4、将軍の病気
小蓮は朝起きて、藍英のことを聞いてみると、皇宮に出仕したあとだった。
(昨日は休みだったのかも)
身の回りの世話をしてくれる侍女は、香呂という名前だ。痩せてひょろっとしている。髪は下の方で左右に分けて、細長いお団子結び。年は若いが、長年ここで働いているようだ。
することもないので、この屋敷のことを聞いてみることにした。
「先代が亡くなったのは知っているけど。将軍には、他に家族はいないの?」
「そうなんですよ。一人っ子ですし、ご主人様が小さい頃に、お母様と暗殺に遭いまして。ご主人様はその時、生き残ったんです。先代も、戦死されたということですが、どうも暗殺に遭ったみたいで。ここだけの話、前皇帝と穏健派の先代は折り合いが悪く、戦死した戦で、赤の総大将なのに先発を申し渡されました。
馬が先に倒され、味方の兵が取り囲んだと思ったら、全員がその場から逃げて、ひどい最後だったそうです。その者達が黒の暗殺部隊で、皇帝の見せしめにあったのではないかという話です。
結局、戦争ばかりしていた前皇帝も、臣下に暗殺されましたけどね」
(なんて、話だ…)
小蓮は真っ青になる。ここは、思ったより危険かも…!
昨日の将軍が言っていた、
『戦には疲れた。争いのない世の中にしたい』
そんな目にあったら、そう考えるのは当たり前だ。
(香呂に将軍のことを聞きたいけど、将軍の病気が秘密だったら、むやみに聞けないよな。時間がないって言ってた話は、本人に聞くしかないか)
結局、夜まで藍英に会うことはできなかった。昨日と同じように藍英は部屋にやってきて、また二人で寝台に座った。
藍英は昨日よりも顔色が悪く、呼吸も苦しそうだった。状態は深刻のようだ。
「将軍はどこか病気なんですよね。なんの病気なんですか?」
「病気ではない」
「? こんなに調子が悪そうなのに?」
「ああ、夜になると痛みが出る。!」
藍英は話している途中で、突然体をこわばらせた。そして、左肩を押さえて寝台の上に倒れて、気を失った。
小蓮は急変に驚いた。
「将軍!?」
「ちょっと見ますよ」
怖いながらも、藍英の寝巻を剥いで左肩を見た。肌が青黒く変色して、黒い靄のようなものが漂っていた。
(これは、呪いだ!! 時間がないとは、呪いのことだったんだ。誰がこんなことを!)
呪いは法律で禁止されていて、呪った者は捕まれば死罪だ。小蓮は、変色部分を確認するために触ってみた。
ズキ!! 触った瞬間、ものすごい痛みに襲われた。
(何、この痛みは!? これが呪いの痛みなの!?)
あまりの激痛に声を上げることも出来ず、小蓮も気絶してしまった。
その後すぐ、入れ替わるように藍英が目を覚ました。
「痛みが引いている」
左肩の痛みが、全く消えていた。傍らには、こわばった表情の小蓮が倒れている。
「小蓮!!」
藍英は慌てて、小蓮の上体を上に向けるが、目を覚まさなかった。
翌朝、小蓮は目を覚ました。痛みは無くなっていて、ほっとした。上体を起こすと、寝台の端に、藍英が手と頭を乗せて寝ているのに気が付いた。そばに水桶と布が置いてある。椅子に座っているから、看病してくれたようだ。藍英は倒れたはずなのに、大丈夫だったのか?
藍英も目を覚ました。
「目が覚めて良かった。気が付いたらお前が倒れていて驚いた」
「私は大丈夫ですけど。将軍の方はどうなんですか?」
「俺は… 久しぶりに良く眠れて、調子が良い」
目の下のクマが薄くなっていた。
「そのようですね…」(私に痛みが移ったのかもしれない。患者を見たことはあったけど、こんなことは初めてだった)
「左肩を見ましたけど、それは呪いですね」
「分かるのか!?」
「はい、医者がいない地域では、代わりに薬師が薬を処方するので、医学の基礎を学んでいます。呪いも病気と見分けるために、本に書いてありました」
「最近は、夜の痛みが酷くて寝ることが出来なかった」
(あの痛みに耐えていたのだ、寝不足で当然だろうな)
「呪いは、夜に動き出し、昼間は身をひそめるそうです。でも、痛みが移るとは書いてなかったですね。気分が悪くなるとか、稀に黒い靄が見えるとか書いてありましたけど」(伝承と関係があるのか?)
「痛みが移ったのは、そうかもしれぬ。起きた時には引いていたから」
藍英は申し訳なさそうな顔をした。あざを確認してみた。靄がなくなっていたが、
「範囲には変化ないですね」
「でも、いつもの重い感じはないな」
『手をかざしてみて』
「!」
声がして、光の玉が現れた。二人とも驚く。言われた通りにしてみる。その間に光の玉は消えた。
触らなければ、痛みが移ることも無いようだ。見た感じでは、小蓮にも藍英にも視覚的な変化はない。
「なんだか、気分がいい」
(これも伝承の娘の力なの?)
小蓮は実感がないので、なんだか半信半疑だった。
「これで、痛みは何とかなりそうですね。でも誰が将軍に呪いを。心当たりはありますか?」
「ありすぎて分からない。誰もが怪しい…」
「…」
まあそうだよね。香呂からも話を聞いたし、将軍だから恨まれることもあるだろう。
「痛みがないのは、本当に助かる」
藍英はほっとして軟らかい表情を浮かべた。小蓮は、自分の力とは思えないけど、役に立ったことがちょっとうれしかった。
その日から、寝る前に手当てをすることにした。藍英の顔色は次第に良くなっていった。