は、嬉々として寝台に座って、小蓮と香呂に病人用の化粧をしてもらっていた。
「寝ていればいいなんて楽ですよ。特別手当ももらえますからね」
「その分筋肉が落ちて、戻すのが大変だぞ」
藍英も準備のために食事制限をして痩せていた。鍛えるのをやめて筋肉も落としていたので、今はひょろっとしている。藍英は部下と入れ替わりで、衛兵の格好に着替えた。
小蓮は病人役の人を励ます。
「頑張ってくださいね」
「はい、頑張ります!」
顔色の悪い病人役の笑顔が不気味だが、藍英以外の三人は和気あいあいとして、準備を楽しんでいた。
藍英は部屋を出ると、報告の衛兵が来ていた。小声で報告を聞く。
「怪しい者はいたか」
「はい、一番新しく入った、10代の下女の様子が落ち着きがなく変です」
「分かった。重点的に見張れ」
「はい」
藍英は使用人からも身を隠さないといけないので、出歩いてない時は使用人の出入りが少ない離れに隠れていた。寝る時は、他の部屋を使ったり、もう一つ寝具を運び込むこともできないので、小蓮と一緒に寝ることになった。寝台は二人が寝れる大きさはある。これは、仕方がないことだからと、小蓮は気にしないようにした。
(意識しなければ大丈夫。将軍だって雑魚寝ぐらいしたことあるだろうし)
夜寝る時間になり、小蓮は寝台の上でいきなり膝枕をさせられていた。小蓮を寝台に座らせて、足の上にいきなり頭を置いたのだ。
「ちょっと、ずうずうしくないですか?」
「プッ」
藍英は笑うと、起き上がった。最近藍英は、よく笑うようになっていた。
「お前と夫婦になるには100年はかかるな」
(許可した覚えはない)
無言の抗議をする小蓮を、藍英はかわいく思った。
「なら俺が膝枕をしてやろう」
そんな機会もないからと、小蓮はいそいそと大人しくしてもらうことにした。
(男の膝枕は固い…)
藍英は小蓮の頭をなでる。
「!」
優しく触れる手に、小蓮は両親を思い出して、涙が出た。顔は見えないが、小蓮の様子に気が付く。
「どうした?」
「こんな風に、優しくしてもらったのは久しぶりです」
「そうか」
(将軍の家族はもういない。私の家族はいても、もう会えない。お互い1人なところが、私達は似ているな)
「…私は、私が伝承の娘でなくても、好きになってくれる人と結婚したいです」
「そうだな。そなたにはそうなる権利がある。そなたが、良い相手を選べるように、この後も協力しよう」
温かい手、嘘ではない言葉。この人は他の人とは全然違う。思わず心が緩んでしまう。
今は、呪いを解くことだけに集中しよう。
就寝することにして、二人で布団に入った。小蓮は藍英に背中を向ける。藍英は上を向いている。小蓮はさっきの話の続きをする。
「その方が、将軍も山で育った私と結婚しなくてすみますよね」
貴族は貴族としか婚姻しない。本来なら藍英は、それ相応の相手と結婚するはずだ。
「私のことを、心配してくれるのか?」プッと笑う。
(そこ笑うとこですかね)
ちょっとムッとしながらも、すぐに眠りについた。
朝になると、二人は向かい合ってお互いを抱きしめていた。
(はうぁ!)
心の叫びをあげると、小蓮は起きた。
「将軍が起きてないから、大丈夫! 寝台が狭いからこうすると落ちないよね」(流されない!)
小声で謎の言い訳をして寝台から出ると、手洗いに行くためそそくさと部屋を出ていった。
藍英は目を開けて、起き上がった。口元で手を軽く握り、頬を染めて思わず、
「かわいいな」とつぶやいた。
元々小蓮が寝返りで、藍英の方に身を寄せてきたのだ。藍英が軽く腕を回すと、小蓮がしがみついてきた。藍英は満たされた気持ちで、また眠りについた。
(こうなったのは俺のせいでもある)
藍英は笑った。
それからしばらくして、戴将軍が死んだと、皇宮に知らせが入った。